平行線。
「・・・・なんか、毎日お見舞いに行って色々喋ったりしてるうちに、優衣の事好きになってたわ。 昨日告ったらOK頂けましたー」
『いぇい』とVサインをして、はにかみながら笑う親友。
・・・・・・手放しに喜べないのは何でだろう。
オレが優衣に会えずにモヤモヤした時間を過ごしていた頃、優衣は晃と恋をしていた。
怒りに似た思いが湧き上がるのを感じる。
自分だって恋愛をしているくせに、恋をする優衣に腹が立つ。
何も卑怯な事などしていない晃に、抜け駆けをされた気になる。
この厄介な感情は何なのだろう。
「と、言う事で、優衣と2人で登校したいので、律はもう少し家で待機してて下さいな。 親友の恋路を邪魔しちゃイカンぞ。 ・・・てゆーか、優衣がまだ律に会うの嫌らしくてさ。 お姉さんに会うのも辛いみたいで、退院するの嫌がってたくらいでさ。 優衣が来る前に家に戻ってくれないか」
『優衣の事はオレに任せて』と、晃がエレベーターの上りのボタンを押して、オレを家に戻る様促した。
・・・優衣はまだ、オレや優奈さんを赦せないでいるんだ。
肩を落としてエレベーターを待っていると、下ってきた隣のエレベーターの扉が開いた。
ふと目をやると、松葉杖をついた優衣が出てきて、目が合った。
「・・・おはよう」
咄嗟に笑顔を取り繕った優衣が、オレに挨拶をした。
長年一緒にいたんだ。 優衣の作り笑顔なんてすぐ分かる。 だって、優衣は大口開けて笑うか、左右に口端を引っ張ってニヤける様な笑い方をするヤツで、こんな『うふふ』的な笑顔はしない。
「・・・おはよう。 ・・・ねぇ優衣『ゴメン。 バス乗り遅れちゃうから』
仲直りしたくて優衣に話しかけるも、かわされた。
松葉杖を必死に動かし、逃げる様に晃の元へ行く優衣。
怪我をした優衣を支えるのが、どうしてオレじゃなくて晃なんだろう。
優衣と一緒に学校に行くのが、どうしてオレじゃないの??
ずっとずっとオレの役目だったのに。
優衣と晃が並んで歩く後姿を眺めて、エレベーターに乗り、家に戻る。
久々にゆっくり朝食を取って、いつも通りチャリで学校へ。
「・・・オレ、何の為に早起きしたんだろ」
『はぁ』溜息を吐きながら自転車を漕いでいると、優衣が事故に遭った道にさしかかった。
優衣は誰も悪くないと言っているらしいけど、あの時吹いた風が、風煽られて倒れた自転車が、優衣を撥ねた車が、優衣を見捨てた自分が、憎い。
奥歯を噛み締めながら、全速力でその場を駆け抜けた。
学校に着き、教室に入ると優衣は怪我の心配をされながら友達に囲まれていた。
優衣の隣には晃がいる。
何となくオレは、その輪には近寄れない。
なんでオレは優衣と晃と一緒のクラスなんだろう。
こんな風になるなら、別なクラスで良かったのに。
優衣を横目に見ながら自分の席に座る。
チャイムが鳴ると、優衣は晃に支えられながら自分の席についた。
『ひとりで移動出来るのに』なんて言いながら、頬を赤くする優衣にイライラする。
優衣が心配で、優衣に申し訳なくて、自分の恋愛は上手く行っていないのに、優衣はそんなオレをお構いなしに謳歌している様に見えたから。
優衣に嫌われたくなくて優奈さんと距離を置いていたけれど、優衣ともう前の様に戻れないのなら、オレも普通に恋愛をしても良いのかもしれない。
-----------2時間目の化学は移動教室だった。
優衣の彼氏らしく、晃は優衣と一緒に移動しようとしたのだけれど、トイレに行きたかった優衣は『後で行く。 ひとりで大丈夫』と晃を先に行かせた。
『間に合うのかよ』などと気掛かりではあったが、心配するのはオレの役割じゃないんだと思い直し、優衣に構うことなく理科室へ。
優衣は、2時間目が始まるチャイムが鳴っても理科室に来なかった。
心配した晃が、机の下でLINEメッセージを打ち出した。
