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すみっこのすき  作者: ミノマ
 
13/17

(4.) 手の甲は少しかさかさしている

 今度行くのは県立美術館だというので、ホームページを確認して、どんな展示か調べた。こちらは打って変わって、おれが想像する「美術館」のような絵の展示をやっているようだ。海外の画家で、没後数十年企画だとかで日本での展示は久々なのだそうだ。名前に覚えはないが、いくつかの代表作は見たことがあるような気がした。

 その展示に行ってきた人のブログを読んだ。けれどもそういう人の感想は玄人向けというか、素人が読んでもちっともピンと来ない。その画家のことを知っているのが前提なのだ。ただ興奮度合いは伝わってきて、ファンの多い画家なのだということは分かった。


 …ファンの多い画家ということは、こうなるということらしい。

 「うわあ」

 美術館の外に長蛇の列ができていた。そんなにみんなが並んで見たがるものなのか、美術って!

 「こんなに並ぶと思ってなかったや」

 住田さんが申し訳なさそうに謝った。その様子が、高校時代付き合っていると勘違いされたときとかぶる。懐かしくて頬が緩みそうになるのを、気づかれないように言った。

 「住田さんといれば、話しているうちにすぐ入れるっしょ」

 実は少し嬉しかったりする。中に入ってしまえば住田さんは展示の方に夢中になってしまうだろうから。必死に会話でつなごうとする彼女は、おれを退屈させないことで頭がいっぱいのように見える。…構ってもらって喜ぶとか、おれは子どもか。

 「ほんとに人気なんだな、この絵の人」

 「うん。日本人が好きなタイプだよね。私も好きだけど」

 そう言われてみれば確かに、大陸の大味な感じじゃなくて、微妙に変わる色合いがいかにも日本人好みのように思える。

 「それはチラシだからやっぱり色が悪いけど、実物はもっときれいだよ。こんなに大規模なのはそうそうないけど、作品自体は日本に数点あって、いくつか見たことあるんだ」

 「ふーん」

 何気なく相づちを打つと、彼女が不安そうな顔をした。

 「早く見てみたいな、実物」

 そう思ったのは本当だ。住田さんはほっと息をついた。興味のない話をしてしまったかと心配したようだった。高校のときだって、お互い趣味は全然違ったけれど、そんなこと気にせずに話していた気がする。こちらを気にしてくれるのは嬉しいが、気を使いすぎて疲れると思われたら困る。

 「住田さんは、いつもこんなもの見て過ごしてるんだな」

 それを知れるのが嬉しいんだよ。

 「え、う、うん。そうだね」

 照れたみたいに笑った。

 列が進み、歩き始めた彼女から、嗅ぎ慣れない香りがした。…何の匂いだろう?香水とかのいい匂いではないけれど、いやな匂いではなかった。


 ようやく中に入れたものの、中も人でごった返していた。完全に一方通行になっていて、館の人が逆走するなと呼びかけていた。人に押されて進みながら、またぼんやりとしている彼女の手をつついた。

 「手、貸して。人多いし」

 絶対にこの中じゃ、はぐれる。…というのは当然ながら口実である。

 一瞬住田さんの手が戸惑ったように揺れたけれど、また新たな人に押された勢いでぱっとおれの手を掴んだ。

 彼女の手はやっぱり小さかった。手の甲は少しかさかさしている。絵を描くのに、水を使う場面は多いのだろうか。

 「四郎くんって、タラシでしょう」

 と言われた。彼女は視線をさまよわせながら、しかしちらちらとつないだ手を見ている。

 「ばか」

 そう簡単に誰にでもできるんなら、今こんなにどぎまぎしていない。手汗が出なきゃ良いけど。


 絵は本当にきれいだった。青から緑に変わる色。紫の中に潜む黄色。この画家が見ていた世界は、本当にこんなに光り輝いていたんだろうか。

 ふと住田さんの手の力が弱まった。隣を見ると、彼女はまた、真剣に絵を見つめていた。

 展示室には多くの人がいるが、それらみんなが同じように絵に対して想いを持っているかというと、やはりそうではないようだ。住田さんのように絵に魅入られて、人に押されても気にしない人もいれば、さっさと先に進もうと押しのけていく人、絵の題名と説明をじっくり読んで、肝心の絵の方はちらりと見るだけの人もいる。…さすがに、絵よりもこの部屋の状況を観察している人は、おれ以外にはいないようだ。

