プロローグ
現実とは時に残酷である。
果たして、それがどれだけ夢幻であれば良いだろうかと、俺は考えさせられる――
暗がりの学園内に、乾いた銃声が響く。そして、放たれた銃弾は、正確無比の精度で俺の体を捉える。
「くっ……礼奈……! いい加減に目を覚ませ……ッ!」
俺の訴えもただ虚しく――
新井礼奈――俺が誰よりも大好きで、四月八日付で交際を認めた幼馴染みは、俺に銃口を向け、俺を殺すべく引き金を引く。
「礼奈ッ!」
「死ね……十三人目の、真理……」
ただ平坦で抑揚の無い冷たい口調で、俺の言葉などには耳は傾けず。ただ、命令された事項を忠実にこなす、俺の彼女……。
「くっ、帝王っ! お前、礼奈に……何をしたッ!」
俺の怒声の矛先は、今回の首謀者である青年の姿をした存在のもとへと向き、当の本人は臆することなど欠片も無く、心からの笑顔で答えた。
「ハハハ、少しばかり僕の‘能力’を使ったまでだよ。僕は彼女に、『十三人目の真理を殺してくれ』とお願いしたにすぎない! サワラくんの時と同様にね」
「今すぐ……礼奈を元に戻せっ!」
「フフフ、うん、無理。僕は彼女にお願いしたにすぎないし、彼女は、‘それ’に自分の意志で応えようとしているにすぎない。きっかけを与えたのは僕であるとはいえ、実行しようとしているのは彼女自身だ。だから、‘元’に戻すなんて不可能なんだよ。僕がお願いを取り消さない限り、彼女は君を殺すまで、鉛玉を君に向け続けるんだろうねぇ、ハハハ」
何とも愉快そうに笑う首謀者。
そして俺は、不愉快な回答しか返ってこないであろうことを頭の片隅では理解しながら、帝王に懇願した。
「礼奈への命令を今すぐ取り消せっ!」
「はっはぁ! だが断る。互いに靡き合った人間が殺し合う様子というものは何とも愉快でねぇ。ん? いや、君は彼女を殺そうとはしていないから、一方的に殺されそうになっているだけなのかな。んまぁ、んなこたぁ、僕にはどうでもいいんだけどね」
顔に張り付いた表情は爽やかで仕方ないのに、俺はやつに憎悪しか抱かない。
「でも、どうだい? さっきまで、あれだけ君のことを好きでいてくれた彼女に、さっきまで本気で一緒に敵と戦っていた彼女に、今は本気で殺されそうになる気持ちとやらは。……まぁ、聞くまでもないか。ハハハ! まぁ僕は優しいから、そんな君に、彼女を‘今の意志’から解放する一つだけの方法を教えてあげよう」
「何だと……?」
「方法は至極簡単極まりない。『君が彼女に殺される』だけ。そうすれば、彼女は今の呪縛から解き放たれ、もとの君の大好きな女の子に戻るはずだよ。ちなみに、それ以外の方法を僕は知らないから、君の選択肢は一択で実にわかりやすい! まぁ、その後彼女が、自分の想い人を自ら殺めてしまったという事実に、発狂しておかしくなるかもしれないけどね。
……いや、もうひとつあった。君が彼女を殺せばいい! そうすれば、君は命を落とさなくて済むし、彼女も今の自らの恋人を討たねばならないという呪縛から解き放たれる。こっちの方が一石二鳥でいいかもしれないね!」
「ふざけ――つッ!」
ふざけるな、と言ってカイザーに斬りかかろうとしたところを、礼奈の銃弾が俺の左腕を貫いた。
「おっと、ハハハ、よそ見はいけないなぁ。君の彼女がいつ何時君を撃ち抜くかもわからないのに。っていうか、まさか僕を殺せば、彼女は元通りになるとでも思った? でも、その答えはおそらく否だよ。言っただろう? 彼女はあくまで“自分の意志で”君を殺そうとしていると。だから、僕をよしんば殺せたとしても、何も状況は好転なんてしないよ?
