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風のあと、保健室にて

放課後の光がすっかり傾き、校舎の廊下にオレンジ色の影が伸びていた。

保健室のドアをノックすると、軽やかな声が返ってくる。


「開いてるわよー。」


扉を開けると、いつものようにコーヒーの香りが漂っていた。

カーテン越しの光がやわらかく、今沢緑はその中心で微笑んでいた。


 


「――で、どうだったの? 中庭のドラマは。」


勝利と美里は、顔を見合わせてから同時に小さく笑った。


「……成功、ですね。」


「ばっちりです。たぶん、今ごろいい感じですよ。」


「ふふふ、やっぱりね。」

今沢はカップを置くと、まるで自分のことのように満足げに微笑んだ。


 


「恋はね、タイミングと舞台装置が命なのよ。

 あとは――少しの勇気と、背中を押してくれる風。」


「その“風”って、つまり先生のことですよね?」と勝利。


「まさか。私はただの演出家よ。」


いたずらっぽく片目をつむる今沢に、美里は思わず笑ってしまった。


「先生、やっぱり楽しんでましたね。」


「ええ、もちろん。だって、青春はライブなんですもの。

 見るより、ちょっとだけ手を出す方がスリリングでしょう?」


 


その言葉に、勝利は肩をすくめた。


「まったく……先生はほんと、悪い大人ですよ。」


「誉め言葉として受け取っておくわ。」


 


笑いがこぼれる保健室。

外ではすっかり夕風が吹き始めていた。


今沢はふと、美里の表情を見つめた。

その瞳の奥には、どこか安心したような光がある。


「ねえ、美里さん。」


「はい?」


「君があの子(景)に声をかけたとき、

 自分の“あの頃”を思い出してたんじゃない?」


 


美里は一瞬、言葉に詰まった。

けれど、すぐに小さく笑ってうなずく。


「……はい。

 勝利のシュートをずっと見てたときの気持ちを思い出しました。」


「へえ、そうだったのか。」

勝利が少し照れたように頬をかく。


「じゃあ、俺の方が先に落とされてたのかもな。」


「もう、何それ。」


ふたりの笑い声に、今沢は優しく目を細めた。


「いいわね。ちゃんと届いてるじゃない。」


 


カーテンがふわりと揺れ、

外の風が保健室の中へと流れ込む。


その風にコーヒーの香りが混じり、

春の午後のような甘い余韻が漂った。


 


「さて、そろそろ閉める時間ね。」


今沢は立ち上がり、窓の外に目をやる。

校庭の端で、登夢と景が並んで歩いているのが見えた。


 


「――ほら、あの二人。」


美里と勝利も、思わずその方向を見た。

遠くに見える二人の影が、夕陽に溶けていく。


 


「風、届いたね。」


「うん。ちゃんと、届いた。」


 


そして、三人は静かに微笑み合った。

保健室の中には、春の匂いと、少しのコーヒーの香りだけが残っていた。

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