畦道。
彼女持ちの男と2ケツをしたがらず、泣き止みもしない優衣をチャリの後ろに乗っけて帰る為、何とか説得を試みると『お姉ちゃんに何か言われたら、ワタシのせいにしてね。 在らぬ誤解で2人に蟠りが出来たりすると、こっちがいたたまれないから』と優衣が退いた。 オレの粘り勝ち。
荷台に乗った優衣は、ずっと泣いていて。
晃に振られた事がそんなに悲しいのか。 と思うと、何だか複雑だった。
何故か、晃に嫉妬心の様なものが芽生える。
優衣にこんなにも想われていた晃が、羨ましかった。
優衣の涙がなかなか止まらないので、遠回りして帰る事に。
「・・・律、道が違う」
「優衣、泣きすぎ。 ちょっと風に当たって目の周り冷やしてから帰ろうよ。 その顔家族に見られて心配されるの、面倒じゃね??」
本当は、もう少し優衣とこうしてたかっただけなのだけれど、それらしい理由をつけてわりと遠めの道を選択。
慰める事も出来ないくせに、もっと優衣と一緒にいたかったから。
「・・・ありがとね、律。 いい加減泣くの辞めるわ。 ・・・よし!! 歌う!!」
優衣は悲しみを振り切るかの様に、謎に中学の校歌を元気いっぱいに大声で歌い出した。
・・・歌のチョイス。
そして、
「・・・音痴。」
涙を堪えて歌う優衣の声は、不安定にかすれていた。
優衣の顔の腫れが落ち着いたところでマンションに帰った。
一緒にエレベーターに乗ると、オレん家より下の階の優衣は先に下りて行った。
いつもより帰りが遅かった為、いつもより遅い時間に夕食を食う。
満腹になると、部屋でまったりベッドに転がる。 牛だ。
テレビでも見ようかとリモコンに手を伸ばした時、誰かがドアをノックした。
身体を起こしてドアを開くと、
「お邪魔しに来ました」
バイト帰りの優奈さんが立っていた。
「お疲れ様」
いつも通り優奈さんを招き入れ、テレビをつけようと持っていたリモコンをテーブルの上に置いた。
優奈さんに、話したい大事な話があったから。
優奈さんは、肩にかけていたカバンを床に置くと、その傍に座った。
いつもは優奈さんの隣に座るのだけど、今日は正面に向かい合ってオレも腰を掛けた。
「・・・なんか新鮮だね。 この座り方」
優奈さんが、少し不思議そうな目でオレを見た。
「・・・優奈さんは、オレの事好きですか??」
そんな優奈さんに、本題に入る前の前置きの質問を投げかける。
「・・・だから付き合っているんだよ??」
何かを察知したのか、優奈さんが表情を歪めた。
「付き合っていた彼氏さんと別れて淋しかったからとかではなくて??」
「・・・最初はそんな気持ちも確かにあった。 だけど、今は本当に律くんの事が大好きだよ?? ・・・何でそんな事聞くの??」
オレのしつこい前置きに、優奈さんの方から核心に迫ってきた。
「・・・オレも優奈さんの事が好きだよ。 ・・・でもオレ、バカでガキだから、まだ好きな人よりも、幼なじみと一緒にいたいんだ。 優衣といたい。 ・・・だから、優奈さんと一緒にいる事は、もう出来ない」
オレが話したかった事。 優奈さんに、別れを告げる事。
「・・・・・・優衣はずるい。 いつも正しくて可哀想な子を演じて、同情誘ってみんなを自分の味方につける。 その度にワタシが悪者になって。 昔から優衣はそうだった」
優奈さんが、足元に視線を落としながら目に涙を溜めた。
優奈さんの言う通り、人懐っこくて天真爛漫な優衣は、どちらかというと人見知りタイプの優奈さんよりは、大人たちに可愛がられていた。