いや、もしかしたら、僕が死んだことによって、僕の支配がおぼつかなくなって、彼女は何らかの暴走を始めるかもしれない。そうしたら、彼女は任務を遂行するために、人の殻さえ脱ぎ捨ててしまうかもね。
まぁ。僕は冥府の王となる『審判のサタン』の四肢にならなくちゃいけない存在だから、君のような“自分を殺そうとする彼女を殺すことすら躊躇うような『十三人目の真理』ごとき”に、殺されるつもりなんてさらさらないんだけどね」
舌を出し、俺に対して挑発的な態度で臨む帝王。
しかしその時点で、礼奈のために『どうすることもできない俺である』ということだけは、紛れもない……事実だった。
「おっと。まぁそう、睨むなよ。これは一種の趣向性からくる余興の一つだとでも思ってくれ。別に、君自身に死ぬことをお願いしても良かったんだけど……それをしないのが、“ミソ”なんだからさ。愛し合った男女が本気で殺し合いを演じる物語なんて、なんともロマンに溢れるじゃないか!」
「ごたくは……済んだか……」
「へぇ……さっきあれだけ言ってあげたのに、そんなに殺気だった目をしてまだ僕を狙うんだ。またどこかを撃ち抜かれても知らないよ?」
「黙れ!」
「聞く耳持たず……か。まぁ、良いさ」
終始、楽天的な物言いのカイザー。
「僕は今の君にはすこぶる邪魔なようだ。君たちが殺し合ってくれてる内に、僕は『先輩』とかいううるさい愚民たちをデリートしに行ってくるよ。それまで、思う存分殺し合ってくれたまえ」
そう言って、闇にカイザーは――俺と礼奈を二人残して、溶けていった。
「畜生ッ! 礼奈、目を覚ませよ!」
俺の呼びかけに、礼奈は弾丸三つで返す。冷たい金属音が、耳元で響く。
「くそッ! やっぱあいつが言った通りに、どっちか選ばないと駄目なのか……」
だけど、選ぶならばおそらく、俺の中での答えは既に決まっている。
消去法だ。
片方がいくら合理的であろうが、俺のような弱い人間には――絶対無理だ。悔しいが、あいつの言ったとおり、選択肢は一択。
「礼奈……聞こえるか……?」
「黙って。私はあなたと話すことなんて無い」
俺は、礼奈の銃弾から逃れるために隠れた壁越しで、礼奈に問いかけるが、やはり礼奈は……礼奈であって、礼奈じゃなかった。
だから俺は、覚悟を――
――決メチャ、駄目ダッタンダ――
「れ、礼……奈……? 礼奈!? れ、礼奈ぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああッッッ!? うぁああああああああああああああああああああああッッッ――――――――!」
――――★★★――――
人類がこの世界の全貌をきちんと把握するようになったのは、いつ頃からだろうか?
水平線の彼方まで航海を進めたら、ドラゴンの滝に落ちてしまうとか。
火山の噴火口付近で遊ぶと祟り殺されるとか。
火の色を変える呪術師や、何もないところから水を生み出す祈祷師とか。
今でこそ、それらは科学的根拠等々に基づいて、「神の力」とかいう神秘主義的なモノが原因でないとはっきり言える。
しかし昔の人は『神様は“何でもできる”のだから……』と言って、自分たちの理解の範疇を超えたモノは全て『神秘の力』として片づけてきた。
『神秘の力』に際限はなく、人々の前には『神の力』によって為されるモノが溢れてく……
無限に広がりを見せるかと思われたその概念は、1803年にドルトンが『原子説』を提唱し、全ての物質を作り出す『原子』の存在を世に知らしめてから、決定的に崩れ始める。その後、
「科学で証明できないモノなんてない。あったとしても、それは現実ではない」
という考えが一般にも普及していき、それが大多数の常識となり、科学の範疇を超えた存在は、圧倒的に少なくなっていった。
たとえそんな存在が現れたとしても、人々は、
「インチキ。幻覚。見間違い。嘘。病気。トリック。デマ。気のせい。作り物」
と言って、肯定的に受け入れることはまずなくなった。精々あったとしても、微妙に説明できないような事柄を『突然変異。もしくは進化』と片付けてしまうぐらい。
