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第一章 4

  4

「大丈夫でございますか?」

 明滅する意識で、そんな優しい声が耳に届いた。その言葉で、ようやく意識がしっかりし、目の焦点も合う。

まず目に入ったのは、ブロンドの髪をセミロングに纏め、白衣に(そういう専門的な物なのかは分からないが)身を包んだ女性が、私の顔を覗き込んでいた。その背後にはコンクリート打ちっぱなしの天井に裸電球が吊られているのが見て取れた。

無意識に立ち上がろうと手を付くと、全身に鋭い痛みが走った。激痛、とまではいかなくても、突然訪れた痛みに、思わず顔を顰めると、顔だけ動かし自分の体を把握する。

焼け爛れた服に、そこから覗く肢体には火傷や出血の後、そして特に痛む箇所にはガーゼや包帯といった処置が施されていた。

「まだ痛むのでございましょう。もう少し横になっているのがよろしいのでは?」

「いえ・・・大丈夫です」

 心から労わってくれるのであろう女性にそう言うと、今度はゆっくりと肢体に力を入れると、多少痛みは残るが、どうにか動く。

緩慢な動きで横になっていた場所にそのまま座ると、女性は感心した様に目を見開くと、何度か頷いている。

「え・・・っと、ありがとうございます?」

「疑問形で言われても相手には伝わりませんし、元より私が行なったことなど傷口の消毒して包帯を巻いて差し上げただけです。・・・まあその必要はあまり無かった様ですが」

 そう言って、柔らかに口に手を当てて微笑む女性。

出来るなら、この好意に甘えて、もう少しだけでも平穏を味わいたい。だが、神さまと言うのは、そんな陳腐な願いは聞き入れないらしい。あるいは、それすらも『勝ち取れ』とでも言っているかのように。

私は言葉を選んで、口を開く。

「みたいですね。・・・で、あなたも同類ですか?」

 先程までの空気はどこかへ消え、周囲の体感温度が三度程下がる。ゆっくりと全身に力を込める。

張り詰められた空気だったが、女性は表情を一切崩さずに口を開く。

「・・・おそらくは。ですが、それがどうか致しましたでしょうか?」

 微笑む。

こちらが敵意を剥き出しにし、臨戦態勢まで取ったのに、彼女は嫌な顔一つ見せずに、そう切り返した。駆け引きとか、そんなのでは無く、純粋にそう思って。

「『同じ「代理人」なのに、戦わない』・・・あなたはそう言いたいの?」

 彼女が『代理人』になって、こんな殺し合いに参加するからには、それ相応の理由や覚悟が存在する筈だ。それが、単なる欲望であったとしても。

なのに彼女は、ライバルを一人でも減らさないといけないこの状況で、『戦わない』という選択を取った。

「・・・どうして?」

 小さく呟いた声は、彼女には届かなかった様で小首を傾げている。

「どうして?」

 今度は、明確に聞こえるように、尋ねるように目を見据えて言う。

「どうして、あなたはそんなに落ち着いていられるの?『こんなもの』に参加したからには、何か理由があるんでしょ?誰にも譲れない想いがあるんでしょ?なのに、何で手当してくれたの?私が目を覚ますまで待ってたの?私が起きる前にケリを付けても誰も批難しない。私なら絶対そうしたよ」

 その言葉を、彼女は困惑した様な顔をすると、しばしの間、何かを考える素振りを見せると、言葉を紡いだ。


「そんなに難しい事でしょうか?」


 心底分からない、と言うように。何故そんな質問をするのか、とでも言うように。


「私は非営利団体で医者として、紛争地域や医療の整っていない発展途上国に赴いて沢山の人を見てきました。世界中を飛び回ってきました」


 静かに語り出されたそれは、彼女の歩んできた道のりなのだろう。もしかしたら、自らの覚悟を再確認しているのかも知れない。


「最初は、どれだけ焼け石に水であっても、誰かの役に立てている、そう思っていましたし、今でも思わなくありません。しかし、ある時、この世界の不条理さを見せつけられました。それは、同じ国に二度目の派遣を行なった時です。二度目という事もあって、前回治療した患者の皆様から大変な歓迎を受けました。自慢ではありませんが、私は自分で診察した患者の顔は全て記憶している自負があります。そして、前回同様、診察をしていると、ある患者が訪れました。前回治療した筈の患者です。体調管理には気を配っていたらしいのですが、やはり環境が悪かったのか、再発してしまった様でした。どういう事か分かりますか?焼け石に水、では無く、そもそも焼け石に水が届かず、焼け石に届く前に水が蒸散してしまった感じです。やはり、核心をどうにかしないと、何度も同じことの繰り返しになるのでは無いか、そう思ったのです」


