入学式③
――鬼山学園 第一棟 長廊下にて――
「ふぃー、ようやく終わった」
さっきは瀕死の重傷を負った。と言わんばかりの様子だったのに、入学式が終わるとピンピンしている真志。
「お前、さっきは死にそうな顔で『頼んだ……』とか言っときながらピンピンしてるじゃないか」
「いや、あそこはああいう風に決めとかねぇと、手前を英雄にできねぇだろ?」
馬鹿言え。これ以上任務を続けたら失敗すると思って、俺に丸投げしただけじゃないか。
俺がそう思ってるのを知ってか知らずか、真志は飄々と言葉を紡ぐ。
「いやー、それにしても。よく撮らせてくれたよな、西園寺校長。手前は、どんなマジックを使ったんだ?」
不思議な質問だったが、俺はちょっと胸を張って応える。
「いや。本人の前まで行って、『撮らせて頂けないでしょうか?』と純粋に聞いたら、快く許可を下さった」
「よっぽどうまいこと言ったんだろ手前! ……よし! この俺が手前に『口先の魔術師』の称号を与えてやるぜ!」
「ならば俺はそれを悟マジックと名付けよう」と龍騎は付け加えた。
真志は得意げに言うが、そんなお節介は結構だ。要らない。っていうか、『口先の魔術師』って、どっかのアニメで聞いたことがあるぞ。
……まぁ、西園寺校長から一目置かれる存在になったのは、正直言えば、まんざら悪い気もしない、っていうのが、ホントの感想。……いや。よくよく考えれば目を付けられるのは不都合な気もする。しかも、他の一年生全員には余計に目を付けられることになりそうだし。だが……
「格好良かったよ、悟くん」
礼奈に笑顔でそう言ってもらえるのは、一番の栄養剤だ。
あの声を聞いていると、いろんなことが「ま、いっか」って思えてくる。うん、まさに癒しだ。今回は礼奈に免じて許してやろう。
まぁ、なんだかんだ言っても、俺もやりきった達成感でいっぱいだしな。人間、死の恐怖を切り抜けると、こうも清々しいものだろうか。
それにしても、あの馬鹿の姿が見あたらない。
「そういや、薫の野郎は何処行った、龍騎?」
「あー、あいつなら、半お嬢さま風美人のところで、ナンパだ」
「あいつにナンパなんてできる筈ないだろ。いきなり醜態をさらすつもりか?」
「俺も最初はそう思ってたんだが、結構上手くいってるようだぞ」
全く。あいつは彼女よりも先に、鞄持ち用の師弟を作るんじゃなかったのか? まぁ、あいつなんかに乗せられる女の子の方もどうかと思うが。
しかし、どんな娘なんだ? 薫が惚れる女の子ってのは。
「ほら、あそこ」
龍騎の指さした方向を見る。
ほう。あの娘は確かにカワイイが……
というよりおっそろしく美人じゃないか!? もったいない! あのウルトラ馬鹿野郎には。天と地ほどの差だ。
あの、どんな髪型にさせても、どんな服を着せても、ちょっとメガネ取っても、オールマイティにいけるような美人が、どうしてどうして、あのマウンテンゴリラと良い雰囲気なんだ!?
どう地球がひっくり返ったらあんなことが起こりうるんだ?
俺はこの時初めて、あいつに対して恐怖を抱いた。というより、人生に対して不安を覚えた。
それにしても、あの体育館のギャラリーの上のカメラマンは何だ? もう入学式はとっくの昔に終わってるっていうのに、カメラなんて構えて?
妙に長いし、横にスナイパーライフルの照準機みたいなサブカメラ付いてるし?
