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分かれ道。




 彼氏と別れたばかりの優奈さんは、何だか毎日元気がない。


 そんな優奈さんを励ましたくて、勉強を教える為にオレの部屋を訪ねて来る度に、バカみたいな事をして笑わせる様にしていた。


 そんなオレに、優奈さんは少しずつ心を開いてくれるようになった。


 暫くして、


 『この前まで子どもだったのに、立派に高校生になっちゃって。 身体とか、ガッチリしてきちゃって。 すっかり男の人になっちゃったね、律くん』


 と、優奈さんがオレに寄りかかってくれる様になった。


 オレの肩に、優奈さんの頭が乗っている。


 そっと頭を撫でると、優奈さんがオレを見上げて微笑んだ。


 可愛くて、大好きで。


 自分の気持ちを止められなくて。


 そのまま優奈さんにキスをすると、優奈さんがオレの首に腕をまわした。


 もっと欲しくて。 もっともっと欲しくて。


 優奈さんを抱き上げ、ベットに雪崩れ込む。


 その時、優奈さんの携帯が鳴った。


 「・・・ちょっとゴメン」


 ベッドから下り、携帯に出る優奈さん。


 優奈さんの様子から、電話の相手が優衣だという事を察した。


 タイミングの悪い優衣に苛立ちを覚える。


 優奈さんの手から携帯を抜き取り、


 『優衣、邪魔すんなよ。 切るぞ。』


 一方的に電話を切って、優奈さんをベッドに押し倒した。




 夏が始まったばかりの時期。


 でも、その日は風が強くて。


 窓を開けていれば、暑さも和らいで。


 揺れるカーテン越しに、救急車のサイレンが聞こえていて。




 「救急車、この近くかな??」


 と呟く優奈さんの口を、キスで塞いで。


 何故かしつこく鳴りつづける、オレと優奈さんの携帯も無視して。


 夢中で優奈さんを求めた。



 優衣がそんな事になっているなんて、考えもしなかったんだ。




 散々抱き合って、時計を見るとオカンが帰ってきそうな時間になっていた。


 2人でそそくさと洋服に腕を通す。


 ふと携帯を見ると、オカンとオトンからの尋常じゃない数の着信が残っていた。


 それは、優奈さんの携帯も一緒で。


 不審に思い、オカンに電話をすると、


 『律!! アンタ今何してるの!!? 優奈ちゃんと勉強してるんじゃないの!!? 優奈ちゃんも電話出ないみたいだし。 早くS病院に来なさい!! 優衣ちゃんが・・・優衣ちゃんが大変なの!! 事故に遭っちゃって・・・。 まだ手術室から出てこられなくて・・・』


 涙声で話すオカンの向こうから、優衣の母親の泣き声が聞こえた。



 ・・・・・・嘘だろ。 優衣。



 電話に出なかった言い訳や、口裏合わせを考えられるほど、心に余裕なんかあるわけもなく、優奈さんとタクシーに乗り込み、優衣が運ばれたというS病院に急ぐ。


 受付で聞いた手術室に向かうと、涙を流す優衣のお母さんと、そんな優衣のお母さんの肩を擦る優衣のお父さんと、涙目になりながらオレを睨むオレのオカンが長椅子に座っていた。


 立ち上がり、オレに近づいてくるオカン。


 「・・・・・・2人、一緒にいたのね。 どうして電話に出なかったの??」


 「・・・・・・」


 何をしていたのか、答えられるはずがなかった。


 『はぁ』オカンが溜息を吐きながら、目に溜めていた涙を一粒零した。


 大人たちには、オレらが何をしていたかを察する事は容易く、奥で優衣の両親も眉間に深い皺を寄せた。



 とにかく、謝らなければ。


 優衣の両親の傍に寄り、床に膝と両手をついて頭を下げた。


 「・・・・・・電話、出なくてすみませんでした。 ・・・・・・優衣の電話も切ってしまって・・・。 優衣、何も喋らなかったから・・・いたずらかと思って・・・」


 「・・・・・・優衣から電話きていたの?? ・・・切ったって・・・」


 優衣の母親が、目に憎悪を宿しながら立ち上がった。


 こんなに怖い顔をした優衣のお母さんを、初めて見た。


 馬鹿なオレは、他人の怒りを増長させるだけの懺悔をしてしまった。


 「落ち着きなさい。 律くんは何も悪い事なんかしていない」


 ワナワナと身体を震わせた優衣のお母さんの腕を、優衣のお父さんが引っ張り、椅子に座らせた。

 

