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9 ――再戦――

「おい――大丈夫か? ……ただの脳震盪か、まぁ、これ――大丈夫」


 声は時々、中庭そとへと繋がる横穴から響く轟音に掻き消される。頬をぺちぺちと叩く冷たい感触は、可及的速やかに少年の意識を呼び起こした。


「起きたかキ――、ショウ」


 ローラン・ハーヴェストは少年の目が薄っすらと開いたのを確認して名前を呼ぶ。それから本名を口にしかけ慌てて口をつぐみ、短い呼吸を一つ置いてから、通称で彼を呼んだ。それゆえに、少年の寝起きは僅かに悪いように見えた。


 彼は背中に回されているロランの手に支えられながら半身を起こした。また、直ぐそこで大気を震わせる轟音が、その上大地までも振動させる。それに驚き心臓が飛び跳ねるように大きく鼓動し、少しばかりの頭痛が頭を圧迫するようだった。


 眉間に皺をよせ、それから少年は漸く、


「魔王は一人じゃ倒せない。僕はいいから、シャロンさんの下へ早く」


「行こうとしたら彼女は目配せをしたんだ。お前を頼むって」


 その時、今までで一番の軽蔑した視線が、ロランに突き刺さった。彼の立場を想像してみれば容易に、それがどうしようもない事なのだと理解できるのだが、少年はそうせずに居られなかった。なぜならば、魔王と戦うにあたって最も大切なことは、個人の実力ではなく何人で戦闘を行うか、である事を知ったから。


 何故ハイドが負けたのか。それは魔王が彼に集中できる環境だったからだ。彼の行動を注視でき余裕と油断すらも持てる状況にあったからだ。だから、ある一定以上の実力さえあれば、それ以上は不要である。ひたすらに必要るのはコンビネーションの良い仲間である。


 彼はそれを覚っていた。


 だが自分はその仲間かずに含まれては居なかった。否、含めてはいけなかった。それを理解したのは、魔王の一撃で気絶し目覚めたその瞬間であった。


 だから、そんな居なくて良い者の為に時間を消費してはいけない。今すぐにでもシャロンに手を貸し彼女の負担を軽減しなければならない。本来居た候補生総数六人ならば良い所まで、余裕を持ちつつも圧せただろう。だが今は二人しか居ない。しかし、だからといって圧せないとは限らない。


 レイドは恐らく、あの調子ならば当分は戦闘に参加できない。彼はそう考えた。本当ならば、肉体を成長させる魔法だけで殆どの魔力を消費して動けぬ筈なのだ。だというのに消耗しきっていたとはいえ、あの炎の壁を凍りつかせるほどの魔法を発動させ、さらに先頭に立つ行動を出来たのは常軌を逸していた。


 しかしもう動けない。命を保っていたいのならば、休まなければならない。彼を見れば誰でもそう言うだろう。だから彼ら、ロラン達はレイドを置いてきた。ならば――なぜ少年は、彼と同じく放って置かれないのだろうか。


 彼がそう口にしようとした途端、ロランはそうに攻め立てられるようなことを予測したのだろう。遮るように口を開き、説得するような声調で言葉を紡いだ。


「お前はこの戦いには必要不可欠な人員だ。魔王に対抗する手段を唯一考えられる――だから。お前――」


 一際大きくなった音が一度言葉を消して、ついで横穴の枠を破るように破壊し、彼らへと吹き飛ばされる影があった。声は完全に壁の崩落音に霧散され、咄嗟に振り向くロランは、指までがしっかりと分かれる特殊な手甲を装備した腕をその影へと伸ばした。


 あっと息を付く暇も無くその影は彼の掌へと特攻し、そしてロランは衝撃を吸収するように、突っ込んで来る動きにあわせて腕を引いた。だが流石に全てを殺せぬようである勢いは彼の体全体に圧し掛かり――大きく空気を吸い込む影は、彼の腕の中で動きを静止した。


 ”ソレ”は本来より半分以下の長さに変える槍を地面に突き刺し、それを支えにロランから自立する。そうした行動を見るに、どうやら”彼女”は彼の存在に気付いていないようだった。