 先進国では、風邪やインフルエンザなんて例外もあるが、普通、同じ病気には罹りづらい。だが、それは環境や医療設備が整った場所であるからだ。では、発展途上国では?

答えは否だ。

発展途上国に、そのような環境を求めるのはどだい、無理な話だ。

しかし、彼女は『それに』疑問を持った。

色んな苦悩を押し隠して、語る彼女の顔は、苦痛の色を浮かべていた。

彼女はその時の記憶を振り払うかの様に首を振ると続ける。

「貴方は、先程お聞きしましたね。『理由があるのか』と。勿論です。この不平等な世界を完全に均すこと、それが私の『理由』です」

「・・・壮大ですね」

 それ以外に気の効いた言葉は出なかった。だが、素直にそう思ったのも事実だった。

「はい。ですが、この戦いに勝てば、その道も見えてくる。私一人では不可能なものでしたから」

 にっこりと微笑む彼女の笑顔の奥には、はっきりと決意の表情が見て取れた。

「ですので、私は自分の利益の為に、誰かの不意を突いてまで勝ちたいとは思いません。争い事も生来苦手ですが、それでも正々堂々と正面から戦いたいと思います・・・で、どうなさりますか?」

 それは、『ここで私と戦うか』という質問だ。そして私は、『何を、どうするか』は既に出ていた。

私は自分の考えを再度咀嚼し、もう一度再考し、同じ結果になることを確認して、口を開く。

「私とあなたでは、戦う理由が重なってます。というより、あなたの『願い』が叶えば、私の『願い』以上のリターンがある。あなたがやる気の無いのなら、私に戦意は無いわ」

 有難うございます、と彼女は深々と頭を下げて礼を述べる。

「私も、折角助けた相手を再度傷つけるのは気が引けました。ところで、これからどうしましょうか?」

「そうですね・・・」

 呟きながら、何か違和感が頭の芯に警告する。彼女も同じなのか、顔を見合わせ怪訝な顔をする。そのまま同じ方向の壁へと視線を向ける。

 そして・・・、

 

