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すみっこのすき  作者: ミノマ
 
8/17

8. 現実は結構ままならない

 「花火まで、結構時間あるみたいだ」

 「ここに座って待ってるだけでもいいよ、私、家に連絡しとくから、何時まででも大丈夫」

 花火は大きな公園の中であげられるという。公園の外周の斜面には、多くのカップルや家族連れがすでに場所を取っている。特に時間の制約もない私たちも、のんびり待つことにして、芝生の上に座った。

 「手、離しちゃったね」

 「あ、うん。まあ、はぐれる心配も、もうないし」

 本当にはぐれる心配だけで手をつないでたんですか…。

 わかってたけど、がっかりするのはしかたない。

 「私ねえ」

 「うん?」

 「私、わかってるんだ。四郎くんが、別に、私を好きだとか、そういう意味じゃないのは。だから、思い上がってたわけじゃない。これは、本当。だけど、なんともおもってないふりして、失敗したら恥ずかしいから、私からは行動しなかった」

 「え、住田さん?」

 「四郎くんが優しくしてくれたとか、話しかけてくれたとか、それが理由じゃないの。それがきっかけかもしれないけれど、でも多分、私、四郎くんが隣で他の人と話してるの聞いてるだけでも、きっと好きになれた」

 「好きって、え」

 やば、言っちゃった。もういい。全部ぶちまけてしまえ。

 「四郎くんのこと、高校の頃から、ずっと好きだった。好きだったから、話しかけてくれるのが嬉しかった。でも四郎くんには彼女がいて、それでなくても私に興味なんて持ってくれるはずないって思って、アタックして玉砕したら嫌だからって、何もしなかったんだ。でもそれじゃだめだって、最近ようやく分かったの。私が四郎くんのことまだ好きってことも。だから、そのお、あ…」

 もう少しだったのに、涙が出てきて、邪魔をする。悲しいわけじゃない。人と、対等に話をしようとすると、涙が出るんだ。

 「……………あのさあー、」

 あきれたような声がした。ああ、やっぱり、だめだった。もう失敗とは、思わない。でも、最後まで、言わなきゃ。

 涙をぬぐって、顔を上げようとしたのに、なぜか頭を押さえつけられて、上げられない。

 「し、しろ、く?」

 「あのさ、住田さん。……なんか言いたいことがいっぱいあるんだけど。まず高校のときおれに彼女いたってのは、」

 「加藤、さんと、つ、つきあって、たじゃん」

 「いつの話をしてんだよ。二年の最初で別れたよ」

 「え、そ、だった、の」

 「まあ、そのなんだ、確かに、最初はおれも、住田さんになにか下心があって話しかけたわけじゃないし、高校の間ははっきりとした感情があったわけじゃなかったよ、住田さんには」

 「う、うん」

 「次に会ったとき、四年前な。おれは住田さんの大事な何かを支えたかった。それは恋人とか、そういう意味じゃなくて。ちょうどそのとき、おれの友達のこともあったから、余計にそう思ったんだけど。おれはそいつとも、住田さんとも、あるときには近くにいられたと思ってたんだ。近くにいて、その人を支える何かになれると思ったんだ。でもそいつはもっと大事な人を見つけて、住田さんは美大っていう居場所を見つけた。おれは何にもなれないって思った。そのとき、同じ場所にいただけ。何の意味があったんだろうって、拗ねてた。おれは誰かのそういう存在になりたかったんだ」

 そこでいったん四郎くんは息をつく。

 「そのあと、住田さんには当分会わなかったろ。おれは、結構住田さんのこと、思い出してた。おれの知らないところで、住田さんはいろんなところに行って、いろんな人に出会って、でもそこに、おれは関われない。それがいやだなって、あるとき思った。それが次の感情」

 「感情?」

 「えっと、おれの、住田さんに対する感情。今のいい方だとさ、誰でもいいみたいに取ったかもしれないけど。おれも、しばらくそう思ってたんだけど」

 「うん…」

 四郎くんがどこに論をもっていきたいのか量りかねて、私はただ相づちを打つ。

 「さっき言ったおれの友達。そいつが、今言ったみたいに、おれの知らないところで人生を送ったら、寂しい。おれも関われたらな、とは思う。でも、住田さんの側にいられないのは、『いや』なんだ。なんでおれの知らないところにいるんだ、今どこにいるんだって、急に思ったんだ」

