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すみっこのすき  作者: ミノマ
 
4/17

4. また間違っちゃったかな

 「真澄ー」

 「どうだった?」

 「うん、まあまあ、なのかな…」

 「で、どうする」

 「え?」

 「次だよ!なんか話した?」

 「次の話?別に…」

 「だめじゃん!次の約束をさ、どうにかつけなきゃ」

 「えーだって、今日遊んでまたすぐ次って」

 「史緒里はどうなりたいの、その男とさ!」

 「…どうなりたいとか、別に」

 「もー、いいからメールしろ!今日はありがとう、またどっか行こう、からの三日後のメールだ!また誘え!」

 「は、はい」


 『こんばんは、いきなりごめんね。今度の土日のどっちかに、また美術館に行こうと思うんだけど、一緒にどうかな?今度は県立美術館です。もちろん、無理にとは言いません。もし、興味があれば、ぜひ』

 そんなメールを送った。大丈夫かな、私、調子に乗ってないかな。相手はただ、友人とご飯食べた帰りに暇つぶしに誘っただけかも。美術館なんて微塵も興味ないかも。でも、興味なかったら断ってくれるよね。私も、ただ友人を誘ってるだけだよね。

 送信したあと、どきどきしながら、布団にもぐった。ぐるぐると思考が回って、いつ眠れるかと思ったけれど、案外早く眠りは訪れて、翌朝目覚めて時間を確認した携帯電話に、返信のメールが届いていた。

 『遅くにごめん。いいよ、行こう。俺のほうは、土日どっちでもいいです。土曜日は、午後からの方がいいな』

 ぎゃーと心の中で叫んだ。

 「真澄、真澄!また一緒に出かけることになった」

 「あー、何がー?」

 興奮気味に駆け込んだ先の真澄は、不機嫌そうに寝ぼけ眼を布団から出した。


 有名な画家の展覧会だった。日本で十数年ぶりに公開されるという絵が目玉で、テレビ広告も打っているくらい大きな展示のようだった。

 四郎くんもチラシを見て、「あ、これ、美術の教科書で見たかも」と言った。具象絵画だし、きっと前よりは楽しめるはず。

 けれど、

 「うわあ、すごい人だね」

 「うん、平日に来ることが多かったから、こんなに人が多いのは初めて」

 入るだけで30分くらいかかる。四郎くんが不機嫌になっていないか、それが気になる。

 「ごめんね、こんなに並ぶと思ってなかったや」

 「まあ、しょうがない」

 今度は用意していた前売り券を眺めながら、四郎くんは何気なく言う。

 「住田さんといれば、話してるうちにすぐ入れるっしょ」

 うわあ、と思う。勘違いしちゃうよ、私。顔が熱い。別にそんな意味で言ったわけじゃないだろうに。一人で列に並ぶより、人といる方が暇つぶしになるとか、そんな意味だろうに。私と一緒なら、退屈じゃないとか、そんなふうに受け取ってしまう。


 「中もすごい人だねえ」

 「うん…」

 言いながら、腕をつんつんとつつかれた。

 どうしたのかと目線を下ろせば、こちらに向かって差し出される手。

 「手、貸して」

 うわわわわわわ!

 「人、多いし」

 美術館の中で、カップルが手をつないだり腰を抱いたりしているのをみて、なんでこんな場所でいちゃつくんだろうと思っていたのに、今や自分たちがそうなってしまっているとは!

 つないだ手は温かい。あまり大柄じゃない四郎くんでも、手は厚くてしっかりしていて、どうしても男の人を感じてしまう。

 「なんか、すごいね。四郎くんって、タラシでしょう」

 「ばか」

 そのばかってどういう意味?どうしようもなく浮かれた馬鹿な頭は、『お前以外にこんなことするか』なんて台詞を捏造してしまう。

 それぞれの絵の前にぴっしりと並んだ人びと。間に割り込むことはできそうになくて、素直に最初から並んで、人の流れのままに絵画を見る。

 四郎くんにとっつきやすいような展示を選んだのも事実だけど、私自身この画家の絵は見たかった。

 色、色、かすかな絵の具のにおい、追体験する筆のタッチ、微妙な陰影。

 照れ隠しから絵に集中しようとし始めたけれど、いつの間にか、私は絵画たちに引き込まれていった。


 展示室と展示室をつなぐ通路に、トイレや休憩室がある。そこに来て初めて、私は四郎くんが近くにいないことに気がついた。

 慌てて携帯電話を確認するも、地下で電波が入らない。

 (先に行っちゃったんだろうなあ)