 「でも!! 優衣が助けを求めて必死にかけた電話なのかもしれない!! なのに!! ワタシ、2人の事信用していたのよ。 2人がちゃんと勉強会をしていたら、電話に出られないわけがない!! 信じられない!! 気持ちが悪い!!」


 怒りの矛先を優奈さんにも向け、優奈さんをも睨みつける優衣のお母さんが、怒鳴る様に喚き泣く。


 「それでも!! それでも2人は悪くない!! 優衣の事故を知っていながら故意に出なかったわけじゃないんだから!!」


 興奮する優衣のお母さんを取り押さえる様に、優衣のお父さんが抱きしめた。


 「ごめんなさい。 本当にごめんなさい」


 オカンが、優衣の両親に頭を下げながらオレの腕を掴み、オレを2人から引き離した。


 オレに嫌悪感を露にする優衣のお母さんと一緒の空間にいるのは気が引ける。


 でも、優衣の事が心配で、家に帰る事も出来ない。


 また不容易な事を言わぬ様、黙って〔手術中〕のランプを見つめ、早く消えることをただただ願った。


 優衣の手術は長く、その間にシゴトを終えたオトンも駆けつけた。


 オトンはシゴト中に優衣の事故をオカンから知らされていて、シゴト中にも関わらず、電話に出ないオレに何度も電話を入れていた。


 そんなオトンにも、オレの為に優衣の両親に頭を下げるオカンにも、オレの近くで罪悪感に駆られて嗚咽する優奈さんにも申し訳なくて、優衣の事が心配で心配で、胸が、抉り潰れそうだった。



 何も出来ないまま時間は過ぎ、〔手術中〕のランプが消えた。


 医師が出てきて『手術は成功しましたよ。 幸い、頭部にも脊髄にも損傷はありませんでした。 多少の後遺症が残る可能性はありますが、日常生活に支障をきたす程ではないかと思います。 詳しい話は別室で』と、優衣の家族を別室へ促した。


