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舗装路。


 少しの間抱き合いながら、久々にたわいもない会話を交わすと、2人で家に帰るべく、学校を出てバス停に向かう。


 隣には優衣がいる。


 優衣がいるだけで心が安らぐ。 やっぱり優衣じゃなきゃダメなんだ。と再確認。


 程なくバスは来て、優衣と隣同士で椅子に座る。


 こうやって優衣とバス通するのもいいなぁ。 なんて、1人でほんわかしていると、


 「・・・ねぇ、律」


 優衣が渋っい顔で、そんなオレを見ていた。


 「ん?? 何?? どうした??」


 「・・・ウチらの事、親に何て話そうか??」


 「何てって??」


 「いやぁ・・・。 ウチのお母さんさ、まだ律の事あんまり良く思ってなくてさ。 ・・・なのに、『お姉ちゃんと別れて次はワタシと付き合います』なんて言っちゃったら、どうなってしまうんだろうと思ってさ」


 優衣が『うーん』と唸りながら、人差し指と中指でこめかみを擦り出した。


 頭痛がしてきたらしい。

 

 ・・・確かに。 姉の次は妹って・・・。 親側からしたら微妙なリアクションしか取れないだろうな。


 「大丈夫!! 頭下げて下げて、地底まで下げまくってでも、優衣との事承諾してもらうから。 優衣の親にも、オレの親にも。 だから、優衣は何にも心配しなくて大丈夫だよ。 オレに任せて」


 優衣を安心させようと、笑顔を向けるも、


 「・・・うん」


 優衣は不安たっぷりに頷いた。


 ・・・オレって、そんなに頼りないの??


 そんな優衣と、マンション前でバスを降りる。


 マンションのエントランスを通り抜け、2人で同じエレベーターに乗り込んだ。


 優衣の家がある階のボタンを押して、オレの家のある階のボタンも・・・押すのをやめた。


 「優衣。 今から優衣ん家行ってもいい??」


 「今から!!?」


 『イヤイヤイヤ。 急すぎる』と来ちゃダメと言わんばかりに、優衣がオレのシャツを掴んだ。


 「だって、先延ばしにしたくない。 言うのは早い方がいいと思う。 こそこそしたくないんだよ。 ちゃんとしたいんだ。 優衣にも堂々とオレの家に遊びに来て欲しいし」


 『だから、いいっしょ』と優衣に同意を求める。


 「ごもっともだし、律の気持ちは嬉しいんだけど・・・心の準備が出来てない」


 それでも渋る優衣。


 「心の準備なんかいらないんだって。 オレから全部話すから。 頼って下さいよ」


 だから、押し切る。 優衣を説得して晴れて付き合える様にまでなった今日なら、勢いでイケる気がする。


 「・・・ホントに大丈夫??」


 「ホントに大丈夫!!」


 不安まみれの優衣の手を引き、丁度優衣の家がある階で止まったエレベーターを降りた。


 優衣の家のドアの前で一旦立ち止まる。


 学校で結構長い時間優衣と話し合っていた為、下校するのが遅かったから、きっともう優衣のお母さんは帰って来ていて、夕食の支度をしているだろう。 もしかすると、優衣のお父さんもいるかもしれない。


 別に結婚するわけじゃない。 『お嬢さんを下さい』的な挨拶ではない。 が、そこはかとなく迸る緊張感。


 覚悟を決めてチャイムを押そうとした時、


 「待って!! ・・・ホントに今日言うの??」


 優衣がチャイムを押しかけたオレの人差し指を握った。


 「待たない。 ホントに今日言うの!!」


 この緊張感を延期するのは、だいぶ厳しい。


 優衣に握られた方と逆の人差し指で、勢い良くチャイムを押した。


 「はーい」


 玄関のドアを開けたのは、優衣のお父さん。


 「・・・お帰り。優衣。 ・・・久しぶりだね、律くん。 もうすぐ夕食出来るから、律くんも食べて行くかい??」


 優衣の事故があった時、優奈さんとオレを責めないでいてくれた優衣のお父さんは、優衣の隣に並ぶオレを見て、一瞬驚いた様子を見せたけれど、優しくオレを迎え入れてくれた。