それになんだ? まるであの2人を撮ってるみたいじゃないか。そんなに美女と野獣が面白いのか? 全くご苦労なこった。
「そういや悟。知ってるか?」
龍騎が話題を変えて話しかけてきた。
それにしても、こいつは薫のナンパに対してどういう感想を持っているんだろうか?ちょっと、気になる。
「何だ? 龍騎?」
「鬼山学園『武動柔剣部』が趣味でカメラガンを開発したそうだ」
うん。カメラガンと言えばあれだ。
「カメラガンって、あのガンダムに登場するモビルスーツ、強行偵察型ザクや、ザクフリッパーやアイザックが装備している、あの偵察専用の銃のことか?」
あのギレンの野望シリーズではお馴染みの偵察専用の三機。基本的には自軍に最低一機は欲しいモビルスーツで、敵がうじゃうじゃいる最前線に突っ込ませて、偵察&囮が基本的な使い方だ。
ジオンプレーでは必需品と言っても良いほど、何機かは重宝するし、いらなくなったら、囮として泳がせることもでき、非常に便利なモビルスーツだったな。運動性も高めだし。
「カメラガンってさ、ほら。射程が1~5じゃないか。攻撃されてもノーダメージだけど、あの距離からの攻撃は、瀕死のモビルスーツにとっては、本当に焦るよな。あれは地味に怖い。ノーダメージってわかってても怖い」
「長々と説明申し訳ないが、お前の話はマニアックすぎて何の話かわからん。ついでに言うと、俺はギレンの野望は残念ながら未プレイだ」
「そうか。それなら今度貸してやるよ」
「って。そんな話じゃなかったと思うが。本題に戻ろう。遠距離用の長い型をした、プロなどが使うようなカメラの形の、最大5キロメートル先まで精密射撃可能な超高性能スナイパーライフルことだ。もの凄い性能だから、今、世界的に注目を浴びている偽装兵器のこと――って知らなかったのか?」
最後の方は多少無知への嘲笑を含んでいたような気もしたが、気付かなかったことにする。
ギレンの野望について少し熱く吐露したから、余計に恥ずかしい。
「へぇー、趣味でそんなすごい兵器を作ったのか。学生がねー」
しかし、そんな銃なんて作ることを学校側は咎めないのか? というか、いろんな日本の法律に引っかかるだろう。どうして大丈夫なんだ?
まぁ、法を犯しても何かしろ許されそうなあ学園だから、何となく理由が分かるような気はするけど……
だが、そんな本物の武器作るぐらいなら、偵察性能特化で攻撃力ゼロの、本当の「カメラガン」を作って欲しいもんだ。
ん? 思ったら、あのギャラリーの上のカメラマンが持っているの、「カメラガン」とそっくりじゃないか。
もし――あくまで「もしも」の話だが……
実はあれがカメラガンで、実はあの娘には兄貴がいて、美人でもの凄くカワイイ妹に、手を出そうとした輩がいたから、妹思いの兄貴が、それを阻止せんとして、手を出した瞬間、カメラガンで銃殺しようと構えている……
うん。なかなか良くできたストーリーだ。B級モノで行けそうだな。
…………っ。
もし、事実だったらどうすんだ? あれだけカワイイ妹で、どんな人にもひょいひょいとついて行くような妹で、カメラガンの開発(所持?)に成功した俺だったら、妹のため……
まぁ、全部、著しく可能性は低いわけだが……少なくとも俺は、妹のためと言ってそんなぶっ飛んだことは流石にしない。
というより、俺は妹二人。慰と叶のセンスを、一人の兄貴なりに信じているつもりだ。
「まぁ、まさかとは思うが……いや、無いと思うが……」
――鬼山学園 第一体育館にて――
あり得ないとは分かっていたが、あり得ない続きで、正常な判断力は失われていたようだ。
「おい薫、入学式が終わって早々、『これから僕の楽しいドキラブな学園ストーリーがはじまるんだ!』とか、彼女いない歴16年のヤロウは思い始める頃だろうに、いきなり一目惚れの娘を口説き始めるのはどうかと思うぞ。
いくら今日から一週間、一年生の部活動巡りのために1~3年生まで授業無しで、一日中2,3年は部活で、一年生は体験入部や、仮入部だからって、一日殆ど自由時間だからといって、こんな超美人をナンパするのは良くないだろう」
「…………あ~~~! うるさい!! うるさい!! うるさいっ!!」
何、顔赤くして聞いたことあるようなこと言ってんだよ。むしろ真似たのか? そんなこと言ったって、釘○さんがお前のアフレコをすることはまずあり得ないからな。
「あーあー、分かった分かった。だがお前も、俺たちと一緒に行動しないと迷子になっちまうだろう。……じゃあこうしよう、彼女が俺らと行き先が一緒だったら、お前ら二人で行動しろ。それでどうだ」
「ぬっ……」
「君はどこの部からまわろうと思っているんだい?」
俺の問いに、完全に緊張した面持ちの美人さん。女優顔負けの美貌というか、若干の幼さと将来確実に美人になるという大いなる可能性を感じさせる容姿。
礼奈の可愛さとは違った、今よりも将来の方が美麗になると期待できる装いで、ものすごい緊張した面持ちで彼女は答える。童顔美人とはこのことか。
「あ、あうあう……わ、私は、さ、茶華道部からまわろうと、お、思ってます……」
「茶華道部だとさ、今回はあきらめろ薫」
「……じゃ、じゃあ、また今度……さつきちゃん……」
ほんと、こんな照れてるこいつを見るのは久しぶりだ。しかし、こいつと彼女がつり合ってるなんて、どう考えても間違ってる。
天変地異の前ぶれか? それとも未知の来襲の前兆か?
