風のあとで(今沢緑の視点)
放課後の校舎というのは、不思議な場所だと思う。
昼間の喧騒がすっと消えて、急に呼吸が深くなる。
カーテンを揺らす風の音、どこかで跳ねるバスケットボールのリズム。
それだけで、今日という一日が終わることを教えてくれる。
保健室の窓から、夕陽が差し込んでくる。
その光の中を、二人の影が並んで歩いていくのが見えた。
岸本景と、草薙登夢。
ようやくお互いの名前を、まっすぐに呼べるようになった子たち。
私は、少しだけ息を吐く。
――まあ、よく頑張ったものね。
少し背中を押しただけのつもりだったのに、
あの子たち、しっかりと“自分の足で”歩き出した。
机の上には、飲みかけのコーヒー。
少し冷めてしまったけれど、この香りが好きだ。
誰かの想いを見届けたあとに飲むコーヒーほど、
心に沁みるものはない。
ふと、カーテンの向こうから声が聞こえる。
「先生、もう閉めますよー。」
雷の声だ。あの子もまた、優しい目をしている。
美里と勝利も、きっと今ごろ笑っているだろう。
人は、誰かの想いを見届けることで、
少しずつ大人になっていくのかもしれない。
私も、何度もそうしてここまで来た。
だからこそ思うのだ。
青春というのは――風みたいなものだ、と。
触れようとすれば逃げていくけれど、
そっと見送れば、ちゃんとその形を残してくれる。
コーヒーを一口、口に含む。
少し苦い。でも、その苦さが愛しい。
「さて、次の風はどこから吹くのかしらね。」
窓の外では、夕陽がゆっくりと沈んでいく。
鳳学園の空が、今日も少しだけ赤く染まっていた。
――風のあとで、私はそっと微笑んだ。




