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ワンライ投稿作品

雛鳥の偉大なる巣立ち

作者: yokosa

【第76回フリーワンライ】

お題:

煌めく夜空に零れる涙

苦い口づけ、笑うキミ


フリーワンライ企画概要

http://privatter.net/p/271257

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負

 少年がほとんど蹲るようにして焚き火に当たっていた。

 雛よ、とナヴァホ族の老人は言った。

「雛よ。悲しんでいるのか」

 風はなかった。しんと静まる荒野の底に、枯れ木の爆ぜる音が唱和する。

「雛よ。嘆いているのか」

 幾重にも重なる赤色が、暗黒の中に地面に座る二人を浮かび上がらせていた。炎が揺らめき、二つの影を踊らせる。

「雛よ。お前はまだ飛ぶことを知らぬ。それゆえお前は空を恐れる。それゆえお前は足下を見る。決して前を見ようとはせぬ。それゆえお前は躓く」

 息継ぎに老人は煙管を吹かした。紫煙が赤く染まって夜陰に溶ける。

 老人は思った。最早追憶の彼方となった日々に、自分もこのように悩んだだろうかと。思い出せなかった。煙管に口付けながら、煙草の苦みを感じなくなったのはいつだっただろうかと思い出そうとして、それも出来なかった。

 だが、それはどちらもあったはずなのだ。

「雛よ。お前は歩いてすらいない。お前は大地を這っているに過ぎない。そして足下の大地しか見えていない」

 少年はびくりと肩を震わせて、おずおずと顔を上げた。

「そうだ。だがまだ足りぬ。お前には世界は三分の一しか見えていない」

 そう言うと、老人は指さす代わりに煙管を上へ向けた。釣られて少年の目も頭上を映す。そこには別世界があった。

 目も眩むばかりの満天の煌めき。輝く星々が見渡す限り天上に広がっている。この世の黒という黒で塗り固めたような地上とは大違いだった。

 呆気に取られた少年の顔が緩む。

 不意に、北の空にあった星が一つ落ちた。それは尾を引いて地平線の彼方へと消えていった。

「あれがお前の父だ」

 少年の表情が変わった。炎に照らされながら尚青ざめる。抑えていた感情が溢れ出そうとしている。少年の目尻から流れ星のように涙が落ちた。

「私の星もある。お前の星もある。我ら地の民が産まれる時、天の星もまた生まれる。我ら地の民が死ぬ時、天の星もまた死ぬ。

 雛よ。お前が見えていないもう一つのもの。それがなんだかわかるか? お前は今、何を見た?」

「……父の星が、落ちて消えました」

「お前の瞼はまだ開いておらぬ。その星はどこへ行った?」

 老人は長く息を継いだ。少年の顔に徐々に理解の色が表れ始めた。

 老人はその理解に輪郭を与えてやる。

「星は消えてなどいない。土に還っただけなのだ。お前の父もまた、大地に還っただけなのだ。父はいなくなってなどいない。父は我らの傍にいる。

 そうだ。我らの星が天にあるように、我らが地上にあるように、お前の父は大地にあるのだ」

 少年は目尻の涙を拭って頷いた。再び頭上を仰ぐ。

 見える星。見えない星。形あるもの。形なきもの。生まれるもの。死に行くもの。それらは本質的に同じだ。

「この世に消えてなくなるものなど何一つない。全てはここにあるがままある。形が巡っているだけなのだ」

 老人は煙管を吹かし、豪快に笑って見せた。少年もはにかんだ。惑いに当てられて、老人は少し煙草の苦みを思い出した。赤く照らされ、星々に見守られた笑顔が二つ浮かんだ。

 二人は消えゆく紫煙と星空を見上げた。

「雛よ。お前にももう、グレート・スピリットが感じられるはずだ。

 お前は今、鳥になった」



『雛鳥の偉大なる巣立ち』了

 一つ目のお題で流れ星を連想して、そこから組み立てた。

 ネイティブ・アメリカンのことはほとんど知らないんで、かなり想像入ってる。でも彼らの哲学は西洋哲学よりも親近感がある。アニミズムだからだろう。

 で、どうしてネイティブ・アメリカンになったかというと、直前まで『ゴールデン・カムイ』の五巻を読んでて、「日本のアイヌじゃない」っていうシーンでロシア系のアイヌなんだろうなとは思いつつも、なぜかネイティブ・アメリカンを連想したもんだから。それが残っていただけという。格別ネイティブ・アメリカンが好きというわけでもない。

 何がどう転ぶかわからんもんだ。ワカンタンカの恵みあれ(それはスー族だ)。

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