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春の風、コートの片隅で

保健室を出ると、午後の日差しが廊下いっぱいに広がっていた。

淡い光の中で、八木美里は胸の奥に小さな鼓動を感じていた。


――景さん、今どんな顔してるんだろう。

 きっと、ひとりで泣いてる。

 だから、今度は私が動かなきゃ。


そんな思いが、足を前へ押し出した。


「お、戻ったか、美里!」


声の主は、男子バスケ部のキャプテン――花島田勝利。

長身の彼が軽くボールを回しながら、笑って手を上げる。


「先生に呼ばれてたんだろ? なんかあった?」


「うん……ちょっとね。」


美里はタオルで汗をぬぐう彼を見つめた。

その姿は、去年と変わらない。

まっすぐで、不器用で、でもコートの中では誰よりも頼もしい。


(あのときも、そうだった。)


――“あの人のシュートをずっと見ていた”。

自分の胸の奥に、あの日の言葉が静かに甦る。


 


去年の春。

勝利が初めてスタメンに選ばれた試合。

緊張で固まる彼の背中を、美里はただ見守るしかなかった。

それでも、彼が放った一投がリングをくぐった瞬間、

胸の奥が焼けるように熱くなった。


その夜、伝えたのだ。

「私、ずっとあなたのシュート見てた」――と。

あの告白が、すべての始まりだった。


 


「なあ、美里?」


勝利の声が現実に引き戻す。


「なんか、顔が赤いぞ。具合悪いんじゃないか?」


「えっ!? う、ううん! 大丈夫っ!」


「本当かよ。ほら、保健室行ってたばっかりだし。」


そう言いながら、勝利はおでこに手を当ててくる。

指先が少し冷たくて、心臓が跳ねた。


 


「……ばか。人前でそういうことしないでよ。」


「はは、ごめん。」


彼は気まずそうに笑い、髪をかいた。

その何気ない仕草に、美里の胸がまた熱くなる。


 


(この人、本当に変わらないな……。)


 


けれど、その“変わらなさ”が、今は頼もしかった。


勝利が放課後、一緒に中庭へ行ってくれる――

そう思うだけで、心が少し軽くなる。


 


「ねえ、勝利君。」


「ん?」


「今日、ちょっと協力してほしいことがあるの。」


「協力? なんだそれ、試合でもあんのか?」


「ふふ、ちょっとした“恋の試合”かな。」


「は?」


勝利が目を丸くする。

美里は笑って首を振った。


「あとでわかるよ。……ちゃんと来てね。」


 


彼女はボールを受け取り、軽くドリブルをつく。

トン、トン――音が体育館の奥に響いた。


「行かなきゃ。景さんのために。」


その小さなつぶやきは、コートの音に消えていった。


 


勝利はしばらくその背中を見送っていたが、

ふっと笑みをこぼした。


「まったく……。そういうとこ、好きなんだよな。」


 


午後の陽射しが、コートの床を金色に染めていた。

その光の中で、二人の影が並び、ゆっくりと揺れていた。

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