 手が離れそうだ。一回つなぎ直そうと離した、その瞬間にどっと人が動く。不意をつかれておれは流されていってしまう。住田さんの手を離したまま。

 おれは慌てて彼女を見た。このままはぐれてしまうんだろうか。途方に暮れた住田さんの表情を想像した。

 …しかし彼女は、ずっと絵を見つめていた。その姿が、人に飲まれて見えなくなっていった。


 手が離れたことに気がつかなかった?離れても、どうでも良いと思っていた?むしろ邪魔だと思ってたりして。ならどうしておれを誘ったんだ?一人でだって良かったんじゃないか。やっぱり、おれなんていらなかったんじゃないか。

 やっぱり、おれは住田さんの「何か」にはなれないのか。


 ベンチに座って暗い気持ちで考えていた。

 「ごめん、待ったよね?」

 焦った声で住田さんがやってきた。待たせたと思うなら、なんですぐに追いかけてこない?

 「あの、つまんなかった?」

 反応が薄いおれに、彼女はますます困った様子でおれに尋ねてくる。それは、おれの気分を害したことを心配しているんじゃなくて、自分の好きなものを気に入ってもらえなかったことを気にしているんじゃないか?

 すっかりネガティブな思考に陥って、おれはうっかりそれを彼女にぶつけてしまう。

 「ていうか、おれがいてもいなくても一緒かなって」

 住田さんは目を丸くしておれを見ている。

 「おれは、『住田さんと』美術館に来たんだけど、住田さんは『絵を見に』来たんだろ。一緒に来たのがおれじゃなくても、どころか、一人でだって、全然変わんないんだろ」

 口に出すと、それが真実なのだと思えた。一人でだって住田さんはここに来ただろうし、それで絵が見られれば満足なんだろ。

 「あ、その、ごめん…」

 とりあえずといった感じに謝る彼女に、いらだちが募る。

 「それ、どういうごめん?」

 「ごめんね、私、ばかで、ひとつのことしか集中できない」

 おれの方には集中力を割けないっていいたいのか。

 「おれとは無理ってことかな」

 住田さんは呆然とおれを見ている。

 「ごめんな、付き合わせて」

 きっと、おれがいなくてもどころか、おれがいない方が楽しめたんだろうな。


 電車とバスを乗り継いで帰った。今日はお互い予定もないから、一緒に帰れるというのに、おれは何をやってるんだろう。

 しばらく経つと冷静になって、おれは悶々とする。否、冷静じゃないかもしれないが、彼女に対するいらだちは嘘のように消えて、後悔だけが押し寄せてくる。

 どう考えてもただの八つ当たりだ。おれは何を求めていたんだよ、住田さんに。彼女の何かになりたいなんて思っときながら、おれの思い通りにならなかったらキレるとか、最低じゃないか。頭を抱えたくなったが、そうすると彼女に余計な誤解を与えそうなのでぐっと堪えた。

 隣に座る住田さんは、ひたすらにうつむいて沈黙している。誤解を与えたくないなら、何かしゃべればいい。わかっちゃいるけど。

 結局、バスを降りるまで、何も話せなかった。先に降りた彼女が振り返って、

 「今日、ごめんね」

 と言った。

 先に謝らせているし。本当、なにやってんだ、おれ。

 「いや、おれも、ごめん」

 本心から謝ると、彼女はまた目を丸くする。

 「何で?四郎くんは悪くないよ」

 そういうことを言わせてしまう。さっきのはおれのわがままだったんだと、懺悔してしまいたい。けれどそれを許さないと言わんばかりに彼女はまくしたてた。

 「また、クラス会とかあったら、行くよ。今まで言ったことないけど、四郎くん来るなら、顔くらい出してみる」

 「おれが来るならって」

 また会ってくれるってことだろうか。

 「あ、変な意味じゃないよ。ほら、クラスであんまり人と話さなかったし、少し馴れてる人がいれば、話しやすいかなって」

 少し馴れてる人。…少し馴れてる人。彼女の中でのおれの立ち位置はそれか。

 「……そか」

 「じゃ、またね。今度またメールするよ」

 最後に微笑んで、彼女は踵を返した。すたすたと去っていく姿を情けなく見送る。送らせてももらえなかった。

 微笑みは、完全に他人向けだった。…そんな笑顔が見たかったんじゃないのにな。


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