 安堵の余り、その場にへたり込む優衣のお母さん。


 「良かった。 本当に良かったな」


 と、優衣のお父さんが優衣のお母さんの頭を撫でた。


 優衣のお父さんに微笑み返すと、優衣のお母さんがオレの家族の方にゆっくり近寄ってきて、


 「取り乱したりしてごめんなさい。 優衣の為に病院まで駆けつけてくれてありがとう」


 オレのオカンの手を握った。


 首をフルフルと左右に振っては、


 「本当にごめんなさい。 優衣ちゃんが無事で本当に良かった」


 と優衣のお母さんの手を握り返すオカン。


 「謝らないで」


 とオカンに微笑みかけると、優衣のお母さんは優衣のお父さんと共に医師の話を聞きに別室へ行った。


 でも、優衣のお母さんに『気持ちが悪い』と言われた優奈さんはその場から動けずにいた。


 「優奈さんも行きな」


 と優奈さんの背中を押すと、オレと優奈さんが仲良くしているのを見るのさえ嫌であろう大人たちが、何とも言えない目でオレらを見た。


 「優奈も来なさい」


 優奈さんとオレを責めないでいてくれる、優衣のお父さんが手招きをした。


 その隣で、優衣のお母さんは複雑な表情をしている。


 優奈さんが俯いたまま優衣のお父さんの傍に駆け寄って行った。


 オレは、オカンとオトンと一緒に帰る事に。


 でも、誰も一言も発さなかった。


 優衣は助かったというのに、喜びを分かち合うこともせず、逆にお通夜の様だった。




 「・・・・・・ごめん」


 口火を切ったのは、オレ。


 悪気があったわけじゃない。 悪意だってもちろんあるわけがない。


 でも、オレが恋愛感情を持ち込まずに勉強だけをしていたら、オカン達の電話に出られた。


 大人たちの信頼を失くす事もなければ、親に恥をかかす事も、優奈さんを傷つける事もなかったんだ。


 「・・・・・・優衣ちゃん、無事で良かったな」


 オカンは何も言ってくれなかったけれど、オトンが『これ以上喋るな』と言わんばかりの、オレの『ゴメン』の返事にはならない言葉を発した。


 「・・・・・・うん」


 2人は、オレと優奈さんが何をしていたのかを気付いているから、これ以上何も聞きたくないのだろう。


 親の気持ちを汲み取って、口を固く噤んだ。



 家に帰り、夕食を食べている最中に優衣のお母さんからオカンに電話が入った。


 優衣の意識が戻ったとの事。


 ホっとした。


 優衣に会いたい。 会って謝りたい。


 明日学校が終わったら、優衣が好きなお菓子と、入院中に退屈しない様にマンガやゲームを持ってお見舞いに行こう。




 -------------翌日、6時間目の授業が終わった瞬間に教室を飛び出し、チャリに跨りコンビ二に向かう。


 『こんなに食ったら確実に太るだろうな』と言わんばかりの量のお菓子を購入し、チャリのカゴに押し込んだ。


 今にも零れ落ちそうなお菓子を左手で押さえつつ、急いでチャリを漕ぎ、優衣のいる病院へ。


 受付で優衣の病室を聞き、小走りで向かうと、


 「お母さん、あーん」


 病室から優衣の元気そうな声が聞こえてきた。


 「『あーん』じゃないわよ。 何甘えてるのよ。 アンタ、怪我してるの左側でしょうが。 アンタ、小洒落た左利きじゃないでしょうが。 完全なる右利きでしょうが。 自力で食べなさいよ」


 昨日とはうって変わって、楽しげな優衣のお母さんの声も聞こえてくる。


 どうやら優衣は、何かをお母さんに食べさせて欲しいようだ。


 病室の中に入ってその楽しそうな会話の中に入りたいのだけれど、優衣のお母さんと顔を合わせるのが気まずくて躊躇してしまう。


 中に入り辛い為、様子を伺う様に病室を覗くと、


 「甘えていいのは、怪我人と病人の特権じゃん!!」


 顔に傷を付け、腕や足をギプスで固められている優衣が、わざとらしくほっぺたを膨らませていた。


 「ワタシ、結構長い間生きてるけど、初耳よ。 その特権とやら」


 そんな優衣に、意地悪に笑いかける優衣のお母さん。


 「世間一般的にそんな風潮でしょうが!! ほら!! 『あーん』!! 折角晃くんがケーキ持って来てくれたんだよ!?? 鮮度が落ちるでしょうが!!」


 優衣が『早く食わせろ』と言わんばかりに口を開けた。


 ・・・てゆーか、晃??


 晃もお見舞いに来ているのか??


 「『ほら!!』じゃないわよ。 鮮度って、お刺身じゃないんだから。 そんな事言ってると、ワタシが代わりに食べちゃうわよ!!」


 そう言って、わざと優衣からケーキを遠ざける優衣のお母さん。


 「お母さんの意地悪め!!」


 優衣が優衣のお母さんに細い目を向け、しぶしぶ自分でケーキを食べようとフォークを持とうとした時、


 「じゃあ、オレが食べさせてあげようか??」


 優衣の近くに移動して来た晃の姿が見えた。


 オレがいるドア付近から見えなかっただけで、やっぱり晃もお見舞いに来ていた。


 「・・・・・・え。 い、いいよ。 自分で食べるよぅ」


 急に顔を赤らめては、そんな顔を見せない様に下を向く優衣。


 「ちょっと、何なのよアンタ。 何、思春期撒き散らしてんのよ。 見せられるこっちが恥ずかしいわ。 だったら、初めから自分で食べればいいじゃないのよ。 幼稚園児じゃないんだから」


 優衣のお母さんが、困った顔をしながら笑った。


 「オレじゃ、やっぱ嫌なんでしょうね。 お母さんに甘えたいんでしょうね、優衣は」


 晃も苦笑いを浮かべる。


 「違う違う。 晃くんが嫌とかじゃなくて、ただ単に猛烈に照れているだけよ、優衣は。 結構ムッツリなのよねー。 意識しすぎ」


 「おばさん、言いすぎ」


 終いには優衣をバカにしながら、優衣のお母さんと晃とで吹き出して笑い出した。


 「カンジ悪!! 2人とも!!」


 図星を射られた優衣は、更に顔を真っ赤にして憤慨していた。


 その様子を病室の外から見ていると、ふと晃と目が合った。

 

