3.私以外私じゃありませんのよ!
3.私以外私じゃありませんのよ!
ヒグラシの鳴き声が聞こえる。俺が死んでから一週間と三日程経った。
ここ数日、白人と会話した内容を思い返すとげんなりする……。
世界ってなんだ?という答えを考えた後、俺と白人はインターネットで様々な情報を目を皿にして見た。(もう大分ヤバい人になってきたと思う)
俺たちが考えていた知覚が介在しない世界の事を哲学の世界では「外的世界」と言うようだ。
成る程なあ、と新しい概念に俺が頷いてると白人が、
「外的世界も知覚世界で考えられた存在じゃないの……?」
とか言い出したので慌てて俺はインターネットを閉じて寝る事を勧めた。……物にさわれないからな。
どうやら外的世界という概念は神は存在するのか並みに果てしない思考の旅になってしまうようだ。
……そんなわけでひとまずこの話題にはカタをつけたのだった。
にも関わらず!
白人は次の日新しい考えごとを持ってきやがったのだ!
「ねえ、お兄ちゃん。私って何なんだろう」
「はあ……?海崎白人だろ」
「でもお兄ちゃんが私って言葉を使ったら、白人って意味にはならないよ?」
「まあ、そりゃそうだろう。私ってのは人によって意味が変わる主語だし」
「じゃあ私以外私じゃないってどういう意味なの!最近テレビでやってた歌を聴いたの!私以外私じゃないって!」
恨むぞ、そのテレビ番組……。
……恨むって幽霊が言うとそれっぽいな。
「私以外私じゃないっていうのは単純に考えて、白人以外白人じゃない、みたいな意味だよ。白人以外に白人みたいなやつはいない!みたいな」
「えー、でも私って言葉は他の人にも当てはまるんでしょ?白人以外白人じゃない、なら分かるけど私以外私じゃないって何か変じゃないかなあ?」
「む……うう……。確かに」
また負けた!そろそろ一回ぐらいうん、と頷いて欲しい……。
「ねーねー、お兄ちゃん。世界ってさあ、人の主観の知覚で出来とるぞー!ってお兄ちゃん言ってたじゃん?じゃあさ、世界って誰の物?私の物?」
「いや、お前のでもあるし俺のでもあるって感じ?」
「お兄ちゃんは、私が知覚しなきゃ存在できないんじゃないの!」
「おいおい、自己中かよ。ならお前だって俺がいなきゃ存在できないだろう。まあ、誰でもいいけど誰かが誰かを認知してるから存在出来るなんて流石にムチャクチャだ」
「でも実際そうじゃないの?」
「うーん……確かに」
言葉では語り得ない何かがあるといった感じだ。
「今日本で読んだんだけどねっ、世界は私がいるからあるって考え方を独我論って言うんだって!」
「独我論……聞いたことあるな、俺も。自己中過ぎる考え方だ」
「でもね、世界が私がいるからあるんだーって皆が考えてたらなんだかおかしいよねえ……?白人はよく分からなくなってきたの」
「そうだな。それで思い出したよ、白人。独我論は確かにそう解釈出来ちまう。そこで更に考えた結果、独我論には独在性というものがあるらしい。だけど独在性っていうのは理解を求めて納得されたら、どうやらダメらしい。独在性は、唯一絶対出なきゃいけないからだ。……って難しいか」
「独在性がある人は神様ってこと?」
独在性。
それは唯一絶対無二のもの。
自分以外の私を認めないという考え方だ。
私は私しかいない、そしてその私がいて知覚するから世界はある。ーー横暴な考え方とも言える。
「そう……だな。神様みたいなもんだよ、そんな考え方」
「うう〜、白人は別に神様じゃなくていいや〜」
「ははっ、珍しく考える気が失せたか」
「だって皆が皆頑張って世界で生きてるんだもん!」
「それはそうだな〜。例え哲学的に考えて独在性なんてものが存在したとして、だから何だ!って。俺は俺だ!って言いたいよな。お前が作ったんじゃないぞ!って」
「うんうんっ!お兄ちゃん流石〜!」
おお……白人が納得した?
感動的だ……!
「私以外私じゃないの〜」
気持ちよく歌い上げる白人を見て俺はほっとした。それは別に白人が疑問に思う事を止めたから嬉しいとか、そういう意味ではなくて。
白人は極論に到達しても自分で判断出来る強さがある事が分かったからだ。
……白人、お兄ちゃんの分まで永く生きろ。色んなものを見て考えろ。そうしていつか生涯を終えたら俺に色々教えてくれ。
「…………って感じで綺麗な感情が湧いてもやっぱ成仏ってのはできないみたいだな。クソ〜!」
「お兄ちゃんは成仏しなくていいもん!ずっとここにいる!」
「……ま、まあちょっとは嬉しいけどな。フン」
私以外私はいない、か。
独我論、独在論。色々面倒な事は考えたけれどひとまずーー白人の考えに付き合ってやれるのは俺以外いないってところだろうか。
いつになったら成仏出来るのか、いつになったらこいつは難しい事を考えるのを止めるのか……やれやれな話だ。