「・・・優衣は喜怒哀楽を表に出して、みんなと共有するタイプだからね。 優奈さんはそういうの、あんまりしないから周りに伝わり辛いよね。 損してるなーって、傍から見てて思ってたよ。 ただ、『優奈さんも優衣みたいに分かり易く感情出した方がいいよ』とは思わないけど。 大人で落ち着いているのが、優奈さんの魅力だと思うし。
優衣は、別に演技なんかしてないと思うよ。 優衣の嘘ってすぐバレるじゃん。 優衣に演技力なんかないよ」
だって、優衣とオレの秘密、晃に普通にバレてたし。 ・・・オレが悪かったのかもだけど。
「・・・そうかな。 優衣が事故に遭わなくても、優衣が可哀想な目に遭わなくても別れ話は出てたかな。 優衣とギクシャクしてなかったとしても、律くんはワタシと別れたいって思ったかなぁ?!」
優奈さんが、太股の上で握り拳を強く握った。
「優衣の事故がなくても、優衣とはギクシャクしてたと思う。 ・・・優衣にさ、『幼なじみだからって、彼女持ちの男と仲良くするのは良くないから、幼なじみは終了します』って言われてさ。 ・・・すっごく嫌だった」
思い出しては、オレの眉間にも皺が寄る。
「『オレが、バカでガキだから』・・・かぁ。 陳腐な別れ話だなぁ。 幼稚園児だって、好きな人と幼なじみを天秤にかけたら、好きな人の方を取るよ。
ハッキリ言えばいいじゃん。 『オレが好きなのは、優奈さんじゃなくて優衣なんだ』って」
優奈さんが、涙目でオレを睨んだ。
「優衣の事、好きとかそういう事じゃなくて・・・「この期に及んでまだそんな事言うんだ」
話し出したオレを遮ると、『律くん理解力なさすぎだよ。 だから赤点いっぱい取るんだよ』と優奈さんが強気に嫌味を言いながらも、目から涙を落とした。
「さっきのワタシの話、ちゃんと聞いてた?? 『幼稚園児でも、幼なじみより好きな人に重きを置く』の。 律くんは、ワタシじゃなくて優衣を選んだの。 2回も同じ事言ったんだから、いい加減分かるよね??」
優奈さんが、オレを諭す様にさっきより話す速度を落とした。
優奈さんの言いたい事は、流石に分かる。 だけど、
「オレ、本当に優奈さんの事が好きだったよ。 昔から。 ずっとずっと」
小さい頃から、いつも優奈さんを目で追っていた。 見つける度にドキドキして。 恋焦がれてた。
優奈さんの事が、大好きだった。
「それは、1番大事な人が当前の様にいつも傍にいて、自分の手から離れていくなんて思いもしなかったからだよ。 優衣といるのが自然。 優衣を好きなのは普通。 だから、一緒にいるのが当たり前じゃない、幼なじみでもない、優衣の次に好きなワタシの事を『1番好き』って勘違いしたんだよ」
優奈さんの言い分が、『オレが優衣を好き』という態にする為に無理矢理こじつけた作り話に聞こえた。
「違うよ」
「違わないでしょ!! ワタシより優衣を択んだくせに説得力ないんだよ!!」
オレの否定を、優奈さんが強めに打ち消した。
「律くんは、優衣が晃くんと付き合う様になって辛くなかった?? ワタシが他の男の人と付き合ってた時、嫌だった??」
優奈さんの質問で、ハッとした。
ようやく気付いた。
「・・・優衣と晃が付き合った時、正直全然喜べなかった。 ・・・だけど、優奈さんに彼氏が出来た時は、ガッカリはしたけど、しょうがないって思ってて・・・」
優奈さんは、オレにとって幼なじみの優衣の優しくて綺麗なお姉さんだった。
大人になったら違うのかもしれないけれど、10代の4歳差は結構大きい。
優奈さんは、なんかちょっとオレらとは別世界の人に思っていた。
だから、優奈さんに彼氏が出来たと聞いても、そこまで落ち込む事はなかった。
「・・・そーゆー事なんだよ。 もう気が付いているんでしょ?? 律くん。 ・・・とんだ恥かかされたわ。 年下におちょくられて弄ばれたし」