・・・何やってんだよ。 彼氏だろうが。 探しに行けよ。
立ち上がろうとしない晃にイラついて、代わりにオレが探しに行こうと机に手をついた時、
「遅れてすみません!!」
理科室の扉が開き、教科書と筆記用具を持ちながら、動かし辛そうに松葉杖を操る優衣が入って来た。
申し訳なさそうに自分の席に移動する優衣。
教科書だけも持って行ってあげれば良かったなと後悔した。
「怪我をして早く動けないのなら、時間に余裕を持って行動しなさい」
配慮のない言葉を発する化学の先生。
「・・・すみません」
優衣が、松葉杖をぎゅうっと握り締めた。
優衣は、『自分は怪我をしているのだから遅れても仕方がない』なんて開き直る様な性格ではない。
精一杯急いで遅れたんだろうに。
先生の態度が、癇に障る。
「じゃあ、優衣は怪我をしているからトイレに行くのを我慢して、ここで漏らせば良かったんですかね?? それとも、トイレに行かなくて済む様に水分取るなって事ですか??」
先生に盾を突く様に睨むと、優衣が慌てた様子でオレの方を見て『いいから、大丈夫だから』と口パクをした。
良くないよ。 全然良くないよ、優衣。
だって、甘えて良いのは怪我人と病人の特権なんでしょ。
「誰もそんな事は言っていないでしょう?? 出来る範囲で行動に移しなさいと言う意味です。 それでは授業を始めます。 教科書の60ページを開いてください」
先生はオレを軽く睨み返すと、さっさと授業に取りかかった。
優衣に謝りもしない先生に、腹の虫が治まらない。
先生を睨みつけながら頬杖をついていると、机の中で携帯が光った。
〔ただでさえ成績悪いのに、先生に目付けられる様な事してどうするのよ。 ばーか。 でも、ありがとうね。 怒ってくれて嬉しかった〕
優衣からのLINEメッセージだった。
久々の優衣発信のLINEメッセージ。
〔優衣、まだオレと話をするのは嫌?? 少しだけでいいから、優衣と話がしたい〕
返信をして優衣の方を見ると、そのメッセージに気付いた優衣が一瞬眉をひそめた。
眉間に皺を寄せながら、机の下で何かをしている優衣。
〔今日の18:00マンションのエントランスにいて。 入院中に借りていたマンガとか返したいから〕
優衣は、先生に見つからない様に返信メッセージを打ってくれていたらしい。
優衣からの返信に、先生への怒りが消えた。
オレの差し入れが優衣に届いていたのも嬉しいが、何より優衣と話が出来る事が、楽しみで仕方がない。
------------今日の授業が全部終わって、どうせ同じマンションに帰るのに、どうせ18:00に会うのに、優衣は彼氏の晃と一緒にバス停に向かって行った。
オレは行き同様、チャリで帰宅。
自転車を漕ぎながら、優衣に何を話そうかワクワクしながら考える。
〔仲直りがしたい〕
とにかく、これだけは伝えたい。
だけど、ここ2ヶ月まともに会話をしていないから、何でもいいからいっぱい喋りたいと思った。
-------------18:00。
が、待ちきれなくて、10分前にエントランスに駆け下りる。
ソファーに腰を掛け、エレベーターが開くたびに目を凝らし、優衣か否かを確かめる。
結局優衣も、5分前にエントランスに下りて来た。
・・・怪我してるんだから少しくらい遅れて来てもいいのに。
松葉杖をつきなら、オレが貸したマンガなどが入っているだろう紙袋を腕に引っ掛け、こっちに向かってくる優衣。
そんな優衣に駆け寄り、優衣の腕から紙袋を引き抜く。
「言ってくれれば、優衣の家まで取りに行ったのに。 どうせ同じマンションなんだから」
「・・・いやぁ。 それはちょっと・・・。 ワタシが事故ったせいで、お母さん、律とお姉ちゃんの事、あんまり良く思ってないみたいでさ。 ごめんね。 気軽に彼女の家に遊びに来れない状況にしちゃってさ」