 人の波に押されても、絵の前に陣取ったりしていたから、四郎くんは素直に流されて行っちゃったんだろう。申し訳ない。待っているだろうか。

 そのあとは気もそぞろで、出口の案内が見えたときにはほっとした。こんなとき出口に直行せず、急ぎながらも絵を見つつ進む自分が恨めしいけれど、見なくてはもったいない。

 「ごめん、待ったよね?」

 果たして四郎くんは、ショップを出たところのベンチに座っていた。

 「うん、まあ」

 「本当にごめんね。あの、つまんなかった?」

 四郎くんの表情は暗い。こんな人ごみに連れてきて、興味のないものを見せられれば、不機嫌にもなるかもしれない。私はまた間違っちゃったかな、と思う。

 「ていうか、なんつうか、おれがいてもいなくても一緒かなって」

 「え?」

 「おれは、『住田さんと』美術館に来たんだけど、住田さんは『絵を見に』来たんだろ。一緒に来たのがおれじゃなくても、どころか、一人でだって、ぜんぜん変わんないんだろ」

 「あ、その…ごめん」

 「それ、どういう『ごめん』?」

 「えっと、ごめんね、私、ばかで、ひとつのことしか集中できない」

 「おれとは無理ってことかな」

 「四郎くんとって」

 「ごめんな、付き合わせて」

 四郎くんが何を言いたいのか分からない。ただ、拒絶されているらしいことは、分かった。やっぱり、失敗していたらしい。

 「帰ろっか」

 小さく言う四郎くんに、頷くことしかできなかった。


 帰りの静けさったらない。電車の中でも、バスの中でも、どちらも何も、言わなかった。せいぜい、お互いの家が同じ方向にあることを確認したくらいだった。

 私は何を言っても四郎くんを失望させるような気がして、怖かった。四郎くんはどうしてしゃべらなかったんだろう。つまらない女って、思ったのかな。もう私としゃべりたくなんて、ないかな。

 でも最後くらいは、何か言わなきゃいけないだろう。バスを降りて、四郎くんと向き合った。一生懸命言葉を選んだつもりが、出たのはやっぱり、どうしてもつまらないせりふ。

 「…今日、ごめんね」

 「いや、おれも、なんか空気悪くしたよな、ごめん」

 四郎くんも謝ってきて、私はびっくりする。

 「何で?四郎くんは悪くないよ」

 「住田さん」

 四郎くんがさらに何か言いそうだったから、慌ててしゃべった。

 「また、クラス会とかあったら、行くよ。今まで行ったことないけど、四郎くん来るなら、顔くらい出してみる」

 「おれが来るならって」

 「あ、変な意味じゃないよ。ほら、クラスであんまり人と話さなかったし、少し馴れてる人がいれば、話しやすいかなって」

 変な意味に取ってもらっちゃ困る。私が、勘違いしているって思われたくない。『こいつ、おれが好意を持ってるって勘違いして、調子に乗ってる』なんて、絶対に思われたくない。

 数時間前まで浮かれきっていたことを棚に上げて、私は四郎くんに気なんて持ってないように振る舞おうとした。私は気のいい友人、それ以上では、あり得ない。

 「そか」

 「じゃ、またね。今度またメールするよ」

 言いながら、多分しない、と思った。多分、四郎くんとは元の通り。この数週間で近づいたように見えた距離も、元通り。

 「ああ、じゃあな」

 背中がみじめに見えないように、不自然なくらい姿勢よく歩いて、その場を去った。



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