 が、晃はサッと優衣のお母さんに視線を戻し、


 「おばさん、オレそろそろ帰りますね。 また来ます。 てか、おばさんも優衣に意地悪しかっただけでしょ?? ホントは甘える娘が可愛くて仕方ないくせに」


 と、カバンを持ち上げ帰る準備をし出した。


 「可愛くないコねー。 晃くん、ケーキどうもありがとう。 次からは手ぶらで来てね」


 優衣のお母さんは、嫌味を言いながらも晃にお礼をして、優衣にケーキを食べさせようと、フォークに一口サイズに切ったケーキを刺して、優衣の口に運んだ。


 「おーいーしーいー!! ありがとうね、晃くん!! 退院したら何か奢るね!! 気をつけて帰ってね!!」


 満面の笑みを浮かべて手を振る優衣に、晃もまた軽く手を振り返すと、難しい顔をしながらオレの方へやって来た。

 

 「・・・・・・律は行かない方がいい。 ・・・ちょっとあっちで話そう。 優衣に気付かれるとちょっと・・・」


 晃が、怒っている様にも困っている様にも見える表情でオレを見た。


 晃は、優衣のお母さんから昨日の事を聞いたのかもしれない。


 昨日の事・・・。


 優衣に話した方が良いのだろうか。


 話して謝るべきなのだろうか。


 優衣は、オレや優奈さんの事をどう思うだろか。



 「・・・うん」


 優衣に会いたい気持ちを抑え、晃と一緒に優衣の病室を離れた。

 

 

 晃と自販機コーナーに行き、ジュースを買って、近くのベンチに腰を掛ける。


 「・・・・・・優衣、昨日眠れなかったみたい。 昼間に眠剤飲んで寝たみたいだけど、ずっと魘されてたって。 優衣のお母さんが言ってた。 よっぽど怖かったんだろうな」


 晃が、ジュースのペットボトルを見つめながら口を開いた。


 「・・・・・・そっか」


 オレもまたペットボトルを握り締めながら、それを一点見つめ。


 優衣に申し訳なさすぎて、顔を上げられないでいた。


 ・・・・・・が。


 「・・・・・・優衣、知ってるよ。 昨日、律と優衣のお姉さんが何をしていたのか」


 「・・・え??」


 晃の言葉に、思わず垂れていた頭を振り上げ、晃の方を見た。


 言うべきか言わないべきか等と悩んでいる間に、既に優衣の耳に入っていたとは・・・。


 口止めをしたわけではないが、一体誰が。


 優衣は、嫌な思いをしなかっただろうか。


 「律が来るちょっと前、優衣のお姉さんもお見舞いに来てさ。 罪悪感に耐えられなかったんだろうね。 オレや優衣のお母さんがいるのもお構いなしに、全部喋って号泣しながら優衣に謝ってたよ。 優衣のお母さんは『それは言わなくてもいい事でしょう!!?』って激怒するしで、ちょっとした修羅場だったわ」


 晃が苦々しく笑う。


 という事は、晃にもバレたのか。


 まぁ別に、隠そうと思っていたわけでもないけれど。


 「優衣、『2人が付き合う事になったのなら、めでたい事じゃん!! そうなってほしくて、お姉ちゃんに律の勉強みて欲しいって頼んだんだし。 お母さん、何怒ってるの??』って笑ってた」


