サンザシの妖精
短編の練習その2。少し前に季節ものとして書きました。短編と言うよりもショートショートに近いかもしれません。ただ、綺麗な物語を書きたかったのですが、もの凄く難しかったです。
妖精というのはたいへん悪戯好きで、人に悪事を働くとも言われている。
また、サンザシの周りで歌を歌い、恋の成就を助けるのも妖精だった。
妖精はこの花を好み、そばで歌い踊るというのだ。
五月に最も妖精の力が強くなるのだという。
五月祭にサンザシを切ることは不吉とされ、またサンザシの花の下で眠ることも不吉とされている。居眠りをした、美しい娘を連れ去ってしまうと言う。
エミリオの家は貴族であったが、代が変わる度に家業を変えてしまっていたために、まったく儲かっていなかった。
租税も少なく、家業を道楽と言うにはあまりに苦しかった。
貴族といえども、貧しく、卑しい家だと馬鹿にされた。
さて、このエミリオ。移り気の激しい一族とは違い大変に実直で勤勉だった。
八男坊ということもあり、奉公に出たりした。
遊びもせずに、家計の足しになれば働き続けた。
パン焼き職人の下につき、朝もそぞろに身を粉にして働いた。
休みを貰った日には、街頭で靴磨きなどをしていた。
同僚には馬鹿にされたが、よく働く好青年だった。
あるときに、友人の付き合いで晩餐会に誘われた。
エミリオはなかなかの美男子であったが、ずぅぅっと働いているうちに、手の平は分厚くなり、顔の血色もあまり良いとは言えない。肌だって色つやある友人に比べたらくすんだものだった。綺麗な金髪も、今では汚れてしまい、やや煤けた色をしていた。
そんな自分では恥ずかしくて社交界などに出る気はなかっのだが、友人が、
「お前も16になる。そろそろ付き合いに慣れたほうがいい。それに、この晩餐会には大層綺麗な女性が来るらしい。とてもじゃないが、ひとりでなんて緊張していけやしないよ」
どうしてもついて来て欲しいと頼み込んだので、仕方なくついていった。
パーティーに行けば、やはりみすぼらしい格好を馬鹿にされてしまった。
友人がフォローをしていようだが、まるで月とすっぽん。友人のだしにされてしまった気分だ。
ふらふらと会場から抜け出すと、サンザシの木の下までやってきた。
すると、美しい娘が眠りこけて居るではないか。
エミリオは大変だと、娘を起こした。
「あらいやだ。あまりにもつまらなくて眠ってしまったわ」
「こんなところで寝ているなんて危ないな。妖精に連れさられてしまっても知らないよ」
「あら、サンザシの木陰で待っていると。素敵な殿方が現れるのを知っていたかしら?」
「薔薇物語の針歌だね。君には薔薇の痣でもあるのかい?」
「見たいのですか?」
悪戯っぽく笑うと、すぅっと少しスカートをつまみ上げてみた。
そのヒロインの太股には薔薇の痕があるという。ひょんなことでその秘密が暴かれ、彼女は困難に見舞われるが、無事に結ばれたという。
「や、やめてくれ」
淑女とは言えないはしたない動作だった。
エミリオは彼女のどきりとする仕種に、クピードの矢に打ち抜かれたようになってしまった。
つまりは惚れてしまったのだ。
彼女の名前はフロリーヌと言った。
フロリーヌも、実直な彼の人柄に惹かれ、何度か逢瀬をするようになった。
ただ、合って話すだけだが、エミリオの話を良く聞いていた。
出会う場所は必ずサンザシの下へ。
逢瀬の合図は、必ずエリオットが白い花をある生け垣に植えるのだ。
それが摘み取られていれば、逢瀬の合図だった。
五月一日にエミリオはフロリーヌに花を贈った。
それは鈴蘭の花束だった。
フロリーヌはその花を大層喜んだのだった。
その日の鈴蘭は、妻や恋人に贈る花だった。
この秘密の逢瀬は、一年ほど続いた。
しかし、フロリーヌの15の誕生日のときにある話が持ち上がった。
それは婚約の話だ。
美しいフロリーヌに求婚をする人間は多い。
一体どの殿方が彼女を射止めるのか、そんな話で街が賑わっていた。
彼女に求婚する男性は、誰も彼もが申し分のない――身分と財力を持っていた。
それにエミリオは気が気ではなかった。
エミリオではとても釣り合わなかったのだ。
彼は寝込むことになってしまった。
すると奉公についている親方が、やれなにか病気じゃないかとエミリオに尋ねた。
さて、エミリオの話を聞いた親方は困ってしまう。
このエミリオの様子では無理だと口が裂けても言えなかった。
「それなら、お前さんも貴族の端くれだ。結婚の持参金をうんと持っていけば、許してくれるかもしれない」
「それは、どのくらいなのですか」
「えっと、それはな。あの宝石店の一番でっかいダイヤを持参金として持っていけばなんとかなるかも知れない」
エミリオはそれからますます身を粉にして働いた。
フロリーヌには、必ず求婚に行くからと待ってくれと、逢瀬も止めてしまう。
しかしフロリーヌには花に誘われる蝶のように、毎日男達が求婚に来ていた。
その中には、エミリオの友人も居たのだ。
「君はまるで誘い拒む花のようだ。白く、綺麗な花を咲かせているのに、周りには棘があってちっとも近づけやしない」
「あら、それはきっとわたしの周りを妖精達が踊っているからですわ。貴方はわたしをサンザシと呼びました。それならば、わたしはすでに妖精に攫われてしまったのですわ。妖精が花嫁にって、語りかけてくるの」
「彼を待っているなら、無駄だろう。あんな唐変木が君に似合うとは到底思えない」
「それを決めるのは貴方ではなくってよ。鈴蘭の水をかけられる前に、帰っていただけるかしら?」
「ああ! 君はなんて過激なんだ。だけど、きっと射止めてみせるさ」
やがてエミリオが朝晩とわず働き始めてから、2年もの月日が流れた。
いよいよもって、フロリーヌは待つことが出来なくなってくる。
父親が結婚相手を決めてこようとしたのだ。
だが、ついに二年間。まったく遊びもせず、働き続けた。
うつろいやすい、家業も一本柱を通した物にして、復興していったのだ。
「二年もまたせてしまった。これで許してくれるだろうか?」
そう言うと、この国で一番大きなダイヤを持ってきたのだ。
これにはフロリーヌの父、パスカルも大層驚いた。
しかし、エミリオは泣きながらこう続ける。
「ここに来るの必死になってこれを買いました。しかし、もう一つと言われてしまったら、十歳の時から、溜め続けた物です。次は、もう十年掛かってしまうでしょう。僕ではとても彼女に似合うとは思えません。ですが、これをあなたが受け取っていただければ、今生の思い出になります」
それを聞いたパスカルは大層エミリオを気に入った。
あれよこれよと言う間に、婚約の話が決まったのだ。
友人は悔しさに、臍をかむ勢いだったという。
エミリオは改めて、フロリーヌに求婚をすることにした。
それは五月一日のこと五月祭その日だった。
再び鈴蘭の花束を彼女へと贈った。
彼と彼女の薬指には、おそろいの指輪がはめられていた。
エミリオは愛の言葉を囁くと、なんとサンザシの花の下に座ってしまった。
フロリーヌがその様子を不思議そうに眺めた、
「それでは妖精に怒られてしまいますよ」
「なあに、君が連れ去られるのを防いでいるんだ」
ここまで読んで下さってありがとうございます。反省も多く、突っ込み所の多い作品だと思います。これからも精進しますのでよろしくお願いします。