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底辺職でコツコツ稼ぐ

ダンジョンの入口は、今日もやかましかった。


あちこちで配信者がスマホを掲げ、声を張り上げている。


「はいどーも〜! 最強勇者候補チャンネル、今日も潜りますッ!」

「伝説のドロップ狙うからな! スパチャ待ってるぜ!」


こんなふうにダンジョン前で騒ぐのは、底辺配信者だと決まっている。


俺、雨宮はそんな配信者たちの騒ぎを横目に、ダンジョンから出てきたところだ。

作業着姿にキャップを目深にかぶり、肩に大きな麻袋を担いで。


刺激に飢えている視聴者は、ダンジョン前での雑談なんかに興味はない。

それをわかっている人気配信者たちは、こんなところでグダグダせず、唯一無二の撮れ高を期待して、ダンジョンの深層部へ潜っていくのだ。


--12年前、世界のあちこちに突如としてダンジョンが現れた。

都市の地下、海底、廃ビルの奥深く。


モンスターが跋扈し、未知の鉱石や魔法素材が眠るその空間は、瞬く間に『危険』と『富』を併せ持つ新たなフロンティアとなった。


国家はダンジョンを管理下に置こうとしたが、早々に限界を悟った。

代わって主役になったのが、命知らずの探索者たちだ。


命を賭けてダンジョンに潜る探索者たちは、財宝を掘り当て、歓声を浴びる存在となった。


以来、人々の価値観は変わった。

地位も学歴も関係ない。

潜って、当てた者が勝つ。

危険に挑む勇気こそが、最大のステータスになったのだ。


やがて、そんな探索者たちの活躍を見たいという欲望が生まれた。

血と汗と悲鳴が飛び交う現場を、画面越しに楽しみたいという者たちが現れたのだ。


こうして今、探索者による〈ダンジョン配信〉は社会現象となった。


モンスター討伐、レアアイテム探索、深層巡り。

視聴者にウケると思えば、探索者たちは命がけでなんでもやる。


目的は、財宝でも名誉でもない。

――注目だ。


フォロワーを増やし、チャンネル登録者を伸ばし、トレンドの頂点に立つ。

それがこの時代の成功者の条件になっている。


ちなみに俺は探索者でも配信者でもない。


(俺の目的は、こいつだけだ)


背中に背負った麻袋に視線をちらりと向ける。

袋の重みが肩に食い込む気がした。

中身は財宝やレアアイテムなどではない。

俺が背負っているのは、冷たくなった人間の骸だ。


◇◇◇


「……はい、依頼人のDNAと一致しました。間違いありません」


俺が持ち帰った袋の中の遺体を確認し、受付の職員が淡々と告げる。

ここは《探索者支援局》の回収管理課。

探索で戻らなかった者の遺品や遺体を鑑定し、持ち主を確かめて家族に引き渡す部署だ。


俺は回収管理課の下請けを行う、いわゆる回収屋だ。

ダンジョンの深層で命を落とした探索者を引き上げ、遺品と一緒に地上へ運び戻すのが業務内容だ。


仕事は汚く、臭く、危険だが、そのわりにお役所からの請負なため報酬は安い。

だから、この仕事を引き受ける者はほとんどいない。

しかも縁起が悪いと言って、探索者たちからは毛嫌いされる。

はっきり言って、底辺職扱いだ。


それでも、死者の帰りを待っている遺族がいる。

家族や仲間が、せめて遺体だけでも連れ戻してほしいと願っているのだ。


(俺もかつて、そうだったから……)


だから俺は潜るのだ。

誰かの"最期"を拾うために。


「それにしても、さすがですね、雨宮さん。深層の遺体回収を、一人で難なくやってのけるなんて……。本当に、あなたがいてくれて助かります」


そんな言葉とともに、職員が報酬の袋を差し出してくる。

仕事を成し遂げたという達成感が生まれる瞬間だ。

俺はそれを受け取ると「じゃあまた明日」とだけ返して踵を返した。



◇◇◇


翌日。

新たな依頼書を片手に、俺はまたダンジョンの深層部へ向かっていた。


入口は、かつて大都市の地下を結んでいた巨大ターミナル駅だ。

今では完全に閉鎖され、崩れかけたホームと錆びついた線路だけが残っている。

頭上の案内板には、半分剥がれた行き先表示──「○○線 終点」の文字。

風もないのに吊り広告がゆらゆらと揺れ、ガラス片が床で微かに鳴った。


そのホームの先、線路が途切れる暗闇の奥がダンジョンの入口だ。

地上の構造物を呑み込み、魔力の瘴気が吹き出している。


ダンジョン深層へ進ほど、湿った空気が肌にまとわりついてきた。

一歩踏み出すたびに、ぬかるんだ地面が鈍く鳴き、濁った水が足元で波紋を広げる。


壁面には青白い苔がびっしりと張りつき、魔力を帯びた微光が闇の輪郭を歪めていた。

まるで光そのものが生きているかのように、ゆらゆらと呼吸している。


ここまで到達できる探索者はごく限られている。

卓越した実力と幸運がなければ、深層部へは辿り着けないのだ。


人気配信者の中には、この領域まで潜る猛者もいる。

命を賭けた映像は、それだけで再生数が跳ね上がるからだ。


だが、底辺配信者の姿を見ることは絶対にない。

彼らはここに来るまでに、死んでしまうからだ。


「さてと、目的地はこの先の第七区画だったな」


念の為、依頼書を確認しようとした矢先——。


「いやあああああっ!!!」


若い女の悲鳴が、奥の通路から響いた。


叫び声が響いた瞬間、体が反応した。

考えるより先に足が動く。

現場を放ってはおけない。


闇の中、金髪の少女が立ち尽くしている。

派手なメイクに、片手の手持ちカメラ。


(彼女は……)


超有名な女子高生配信者――水無瀬リオ。

《心霊配信リオまるTV》の看板キャラクターだ。


「怖いけど行っちゃう」というスタンスと、ゲラなリオまるの明るさがウケていて、いまじゃ同接十五万を超える人気チャンネル。


そんな水無瀬リオが、今はスマホを構えたまま顔を引き攣らせている。

全身が小刻みに震えているのに、彼女の足は地面に縫い付けられたように動かない。

水無瀬リオの挙動は、明らかに不自然だ。

そんな彼女の視線は、俺の背後にある闇の奥を凝視していた。


(……また《《あの現象》》か)


俺は小さく息を吐いた。


深層では、《《こういうこと》》がたまに起こる。

原因はわからないが、放っておけば彼女は確実に死ぬ。


どうやら、回収人をする上ではまったく役に立たない《《あの能力》》を使うことになりそうだ。


「おい!」


声を張り上げ、駆け出す。

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