それはタマゴだった
Twitterで最近仲良くさせていただいている空羅さんから、最初のフレーズをいただきました!ご本人もなろうで書いております→空羅さんのマイページ(http://mypage.syosetu.com/357920/)
道端に落ちていたのは、なんだか金色のタマゴだった。
思わず周りを確認してしまう。
タマゴが落ちているなんて、あまりない光景だ。落ちたとしても、大抵割れているはずだ。
なのに、このタマゴは割れずに、しかも底が平らなのか、ちょこんと澄まして倒れず、佇んでいる。
しかも金色ときている。
遠目でも確認できたが、一体なんなのか知りたくなって、更に近づいて、既に目と鼻の先。
動く気配はないようだ。
動かない、ならば触ってみよう。
人差し指で、チョンっとタマゴを押してみた。……おきあがりこぼしのように揺れては、またもとの位置に戻った。
……悪戯なおきあがりこぼしか。
しゃがんでいた膝をぐんと伸ばして立ち上がる。
"コトコトコト"
さぁ、帰ろうと踵を返したとき、後ろからおかしな音が聞こえたので、思わず振り返ってしまった。
「ん?」
なんか少し……一回りくらい大きくなったか? 目を擦って、もう一度見てみるも、タマゴは動いていない。さっきの音は気のせいか、と思い、もう一度踵を返す。
"コトコトコ…"
鳴り終わる前に、振り返った。するとあの金色のタマゴが独りでに揺れ動き、見間違いではなく、ぐぐんと大きくなっていた。初めダチョウのタマゴくらいの大きさだったはずが、米十キロくらいの袋の大きさまでになっている。
「な、なんだこのタマゴ」
勝手に動くわ、大きくなるわで気味が悪い。さっさと逃げよう。
今度こそ家へ帰ろうとタマゴに背を向けた。
その時、地面が揺れ"あっ!"と思った時、眩い光に包まれ、僕は気を失った……気がする。
"ふにふに、ふにふに"
誰だ。僕のほっぺを突っつくのは。
気分よく寝ているのに。
……ん? あれ? どこで寝たっけ?
"ふにふに、ふにふに"
「パパ。寝てるにょ?」
パパ? 誰がパパなんだ? しかも"にょ"ってなんだよ。
「起きてにょー。お腹減ったにょぅ」
しくしくしくしく泣き声がする。ったくなんで泣いてるんだか。泣き声はうっとおしい。苛々しながら起き上っ――――。
「うわぁぁぁぁぁっ」
目がドーン、と落ちるほどの衝撃が走った。
な、なんだ!? ぜ、ぜん、全裸でふぉっ、ふぉっ、じゃない。お、お胸がポロリンってだけでも絶叫ものだけど、ふ、服着てないって、ど、どいうことだ?
「パパ? 起きたにょ?」
「は?」
「よかったにょ~」
満円の笑みで、だ、抱きついてきた。ちょ、ちょ、ちょっ!!
な、なんか柔らかいも、モノが!! ってちょっと待て。
「ぼ、僕はパパじゃない」
急いで引きはがしながら、一より小さい位を必死に頭に思い浮かばせた。
分厘毛糸忽微繊沙なんとかかんとか。
「パパだにょ? タマコを孵化してくれた男の人だからパパにょ!」
理に適って、っていやいやそうじゃないだろ。
「じゃ、じゃぁ女の人が孵化したらママなのか?」
えーと、続きは、塵埃渺漠模糊逡巡須臾……必死で頭の中で言い巡らす。止まってしまうと視線があらぬところへいきそうだ。戒めないと、戒めないと――。
「うん。でも女の人じゃないからパパにょっ」
桃色の唇が可愛い、いやそうじゃない。小さい数、小さい数、小さい……。
「パパ、さっきからどーしてタマコのこと見てくれないにょ?」
「み、み……」
見れるわけがない。自分と同じくらいの、じょ、女性のは、裸なんて。居てもたってもいられない。逃げなくては。この全裸の女の子から。
力が思うように入らないが、必死に両足を踏ん張り、その場から猛ダッシュした――はずだった。
確かに僕は走った。
でも。
「パパ? どうして逃げるにょ?」
同じ速度で顔と体が追ってきて!? だ、だめだ腰が砕けるっ。
僕はへなへなとその場にへたりこんでしまった。ぜ、全裸の女の子はふわっとその場に降りた。
「パパ、タマコをおいていかないでにょぅ」
ぎゅうっと抱きしめられた。あまりにもおいおい泣くので金色の髪を撫でてみた。柔らかくてふわふわした髪質だ。
「パパ、優しいにょ」
うずめていた顔を上げて微笑んだかと思うと、ほ、ほ、ほっぺに、これまた柔らかい感触がふにゅっと触れた。えへへと照れているようだが……。
「き、君、じょ、女性が男にそ、そんなことはしちゃいけないんだ」
「どーしてにょ?」
丸くて、よくよく見れば猫目に似ている瞳がさらに丸くなって、訊いてきた。
「ど、どーしてって。どうしてもっ」
厳しく言ってみた。すると唇をかみしめ、うるうると瞳に涙を溜め始めた。ま、また泣いてしまうのか?