 「・・・いえ。 多分、ウチのオカンももうオレの分までゴハン作ってくれていると思うので。 ちょっと聞いて欲しい話があって・・・。 すぐ帰るので、少しだけあがってもいいですか??」


 優衣のお父さんに伺いをたてると、


 「もちろんもちろん。 あがってあがって。 なになに、突然あらたまって」


 『どうぞ、入って入って』と、優衣のお父さんは嫌がる事なくオレを中に招き入れた。

 

 優衣と一緒に靴を脱ぎ、3人でリビングに向かう。


 リビングと繋がっているダイニングキッチンでは、優衣のお母さんが作り終わった料理をお皿に盛り付けていて、ダイニングテーブルでは、優奈さんが茶碗などを並べていた。


 優衣のお母さんと、優奈さんの間に会話はない。


 優衣の言っていた通り、殺伐としていた。


 人の気配に気付いたのか、優衣のお母さんがキッチンから顔を出した。


 「優衣、遅かったね。 まだしっかり怪我治ってないんだから、寄り道しないで帰って来なさ・・・律くん。 ・・・どうしたの??」


 喋っている途中で、まさかいると思っていなかっただろうオレを見つけては、分かり易く表情を曇らせる優衣のお母さん。


 「・・・御無沙汰してます。 夕食時にすみません。 すぐお暇するので、ちょっとだけお話いいですか??」


 オレのお伺いに、


 「・・・何??」


 優衣のお母さんは曇らせた表情を更に拉げると、エプロンで手を拭きながらキッチンから出て来た。


 「とりあえず、ソファーに座ろうか」


 優衣のお父さんが、優衣のお母さんの背中を押しながらソファーに誘導し『優衣たちもおいで』と、オレらを手招きした。


 でも、優奈さんはダイニングチェアーに腰を掛け、リビングには来ようとしなかった。


 優衣の両親とオレらが、テーブルを挟んで向かい合って座る。


 「・・・あの『ワタシ、律と付き合う事にした』


 話し出そうとした時、被せる様に優衣が本題を口にした。


 「・・・え。 だって・・・」


 まだオレと優奈さんが付き合っていると思っている優衣の両親が、揃って優奈さんの方を見る。


 でも優奈さんは、ただこっちの様子を見ているだけで何も喋ろうとはしない。


 「ワタシが、律に『付き合って欲しい』って駄々捏ねた。 お姉ちゃんに『律をちょうだい』ってしつこく強請った。 散々お姉ちゃんを悪者扱いしておいて、実は悪人はワタシの方だったんだよ。 ずっと騙しててごめんなさい」


 驚く優衣の両親に、突然事前打ち合わせなしの作り話をしては、頭を下げる優衣。


 わけも分からす、優衣の行動に動揺していると、奥のダイニングチェアーに座って苦笑している優奈さんと目が合った。


 オレに笑いかけると、椅子から立ち上がり、オレらの方へ歩いてくる優奈さん。 そして、


 「相変わらずズル賢いなぁ、優衣は。 でも今日のはあまりにも白々しい。 自分の事、悪人だなんてこれっぽっちも思ってないくせに。 わざとバレバレな嘘吐いて、律くんとお姉ちゃんを庇う、自己犠牲の健気なコを装えば、お父さんとお母さんは反対しにくいもんね。 良心が咎めちゃうから」


 優奈さんが、頭を下げたままの優衣に意地悪く笑った。


 優衣が、下を向いたまま口を尖らせる。



 『優衣はずるい。 可哀想なコを演じて周りを味方につける』


 ふと優奈さんの言葉を思い出した。


 ・・・あぁ。 なるほど。 こういう事か。

 

