『出会い(2)』
(その日が来るまでは、もう少し自由にいさせてください)
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今の私は、あくまでも農村に暮らす老夫婦の養女である。
つまり、顔を出していようが、本名を使っていようが、誰かに文句を言われる筋合いなどない。
一人で桜並木の下を散歩したって、別に構わないでしょう?
そんな私の目の前にいるちょっと農民とは一線を画す服装の男たち。この顔の三流具合からして、せいぜい地方の豪族―――所謂、国司や郡司―――に仕える武士とかその程度だろう。
「年頃の娘が一人で歩き回ってどういうつもりだ?」
そう言いながら私の腕を掴み、下卑た目で見てくる。
―――――あぁ、もう。どうしてこうなった。
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花見見物をするつもりで来た桜並木の近く。
混む時間を避けようという意図だったのだろうか。比較的、朝早いまだ空いている時間に着いてしまった。
さて、人が少ないと周囲を散策したくなるものである。
勿論、私はそれを実行に移すタイプだ。
(やっぱり、春といえば山菜かな)
そんな訳で少しだけ山の奥へ入ってみた。
いつもなら少しと言いながらもがっつり入っていくタイプではあるが、今日は義母がわざわざ作ってくれた新しい着物である。
汚すようなことはするまい、と思っていた。
それに、義父母の願いもある。
人が増えてきたら上品に振舞おうと決めていたし、汚れた着物ではカッコがつかない。
二人が私を貴族の養女にと望むならば、私はそれに全力を尽くすつもりだ。
兎にも角にも、私なりに色々と考えて動いていたわけである。
まさか、それがこんなことになろうとは思わなかったが。
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(あぁっ!もうこれだから酔っ払いは!)
酒臭い息を吐く目の前の男に対し、心の中で悪態をつく。
落ち着きなさい、撫子。今の貴女は一農民よ。下手に逆らってはいけないわ。上手くあしらって逃げなさい。
必死で自分自身に言い聞かせる。静かに深呼吸すると頭が冷えてきた。
ニコッと笑って告げる。
「農家の娘ですもの。花見ついでに色々見て回っていただけですわ」
勿論、目の奥は笑ってなんかいないだろう。
副音声を付けるとするならば、『こんな身分の低い小娘に構っている暇があったら、上司に引っ付いていなさいよ』である。
ただ、今回は逃げる隙さえ作れればそれで良い。
「農家の娘だぁ?遊女じゃねぇのかぁ?」
どうやらこの男たちは教養すらないらしい。
遊女―――あそびめ―――は私たちの時代の人が考える遊女―――ゆうじょ―――のことではない。この時代の遊女とは所謂『白拍子』に近いものがある。遊女とはあくまでも芸を見せ、魅せる存在。
例えば、和歌のやり取りなんかをしたりする。お互いに惹かれるものがあればその先に進むこともあるらしい、が。
(まぁ、下級武士が知らないのも無理はないか)
なにせ、この時代の武士とは、私有地を持つ豪族や貴族の私兵である。その下で働く農民や一族によって形成されるのだ。
(中央からは遠ざかった人たちだもの)
「遊女だなんて、そんな大層な者ではございませんわ。両親とこの後、待ち合わせがありますの。離してくださいませんか?」
ニコッともう一度笑いながら腕を引いた時だった。
「離してやらないか」
後ろから声が聞こえたのは。
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