 「・・・そっか」


 晃の話に胸を撫で下ろす。


 優衣は、オレたちを恨んでいない。



 「・・・その時は笑ってたんだけどね」


 晃の話には続きがある様だ。


 黙って晃の話に耳を傾ける。


 「怒った優衣のお母さんが、一旦優衣のお姉さんを連れて病室を出てった時にさぁ・・・。 優衣、『きっついなぁ』って溜息漏らしてさ」


 話しながら晃までもが溜息を吐く。


 「自分の母親とお姉ちゃんの関係が拗れたりとか、お姉ちゃんと律が付き合い辛くなるのが嫌なんだろうね、優衣は。 みんなの前では笑ってるけど、『誰も悪くないのにねぇ。 強風に煽られて倒れた、前を走っていた自転車も、ワタシを避けきれなくてワタシを撥ねた車も。 だって、自転車漕いでたワタシが急停止出来なかったんだもん。 車なんか尚更無理だよね。 ワタシの電話をいたずらだと思って切った律だって、全然悪くない。 なのに、なんでワタシは腹を立てているんだろう。 自分が嫌で仕方ない』って辛そうにしてたよ、優衣」


 優衣の気持ちを察する事なんて、頭の悪いオレにも容易な事だった。

 

 「オレも、誰も悪くないと思う。 好きな女とそういうチャンスが出来たなら、オレだってそうしてたと思うから。 だから、律が悪いなんて思わない。 ・・・たださ。 優衣、眠れなくなるくらい怖い思いをしたわけじゃん。 あの時、『死ぬかもしれない』って頭を過ぎったかもしれない。 その時にさ、藁をも掴む思いでかけた電話を切られるって、目の前で命綱ぶった切られた位の絶望感だったと思うんだよ。 そんな時に、自分の姉と律は・・・って考えたらさ。 優衣の気持ちも分かるよな??

 罪過に駆られて言わずにはいられなかった優衣のお姉さんの気持ちも分かるんだけど・・・正直、もう少し黙ってて欲しかった。 だって、1番辛い思いをしたのも、その話を聞いて最も嫌な思いするのも、優衣じゃん」


 『だろ??』とオレに同意を求める晃。


 晃に『律は悪くない』なんて言われたくなかった。


 『オマエのせいだ。 オマエが全部悪いんだ』と罵られた方が、よっぽど楽だ。


 そうじゃなきゃ、誰に何をどう謝罪すれば良いの分からない。


 「・・・優衣、『お姉ちゃんと律にしばらく会いたくない』って。 オレに『お見舞いなんか来なくていいから、しっかりお姉ちゃんに勉強教わりなって律に伝えて』って。 『お姉ちゃんがバイトの日とか、律がお見舞いに来そうになったら、晃くんが理由つけて止めてくれないかな』って。 ・・・だから、律が優衣を見舞うのは・・・遠慮して欲しい」


 言いづらそうに話しては、顔を顰める晃。


 優衣が、オレを拒絶した。



 それでも優衣に会ってちゃんと謝りたい。


 なんて言えるわけがなかった。


 優衣の痛みが分かるから。


 「・・・これ、晃からって事にして優衣に渡してくれないか」


 持ってきたゲームとマンガとお菓子等を晃に手渡そうとすると、


 「・・・無理だろ。 バレバレだよ。 どう見たって律チョイスじゃん」


 晃は溜息混じりに笑いながら『優衣がちょっとでも嫌そうなカンジ出したら、全部持って帰るからな』と、とりあえずは受け取ってくれた。



 その日は優衣に会わずに家に帰った。


 オレは、いつになったら優衣に会えるのだろう。




 --------------マンションに着くと、エレベーター前のエントランスのソファーに、俯いきながら座っている優奈さんがいた。


 人の気配に気付いた優奈さんが、オレの方を見た。


 「・・・律くん」


 ソファーから立ち上がり、目から涙を零しながらオレに駆け寄り抱きつく優奈さん。


 「・・・ワタシ、居場所・・・なくなっちゃったよ」


 優奈さんが、オレの胸に顔を埋めて泣いた。


 「・・・・・・なんで・・・昨日の事、優衣に話したんですか??」


 優奈さんの肩を掴み、身体を離して優奈さんの顔を覗き込む。


 「・・・なんでって。 律くんは隠しておきたかったの??」


 優奈さんが、眉間に皺を作ってオレを見つめた。


 「隠したかったわけじゃないけど・・・。 タイミングとかあるじゃん。 言うなら言うで、相談して欲しかったってゆーか・・・」


 「だって苦しかったんだよ!! 黙ってるなんて出来ないよ!! 優衣が大変な時に、駆けつけもしないでワタシたちは・・・。 謝らなきゃって思ったんだよ!! なんで律くんまでそんな事言うの!!?」