 「・・・優衣は昔からそういうとこあるのよね。 言っておくと、ワタシも気付いてたからね。 優衣は昔から言葉の端々に下心が見え見えなのよね。 せめて『見え隠れ』くらいのクオリティーにはして欲しいのよね」


 優衣のお母さんが優奈さんを援護射撃。


 「そんな風には見えなかったけどなぁ」


 優衣の演技は、お父さんだけには通用したらしい。 そんな優衣のお父さんを、優奈さんと優衣のお母さんが『チョロすぎる』と馬鹿にした。


 「ワタシの事、そんな腹黒い人間だと思ってたんだ。 ひどい!!」


 優衣が下げていた顔を上げて、涙目で憤慨した。


 「白くはないでしょうよ」


 すかさず言い返す、優衣のお母さんに、


 「小癪なのよね。優衣って」


 今度は優奈さんが助太刀。


 2人に押されまくって反撃出来ない優衣を、何となく女の言い合いに入っていけない優衣のお父さんとオレが傍観していると、

 

 「律!! 彼氏でしょ!! 何で助けてくれないの!!? ワタシの事、絶対助けてくれるって言ったじゃん!!」


 告白時に言ったこっ恥ずかしい台詞を暴露しながら、優衣がオレをも口論の中に巻き込む。


 「何何、そんな事言ったの??律くん。 なかなかの青春小僧じゃないの」


 優衣のお母さんのターゲット変更。 半笑いになりながらオレに絡み始めた。


 「言ってません!!」


 恥ずかしさの余り、思わず否定すると、


 「言ったじゃん!! 律までひどい!! もういい!!」


 優衣がソファーから立ち上がり、リビングを出て行こうとした。


 「優衣、どこ行くの?? もうゴハン出来てるのに」


 そんな優衣をお父さんが引き止める。


 「コンビ二!! ゴハン、後で食べるからラップしといて!!」


 怒りの収まらない優衣は、みんなと一緒にゴハンを食べたくないらしく、足を止めようとしない。

 

 「アンタ、家族と一緒にゴハン食べない気??」


 優衣の態度に、さすがに怒る優衣のお母さん。


 「こんだけ辱められて、楽しく食卓なんか囲めるわけないでしょうが!!」


 お母さんの怒りに、怒りで返す優衣。 優衣が、怒っているお母さんを無視して玄関に行ってしまった。


 「優衣!! 足怪我してる子がこんな時間に出かけていいわけないでしょうが!!」


 優衣のお母さんが優衣を追いかける。


 「オレも一緒に行くので!! オレ、優衣の頭が冷えるまでちゃんと一緒にいますから!!」


 ブチキレる優衣のお母さんを玄関に行かせまいと、優衣のお母さんの前で両手を広げて行く手を阻んでいると、


 「優衣!! 今日だけだぞ!! 今度同じ事したら、もう優衣の分の夕食は一生なしだからな!!」


 優衣のお父さんが、玄関で靴を履き替える優衣にそう言うと、『律くん、優衣の事頼んだよ』と優衣のお母さんをリビングに引っ張りながら、オレを優衣の元へ向かわせようとしてくれた。

 

 「あ、あの!! オレ、真面目に付き合うので、優衣とお付き合いしても良いですか??」


 優衣の家を出る前に、言い忘れていたお願いを優衣の両親に話す。


 「・・・反対する理由がないでしょう?? ごめんなさいね。 律くん、悪い事なんかしてないのに目の敵みたいにしてて。 ・・・今度久々に、ウチと律くんの家族とでバーベキューでもしない?? お父さんとお母さんに都合聞いてもらっていいかな??」


 さっきまでキレていた優衣のお母さんが、申し訳なさそうな顔をして、優衣とオレとの事を承諾するだけでなく、あの事故の日から出来てしまった、オレやオレの両親との蟠りさえも取り払おうとしてくれている。