 視線を向けて遅れること数秒、目を向けていた壁が突如、外から破砕された。


砲弾の如く飛び散る瓦礫を左に跳んで、そちらの壁を破壊して外に飛び出る。彼女も逆方向に跳んで外に逃れたらしい。

四面ある内の三面が崩れた事で、自重に耐え切れなくなった建物は失敗したジェンガの様に簡単に崩れた。

しかし、それを気にしている時間は無かった。

崩れた建物を囲む、ようは私たちをグルリと囲むようにして数十人の誰かがこちらを見据えていた。

しかし、ただの人間では断じて無い。直感がそう告げていた。

であるとすれば、彼らの正体は自ずと決まってくる――――、

「――――何か勘違いしてると思うから言っておくが、『そいつら』は『代理人』じゃないぞ」

 その声の出処を探すと・・・見つけた。

高みの見物でもしているつもりなのか、一際高い建物から見下ろす男性。

「良いのか?よそ見をしていても」

 再び目を地上に戻すと、右の方では既に彼女が『彼ら』と戦っており、こちらにも数人が高速で接近していた。

速い。

おおよそ常人からはかけ離れた・・・それこそ『代理人』のような特殊な人間で無ければ出ないような速度で距離を詰めてきていた。

さっきの男性の言葉を怪訝に思いながら、感覚を研ぎ澄ます。

先刻、大跳躍を行なった時のように相手の動きが引き延ばされていく。しかし、それでもなお速い。

迫る数人の動きを目で追っていた。だが、不意に妙な感覚に襲われる。と同時に、殆ど自動的に左腕を顔の横に構える。困惑する私を置いて状況は進んでいく。

直後に、その構えた腕に鈍い音と共に、凄まじい衝撃が伝播した。

人形のように弾き飛ばされると、二転三転して両手両足を使って全力で制動を掛ける。

顔を上げると、何に飛ばされたのかはすぐに確認できた。私が立っていた場所に、丁度私の視界のなっていた背後から回し蹴りが入ったのだ。

それを受けた腕は、受けた衝撃や音と比べると若干痛みが走るだけで、折れている様子は無かった。

「大丈夫ですか!?」

 背後からは、未だに戦っている筈の名前も知らない彼女の声が届くが、それには片手を挙げて応える。既に、先程の数人がこちらに向かってくる。

それに対して、私が行なったことは簡単。

さっきみたいに、いちいち『待つ』必要は無い。ただ、前に跳び出せば良い。

勿論、向かってくる相手が重なるタイミングで、その先頭の敵目掛けて、そいつをぶっ飛ばす位の勢いで。


ゴッッッッッッッっっっ!!


私の拳にめり込んだ感触が伝わる前には、向かってきた相手は文字通り『一掃』された。今回は、力加減が功を奏したのか、建物を次々と破壊すること無く、壁に突き刺さって沈黙していた。加減の仕方は何とか掴めてきた。

掴んだ要領で、足元の瓦礫を数個、未だに攻めあぐねている名前も知らない女性を取り囲んでいる敵に向けて蹴り飛ばす。蹴った衝撃で瓦礫が砕けるような事にはならず、狙ったとおりの軌道で全弾命中する。

しかし、それでも尚、男性を守るようにして陣取っているのが十体程。そして、その向こうで笑みを消さない男性。

「あの数を殆ど一人で倒すとは・・・驚いたね」

 表情に余裕の色を見せながら、見下すように言う。

「敵に驚かれるのは二回目よ。と言っても、この丈夫さには私も驚いてるけど」

 言葉を返し、女性の方に目を向ける。だが、そこに居るはずの白衣の姿は無かった。

怪訝に思うが表情に出さずに、視線を男性に戻す。

「(しばしの間、時間を稼いで頂きたいです)」

 と、唐突に耳元に囁かれる。

驚いた拍子に姿をもう一度捜そうと首が動きそうになるのを、何かに抑えられた。

「(私の力は、おそらく取り巻きには通用しません。ですが、それを束ねるあの方でしたら、どうにか出来るとおもいますので、彼の注意を引きつけて頂きたいです。私を信じて、などとは申しません。名前も知らない間柄ですので、それは傲慢な事だと思いますので――――)

「――――私の名前はアドゥラ・モンドラーネよ!」

 耳元で囁いていたであろう女性の言葉を遮って、声を張り上げて名乗る。

「(・・・っ!?)」

 息を呑んだのが姿が見えなくても伝わってくる。だが、構わず続ける。

「戦神メンチュ。その名の元に、私はこの『戦争』に参加した!あなたも名乗ってみたらどう?不意打ちしかできなような臆病者さん?」

 これは、勿論彼に向けた言葉では無い。そう聞こえるように最後にああ付け足してはいるが、これは隣に居るであろう女性に向けたものだ。だが、その言葉は男を激昂させるのには十分過ぎる言葉だったらしい。この距離で見ても眉間に皺を寄せ、拳を震わせているのが分かる。

「(名を告げることで信頼を得れるのなら、私は誰にだって告げてみせる。あなたは、教えてくれるかしら?)」

「(貴方って人は・・・自分の名前はおろか、神の名前まで口にするなんて。それがどれほど危険を孕んでいることか理解していますか?)」

 笑っているのか、怒っているのか、女性の声は震えていた。

「(言ったでしょ、名前で信頼が買えるなら名乗ってみせるわよ。それで何かを守れるなら、ね。・・・危険ってどんな事があるの?)」

 最後に本気で心配になった事も尋ねる。名を明かすことが、どれだけの危険を引き寄せるのかなど、知っているはずがない。確か、さっき会った少年も、最初に神の名を尋ねてきた気がするが、それと関係があるのだろうか。