 オレの両腕を掴んでは揺する優奈さん。


 優奈さんの気持ちは分かる。 事情を知っている全員が理解していると思う。 ただ、


 「・・・辛いを思いさせてごめんね、優奈さん。 オレがちゃんとしていなかったのが悪かったんだ。 ・・・でも、優衣にあの話をする時、優衣の気持ちは考えた?? 優衣が嫌な気持ちになるとは思わなかった?? オレだって謝りたいよ。 だけど優衣、物凄く怖い思いをしたはずじゃん。 これ以上の苦痛を強いるのは違うでしょ?? もっと慎重に判断しなきゃ」


 優奈さんには、自分の辛さより優衣の気持ちを優先して欲しかった。


 「・・・・・・律くんまでワタシを責めるの??」


 優奈さんが、縋るような目でオレを見た。


 優衣のお母さんだけは言葉にしたけれど、きっと優衣のお父さんだって、オレの両親だって、口に出さないだけでオレらの事を良くは思っていない。


 それが分かるから、優奈さんは心を痛めている。


 オレが優奈さんを責めるのは、お門違いだ。


 色恋沙汰を持ち出した、オレの責任。


 優奈さんを慰めるのは、オレの役目なのだろう。


 「・・・ごめん。 キツイ言い方だったね。 責めてなんかないから」


 優奈さんの頭を撫でながら抱き寄せる。


 大好きな人を抱きしめているのに、胸のあたりがモヤモヤする。


 優奈さんの気持ちは理解しているのに、やっぱり納得出来ていないから。




 ------------優奈さんは、バイトがある日も、バイト終わりにウチに来る様になった。


 優衣が事故に遭って以来、母親との関係が良くなく、家に帰りたくないらしい。


 優奈さんがウチに来る事を、オレの両親はあまり良く思っていない。


 オレの両親も、あの日の事がひっかかっている様だ。


 だけど、オレと優奈さんにお見舞いに来て欲しくない優衣は『2人で勉強会をして』と言っているし、怪我をしている痛々しい優衣の言う事を、大人たちも優奈さんもオレも優先すべきだろうという空気になっていた。


 毎日の様に優奈さんを部屋に迎え入れる。


 ただ、あの日以降、優奈さんを抱いていない。


 優衣が入院している時に、そんな事出来ない。


 優奈さんから抱きついてきたり、キスをしてきた時は応じるけど、優奈さんが自分から誘えるタイプではない事をいい事に、セックスはしない。


 オレも普通の高校生だから、ムラムラしないかと言ったら全然するけれど、これ以上優衣に嫌われたくない。


 優衣は、優奈さんとオレが付き合うのはめでたい事って言っていたみたいだけれど、優奈さんとの関係を深めてしまったら、優衣が離れて行きそうで。


 それは絶対に嫌だ。


 だから当初の予定通り、ただの勉強会。


 だって、この期に及んで再テストに合格出来なかったら、それこそ優衣に合わせる顔がない。

 

