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すみっこのすき  作者: ミノマ
 
10/17

(1.) 彼女はこちらに気がつきもしない

続編ではなく、同時系列の別視点です。本編は前々話で完結しており、以降は完全な蛇足ですのでご注意ください。

 初めてのカノジョは、高校二年のときにできた。

 隣のクラスの女子で、おれが友人とつるんでいるといつも話しかけてきたから気になって、おれから告白した。即OKをもらってかなり舞い上がったおれはいろいろと心を尽くしたものだが、三ヶ月後にはなんだか別れることになっていた。

 二番目のカノジョは、大学四年のときにできた。

 同じ専攻で、あちらから付き合おうと言ってきたからOKしたけれど、一週間後にはなかったことになっていた。正直カノジョといって良いか微妙だったが、男として見栄を張りたいときによく元カノとしてカウントしている。

 三番目のカノジョ、これがおれの最新の恋人になるが、この子とは一年続いた。これも彼女からの告白で、おれはできうる限り彼女を好きでいよう、彼女を楽しませようと心がけたのだが、結局彼女から別れを切り出された。「なんか冷めちゃった。あなたも私のことそんなに好きじゃないよね?」と言われ反論しようとしたが、そう言えばおれも「好き」とか言ったことないかもと思って黙ってしまった。


 好きな人いる?と聞かれることが時々ある。二十代にもなってよくそんな話ができるなと思うこともあるが、一応聞かれたら考える。

 そういえば、高校の頃には、クラスメイトの女子と話しているだけで「好きなの?」なんて聞かれたりしていたな。

 その子もおれも、下手にむきになって否定すればより周囲が盛り上がることを悟っていたから、軽く否定していつも通りに過ごしているだけで、いつしか噂は下火になっていった。

 そもそも噂されるようになったのは、その女子がおれ以外の男子とはろくに話さなかったからで、それについてその子は申し訳なく思っていたようだった。

 「ごめんね」と、眉を下げて謝られても、「いや、いいよ」と笑うことしかできなかった。

 …でもまあ、なんていうか、悪い気分じゃなかったんだよな。正直。


 最後の恋人と別れてから一ヶ月ほどは、自分でも驚くほど凹んだ。別れようと言われてあっさり別れてしまえる程度と言われてしまえばそれまでだが、別れるまでは、彼女を好きだと思っていたし、うまくいっていると思っていたのだ。おれの何が悪かったのかと落ち込んでみたり、もらったプレゼントを処分しながらため息をついたり、周りから見るとさぞうっとうしかっただろう。

 それでもなんとか立て直し、彼女のことを思い出してもそう落ち込まなくなって久しい頃、最初の恋人の話にオチがついた。

 「久しぶりに昔の面子で飲もうぜ」

 「昔って?高校時代?」

 高校、大学と長く付き合っている友人から持ちかけられて、高校時代つるんでいた友人たちと久々に飲み会をすることになった。そこに、最初のカノジョもやってきていたのだ。彼女は酒に顔を真っ赤にしながら、おれに笑いかけてこう言った。

 「じつはねえ、あのときよく話しかけてたのは、四郎じゃなくて吉村狙いだったんだよねえ」

 吉村とは、当時おれとよくつるんでいたお調子者のことだ。そういえば彼女が話しかけてくるとき、いつも隣には吉村がいたような気がする。

 「そっちかよー」

 「ごめんね。でも告られたのオッケーしたのは、四郎のことも嫌いじゃなかったからだよ」

 でも好きではなかったと。だから三ヶ月で終わったのか…。まあ、高校生の付き合いなんてそんなものかもしれない。しかしなんとなく凹んでしまうのは仕様がなかった。

 仲間と別れて一人駅へ向かう。二次会に行く気にはなれなかった。気怠さが体を支配する。久々にみんなに会えて楽しかったはずなのに、なんとなく物寂しい感じがあるのはなんでだ。みんなが着実に、進んでいっているからだろうか。みんな、何かを得て、何かを選んでいるからだろうか。