 「なんで。私たち、別に、ただの高校の同級生だったじゃない」

 「そう、思ってた?」

 「え…だ、だって、四郎くんも、はっきりとした感情はないって、言ったじゃん」

 そうだけどさ、と四郎くんは困ったような顔をする。

 「まだ、完璧に整理できてるわけじゃないんだけどさ、感情が。高校のとき、おれたち、噂されたことあったじゃん」

 クラスの中であんまり人と話をしない私が、四郎くんとだけはよく話すから、二人は付き合っているだとか、噂されたことはあった。二人とも、(私はあくまで表面上だったけど、)そんな噂はちっとも意に介さなかったから、しばらくしたら自然と言われなくなっていったけれど。

 「その噂、いやじゃなかった」

 「えっ」

 「もう最初っからだったんじゃないかなって、今は思ってるんだけど」

 「…て、ていうかさ、ていうかさ、さっきから、その言い方って、その…」

 「なに?」

 「その」

 にやついている気配がする。これでひっかけだったら目も当てられない。冗談でしたーなんて、言われたら。

 「住田さん?」

 「その言い方、私のこと、す、好きって、言ってるように、聞こえるんですけど」

 「そう聞こえるように、言ってるんです」

 心臓が止まるかと思った。

 「そ、その、聞こえるように言ってるって、本当はそうじゃないけどそう誤解するように言ってるとか、そういう」

 「もう少し素直に受け取ってくれませんか」

 と言われるとともに、もう一度頭を押し込まれた。必死に目を上げても、四郎くんの首までしか見えない。

 「はっきり言うと、おれは、住田さんのことが好きです」

 「お……」

 脳みそが、自分の都合のいいように、音声を作り替えてるんじゃないだろうか。何回も問い直して、ようやく頭の中で整理がついた。結論としては、私の耳は正常だということ。

 「そ、そうですか…」

 「なんだよ、それ」少し笑った、それで、いつもの雰囲気が少しだけ、戻ってくる。

 「続きなんだけど」

 「え、何の」

 「おれ、探したんだ、住田さんのこと」

 「ええ」

 「大したこと、してないけど。本当は、駅で見たんだ。向かいのホームに住田さんが立ってて、当たり前だけどおれのほうなんて見もしないで、電車に乗って、行っちまった。なんか、すげえ悔しくてさ」