「な、泣けば済むと思うなよ」
ここは心を鬼にして。強く言ってみると、女の子は必死で溢れる涙を拭った。なんだか健気で可愛い。
「パパ、ごめんにょ。タマコ泣かないにょ」
この子にウサギの耳が生えていたのなら、しゅんと耳が折れるような、そんな悲しみが滲み出た。
「い、いいかい? 男に軽くそんなことすると変な勘違いされるよ?」
なにはともあれ、忠告だけはしておこう。
「……パパにしかしないにょ」
「え! あ、いや。えぇぇ!?」
なんでそんな思考になるんだ? ってこの場合"パパ"ってぼ、僕のことなのか?
「迷惑にょ?」
「あ、いや……そういうわけじゃ……」
うまく言葉が見つからない。女の子にそんなこと言われると悪い気はしないのだけど……、この場合素直に喜べない。
そもそも卵から人が孵るっておかしいし、走るでなく、飛んで追って来るとか、ちょっと意味がわからない。もしかすると夢か?
そう思えると辻褄が合う。夢かどうか頬を抓ってみよう。
「いって!」
奥歯が痛む時と同じような格好で僕は頬を押さえた。い、痛い!
「なにしてるにょ? ほっぺ痛いにょ?」
ふんわりと僕の押さえている頬の手に女の子の手が重なった。温かい。人の温もりなんて久しくて余計に、温かさを――。
「パパ、泣かないでにょ」
「え?」
言われて目元を触ってみた。水滴が指先についた。……なんで。
「パパ、寂しかったにょ?」
「さ、寂しくなんてっ」
寂しいわけがない。実家から離れて、二次元の業界に就職! なんて思って意気込んだけど、僕以上に燃えてる奴らばっかりで。劣等感感じて。余計に二次元の深みにはまって。ほとんど家の中に引きこもり。仕送りをキャラグッズやパソコン関係につぎ込んで……。
勿論、女性と出会うことなど皆無。昼間歩いてるだけで不審者扱いにされるし。人と話すこと自体少なくなっていた。話すときは大概職質か、アニメグッズ買う所の店員さん。それが僕の現実。
「大丈夫。タマコがいるにょ」
優しく抱きしめられ、今度は僕が泣いてしまった。みっともないと思いながら、止めることができない。
ひとしきり泣いて、改めて彼女の格好がマズイことに気が付いた。慌ててシャツを脱いで渡すと不思議そうな顔で僕を見つめている。
「あ、あの、それ着て」
「着るってどういうことにょ?」
……。僕の常識が通じないらしい。なるべく彼女を見ないようにして腕を通して前ボタンまで留めてあげた。何故なら前を留めないで歩こうとしたからだ。
「こ、これでとりあえずよし。じゃぁ」
シャツ一枚だけだけど、何も着てないよりはまだマシだろう。僕でない、もっと心優しい人が介抱してくれるだろう。
「じゃぁってひどいにょ。タマコはパパのところへ行くにょ!」
「へっ!」
歩きかけた僕の腕を彼女は掴んでいた。その言葉に思わず振り向いてしまった。膨れた頬をして口を尖らせている。
「それが決まりにょ」
「決まり?」
「と、とにかくパパのところへ行くにょ!」
僕の腕を掴んだまま強引に彼女は前を進んだ。進んでる、と思ったがよくよく足元を見ると数センチ地面から足が離れていた。つんのめるように僕は彼女のあとについて行く。
「あ、あのさ、と、とりあえず"パパ"だけはや、やめてほしいんだけど」
なんかお金で飼ってるみたいなイメージが……。
「なんて呼んだらいいにょ?」
浮遊する足を止めて、首を傾げながら振り向いた。
「ぼ、僕の名前、アキラだから……」
「アキラ……綺麗な名前にょ」
にっこり微笑まれた。や、やっぱり可愛い。
「タマコのことも名前で呼んでほしいにょ。ぜんぜん呼ばれてないにょ」
「あ、わ、わかった。た、タマコさん」
「さんはいらないにょ。タ・マ・コにょ」
「タ・マ・コ」
オウムの返しのように彼女の言い方をすると一瞬空気が止まったが、すぐにお互いの笑い声が聞こえた。
「とりあえず、僕の家へ行こう、た、タマコ」
今度は僕が先頭を切って、彼女の腕を引いた。ふっっとした重さを感じたが、すぐに彼女の体重が軽くなった。
どうしても確認したいってわけじゃないが、彼女の足元を見ると、案の定、地に着いてなかった。
不思議な子。言葉は理解できるようだけど、服を着るということがわからなかったりするし。これからどうしたらいいかわからないけれど、今までと違う、何か新しい道が開けたように思った。
――春先。もうすぐたくさんの人達が通勤、通学で起きる時間。僕とタマコは出会った。何かが始まる予感を抱えて。
短編のオチどころ…難しいですね。