『出会い(1)』
さて、桜も見頃になってきたこの時期。
―――――今日は花見見物である。
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「さて、撫子。今日は花見にでも行くとしようかの」
始まりは義父のその一言であった。
「それは良い。さぁ、撫子。この着物を着なさい」
それに乗ってきたのは義母。
私が以前織り、染めた布で作った着物を出してきたのである。
「もっと良い布で出来た着物を着させてやりたいんだけど悪いねぇ」
義母はそう言って謝るのだ。
「いえ、お母様。お母様が作ってくださった着物を着られるだけで、私は幸せですから」
この時代、農民が着れる布の種類など限られている。
例えば、私たちの時代で着ていた着物。
あれは主に絹織物である。
しかしこの時代、絹織物は貴族の方々しか着用を許されていない。
ちなみに、学校などでは平安時代の着物といえば十二単を学んだりするが、実際に一般人が着るのは所謂『小袖』と呼ばれるものである。
「撫子は此処に来てから、初めての花見じゃ。良い思い出を作らねばならん」
そう意気込む義父。
「ほんになぁ。せっかくの美しい娘じゃ。そのまま閉じ込めるのはもったいのて」
撫子が倒れていたのが農村で良かった、義母は小さく拳を握った。
…この時代の人でもガッツポーズってとるんですね。それとも、無意識、かしら。
兎にも角にも、私自身も落ちた先が農村で良かったとは思っている。
―――――もしも、貴族の方のお屋敷の近くにでも落ちていたら。
私は元の時代では一応、読者モデルなんてしていた身である。―――つまり、そこそこ見られる顔ではあるということ、そこそこ綺麗と言われる部類の顔であるということだ。
もし貴族の方に拾われていたら、私はあれよあれよという間に養女にされてしまい、政治の道具になっていたかもしれない。もちろん外には出れなかっただろうし、本名で呼んでもらうこともなかっただろう。
平安時代とはそういう時代だ。
女性である身は、圧倒的に社会に弱い。
そういう意味では、私は幸福であったと言えるだろう。
義父母が、何処かでタイミングを見計らって、私を貴族の養子にしたいと望んでいることは勿論分かっている。
突如増えた一人の居候を養っていくことは想像以上に辛いはずだ。
それ以上に、あの二人が私の幸せを願ってくれていることも理解している。
そもそも。
この時代、私の年であればおそらくはもう結婚しているはずである。
それを何も言わずに自由にさせてくれているのだ。
周りから、避難の目を向けられたこともあるのだろう。
それでも、きっと私のことを庇ってくれているのだろう。
(ちゃんと、貴族の方の目に留まれるように上品に振舞ってきますから)
今回の花見見物か、秋の祭見物か。はたまた来年か。
おそらくは、そう遠くないうちにきっとこの家を出る日が来る。
貴族の養女として迎え入れられるか、はたまた妾扱いか。
どうなるかはまだ分からない。
それでも、間違いなくその日は来るだろう。
根拠も何もないけれど、漠然とただそう感じている。
だからそれまでは。
(もう少し自由にいさせてください)
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