分岐点。
ワタシには、律という同い年の幼なじみがいる。
同じマンションに住んでいて、母親同士が仲が良かった為、律とは昔から良く遊んでいる。
そんな律は、幼い頃からずっと4コ上、大学2年のワタシの姉に片思いをしている。
少女マンガや、ネット小説の王道パターンである。
ただ、ワタシは律に恋をしていないので、ちょっとだけ王道から外れている。
むしろ、絶賛応援中である。
熟成して発酵しそうなほど長年に渡る、律の姉への想いを知っているだけに、いつか実って欲しいと切に願っている。
そんな律とワタシは、この春めでたく同じ高校に入学した。
2人共朝が激弱な為、家から1番近い高校を目指し、受験勉強に励んだ。
ワタシの方は合格圏内だったのだけれど、律はまさかのD判定。
担任に『志望校を変更しろ』と何度も言われていたけれど、『早起きをしたくない』という思いだけで、意地の・・・というか、奇跡の補欠合格を果たした。
・・・が、これが彼の悲劇の始まりだった。
「・・・・・・終わった。 次の再テスト通らなかったら、オレの夏休み補講で消える」
そう言って嘆く律の手には、シャーペンではなくゲームのコントローラーが握られていて、ワタシと肩を並べながら戦国武将をバッタバッタと力を合わせて切り倒している。
律の部屋でゲームをするのが、ワタシたちの日課である。
「だったら、ゲームしてないで勉強しろよ」
呆れながらワタシたちのゲームを見守るのは、律が高校で仲良くなった晃くん。
高校に入ってから、晃くんも当たり前の様に律の部屋に入り浸る様になった。
「オマエらに落ちこぼれの気持ちなんか分かるわけないんだよ」
拗ねながらもコントローラーも手放さず、テレビ画面から目も離さない律。
全く勉強する気がないらしい。
律は、自分のスキルより高いレベルの高校に入ってしまった為、授業に全然ついていけないらしい。
「イヤ、別に解りたいとも思ってないけどね」
一瞬だけ律に白い目を向けると、ワタシもまたテレビに釘付けになりながら、敵の成敗に精を出した。
「優衣、冷たい」
律が勝手に〔TIME〕ボタンを押して一旦ゲームを止めると、ワタシを軽く睨みながら、律とワタシのゲームのお供のスナック菓子を口に放り込んだ。
「ほぅ。 ワタシにそんな口を利くんだね、律は」
ゲームが止まってしまった為、ワタシもスナック菓子を摘む。
「何、その言い方。 オレ、優衣に弱みも握られてないし、借りもないと思うんだけど??」
ワタシの態度が腑に落ちない様子の律。
「お姉ちゃん、彼氏と別れて今傷心状態みたいだよ」
「・・・・・・へぇ」
そっけない振りをして、本当は興味津々の律。
物心つく前から一緒にいる為、律の胸の内は大体分かる。
「・・・ん?? 何?? 今、何の話してんの??」
が、晃くんには分からない様で、突然変わった話題に首を傾げていた。
「あぁ、律ってウチのお姉ちゃんの事大好きなんだよ。 初恋がウチのお姉ちゃんで、ずっとお姉ちゃん一筋なの。 他の人好きになった事ないんだよ」
「えぇぇぇええ!! 律って見かけに寄らずピュアピュアじゃん!! そんなヤツ、少女マンガの中だけだと思ってたわ。 実在すんのな」
ワタシの言葉に晃くんが驚きながら喰いついた。
「何サラっとバラしてんのよ、優衣」
バツが悪そうに口を尖らせる律。
「イヤイヤイヤ。 隠す気なんかなかったでしょうよ。 『優奈さん大好き。優奈さん大好き』って公言するかの様に呪文みたく唱えてたくせに。 お姉ちゃんにもバレてるっつーの」
「それ、小学生の時の話だろうが」
「今も変わってないくせに」
「・・・・・・うるさいなー」
律の弱点は『お姉ちゃん』だ。
そこを刺激すると、たちまちに律は太刀打ち出来なくなるんだ。 昔から。
「・・・で、何で突然、優衣のお姉さんの話??」
晃くんが話を本筋に戻す。
