同接15万でトレンド入り
ダンジョンの外。
ひんやりとした風が、火照った頬をなでていく。
俺は水無瀬リオをそっと地面に下ろした。
「ありがと……ほんとに、めちゃくちゃ助けてくれて」
「気にしなくていい。それじゃあ――」
踵を返そうとした瞬間——。
「待って……!!」
ヒシッと袖口を摘まれて、動きを止められる。
振り向けば、リオが必死な表情でこちらを見上げていた。
「あの、ダメ元で言わせて! よかったらさ――私とペア、組んでくれない!?」
「……はあ?」
「私、心霊配信してるけど……怖いのガチでダメで。それに憑依されやすい体質なせいで、今までも危ない目にあったことが何度もあるんだ」
「でも、キミがいてくれたらさ、幽霊も倒せるし! あと……」
「あと?」
「その……一緒にいてくれると……安心で、心強いから……」
「悪いけど、生配信に映るなんてごめんだ。有名になりたいなんて、俺は微塵も思ってない」
言い捨てて、背を向ける。
「……そういう、浮ついてないとこも……いいじゃん……」
彼女の呟きは風に攫われ、俺の耳には届かなかった。
◇◇◇
夜。
風呂上がりにスマホを開いた俺は、タイムラインの上位に、やけに再生数の伸びている切り抜き動画を見つけた。
【神回】心霊配信中にガチの幽霊→りおまるを助けた謎のイケメンが強すぎた【切り抜き】
「……りおまるを助けた男?」
動画のタイトルを見た途端、なんとなく嫌な予感がした。
再生ボタンを押して数秒、それは的中する。
動画には、昼間あのダンジョンで起こった出来事が収められていた。
水無瀬リオを拘束した白い手が、地面の裂け目からぬるりと伸びる。
腕に続いて、泥まみれの女の体がゆっくりと地上へ現れた。
ズルズルと、湿った泥を擦るような音を響かせながら……。
顔は憎しみに歪み、裂けた口が何かを叫ぶように震えている。
怒りに満ちたその目は、まるでカメラ越しに俺を睨みつけているようだった。
あのとき、俺にはまったく見えなかった。
だが、動画には、はっきりとそれが映っていた。
おかげで切り抜き動画の再生回数は爆発しており、コメント欄は大荒れだ。
《右奥の黒い影、人間の動きじゃない》
《ガチで映ってるやん》
《これCGじゃねえの?》
《それより見切れてるイケメンだれ!?》
最悪なことに、地面に落下したスマホのカメラは、幽霊を斬り倒す俺の姿を捉えていた。
映っているのは、ほんの数秒。
しかも見切れた後ろ姿だけだ。
にも拘らず、コメント欄はすでに特定班の巣窟と化していた。
《りおまるとの身長差から逆算して、178センチ前後ってとこだな》
《腕時計の形状、プロトレックPRW-30シリーズっぽい》
《装備的に探索者じゃなくない。にも拘らず深層部にいたとなると、業種はかなり限られてくる》
画面の下には、『#作業服さん』『#守護霊より守る男』といったタグが並ぶ。
さらに驚くべきことに、本配信は同接15万人を超えていたという。
15万人。
冗談だろ。
どこのニュース番組より視聴されてるってことじゃないか。
その驚異的な数字は、水無瀬リオの人気を如実に物語っていた。
実際に会って感じたが、彼女の容姿はアイドル以上に整っている。
しかも、女子高生でありながら、休日になるとダンジョンに潜って心霊スポットを生配信するというギャップが、視聴者の心を強く惹きつけていた。
だが、水無瀬リオの人気を本物にしたものは容姿の可愛さや、ギャップではない。
水無瀬リオの配信には、本当に何かが映る。
心霊配信は昔から人気ジャンルだが、ほとんどはヤラセか編集で盛っただけの作り物だ。
そんな中で、りおまるTVだけは別格だった。
本人が言う通り、彼女は相当な霊感体質らしく、水無瀬リオがカメラを向けると、高確率で心霊現象が映り込んでしまうのだ。
美少女で、命知らずで、そして本物の霊を見せてくれる。
人気が出ないほうがおかしい。
そんな同接15万の生配信、見切れただけでも大事だ。
翌朝にはSNSのトレンドに『#りおまる神回』『#幽霊を剣で倒した男』が並び、ニュースサイトにまで取り上げられてしまった。
まさか、通りすがりの俺まで巻き添えで有名人扱いとは。
この調子だと身バレも時間の問題かもしれない。
俺は本来、ただの底辺職。
静かに働きたいだけなのに……。
「……なんでこんなことに」
まったく、幽霊より人間のほうがよっぽど厄介だ。
◇◇◇
朝起きたら、スマホが爆発していた。
通知:899件。
DM:312件。
メンション:999+。
タイムラインには意味のわからない単語が踊っている。
『#幽霊を剣で倒した男』
『#回収屋くん』
『#リオまるTV神回』
俺の名前は、知らない人間たちの口の中にいた。
いや名前どころか、顔も、装備も、作業車のナンバーに近いものまで、だ。
「……地獄だな」
寝起き一分で現実逃避を終えたころ、スマホが震えだした。
着信:水無瀬リオ(50回目)。
出た瞬間、耳が死ぬかと思った。
「ごめんなさいぃぃっ!! ほんとマジで事故! 炎上! バズ! 地獄! 起きてる!? 生きてる!?」
「酸素吸ってから喋れ。あと順番に頼む」
「と、とにかく会いたい! 今どこ!?」
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