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すみっこのすき  作者: ミノマ
 
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(3.) おれは、その先には行けないのか

 営業職なら十分前には着けるようにしとけよ。何で時間ギリギリになってんだよ。自分に突っ込みながら待ち合わせに到着すると、住田さんはそんな待っていないと笑った。彼女は、前回会ったときと打って変わってカラフルでおしゃれな服を着ていた。おれ自身がそういうのに疎いから、そういうあいまいな表現しかできない。彼女にはよく似合っていると思ったけれど、わざわざ言っていいことかわからなくて話題には出さなかった。

 女の子っていろんな飯の店知ってるよな、と感心する。おれだって外食しないわけじゃないけど、一つ気に入った店があると通い詰めてしまう質だ。その探究心のなさは定食屋の息子としては失格だろうか。

 辿り着いたのは、おしゃれ風、というか、昔ながらのレトロモダン(すげー矛盾)な感じの店だった。うちの実家だって昔ながらではあるけど、あっちはどっちかっていうと「古くさい」って形容が似合う。

 席に案内されると、住田さんはまたぼーっとした顔で窓の外を眺めていた。「何見てんの?」なんていちいち突っ込んだらうるさい男と思われるかなんて考えて、おれは黙ってメニューを広げる。カルボナーラは果たしてあった。彼女と食事をする口実ではあったが、食べたかったのは嘘ではない。

 ウェイターが注文を取りにきて、ようやく彼女はこちらに意識を戻した。


 高校のときは、昼食を食べる場面なんて見たことなかった。彼女は丁寧にご飯を食べる。意識していないと口元ばかり見てしまいそうで、会話を振ることに集中した。っておれ、変態かよ。

 おれの注文したカルボナーラはおいしかった。実家じゃあ絶対に食べられないメニューだ。餅は餅屋ということか。リピートしたいところだけど、おれの会社からはちょっと距離がある。住田さんの知らないうちに全メニュー制覇とか、しておいてみたいけどな。


 昼食を食べて、店を出た。夜から予定があると聞いていたが、まだまだ時間はある。当然、ここで別れるつもりはない。けれども何をするかも決めていなかった。

 とりあえず繁華街の方へ歩いた。こうしていると、カップルに見えてもおかしくないよな。おれは男にしては背が低めだけど、住田さんはそれよりもっと小さい。高校のときは大体席に着いて話していたし、彼女はすらっとした体型だから気づかなかったけれど、隣に並んで歩くとよくわかる。160センチないかもしれない。見下ろすと、会わなかったうちに伸びた髪の毛が、ゆらゆらと揺れていた。

 手も小さいんだろうか…。でも、今手をつなぐと、多分引かれると思う。邪な思いを振り切って、行き先のことを考えた。

 住田さんはいつも、どこで何をしているんだろう。学校での彼女しか、おれは知らない。単刀直入に聞いてみることにした。

 「こんなとき、住田さんはどこ行く?」

 彼女の返事ははっきりとしない。またぼんやりしている。視線の先を追うと、アーケードを見ている。いや、アーケードに垂れ下がる広告を見ている?

 カラフルな色と、アルファベット。人名だろうか?下の方には、美術館の名前。美術館の広告か…。住田さんは、美術大学を卒業している。今は、そこで助手をしているそうだ。

 やっぱりああいうの好きなのかな。

 「あれ、行きたいの?」

 正解だったらしい。まだ広告を眺めたまま、最近流行りの作家だと言う。作家って、本の作家じゃないよな?美術やる人のこと、作家って言うのか。

 「行ってみる?」

 そう尋ねると、彼女はぱっとこちらを向いた。ようやくこちらに注意を向けさせたことに少し満足する。

 「近くの美術館だろ」

 「そうだけど…」

 現代美術というジャンルで、興味のない人はつまらないと思うと、彼女は言う。そうかもしれないけど、それじゃおれはいやなんだ。おれを、切り離さないでほしい。強引に押し切って、その美術館に行くことにした。

 初めて行くその美術館は、面白い形をしていた。小学校のとき遠足で行って以来だったが、そのときはただただ面白くない絵画が並んでいて、早く終わらないかなと思っていただけだった。あんな変な形の窓、あの頃に見ていたらもっと楽しめたんじゃないだろうか。無理かな。

 「ここは有名な建築家が設計してるから」

 なるほど、美術館の中でも特に変な部類の建物なのか。そういえば建築科の学生か、おれより年下に見える男が大きなカメラで建物の写真を撮っていた。

 中は人が少なかった。若い人ばかりで、芸術知ってますって顔しているおじさまおばさまの姿はなかった。「現代」美術だからだろうか。

 「現代美術は人少ないよ、どこでも。東京は何やっても人多いけど」

 「住田さんって東京好きな」

 「別に、東京が好きなわけじゃないけど」

 なんとなく拗ねてしまったようだ。ミーハーだと言われたように感じたのかもしれない。

 広い部屋がたくさんあって、その中にどかんと、大きなオブジェが置いてある。美術と言えば、彫刻か絵画というイメージしかなかったので、驚いた。ていうかこれ、美術って言うのか?

 どでかい階段が作ってあった。それを形作るカラフルな布が透けていて、その様子が面白い、気がする。なんだかちょっぴりどきどきする。

 それを住田さんに伝えようとして、振り返ると、彼女は真剣な眼差しで作品を見つめていた。

 それはおれが見たことのないものだ。おれに向けられたことはないものだ。

 …今、おれたちの間には数mの距離しかないのに。

 向かいのホームで、他人事を見つめるような距離感を感じた。

 おれは、その先には行けないのか。


 部屋に一つか二つ程度しか作品はなくて、小学校の頃見た絵画の展示の四分の一以下の作品数だったと思うけれど、疲れ具合はあのとき以上だった。住田さんが真剣に見ているから、おれもそれを読み取りたくて、懸命に見つめてみたが、いっこうに分からなかった。作品の作者の意図も、彼女がそれの何に惹かれているかも。ただ疲れただけだ。

 最後の展示室を出ると、すぐに住田さんが振り向いて、

 「どうだった?」

 と聞いた。それに少しだけほっとする。おれは完全に突き放されたわけではないと思う。

 「うーん、おれには、やっぱりちょっと難しいかな?」

 正直に答えると、彼女はわかりやすく落胆した。期待に添えられなくて、幻滅しただろうか?

 「そっか。じゃあまた、もっとわかりやすそうなとこ、行こう?」

 …しかし次がある言い方をした。やはりこれは脈ありなのか?わからん!

 大学に行かなくてはならないというので、その場で別れた。成功したと言えるのかよくわからないデートだったが、もう会いたくないとか、そんな悪感情は持たれていない、大丈夫だ。


 三日後、風呂から上がって携帯電話を確認すると、住田さんからメールが届いていた。


 こんばんは、いきなりごめんね。

 今度の土日のどっちかに、また美術館に行こうと思うんだけど、一緒にどうかな?


 柄にもなく、顔が熱くなるのを感じた。携帯電話を投げ出し、布団に倒れこんで、手で顔を覆う。

 「なんで女の子に誘わせてんだよ、おれ〜…」

 しかし嬉しい。おれから強引に誘ったのでもない、ぼんやりしているうちに約束を取り付けたのでもない、彼女自身から誘ってきた。

 「脈ありなのか?どうなんだ?」

 期待していいのか?

 (しかし美術館って、またあんなところかな)

 勉強していった方が良いかもしれない。少しでも、彼女に近づけるように。


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