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すみっこのすき  作者: ミノマ
 
5/17

5. それは、史緒里が悪いよ

 家に帰ると、真澄がソファに座ってテレビを見ていた。

 「真澄ぃ」

 「ちょっと待って、今いいとこだから」

 なんで私は待ってるんだろう、ドラマがCMに入って、ようやく真澄は私の顔を見た。

 「うわ、ひっどい顔」

 「だめだったよー」

 「だろうね…だめだったって、どう?」ぽんぽんとソファの隣を叩いて、座れと合図された。素直に隣に座る。

 「なんかわかんないけど、怒らせちゃって、多分もう会ったりしないと思う」

 「ええ、何で一日でそんなぶち壊せるの」

 真澄の容赦ない一言に、私はがっくりと肩を落とす。

 「どうしてかなあ」

 「まず、何をして怒らせた」

 「わかんないの」

 「最初から言ってみ」

 言われるがままに、思い出せるだけの会話を再現してみせた。手をつないだと話すと、「やるじゃん」と笑った真澄も、話が進むにつれ表情が険しくなっていく。

 「…しーちゃん、史緒里。それは、史緒里が悪いよ」しーちゃん、と昔の呼び名が出たのは、ついうっかりだろう。それほどまでに、あきれかえっているのだ。

 「うん…」

 「わかってないでしょ?」

 「え?」

 「『私が悪い』って思う前に、何が悪いか、ちゃんと考えて」

 「…興味のない、美術館に連れて行ったこと?」

 「も、あるかもしれないけどさ!」

 「だよね…」

 「それもあるけど!しーちゃんとその人、手をつないでたんでしょ?いつ離した?」

 「えっ」

 全然覚えていない。気がついたら四郎くんその人がいなくなっていたから。いつの間に、手が離れていたんだろう。

 「その人だってさ、そんなに簡単に手をつないだりしないんじゃないかな。嫌いな人とはしたくないだろうし。それをさ、なんか、どうせ、人とぶつかったりした拍子とかに離しちゃったんでしょ。でもそれを気づきもしないで、絵に夢中って、そりゃ、嫌になるんじゃないの」

 さーっと心臓に霜が降った気分になった。

 もしかしたら四郎くんは、それなりの勇気を出して、手をつないだのかもしれない(その意味は今は考えないとして)。手が離れたときに、何か言おうとしたかもしれない。『はぐれるよ』?『ちょっと待って』?

 私はそんなこと、お構いなしに、四郎くんがいなくなったことすら、あとになって気がついた。

 「わ、私、間違っちゃった…」

 「…ついでに言うけど、その『間違った』っての、よく言うけどやめた方がいいよ」

 「え、そんなに言ってる?」

 「言ってる。人間関係に、間違いとか失敗とか、分かりやすく現れるわけないじゃん。なんかネガティブで、むかつく」

 弱っているところにそんな厳しい言葉を浴びせなくてもいいのに。

 うなだれる私を、あまりに哀れに思ったのか、真澄は少し語調を和らげて言った。

 「…まあさ、史緒里の話を聞く限り、その人も史緒里のこと悪しからず思ってるみたいだし、早めにフォローしといたら大丈夫なんじゃないの?」

 「真澄」

 「もー、どうしてこんな奥手で付き合いべたなの」

 「しょうがないじゃん」

 「この際全部言うけど、史緒里、油絵臭い。部屋も臭い。なんとかして」

 「それこそ、しょうがないじゃん…」

 しょうがない、と言いはしたけど、四郎くんにも臭いと思われてたらいやだな、と思った。


 早めにフォローと、真澄に言われたものの、私はそれからあとも、四郎くんに連絡しなかった。

 こんな夜遅いと迷惑かなとか、学校に出ずっぱりでそれどころじゃなかったりだとか。なんて、自分に言い訳をしながら。

 また、失敗したらいやだなって、思っていたから。

 真澄は嫌がったけど、やっぱり『失敗』はあり得ると思う。私は、小学校のときから、失敗を繰り返してきた。

 社交的な真澄の影にいつも隠れていたけれど、真澄が私立の中学校に行ってからは、私一人。同世代の子たちの話題についていけない。輪の中に入れても、私が何かしゃべると、会話が一瞬止まる。そのあとは何もなかったかのように今までの話題が続くんだ。