「(然……)」
あれ? そういえばカメラマンいなくなったな。まぁ、一波乱無くて良かった。まぁ、薫とあの美女がうまくいっていたのが波乱といえば波乱なのだが……
――鬼山学園 第一体育館前にて――
「悟くん……どこ行ってたの?」
明らかに心配していたという面持ちで礼奈が訊ねてくる。
「いや、このゴリラが油売ってたもんでな、連れ戻してきたんだ」
俺は淡々と返したが、礼奈は語尾を強めて言った。
「心配だったんだよ、急にいなくなるから!」
「あー、ごめん……ごめん」
礼奈の本当に心配にしていたという様子に、申し訳なさそうに俺は返す。
ここでもう少し歯の浮くような台詞を言えば、もう少し礼奈との距離を縮めることができそうなのだが……龍騎が唐突にそれを阻止してくる。
「それじゃ、これからどうする? そこら辺の選択は悟に任せたいんだが?」
……なんで、こいつこんな上機嫌なんだ?あ、さては礼奈の彼氏のフリをして、礼奈に群がる男どもの虫除けでもしたな。
ここまで喜んでいるって事は、一芝居売った証拠か。
自分のテンションで物事を言うこいつの性格は良いことでもあるが、悪いことでもあると言えるかな。空気読めないとも言う。
だがまぁそれにしても、これからどうしよう?と思っている矢先、見知らぬ青年から声をかけられた。
「えっと……もしかして、薬師寺悟さん……だったりします……?」
またかよ……今度は何だ?
「ああ、そうだけど……」
「やっぱりそうでしたかっ! お久しぶりです、薬師寺さん! 二年ぶり……ですか? ってか、僕のこと覚えてます?」
「よぉ、嵐! ってか、悟。こいつと知り合いなんか?」
今の真志の呼び方からすると、この青年は嵐というらしい。だけど、そんな奴は全く記憶にない。ってか、本気で誰?
「どうも、間宮さん。ってか、その顔を見る限り覚えてないようですね、薬師寺さん。でも昔は、僕が受け、薬師寺さんが攻めの関係だったのに、忘れてしまうなんて……心外です、薬師寺さん」
「ちょちょ、待った! 何だよ、その受けやら攻めやら!? お、俺は、お前なんて初対面だぞ!」
「最後には僕のにきちんと“入れてくれた”癖に……その言い様は非道いんじゃないですか、薬師寺さん!」
龍騎と真志がこっちを見る。礼奈は意味がわからずポカーンとしてて、薫はいつの間にかどっか行った。
「幻滅だ、悟。まさかお前、アブノーマルだったなんて……」
「そりゃねえぜ、悟! 俺は手前のことノーマルだと思ってたのによ」
「ち、違う! 俺はノーマルだぞ! ってか、本当に俺はこいつとは初対面だ!」
「ねえねえみんな、受けとか攻めとか、入れたとかって、どういうこと?」
「それはだな、礼奈ちゃん」
「悟の野郎が、この嵐って奴に……」
「やってねぇって言ってんだろうがッ!! やったって証拠はあるのか!? ええ! ってか、お前! 二年前、どこで、俺と会ったっていうんだよッ!」
「代奈公園、籠球の森」
……代奈公園? …………あ!