「あぁ、昨日お姉ちゃんに頼んでみたんだよ。 『律の赤点の数が凄まじいから、お姉ちゃん教えてあげられないかな?』って。 『バイトない日ならいいよ』ってさ」
律に向かって『ニィ』と笑って見せると、律が両手でワタシの右手を握り、
「コンビ二に行こうか、優衣様!! 1番高くて1番美味しいアイスを買って差し上げよう!!」
喜びを爆発させた。
親友の様な幼なじみが喜んでくれるのは、やっぱり嬉しい。
こうして、律の再テストまでの期間、律とお姉ちゃんとの勉強会が始まった。
ウチの両親と律の両親は共働きで、夕方まで帰って来ない。
律は、お姉ちゃんのバイトのない日は一目散に家に帰り、自分の部屋を掃除してお姉ちゃんが尋ねてくるのを待ち構えているらしい。
ワタシがゲームをしに行っても、全然片付けもしないくせに。
若干ムカつくけど、恋をしている律は、何だかカワイイ。
そんな律は、今日もお姉ちゃんとの勉強会があるらしく、最後の授業が終わるチャイムが鳴ると同時に教室を・・・なんなら学校を出て行った。
ワタシは赤点など1つも取らなかったので、優雅にチャリに跨り校門を出た。
・・・差し入れでも持ってってあげようかな。
ふいに思い立ち、帰る途中でコンビ二に寄り、お姉ちゃんの好きなミルクティー、律がよく飲んでいる炭酸飲料、2人の好きなアイスやお菓子を買うと、またチャリに跨り家に向かう。
軽快にチャリを漕いでいる時だった。
強い横風が吹いた。
前を走っていった自転車が、風に煽られて横に倒れた。
----------危ない!! 轢いちゃう!!
急に止まれなくて、倒れた自転車を避けようと車道に出た瞬間、車のけたたましいクラクションの音がした。
その直後、鈍い接触音がして、壁にぶつかって跳ね返るボールの様に、自分の身体が宙に浮いた。
世界がコマ送りの様に見えた。
目の前で静止画を『パッパッ』と切り替えられている様な。
そんな景色を見ていたら、アスファルトの灰色一色の画が目の前に飛び込んできて、その後地面に叩きつけられた。
驚きと恐怖で、痛みは感じない。
ただ、ワタシの頭は冷静でいてくれて、『自分が車に撥ねられた』という認識は出来た。
ガタガタ震える身体。
霞み行く視界。
-------------怖い。
ワタシ、死んでしまうのかもしれない。 死にたくない。 誰か助けて。 誰か。
助けを呼ぼうと、制服のスカートのポケットに入っている携帯を取り出そうと身体を動かす。
・・・・・・おかしい。 思うように動かない。 左側が、全く動かない。
右手も震えて言う事を聞かない。
それでも懸命に右手を動かし、何とか携帯を取り出す。
助けて!!お母さん!!
1番最初に頭を過ぎったのは、お母さん。 だけど・・・。
-----------ダメだ。 お母さんもお父さんもシゴト中だ。 着信に気付いてもらえないかもしれない。
-----------お姉ちゃん!! お姉ちゃんなら律と一緒に勉強してるはずだ。
お姉ちゃんなら電話に出てくれる。
左右に小刻みに揺れる手で携帯を操り、お姉ちゃんに電話を掛けた。
5コールでお姉ちゃんは出てくれた。
『優衣、どうしたの??』
「・・・・・・」
『助けて!!』言いたいのに、言葉が出ない。
必死で気付かなかったけれど、息もしづらい。 苦しい。
どうしよう。 お姉ちゃん!! 怖いよ!!
『優衣?? 声聞こえないよ?? どうしたの?? 何かあった??』
受話器の向こうから、お姉ちゃんの声が聞こえる。
『電話、優衣??』
律の声も聞こえて、
『優衣、おかしいの。 喋らないの』『何、ソレ』
お姉ちゃんと律の会話も聞こえてきて、
『優衣、邪魔すんなよ。 切るぞ』
と言う律の声の後に、電話が切れた。
襲いかかる絶望と共に、視界が暗くなってきて、意識もどんどん遠のく。
悲しみの余り、抗う事さえする気になれずに、そのまま目を閉じた。