 みんなと同じものに興味がもてない。みんなが笑うテレビ番組で笑えない。愛想笑いだけ身につけて、面倒な人付き合いから逃げていたら、クラスの中でいてもいなくてもいい存在になっていた。

 高校で出会った友達は、そんな私みたいな人間の集まりで、楽だったけれど閉鎖的だった。『これでいいんだよね』と顔を見合わせながら、ぬるま湯の中に浸かりきっていた。

 大学に入って、私は今までで一番ましな人間になれた。美大に通う人は、いろんな感性を持っていて、どこかでつながることができた。失敗したって構わない。未熟な人間ばかりが集まって、なんとか動こうとあがいている、そんな中で、私もなんとかやっていける、そんな気になった。

 だけどそれと同時に、私はこの環境のぬるさも嫌いだ。いつだって、こんなところ出てやる、社会に出て行ってやる、って思っていた。

 でもどうだろう、結局、私はこの居心地よさにあぐらをかいて、ぬるま湯につかっている。

 外の世界は怖いと、震えて、失敗ばかりだ。

 こうして、四郎くんに連絡せず放置していたら、本当に『失敗』に終わってしまうことは、分かっていたのに、逃げていた。


 『迷惑かもしれないけど、電話していいかな』

 そんなメールが来たのは、一ヶ月後だった。

 その日は講師を呼んで授業をする日で、送迎や準備にかり出されていた私がメールを見ることのできたのは着信から三時間後。文面を理解した瞬間、息が詰まったようになって、軽いパニックに陥った。

 どうしよう、四郎くん、私に何の用かな、私が謝るの、待っていて、いつまでも謝ってこないから、怒ってるのかな。

 文章は感情を伝えてこない。震える指で、『大丈夫です』とだけ打って、返信した。


 三時間も経っていたから、あきらめてしまったかなと思ったけれど、電話は返信後すぐにかかってきた。意味もなく、部屋に誰もいないことを確認して、電話を取った。

 「は、はい」

 『…あ、もしもし』

 初めて聞いた電話越しの四郎くんの声は、少し籠って聞こえた。

 「ごめんね、メール、気づかなくて」

 『あ、いや、ごめん、急にメールしたから』

 「ううん、こっちこそ、あの、全然連絡しなくて…」

 『え?』

 意外そうな声。連絡なんて、待ってなかったんだ。私に期待なんて、してなかったんだ。

 落胆すると同時に、もう一度疑問がよぎる。

 「あの、どうしたの?メールじゃなくて、電話だし…何か、急な用でも」

 『あ、うん』

 遮るように返事した四郎くんは、けれど、しばらく沈黙した。彼が黙ると、電話のノイズも聞こえなくなって、もしかして電話が切れてしまったのかと心配になる。

 「…あの、四郎くん?聞こえてる?」

 『え?あ、うん、聞こえてるけど』

 小さい咳払いの音が聞こえて、つばを飲み込む気配がした。

 『あのさ、住田さん、こないだは、ごめん』

 「え、ううん、私が悪かったよ、ごめん。手だって、つないでくれてたのに、私、離れたことにも気がつかないで、その、こないだも言ったけど、集中すると他に思考が回らなくて、ってこれ、言い訳か、あの」

 『ちょ、ごめん、住田さん、ちょっと、聞いてくれる』

 「あ、ごめん」

 またやっちゃった。自分が弁解するのに必死になって、四郎くんが何か言おうとしているのに。

 『…おれさ、おれがさ、住田さんのいつも見てるものみたいって言ったのに、自分が相手にされてないってだけで拗ねてさ。住田さんはいつも通りの姿を見せてくれただけなのに、おれのことなんて、いてもいなくても同じって、思っちゃって』

 「拗ねてたの」

 『そこ拾うなよ、恥ずかしいから』

 ちょっと早口に四郎くんが言う。拗ねてたとか、恥ずかしいとか、それって、どういう意味?

 『だからその、もっかい、やり直しませんか』

 もう一回、出かけるところから、やり直さないかと、四郎くんは言った。


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