 「聞いときますね!! オトンもオカンも喜んで行きたがると思います。 ありがとうございます!!」


 優衣のお母さんの気持ちが、嬉しくて仕方がない。


 「てゆーか、早く優衣の事捕獲しに行って!! ・・・やっぱり心配なのよね。 また事故に遭ったらとか考えちゃって。

 律くん、優衣はわがままだし、今日みたいに自分の思い通りにならない事があると、コドモみたいに拗ねる様なめんどくさい子だけど、悪いコではないと思うから、どうぞ宜しくね」


 優衣のお母さんが『早く早く』とオレを急かす。


 「はい!! 行ってきます!!」


 優衣の両親に軽く頭を下げ、既に靴を履き終えて家を出て行ってしまった優衣を追うべく、急いでスニーカーに足を突っ込んで玄関を出た。


 エレベーターの方に向かうと、優衣がイライラしながらボタンを連打していた。


 どうやらエレベーターは下の階にいるらしい。


 「ボタン、いっぱい押したからって早く来るわけじゃないから」


 優衣の腕を掴んで、ボタンから引き離す。


 「律の嘘吐き!! 助けてくれるって嘘だったんじゃん!! 今日ワタシに言ってくれた事、全部嘘なんじゃん!!」


 優衣がオレの手を振り解いた。


 「嘘じゃないよ。 だってあれ、超真剣に話した事なのに。 優衣だけに話した事なのに。 優衣、あっさりみんなにバラすんだもん」


 優衣を落ち着かせようと、『ごめんね』と宥めながら優衣の背中を擦る。


 「・・・そっか。 ゴメン。 頭に血が上ってつい・・・」


 優衣は、優奈さんや優衣のお母さんの言う通り、ずるい所もあるし、すぐ拗ねるヤツだけど、自分が悪いと思ったらすぐに反省して謝るコだ。 そこが優衣の良いところ。


 「今日の優衣は暴走しすぎ。 オレから話すって言ったのに、何の相談もなく変な嘘言い出すし」


 そんな優衣の頭を撫でながら、ちょっとした嫌味を。 だって、まじで驚いたし、困ったし。


 「・・・腹黒い事してゴメン」


 途端しょんぼりし出す優衣。


 「『腹黒い』って認めちゃうんだ?? てゆーか、別にそんな事ないっしょ。 ちょっとずるいなとは思ったけどさ。 だって優衣、自分を悪者にして、オレとの事を認めてもらうだけじゃなくて、優衣のお母さんと優奈さんを仲直りさせたかったんだろ??」


 きっと、それに気付いたから、優奈さんも優衣のお母さんも、優衣を弄りながら結託したんだと思うし。


 優衣の思惑とはちょっと違う形になってしまったのだろうけど、優奈さんと優衣のお母さんの間には、見る限り壁はなくなった様に思えたから。

 

 『大成功でしたね』と優衣に笑いかけると、やっと少しだけ優衣も笑ってくれた。


 その時、待っていたエレベーターがやって来て、2人で乗り込み1階に降りる。


 最寄のコンビ二に優衣と一緒に向かうのが久しぶりだからか、懐かしいような新鮮なような。 何かワクワクした。


 「・・・ゴメンね、律。 結局お父さんとお母さんにウチらの事許してもらってないよねぇ」


 優衣がオレの隣を背中を丸めてトボトボ歩く。


 「ちゃんと許してもらったよ。 優衣がキレて出て行った後に。 それにおばさんがさ、今度優衣の家族とオレん家の家族とでバーベキューしようって誘ってくれてさ。 何だかんだ優衣のお陰で全部良い方向に行ったんだよ」