 優衣がオレを拒否している事は承知の上だけれど、やっぱりオレは優衣と関わっていたい。


 優衣は、オレにとって大事な幼なじみだから。


 今まで、ケンカした事も当然あったけれど、ここまでギクシャクした事はなかった。


 修復の手立てが分からない。


 嫌がられているのかも知れないけれど、優衣に毎日LINEメッセージを送った。


 優衣は、なんだかんだ既読スルーをする事はなくて、


 〔全然元気。 だから、お見舞いとかまじでいらないし。 ワタシの事は気にしなくて大丈夫。 お姉ちゃんの事、お願いね〕


 と、どんなメッセージを送ろうとも、お見舞いを断る返信をしてきた。


 全然大丈夫なら、お見舞いに行かせてよ。


 どうしたら仲直り出来るのだろう。




 -------------優衣が入院したまま、夏休みに入った。


 優奈さんとの勉強会のおかげで、夏休みの補講は免れる事は出来たけれど、夏休みになっても優衣に会えない。


 優衣がオレを拒んでいるから。


 追試はパスしたのに、優奈さんは毎日オレの部屋を訪ねて来る。 オレの部屋しか居場所がないから。



 優奈さんの事が好きなのに、優奈さんが毎日オレの部屋にいる事に違和感を感じる。


 やっぱり、優衣じゃないとしっくりこない。




 毎年やってくる夏休み。


 毎年優衣と過ごした夏休み。


 今年は優奈さんと一緒の夏休み。


 好きな人といられるというのにあまり胸が弾まないのは、優衣が怪我をしてしまったからなのだろうか。


 優衣が事故に遭う事もなく、元気に走り回れる状態だったとしたら、オレはこの状態をもっと楽しめていたのだろうか。



 優衣としていたゲームを優奈さんとしてみたり、優衣と食べていたお菓子を優奈さんと食べてみたり、優衣と見ていたバラエティーを優奈さんと見てみたり、優衣と一緒に行っていたコンビ二に優奈さんと行ってみたり。


 全部が優衣と違った。


 優衣とするゲームは、阿吽の呼吸でタイミングを合わせて進める事が出来たけれど、優奈さんとはズレが出てしまう。


 優衣がハマって大口を開けてひと口で放り込んでいたお菓子を、優奈さんは小さな口でリスみたいに食べていて。


 優衣が毎週楽しみにしていて、毎回お腹を抱えて大笑いしてるバラエティーを見ても、優奈さんは口に手を当ててクスクス可愛く笑っていて。


 優衣とコンビ二に行けば、一目散にお菓子コーナーに行くけれど、優奈さんはドリンクの冷蔵庫に行ってミルクティーを手に取り、買うお菓子はプリンなどのスイーツ。


 何もかもが可愛くて、女のコらしい優奈さん。


 男友達と変わらない扱いをしても平気だった優衣と優奈さんは違う。


 オレはきっと、そんな優奈さんに恋をしたのだと思う。


 優衣と一緒に居られない事を寂しがるのは、優奈さんに対して失礼な事なのかもしれない。



 だけどやっぱり、優衣と一緒にゲームしてお菓子を食べてテレビ見て爆笑してコンビ二の新発売のお菓子の批評をしたりしたい。



 -------------そんな毎日を消化していると、夏休みも残り3日になっていた。


 学校が始まるのはだるい。


 ただ、今年は夏休みが終わることに淋しさはなかった。


 オレは大人になった時、優奈さんと過ごした今年の夏休みを思い返す事はあるのだろうか。


 優奈さんも、こんな風に考えているオレなんかといて楽しかったのだろうか。


 優衣は、病院で退屈な夏休みを送っていたのだろうか。




 今日、優衣が退院をした。


 新学期に間に合った。


 退院したのに、優衣はオレの部屋に顔を出しても来ないし、相変わらず避けられてはいるけれど、踏ん張って優衣と同じ高校に入って良かった。


 優衣に、会える。




 ------------夏休みが終了し、今日から新学期。


 優衣もオレも普段はチャリ通学だけど、まだ松葉杖を使っているらしい優衣は多分バスで通うのだろう。


 早起きがこの世で1番嫌いなのに、優衣と同じバスに乗るべく目覚ましをかけまくった。


 1秒でも長く寝ていたい気持ちを振い立たせ、気合を入れて何とか早起きに成功し、洗面所で顔を洗っていた時、


 「律、晃くんと一緒に学校行く約束してるんじゃないの?? 新聞取りに行ったら、晃くんエントランスにいたけど」


 オカンが『待たせてるなら急ぎなさい』とオレを急かした。


 ・・・なんで晃がマンションのエントランスにいるんだろう。


 どうせ学校で会える晃と、一緒に学校へ行く約束なんかしていない。


 とりあえず濡れた顔をタオルで拭き取り、急いで制服に着替えて玄関を出た。

 

 エレベーターを降り、エントランスに行くと、壁にもたれかかる晃を発見。


 「晃、どうしたんだよ。 なんで晃がここにいんの??」


 晃に駆け寄ると、


 「優衣と一緒に学校行く約束しててさ。 優衣の怪我まだ完治してないし、心配だから。 ・・・・・・学校行ったら話そうと思ってたんだけどさ、オレ、優衣とつき合う事になったから」


 晃が照れくさそうに笑った。


 「・・・・・・え。」


 ・・・・・・優衣と晃が、付き合う??

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