 おれはため息をついた。先ほどの友人たちとは違う男のことを考える。つい先日久々に会ったそいつは、今恋人と同棲しているらしい。一時期おれの家に出入りしていた男。あいつの何かに、おれはなりたかった。おれだけではない、親父もおふくろも、きっと、あいつを支えたかったのに。結局あいつが欲しがったのは彼女だけだったのだ。

(あの子にとっての居場所や、あいつにとっての彼女。いつも、おれは、人の大事なものにはなれない。彼らの求めるものがなんなのか、分からない。その何かになれればいいと、ずっと、思っていた)

 あの子。高校のときのあの子だ。おれと噂になって、申し訳なさそうにしていたあの子。

(そういえば、あの子と接点があるときって、大体彼女と別れたあとすぐなんだよな)

 初めてのカノジョと別れた後に、クラスで一緒になったあの子の隣の席になった。二人目のカノジョと別れた後に、大学生になったあの子と再会した。そしてその四年後の現在、三人目のカノジョと別れて半年も経っていない。

「いやいや、まさかまさか」

 大体、再会してどうしようというのか。自分が恋人と別れて寂しいからって、別の女の子をどうこうしたいわけじゃないだろう。

 はあとため息をついた。最近、母親にもいろいろとせっつかれるから、こんなことを考えるのだ。父親は何も言わないが、一人息子の行く末を考えないわけはないだろう。気が重い話だ。三人目のカノジョとだって、結婚を現実的に考えたことはなかったのに、その相手すらいなくなってしまった。

 疲れているんだ、さっさと帰ろう。

 酔った頭を力なく振って、帰宅した。

 それが先週のことだ。


 そう都会の町ではないから、テレビや何かでよく見る首都圏の通勤ラッシュのようなぎゅうぎゅう詰めの混雑はそうそうない。けれども混むのは間違いないので、早めの電車に乗って通勤している。

 二月。まだ寒い。寒いのは苦手だ。雪こそ降らないが、風が冷たく、手袋も何もしていない手を切り裂くみたいだ。カイロでも持って来れば良かったと後悔しながら、天気だけは良いよなと快晴の空を睨みつけた。

 その視線を下ろして何気なく向かいのホームをみたとき、

 見知った人物を見た。

 「住田さん」

 思わず出した声に周りの幾人かが視線をやった。しかし呟いただけの声では、その人物には当然届かない。

 四年前より、大人っぽくなっている。少しうつむき気味で、どこかを見ていた。

 彼女はこちらに気がつきもしない。

 ホームに滑り込んできた電車が、視界を遮る。

 それが通り過ぎたときには、彼女はいなくなってしまっていた。

 さっさと電車に乗って、いなくなってしまった。

 まただ。

 おれはまた、彼女に関われないまま、終わってしまうのか。

 うーんとおれは口の中で唸った。

 それは、やだな。


 間もなく、おれのいるホームにも電車がやってきた。素直に乗り込みながらも、おれは考える。

 やだな、と。そう思ったってことは、おれは彼女に関わりたいと。

 そう言えば、以前会ったときも、飲んだりしたいと言っていたのに、そのあと一度も会わなかった。この近くにいなかったんだろうか。今回もまた、会えないんだろうか。

 会いたいのか。

 うーんともう一度唸る。

 まあ、そうだよな。おれの目の届くところにいたって、いいよな?

 『好きな人、いる?』

 それは、まだ、わかんないけど。

 彼女はこの駅を普段から利用しているのだろう。四年前もこの駅で会ったし、元々ここが彼女の地元のようだから。

 これから仕事か、それとも買い物にでも出かけるのか。朝に会ったところで、ろくに話もできまい。帰りしなに会えるのがちょうど良いが、そう都合良く捕まるかどうか…。

 「まあ、待てばいいよな」

 会ってどうする、話してどうする、なんて疑問は、待ちながら考えようかな。


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