『あーあ』と言いながら天井を見上げる優奈さんの目からは、やっぱり涙が零れ落ちてくる。
「別におちょくっても弄んでもないでしょうが」
そんな優奈さんにティッシュボックスを手渡す。
「どこがよ。 散々『好き好き』言っておいて『やっぱり優衣がいい』って。 年上バカにしすぎ。 しかも、『大人で落ち着いてるのが優奈さんの魅力』とか言われたら、泣いて縋る事も出来ないじゃん」
言い終わると、オレから受け取ったティッシュボックスからガッツリティッシュを引き抜き、豪快に鼻をかみ出す優奈さん。
「・・・イヤイヤイヤ。 大人で落ち着いてるキャラ崩壊してますがな」
「わざとですー。 高校生相手に縋って『カッコ悪い女』って思われるのは、死んでも嫌だからする気なかったけど、ガサツな部分でも見せて嫌われた方が楽だから。 じゃないと、変な期待が留まり続けてしまうでしょ。 未練残したくないから」
オレを睨んでは、また鼻をかむ優奈さん。
オレが好きになった人は、やっぱり素敵な人だった。 鼻かみすぎで超赤鼻になってるけど。
「・・・優衣も同じだと思うんだよね」
優奈さんが、鼻をかんだティッシュを手で丸めると、ごみ箱に投げ入れた。
ガサツキャラは続行するらしい。
・・・てゆーか、ホントにキャラなのか?? 地なんじゃないの?? まぁ、どっちでもいいけど。 こーゆー優奈さん、嫌いじゃない。
「何が??」
「優衣が律くんやワタシとの間に壁を作ったのはさ、ワタシと律くんが付き合い出してから、優衣も律くんへの気持ちに気付いたんじゃないのかな。 で、苦しくて見るのも嫌。みたいな。 だって、言ってる事とやってる事が違うってゆーか、中途半端なんだもん。優衣。
優衣、『律とお姉ちゃんに会いたくない。 顔を見るのも辛い』って言ってたくせに、ワタシを探すって名目で律くん駆り出してみたり、ワタシに写真を送るって態で、球技大会の時に律くんの写真大量に撮ってみたり。 ただ自分が欲しかっただけのくせに」
優奈さんが、この場にいない優衣を思い出しては『フッ』と鼻で笑った。
「・・・そうかな」
優奈さんの言う通りなら嬉しい。 でも、優奈さんの話はあくまで優奈さんの見解。 優衣が言ったわけではない。
だって優衣は、晃に振られて号泣していたし。
「ちゃんと確かめるんだよね?? 優衣を理由にワタシを振っておいて、告らないとか・・・ナイわ。 ありえない」
優奈さんが、鼻水ではなく涙を拭き取ったティッシュを、嗾ける様にオレに投げつけた。
「・・・明日、優衣と話します」
こんなに優奈さんを泣かせておいて、何も行動を起こさないとか、確かに有り得ない。
「うん。 がんばれ」
優奈さんがカバンを持ち上げ立ち上がった。
ドアノブに手を掛け部屋を出ようとした優奈さんが振り返る。
「・・・結構前から律くんの気持ちに気付いてたから、言うの虚しくて1回も言ってなかったんだけど・・・今日でカップル終了なので最後に言っておくね。
ワタシ、律くんが大好きだったよ。 ワタシが毎日律くんの部屋に尋ねに来てたの、自分の家に帰り辛いからだと思ってたでしょ?? それもあるけど、そんな事より律くんに会いたかったからなんだよ。 ・・・言いたい事は以上です。 じゃあね。 おやすみ。 ばいばい」
優奈さんは、オレの『おやすみ』を待たずにドアを閉めると足早にオレん家を出て行った。
優奈さんの言う通り、オレは気付いていなかっただけで、ずっと優衣を想っていたのかもしれない。
だけど、辻褄合ってないかもだけど、オレの初恋は間違いなく優奈さんだ。