「(はぁ・・・分かりました。私も隠そうと思っていた訳ではありませんし。私の名前はテレサ・ペイン。魔術の神にして、聖母と称えられ、玉座の守護を任される女神イシス。それが私の神です)」

「(イシス・・・結構有名な神さまね。少なくても、私のよりは。じゃあ、テレサ。あいつをお願いね)」

 茶化すように言って頼むと、テレサが音も無く離れるのを感じた。

「――――おいっ!そこの女っ!人に喧嘩売るのも大概にしろよ!」

 完全に忘れていた男性が叫ぶ。驚いてそちらを見ると、頭に血が上っているのか、顔が真っ赤になっている。

「俺の名は、タマラ・デ・ルシアだ!冥界の王、オシリスに選ばれた人間だ!」

 指を突きつけて口上を述べるが、正直興味は無い。そもそも、わかりやすく、テレサに伝える為に声を張り上げたのだから、彼の返答など気にしていなかった。

そんな表情を浮かべたせいか、さらに激昂する。

「ふざけてんじゃねぇぞ!」

 一喝に呼応する様に、ルシアが周囲に侍らせていた奴らも私に正対する。当初の目的とはずれたが、今の目的とは一致したようだ。後は、この戦闘を出来るだけ引っ張るだけだ。

そうやって身構える私に向けて、一体が突進してくる。先程の様に不規則な軌道では無く真っ直ぐに突っ込む。やはり、人間が叩き出せる速度では無いことは確かだ。彼らの正体も気にはなるが、ひとまず最前の問題に着手する。

私は体を捻り、右足を浮かせると左足を軸に、向かってきた敵の顔を真横へと蹴り飛ばす。それを号砲に、一斉に敵がこちらに飛び込んでくる。私も飛び込みたいのを我慢して、その場で敵を迎え撃つ。

一斉に飛び掛ってきたとは言え、前方から同時に攻撃を仕掛けられるのは精々三体程度。残りの過半数以上は左右へと散開している。

真正面に一体、その左右に二体。向かって左側の敵は右手で刈り込むように、右側はそれと対照的な動きをし、真正面の敵は真っ直ぐに突き込んでくる。

一撃で仕留めるのは容易い。さっきもやってのけたのだから当然だ。だが、今度は出来るだけルシアの注意を引かなればならない。一瞬で片を付けてしまうのは得策では無い。

よって、あえて真正面へと踏み込む。そこから向かってくる拳を余裕を持って躱し、返す刀で肘を入れる。しかも、踏み込んだ事で左右の敵の拳は私を捉えず、お互いの頬へと吸い込まれていった。

実に呆気ないが、敵はまだ過半数が残っている。肘を入れて沈黙させた敵の襟をもう片方の手で掴むと真後ろへと投げ捨てる。そこには、背後から高速で突っ込もうとしていた敵。起きることは明白だ。

早速四体撃破。だが、順調に行き過ぎるのも問題だ。

「あんたの手足は脳筋ばっかなのね」

 散開している敵を意に介さず、不敵に笑ってみせる。それにあからさまに、頭に血を上らせていくルシア。

勝てる気しかしなかった。テレサが裏で動いているおかげもあるが、それでも自信に満ち溢れていた。それほどに彼我の差は圧倒的に思えた。

 だから、ルシアを止めようとはしなかった。彼の紡ぐ文言を。


「万象取り込む、無間の漆黒よ」

彼はゆっくりとした口調で続ける。


「生きとし生ける者を縛る牢獄と化し、」

殊更、ゆっくりと紡いでいく。


「死して滅ぶ者を慰む饗宴となせ」

異質な緊張感がその場を支配していく。


「されば、生者死者の垣根を越え、」

 何かが歪むような、全てを塗り替えるような、そんな『何か』が満ちていく。


「我は王の座へと返り咲かんッッッっっっ!!!」

 

その言葉を最後に、視界が、現実が、歪んだ。


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