優衣が、苦笑いを浮かべながら頭を下げる様に俯いた。
「・・・優衣のお母さんが怒るのは当然だよ。 ・・・優衣、ゴメン。 本当にゴメン。 あの日、優衣からの電話切ってしまって・・・。 赦して、優衣。 優衣と仲直りがしたい。 前みたいに、一緒にゲームしたりコンビ二行ったりしたいよ」
俯く優衣より低く頭を下げ、必死に懇願。
優衣が『頭なんか下げないでよ』とオレの肩を『ポンポン』と叩いた。
「謝らないでよ。 律は何も悪くないじゃん。 誰も悪くない。 ・・・本当は分かってるんだよ。 ちゃんと分かってる。 自分が悪いって事。
あの日ね、律とお姉ちゃんに差し入れしようと思って、コンビ二に寄ってから帰ってたの。 でもさ、その差し入れ自体が余計だったわけじゃん。 もしあの日事故に遭わなかったとしたら、ワタシはその差し入れを持って、律とお姉ちゃんの仲を邪魔をしに行く事になっていたわけだし。 ワタシが余計な事をしないで、真っ直ぐ家に帰っていたら、風に煽られて事故る事もなかったし、みんなが嫌な思いをしなくて済んだ。 全部、ワタシが悪い」
少しだけ顔を上げると、悔しそうに悲しそうに目に涙を滲ませる優衣の顔が見えた。
・・・知らなかった。 優衣が差し入れを用意してくれてた事。
オレは、優衣の助けを呼ぶ声ばかりではなく、善意の優しささえも踏みつけにしたんだ。
「違う。 優衣は悪くない。 何であの時オレ・・・」
後悔で言葉が続かない。
どうして。 どうして。 頭の中を駆け巡る疑問が自分を責める。
「・・・ね。 タイミング悪いよね。 ホントに、腹が立った。 律とお姉ちゃんに。
今もさ、頭ではしっかり理解出来ているのに、曲がった臍がなかなか元に戻ってくれなくて大変 ・・・だから、前みたいに戻るのは・・・無理だよ。
自分がこんなに捻くれ者だったなんて、知らなかったし知りたくなかったよ。 超絶ガッカリ。 タイミングが悪かったのはむしろ自分の方なのにね」
優衣が、苦しい笑顔を作りながら、オレとの仲直りを拒んだ。
「待つよ。 時間がかかるなら、待つ。 だから、そんな事言うなよ。 ずっと一緒にいたじゃん、オレたち。 優衣はオレの大事な幼なじみだから」
それでも食い下がる。 だって退けない。 オレたちの関係は、一緒に過ごした年月は、こんなにも簡単に過去のものになってしまうのか??
優衣の手を両手で強く握った。
「待たなくていい。 ワタシは、律と前みたいな関係に戻ろうとは思わない」
優衣が、オレの手をゆっくり解いた。
「・・・え」
「だって、考えてもみなよ。 もしお姉ちゃんが『今日は男の幼なじみと2人でゲームするんだー』とか言って遊びに行ったら、律は嫌じゃないの?? ワタシは嫌。 晃くんが女のコの幼なじみと2人で遊んだりされるの。
男と女の幼なじみなんてこんなモンだよ。 どちらかに恋人が出来たら、それまでなんだよ。 これだけはタイミング良かったよね。 ウチラ、どっちにも恋人いるもんね」
優衣の言っている事は尤もだった。
だけど、優衣はそれでいいの??
「だから、幼なじみは終了です。 今日から、幼馴染みません!!」
言い切る優衣に、淋しさはないのだろうか。
優衣の気持ちを踏み躙ったオレに対して、そんな感情がなくなるのは当然か。
淋しい思いをしているのは、オレだけ。
「・・・と言う事で、ワタシ帰るね。 マンガとか、ゲームとかありがとうね。 入院中、退屈しなくて済んだよ。 律、お姉ちゃんの事頼んだよ!!」
そう言ってオレに笑顔で手を振った優衣は、丁度良くやってきたエレベーターに乗り込み去って行った。
優衣から受け取った紙袋の中に目をやると、〔お礼〕とマジックで書かれた、オレの好きなスナック菓子と炭酸飲料がマンガなどと一緒に入っていた。
涙が出た。
人は、友情の終わりでも涙が出るらしい。