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第一章 18


18

私は、自然と固く拳を握っていた。もしかしたら、鬼の形相になっているかもしれない。自分では見えないから何とも言えないが。

しかし、怒気を抑えきれていない自覚はある。

では、何に対して?

答えは簡単。

今現在、『そいつ』はマリアの傍におり、そのマリアは何らかの力によって光の檻に囚われているのだ。

マリアが目を覚ませば、自力で脱出出来るかもしれないが、今は私との戦闘での一撃で昏倒している。

意識のないマリアを捕らえている。

私の『妹』を捕らえている。

事情は把握できないが、怒気を溢れさせるには充分すぎる。

しかも、マリアを捕らえている人物は。


私よりも一回りほど身長が低めで。

煉瓦のようにくすんだ茶髪。

鋭さはないが、底知れぬ眼光を宿した双眸。

パーカーを羽織り、下はジーパンというラフな格好。

そして――――一度私が負けた相手。


名前は知らない。本人の名前も、神の名前も。

ただ、圧倒的な圧迫感と存在感。どれだけ人混みに居たとしても、それこそ集中すれば大陸のどこにいるかすらも把握できそうな程の気配。

多少の『力』の使い方を理解し、戦い方が分かった今なら分かる。私と彼に開いた絶対的な実力の差。

彼は本質的に、『私』が勝てる相手ではないことが、分かってしまう。

あるいは徒手空拳のリーチ。

あるいは単純な膂力。

あるいは一撃の破壊力。

そういった要素ならばこちらが勝っている可能性はある。

しかし、それでも彼と死闘を繰り広げれば、死ぬのは高確率で私だ。

思わず、言葉が溢れた。

「あんた……一体何者……?」

私の声は震えてはいなかっただろうか。それすらも怪しいくらいのプレッシャーだ。そんな私の考えを余所に、少年は微かに笑みを湛えている。

「僕が何者か……か。存外、核心を突いた質問だ。先の戦闘、良い物を見せてもらった礼だ。答えてやる。僕の名はデ……アナンシだ」

一度言葉を切った少年は、しっかりと言い切る。 一度詰まった事実を覆い隠すように。

アナンシ。彼の名乗った名は本名なのだろうか。普通に考えれば少年が自ら神の名を明かすとは思えない。だが、その名には聞き覚え、というか見覚えがある。

テレサにみっちりと叩き込まれたあの地獄。正直に答えると半分も思い出せないが、 その時にだ。

ただ……あの膨大な量の情報から何故、見覚えがあるのか?もしかしたら、覚えている半分の情報の中に答えがあるのかも知れない。

いや……。そうではない。

頭が即座に否定する。

見覚え、というよりは何らかの違和感があるのだ。

確かに答えは頭の中にある。あの勉強地獄の時に得た情報の中に。


ゾッッッッッッッッッォォォォォォォ!!!!????


彼――――アナンシから放たれる、極大極悪の殺気によって全身が凍りつく。

何が起きるかは分からなかった。ただ明確に、その場にいてはならない、と生存本能ががなりたてる。

――――すぐさま、体が動いた。

目的は避けるため。移動座標はアナンシの懐。

突如、自分に向かって飛び込む私に彼も虚を突かれたのか一瞬だけ、目を見開く。

カァァァァァァァァッッッッッッッッッッ!!!!!!

視界は真っ白に染まった。そして、耳は爆音で聾されている。灼熱の如く大気は、容赦なく皮膚を焦がす。

だが、生きている。その全ての感覚が私の生きている証明だ。恐らくだが、自らの攻撃に巻き込まれないように自分の周囲はセーフティゾーンにしているのだろう。

時間にしたら、ほんの数秒。その現象は席巻した。

そして、視力や聴力が戻ったのはそれから数秒経ってからだった。

それまで、アナンシが攻撃を仕掛けなかった。強者としての余裕なのか、連続攻撃が行えないのか定かではないが、とにかく初撃は凌いだ。

戻った視力で、アナンシを睨む。やはり、余裕の笑みは絶やしていない。

私は拳を握ると、一気に距離を詰める。馬鹿正直に正面からは攻めずに、左へと流れる。

常人にはまず視認されない速度で回り込んだ。だが、アナンシが見逃すはずがなく、彼の視線はしっかりと私を追っている。

だが、そんなことは構わない。こいつが防御をしようが、避けようが、全力でぶっぱなす。

――――如何な軍勢をも蹴散らし!

踏み込みは地盤そのものを割った。


――――如何な強固な城壁をも穿ち!

腕を引き絞った勢いは砂塵を巻き起こす。


――――如何な戦争において勝利を確約せしめる。

万物を我に相応しき器とし、我が武をもって其れを成し遂げん !!


「私の妹に手を出してッッッッ!ただで済むとは思ってないでしょうねッッッッッッッッ!!!!」

神葬は解放した。今度使うのは、自らの身体。

代理人としてのこの身体なら、素体として申し分ないはず。

あとは、全力でそれを振るうだけだ。

本能が言っている。こいつ相手に、手加減なんてしていられない。

それこそ……世界を消し飛ばすくらいの力が必要だ、と。


そして …………………………………………………………………… ―――――――――世界の連続性は、一度断たれた。


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