経費削減
自分がカウンセリングを受けるとは思ってもみなかった。
他人に相談するのは本人が弱いからだ。
そんな人を見下す気持ちが、自分の中にあったのだろう。
仕事一筋で生きてきた。
どんな会社の命令も、上司の指示も、顧客の要望も聞いてきた。
部下をしっかりと管理し、取引先にもがめつく口を出してきた。
経費削減の為だ。特に力を注いだのはそれだ。
自分は経費削減の特命チームの一員だった。少しの無駄遣いでも、それを追求し、時には糾弾まがいの真似までしてみせた。
随分と嫌みを言われた覚えがある。陰口も叩かれたことだろう。
だが経費削減は、嫌みや陰口を口にする相手の為でもあるのだ。
そう心に言い聞かせ、自分は経費削減に邁進した。
何処までも自分のやり方に反発する人間は確かにいる。そんな相手には、分かってないなと内心見下しながら接してきた。
経費削減がうまくいかなければ、今度削られるのは自分達だからだ。
全てのものに、使った経費に見合う効果があるのかを――つまり『安上がり』に済んでいるのかと、目を光らせた。
やがて経費削減の責任者にまで昇進した。増々仕事に熱を上げた。
そのあげくが、このカウンセリングだ。
それは全社員を対象とした会社命令だった。そして逃げられなかった。専門の施設に出向くのではなく、会社に専門家を呼んだからだ。
無駄遣いだ。経費削減の責任者として、会議ではもちろんいの一番に反対した。最も強硬に最後まで反対したのも自分だろう。
だが上司や同僚達は、同情したかのような目でこちらを見た。
ああ、そうか。一番カウンセリングが必要なのは、自分なのだ。
内心では上司達の顔色にそう理解したが、顔には出さずにその会議を終えた。
自分にこんなものは必要ない。何故なら自分は正しいことをしているからだ。人に相談することなんて自分には何もない。
カウンセリングでは捲し立てるように、そう持論を展開した。
カウンセラーに見透かされることを恐れ、上司達にそれ見たことかと思われるのを怖がり、何よりやはりこれは無駄だったのだと結論づける為だろう。
カウンセラーは堂に入った人間だった。時に頷くだけで応え、真っ直ぐ目を見たり、何げない時に微笑んだりする。
何より何処までも攻撃的に出る自分を笑顔で受け流し、こちらの話を親身になって聞いてくれる。途中から相手のカウンセラーとしての技術だと分かったが、それでも自分の話をしてしまった。
経費削減の圧力。それに対する社員の無理解。自分の成果の重要性。
本当は聞いてもらいたい話を、だからこのカウンセリングは無駄なのだと言わんばかりに、声だかに主張した。
カウンセラーは一通り話を聞くと、特に何も言わずにカウンセリングの時間を終わらせた。
勝ったと思った。すかされただけだと本能的に分かっていたが、自分の日頃の努力がこの経費削減の門外漢に勝ったのだと思った。
そんな空しい勝利に酔っていたら、二度目のカウンセリングが行われた。
怒りに震えた。それはおそらく表層的なものだったろう。ここで怒らなくては、自分の努力が無駄になると思ったからだろう。
またこの無駄を追求してやろうと、前回にも増して攻撃的にカウンセリングを受けた。
罵倒や、糾弾に近かったかもしれない。
流石にこの態度に気圧されたのか、前と同じカウンセラーは今度は無愛想に話を聞いた。
やってられないとでも、内心思っているのだろう。前回の一から二、三割の熱意しか感じられない。
前回はあった、笑みも、受け答えも、微笑みもない。やはり七割から、九割がた減ってしまっている印象だ。
このカウンセリングはこちらの話を聞くだけで終わった。
後日。カウンセリングの結果が送られてきた。
だが内容になど、自分は興味がない。経費削減の責任者として、費用が一番に気にかかる。
真っ先に一緒についていた請求書を見てやった。
すると何故か自分の請求書だけ、内訳が細かく書かれていた。
笑み――――八十パーセントオフ。
親身さ―――七十パーセントオフ。
相談内容――九十パーセントオフ……
そしてその分だけ、請求金額も安くなっている。
その安上がりな内容に、誰はばかることなく大笑いした。
やられたと思い、いつまで笑い続けた。カウンセラーの笑みも、その請求書の向こうに見えたような気がする。同僚が怪訝な視線を向けてくるが、それすら気にならない。
どうやらこれからは、少し肩の力を抜いて経費削減の仕事ができそうだった。