やがて、人々の感性は科学が生み出す『常識』という枠にはめられ、殆どその枠を出ることはなくなった。
人類は自分たちが有限であると考えるから、その能力も限界を超えるなんて――まして無限になんて絶対になり得ないとした。それは、おそらく三次元に生活する人間が、四次元とはどういうものなのかを考えることができないのと同じように。
とりあえず俺はその日、なんとも目覚めの悪い夢を見た――
――☆☆☆――
(うるさいなぁ……)
ピピピピッ、ぴぴぴぴッ。
「うるさい!」
ピピピピッ、ピピガチャ。
「ったく……何で、目覚ましなんか」
現時刻、午前五時三十分。
「何だよ……まだ、早いじゃないか。っていうか、慰、叶、起こしてく……って、そうか。今日から一人暮らしだったな」
そういえば……ちゃんと起きれるか心配で、目覚ましをセットしたんだった。
「まぁ、二度寝するのもあれだし、起きよっと」
四月八日。
世間は入学式シーズンとかいって騒がれ、各地で、様々な学生の新生活がスタートされる日。例に漏れず、俺も一人暮らしと共に高校生活一日目が始まる。
「とりあえず、朝飯作るか」
軽く、目玉焼きとベーコンとパンの朝食を作り、済ませる。で、学校に行く準備なりをして、時間はなんだかんだで七時。
――鬼山学園 第一校門前にて――
「よぉ、早いな、悟」
「お前が言うな龍騎。まだ集合時間の十分前だぞ。ふぁ~あ……それにしても」
アクビついでに、その学園都市を見上げる。
「やっぱ凄い学校だよなぁ……」
「そりゃ、小学から大学までの一貫校だ。生徒数も半端じゃないだろうな」
鬼山学園。
現総生徒数23670名。鬼山学園周辺には、その膨大なる生徒数の生活環境を確保するため、学園を中心として、一つの学園都市ができあがっている。
創立から文学、武芸、運動等の全ての全国大会で初等科、中等科、高等科、O18関わらず、全部門での優勝経験があり、世界大会にも幅広く進出していることでも知られている。
現在、鬼山学園を卒業したOB、OGが国内経済然り、世界経済然り、教育、運動、政治、宇宙開拓事業、生産業、職人、学者、研究者、デザイナー、クリエイター、その他諸々、殆どの業界のトップに立った活躍が垣間見られる。そしてそれは、世界中に“大きな影響”を与えていると言っても過言では無いだろう。
鬼山学園の姉妹教育機関、Text Critic Ground 8、通称『TCG8』を設立したのも、鬼山学園の卒業生達である。現在TCG8は『オモイカネの頭脳』と言われ、『世界で唯一にして全能の機関』として、名を馳せている。現在、世界でトップの教育機関が鬼山学園なら、世界でトップの研究機関がTCG8であると思ってくれればわかりやすい。
因みに、その殆どが鬼山学園の卒業生のため、大学院に近い思想とも言われている。
この学校の生徒会や執行部は学校内で相当な権力を持っていて、学校の方針や校風、学校の制度、規則は生徒の判断に殆ど委ねられ、入学試験問題の作成、教師の解雇採用も生徒会執行部助言の下、行われる。
生徒会執行部は校長からの直々の推薦があったメンバーと、部対抗体育大会、もしくは部対抗文学大会の優勝した部で編成されている。
生徒は何とかして念願の生徒会役員の座を掴み取るため、例年、体育大会と文化祭はもの凄く活気のある白熱な戦いが繰り広げられるそうだ。
この超名門校に、俺は入学した。そして、学校という社会や、テストとかというモノと戦っていくわけであり。恋愛絡みの様々な騒動に巻き込まれる予定であり。おそらく、青春という名の人生の一ページを刻むのだろう。
この御伽噺は、個性的な、鬼山学園の高等科一年生の男女数十名が、それを取り巻く学園内の先輩や、様々な人々と繰り広げる、俺が「武動柔剣部」に入部するまでを描いた、スリリングかつハートフルな学園ストーリーでありながら、笑いあり、涙あり、ハプニングありの物語――な筈だ。いや、筈だったんだ……。
――鬼山学園高等科一年 薬師寺悟 談――