 『ぐっじょぶ、優衣』と優衣にVサインを向けると、


 「え!!? ホントに!!? 良かったぁ。 しかも、律ん家のおばさんとおじさんとバーベキュー出来るの!!? 嬉しいなー!! 楽しみだなー!!」


 優衣が、背筋を伸ばして目を輝かせた。


 幼なじみの時は何とも思わなかった優衣の仕草が、彼女になった途端に可愛く見えるのは何でなんだろう。


 恐るべし、恋愛パワー。


 「あ、そうだ。 コンビ二でお菓子買って、オレん家来ない?? だいぶ前に予約してたゲーム、ウチにあるから。 優衣としたくて、まだオレも手つけてないんだ」


 前に1人で受け取りに行ったゲームは、何となく1人でやりたくなくて、やっぱり優衣としたくて、箱から出してさえいなかった。


 「まじか!! 行くに決まってる!!」


 完全に機嫌が直った優衣と、ルンルンでコンビ二に入る。


 優衣とお菓子コーナーで新商品を物色していると、


 「・・・あれ?? 優衣ちゃん??」


 20代半ば位の女の人が、優衣の名前を呼んだ。


 「あ、千夏さん。 お久しぶりです」


 優衣が『千夏さん』というその女の人に軽く会釈をした。


 「あ、千夏さんは、入院してた時にお世話になった看護師さんだよ」


 優衣がオレに千夏さんを紹介すると、


 「はじめまして。 広瀬千夏と申します。 えっと・・・優衣ちゃんのお友達??」


 千夏さんが自己紹介をしてくれた後に、気まずそうな素振りをした。


 そっか。 千夏さんは、優衣の彼氏は晃だと思ってるんだ。


 それに優衣も気付いた様で、


 「あ、こっちは幼なじみ・・・じゃなくて、彼氏の律です」


 優衣がオレを『彼氏』として紹介してくれた。


 「優衣の彼氏の律です。 はじめまして」


 嬉しかったから、自らも『彼氏』と名乗ってしまう。


 「・・・え。」


 『彼氏、違くね??』とばかりに困惑する千夏さん。


 「あ・・・お見舞いに来てくれてた人とは、お別れしちゃいました」


 きまりが悪そうに答える優衣。


 「・・・そっかそっか。 いいんだよ!! 若いんだから、そのくらい回転速くて全然いいんだよ!!」


 千夏さんが優衣の肩をバシバシ叩いた。


 「そんな、とっかえひっかえみたいに言わないで下さいよ!! 今度は別れませんから!!」


 若干失礼な千夏さんに、優衣が鼻息を荒げた。 のが、だいぶ嬉しい。


 「高校の頃、ワタシもそう思ってたー。 『この恋、永遠』とか思ってさ、FOREVERだのETERNALLYだの掘られた指輪、薬指にはめてみたりさー。 当時付き合ってた彼氏と別れるなんて、思いもしなかったもん。 それが、まぁ随分短い永遠だったわ」


 細い目をしながら、どこを見ているか分からない遠くの方に視線をやって当時を回想しながら、千夏さんの失礼発言は続く。


 「イヤイヤイヤ。 16年も一緒にいて、それでも好きで付き合ってるのに、別れる方が難しいっす」


 若干イラっとしつつも、千夏さんに言い返すと、


 「いいなぁ。 『本物』ってヤツだ。 羨ましいなー。 もともと幼なじみだったんだよね?? 優衣ちゃんと律くん。 幼なじみが異性って、憧れるよー。 ワタシ、幼なじみ女だもん。 恋愛しようがなかった」


 『ワタシもそんな恋をしてみたかったなー』と千夏さんが溜息を吐いた。


 千夏さんがオレらの事を『本物』って言ってくれた事により、千夏さんへの苛立ちは消滅。


 オレらと少しだけ立ち話をすると、


 「それじゃあ、若いカップルのお邪魔をするのは小姑みたいで気が引けるので、ワタシは退散しようかな。 外、暗いから気をつけて帰ってね。 2人共、お似合いだから、末永く仲良くね。 じゃあね」


 と、千夏さんは先にコンビ二を出て行った。


 「千夏さん、ホントはもっと、更に明るくて優しくて面白い人なんだけどねー。 千夏ちゃん、夜勤とかあるし彼氏さんも忙しいみたいでなかなか会えないって、入院中に聞いた事があってさ。 今も多分状況変わってないんだろうねー」