「……ああ、わかった。思い出した。ってか……」
そんな紛らわしい言い方するな! そりゃ勘違いもする。
「いやはや、すいません。てっきり覚えてらっしゃると思って」
「「「どういうこと?」」」
「ええとだな。話せば長くなるんだが、割愛して言うと……」
中二の秋、俺は妹たちに、代奈公園……まぁ、市民体育館に近いような施設に連れて行かれた。そこで、たまたま嵐たちのグループに出会った。
何でも、メンバーの内の一人が休んだから、代わりに入って欲しいとかなんとか。
俺は、妹たちの世話をするのも飽きてたんで、嵐たちと一緒にバスケットボールをすることにした。
これが意外と盛り上がり、嵐のチームと俺のチームは競った試合をしていたんだ。そして、それが終わった後、嵐が、
「すいません。僕と殆ど互角に戦える人に会ったことがなくて……宜しければ一対一の一本勝負をして頂きたいんですが……宜しいですか?」
そして俺はその申し出を受け入れた訳だ。嵐がさっき話してた、受けやら、攻めやらは、この時の先攻後攻の話らしい。
そんで結果、俺がボールを嵐のゴールに“入れて”、俺が勝って幕を閉じたっていう昔の話。
「まさか、お前が鬼山学園の生徒だったなんてな」
「いやぁ、本当にお久しぶりです薬師寺さん。まさか薬師寺さんと同じ学園で高校生活をエンジョイできるとは思いませんでしたよ!」
ああ、そうかそうか。はいはい良かったな、うん。
「ところで、薬師寺さん」
「何だ?」
「どうして何部に入るのか聞いてくれないんですか?」
「興味ないから」
「僕は薬師寺さんの入る部活に興味津々です」
「あ、そう」
「教えてくださいよ」
「だが、断る」
…………何なの嵐!? お前は何がしたい!?
「安心しろ、嵐。悟を含め、俺たちは武動柔剣部志望だ」
「ありがとうございます、間宮さん。そして奇遇ですね薬師寺さん。僕も武動柔剣部志望なんですよ。よって、一緒に……」
「やだ」
余計なこと言うんじゃねえよ、真志! なんか『奇遇』扱いで、嵐の奴も一緒、とか言い始めたじゃないか。
「ってか、嵐。お前はバスケ部とかじゃないのか? 二年前会ったときには、国の強化指定選手だとか聞いたし」
「ああ、そのことですか。因みに、昨年は僕は中学MVPに選出され、チームも日本一になりましたよ!」
じゃあ余計に……何で武動柔剣部なんかに……?
「えと、バスケをやるより、薬師寺さんと一緒に部活したほうが面白そうじゃないですか! ぶっちゃけると、設定上はもっとちゃんとした理由があったんですが、文量の都合で一話丸ごと葬り去られて、現在の形に落ち着きました! テヘッ」
何がテヘッ、だ! ってか、そんなこと暴露しちゃ駄目だろ!? それ、黒歴史とか言う話だよな!?
「次回作に期待したい所存ですね!」
「もう俺はお前が何を言っているのかさっぱりわからんが、とりあえず面倒臭いから流すぞ……」
嵐光が仲間になった――
ってか、なんだろう。この作品のゴリ押し感が否めない……
「ってか、薫の奴、今度はどこ行ったんだ?」
「ああ、あいつなら、師弟を作るとかいって、その辺にいる新入生を捕まえてたぞ」
ああ、入学早々悪夢にうなされることになった人間がいるわけだな……
「悪い、龍騎、礼奈。俺、薫探しに行ってくる。入学早々、騒動でも起こされたら敵わんからな」
「悟、俺も付いてく。お前ばかりがあいつの世話を焼く必要もあるまい」
「ったく、そうしたら礼奈が一人になるだろ? お前は残って礼奈に付いててやれよ、龍騎」
「それを言うならお前が付いててやれ、悟。さっき礼奈ちゃんがお前が急にいなくなってどれほど心配してたことか」
「だ、大丈夫だよ、私。悟くんたちがいなくても大丈夫。これからはこの学園の一生徒なんだから、いつまでも二人に頼ってらんないよ」
健気すぎるよ、礼奈。そんなこと言われたら、薫の馬鹿放っておいて、ずっと一緒にいたくなっちまうじゃないか!
……ということを言い出したら、精神的に不味いんだろうな、と思う今日この頃。
「じゃあ、行ってくる礼奈。真志、とりあえず、道案内頼めるか?」
「おう、お安いご用だぜ! ……と言いたいところだが、こういうのはたぶん嵐の方が得意だな」
「えっと、でも僕その『薫』とかいう方がどこにいるかなんてわかりませんよ?」
「大丈夫だろ、たぶん。だろ、悟?」
まぁ、あいつ無茶苦茶目立つし……
「なるべく早く戻ってこれるようにするから。ごめんな、礼奈」
「ううん、大丈夫だって! 気にしないで」
そう言って、俺たち男四人は薫の馬鹿を捜す旅に出た。
(大丈夫なわけないよ……早く戻って来てね、悟くん……)