 「見てたの」

 「見てたの。だから、ホームで張ってました」

 「張ってたって、…仕事帰りとかに?」

 「とかに。全然現れないから、参った」帰りが遅いって、親父には怒鳴られるしさ、と四郎くんは苦笑した。

 「だって、私、出勤したら夜遅いし、帰んないこともあるし…」

 「帰ってなかったのか。どうりで」

 ていうか、これ、一歩間違えばストーカーだな、と四郎くんは言った。

 「本当だよ」

 「だいたいおれたち、知らなさすぎだよ。連絡先は知れたとしてさ、お互いの…あっ住田さん、おれの名字知ってるの」

 いつの間にか緩んだ手を押しのけて、私はようやく四郎くんの顔を見る。

 「武上くんでしょ、知ってるよ、もちろん」

 四郎くんこそ、私の下の名前、知ってるの。

 「史緒里」

 「うわ」

 「え、あってるよな」

 「もー、だめ、下の名前で呼び捨てはさあ、ふつうに照れるから」特に、そんなふうにまっすぐ見ながら言うのは、もっとだめ。

 「あ、そ、そうかも」

 「じゃあひとつ、新しいこと教えてあげる」

 「え、なに」

 「私、住田史緒里じゃないんだ」

 「は」

 「私たち双子でねえ、私は妹の住田真澄なんだ」

 四郎くんはぽかんと口を開けてから、ようやっと呟いた。

 「嘘だろ」

 「嘘だよ」

 「へ」

 「私たち二卵性だもん。顔は全然似てないし」

 「…冗談の質が悪いよ、住田さん」

 他人に告白したかと思ったじゃん、と四郎くんはため息をつく。

 「私だって、違う人に告白されてたら、たまったもんじゃないよ」

 言って、あるはずないことに不安になる。

 「…違うよね?『住田史緒里』に告白したんだよね?『住田真澄』じゃないよね?」

 「なんでそういうこと思うかな」

 おれ、真澄さんの顔どころか、存在すら今知ったんですけど、と四郎くんはジト目でこちらを見る。

 「だって、残念ながら、真澄の方がかわいいもの。もしだよ?同じ中身で、顔がかわいかったら、かわいい方がいいじゃない」

 「その仮定がよくわかんないけど」同じ中身ってどういうこと、と言いながら、四郎くんは考えるように上を向いた。

 「住田さんのその顔が住田さんでしょ。その顔と中身が一緒にないと、おれはいやかな」

 「うわ、あ、ありがとう」

 「なに、妹さんと、性格似てるの」

 「ううん、全然似てない、あの子は彼氏取っ替え引っ替えだよ」

 真澄にもお礼言わなきゃな。あの子がいなきゃ進展はなかったかも。

 「てか、そうか、真澄って、女の名前でもあるよなあ」

 顔を上げてあきれたように言う四郎くんを、私も同じように見上げる。

 「え、なに、同じ名前の知り合いでもいた?」

 「いや、…さっき、電話してたから」

 そう言えばそうだった。お礼を言う以前に何か用事があったんだろうから、早めに電話しなきゃ。

 「って、それって、私の電話の相手が男だと思ったみたいなんですけど」

 「もうこの、こっ恥ずかしい会話やめない?」


 四郎くんが私に話しかけてくれなくても、多分好きになってた。

 でも、私に話しかけてきてくれたのが、四郎くん。

 四郎くんが、美術に興味をもってくれなくても、全然構わない。

 でも、興味を持ってくれたのが、四郎くん。

 それが彼なら、AがBでもいいけど、AがAだから彼なんだ。

 だから、好きなのかもしれない。




 教室の隅っこで、私は本を読んでいた。いつしか、彼が話しかけてくれるのが楽しみになって、でも私から話しかけることはなくて、確かに私は臆病だった。

 今、私は隅っこにいるんだろうか、それとも、彼の手を引いて教室の真ん中へ、あのダンスホールへ躍り出た?

 死ぬときに分かる、きっと、その答えは。なんて、映画の台詞をもじってみたりして。

 けれど今私の中心は私で、けっして広くはない私の中を部屋のようなものに例えてみれば、隅っこがあるはず。そこには、確かにあった「すき」が、まだ静かに、こちらを見ている。うつむいて本を読んでいたはずの女の子が、こちらを見て笑っている、そんな想像をした。

 洗濯物を適当にかごに突っ込んで、私は真澄の部屋を訪ねた。

 「真澄ー」

 「もう、史緒里、いいかげん私を頼るのやめなって。服くらい自分で決めろよ」

 真澄は私の用事を心得ているようで、怒った顔で出迎える。

 「いいじゃん。私の服がどうだって四郎くんは何も言わないけど、自分がかわいい服装してるって思うとモチベーション上がるんだよね、私の」

 「今、なんて言った?」

 「え、なんてって、どこ?」

 「四郎くんは何も言わないって言ったな」

 「言ったけど」

 「信じらんない。女の格好を褒めないなんて男の風上にも置けない」

 「え、」

 「待ってろ、今日は思わず『かわいい』って言わずにはいられない格好にしてやるから」

 「は、はい」


 今日のデートは本屋がメイン。

 四郎くんが異動して、初めて携わった本が、書店に並ぶ。最近は私の個展が忙しくて全然会えなかったから、今日は久しぶりに会える。

 私は浮かれきってるけど、現実は結構ままならない。大金を払って借りたギャラリーでの展示は大成功したとは言いがたいし、四郎くんは出張ばかりで忙しそう。

 けどさ、楽しいよ。


本編はこれで終わりですが、おまけショートが次話にあります。

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