 優衣が、千夏さんの後姿を眺めながら『会えないのは淋しいよねー』とオレに同意を求めた。


 ・・・会えないのは淋しい。 かぁ。


 「優衣って進路、大学進学希望だったよね?? どこ大??」


 「え?? 急に進路の話?? ・・・一応、N大希望。 今の成績だとちょっと微妙なんだけど、望みは高くって事で」


 突然話題を変えたオレに返事をすると、優衣は再びお菓子を選び始めた。


 優衣の成績で微妙となると、オレの成績じゃ絶望に近い。


 イヤ、でもあと2年あるし、今から頑張ればまた奇跡の補欠合格出来るかもしれない。


 「オレもN大に行く」


 そう宣言するオレに、


 「アレー?? 東大じゃなかったっけ??」


 優衣が意地悪く笑った。

 

 「いい加減忘れろよ。 オレ、優衣と一緒にいたいから、同じ大学に行く」


 「イヤイヤイヤ。 同じマンションに住んでるんだから、律が遠方に進学して引越さない限り、普通に会えるじゃん。 大学は自分の行きたいところに行くべきだよ」


 オレの希望に、優衣が至極まともな意見で反論した。


 優衣の言っている事が正しい。 でも、


 「N大って、総合大学じゃん。 さすがに学部は自分が興味のあるところにするけど、優衣と一緒にキャンパス歩いてみたいんだもん」


 大学生になっても、優衣の隣にいたいんだ。


 「・・・じゃあ、絶対受からなきゃだなー。 ワタシ、第2希望と第3希望、女子大なんだよね。 あぁー。 プレッシャー」


 『不安だ』と言いながら頭を抱える優衣。


 オレ、尚更不安。 今度近くの神社にお参りしとこう。 2人共N大に合格させて下さい!!って。 無理なら2年後に、優衣の第2希望と第3希望の大学を、突然共学にして下さい!!って。


 「・・・優衣、ちょっとゲームしたら、一緒に勉強しよっか」


 何か、ゲームなんかしてる場合じゃない気がする。


 「あのゲーム、絶対面白いよ。 途中でやめる確固たる意思がウチラにあると思う??」


 優衣が、オレらの意志の弱さを苦笑った。


 ・・・確かにあのゲーム、やり出したら止まらなそう。 それでも、


 「ある!! がんばろうよ、優衣!!」


 どうしても優衣と同じ大学に行きたいんだ。


 「進級も危ういくらいの赤点取るくせに。 ・・・でも、頑張るか!! 一緒にN大目指して勉強しよっか」


 『じゃあ、さっさとお菓子買って帰ろう』と、優衣が新商品のお菓子を何個か抱えてレジに行った。


 お会計を終え、怪我している優衣に無理をさせない程度に足早にマンションへ帰る。

 

 「・・・ねぇ、律。 ウチら、付き合ってるわけだから・・・手でも繋ぎませんか??」


 優衣が、遠慮がちに右手を差し出した。


 正直、ずっと繋ぎたいなと思ってた。 でも、『変な事はしない』と約束した手前、長時間優衣に触れる事をしてはいけない様な気がして、自分からは出来ないでいた。


 「繋ぎたいです」


 優衣と指を絡めて歩く。


 「・・・幼稚園ぶり?? 律と手繋いで歩くのって」


 オレを見上げる優衣の顔が、月明かりに照らされてちょっと大人っぽく見えた。


 「そんくらいかなぁ。 優衣、小学校にあがった途端に『周りにイチャイチャするなってからかわれるから』って繋いでくれなくなったもんな」


 「え?? それ言ったの律じゃなかったっけ??」


 「え?? オレだっけ??」


 「ワタシだった??」



 こんなに記憶力悪いのに、オレらはN大に受かるのだろうか。



 「ウチらも大人になりましたねー。 また手繋げる様になりましたねー。 恋人同士になっちゃいましたねー」


 「そうですねー。 じいさんばあさんになっても繋いでましょうね。 優衣さん」


 「そうしましょうね。 律さん」









 今日から、幼馴染まない。



 おしまい。

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