放課後の約束、風の前で
チャイムが鳴り終わると同時に、校舎の中はざわめきに包まれた。
窓の外では、午後の光が柔らかく傾きはじめている。
美里は机の中からペットボトルを取り出し、ぐいっと一口飲んだ。
胸の奥では、静かな鼓動が速くなっていた。
――放課後。
“作戦・放課後の中庭”が、いよいよ始まる。
「おーい、美里!」
廊下の向こうから、花島田勝利が手を振って駆けてくる。
練習着に着替えたまま、タオルを首にかけて。
息を弾ませた顔は、どこか楽しげだった。
「やっぱり、ここにいたか。部活行く前に顔出したくてさ。」
「うん、来てくれてありがとう。」
美里は笑って立ち上がる。
その笑顔の奥に、少しだけ緊張の色が見えた。
「なんか、これから大事なことがあるんだろ?」
「……どうしてわかるの?」
「おまえ、わかりやすいんだよ。」
勝利は肩をすくめて笑う。
「顔に“決意”って書いてある。」
「もしかして、バスケの時もそう思ってた?」
「いや。あの時は“無理してる”って顔だった。」
美里の目が少し見開かれる。
勝利は柔らかく微笑んだ。
「でも、今は違う。誰かのために動こうとしてる顔だ。
……そんな顔、俺は好きだよ。」
その言葉が、まっすぐに胸に届いた。
気づけば、少しだけ目頭が熱くなっていた。
「ありがとう。……やっぱり、勝利君に話してよかった。」
美里は鞄を持ち直し、深呼吸をひとつした。
「これから、ちょっと“風を呼びに”行ってくる。」
「風?」
「うん。止まってる人の背中を、少しだけ押す風。」
勝利は笑いながら頭をかいた。
「そっか。……なら、俺も行くよ。
おまえ一人にいいとこ持ってかせるわけにいかねえ。」
「えっ、でも部活が――」
「キャプテン命令で、今日は早上がりだ。
顧問にも言っとく。」
そう言って、勝利は廊下の窓から外を見た。
陽がゆっくりと傾き、校庭の影が長く伸びている。
「いい風が吹いてる。……行こうぜ、美里。」
「うん。」
二人は並んで歩き出した。
体育館を抜け、昇降口を通り、
やがて校舎の裏手――中庭へと続く道へ。
夕方の光が、金色に二人の髪を照らしていた。
歩きながら、美里はふと呟いた。
「ねえ、勝利君。あの日の試合、覚えてる?」
「忘れるわけない。おまえが『ずっと見てた』って言った日だろ?」
「そう。あの日、私ね……自分も誰かの背中を押せる人になりたいって思ったの。」
「もう、なってるよ。」
「え?」
「俺、ずっとおまえに押されてきたから。」
美里の頬がふわっと赤く染まる。
「……ずるい。そういうこと言うの。」
「ほんとだって。」
勝利は笑いながら、美里の手を取った。
「さあ、行こう。風を起こすんだろ?」
美里は小さく頷き、その手を握り返した。
彼の掌の温もりが、確かな勇気をくれる。
――大丈夫。私には、支えてくれる人がいる。
その思いが、胸の中で静かに灯った。
二人は、風の吹く中庭へと歩いていく。
そこでは、登夢と景の物語が動き出そうとしていた。
春の風が吹く。
金色の午後が、ゆっくりと世界を包み込んでいた。