 壁が崩れる轟音が静かに響く。煙が立ちこめ彼女の姿を掻き消してゆく。少年はそれを見ながら立ち上がり、焦燥感を胸に抱いた。


 時間が無い。それを理解し、上着の無い制服姿を簡単に整えてから、胸を張った。途端に、彼の体の周りが淡く光り始めて――周辺に散らばった無数の弾丸が浮き上がり、そしてゆっくりと、彼の周囲へ、やがてその掌へと集中していった。その中の一発だけ、ふわりと光が注ぎ込まれる方向へと逃げてしまったが、それには誰も気付かない。


「奇跡の力……説明は曖昧で、多分よく伝わってないだろう。簡単に言えば、”何でもできる”力なんだ。最も、使用者の能力から大きく離れた場合は無理だけど、理解できる範疇なら何でも出来る……魔の者に有効な術なんじゃなくて、唯一、暴力以外で対抗できる有効武器なんだ」


 独りごちる彼は、ただ一点のみしか見ない、少女にも見える、悠久の時をその肉体が理解している彼女の背を、ゆっくりとした歩みで追い越した。そんな彼女の歩きは酷く緩慢で、槍を杖代わりにしているものの、今にも倒れてしまいそうな儚さがあった。最早限界にも思えるくらい、良く見るとその身体は傷つきすぎていた。


 だから少年は、自分の不甲斐なさを噛み締める。しかし落ち込むのではなく、結果的に次なる思考に、勇気に、力に繋げるよう、強く前向きに。


 ――誰にとも無く呟いた台詞は、しかし、彼がそうする事を知っていたように横穴の前に立つひとつの影が、聞いていた。


 その自信に満ちた姿を見て、これからボロキレの雑巾の如く扱われるのであろう自分を想像すると――絶対的なその力を、少しだけ分けて欲しいと思った。少年はそんな空想を恥ずかしげも無く思い描くと、ふと響く声が思考を遮断した。


「名前は……?」


 鈍く低い、しわがれてはいない、威圧感たっぷりの厳つい声。魔力も飛んでいないのに胸が苦しくなるのは、一度それに叩きのめされた故に、トラウマでも埋めつけられてしまったからであろうか。


 そして同時に、喉が潰れたように呼吸が困難になり始めた瞬間、彼が自分を認めたのだと理解った。


「一度だけ、風紀委員で顔合わせした時名乗ろうとした。だけど僕は名乗れなかった。それで気がつくと、あだ名だけが浸透していて――」


「無駄口を叩くなよ貴様……。私が名前は? と聞いているんだ。ただ素直に、授かった名を口にすれば良い」


 ――実力が無いと自他ともに認める少年は、だが意識の喪失が数分で終えた。すぐに気を取り戻した彼に、魔王は感心したのだ。そして少しばかり興味を持った、いや、評価し直した為に、半ば口走るように問うていたのだ。


 背後では心許ない千鳥足が近寄ってきている。さらに後ろでは、魔王の発言が意図できないローラン・ハーヴェスト、アータン・フォング、レイラが戸惑いを見せていた。そして正面では――城壁よりも頑丈な、同じ程度の背丈の肉体が、脅威を撒き散らして名前を聞いている。


 恐ろしくもあり、誇らしくもある。そんな複雑な思いは却って無駄な思考を途絶えさせた。薄い唇はゆっくりと互いから離れて、喉の奥から強い意思を孕む言葉を紡いだ。


「キサラギ……そう、僕の名前は、如月双樹きさらぎそうじゅだ。倭皇国からとある目的を持って渡来した」


「如月……知らぬ名だが、良いだろう少年。貴様の名は私が覚えた。私が殺すべく殺した人間だと、この頭に」


 刻んでおこう。彼はそう言いながら、指先でコメカミを突付いた。が、折り曲げる人差し指の第二関節に弾丸が飛来し――指を側頭に押し込んだ。鋭い弾丸は、それよりも遥かに鋭い指先を使って彼に傷を与え、さらにその衝撃が内側に刻まれる魔法陣を起動させた。


 内臓される魔力は、”複製”されたものなのかどうかは分からない。だがそれは確かに魔法を一瞬にして展開させ、血が迸るよりも早く、その吹き出る血液すらも蒸発させる高熱が頭部を包み上げ――爆破。


 巨大な炸裂音は閃光を伴い室内に爆ぜた衝撃を伝わらせた。その瞬間を狙い、少年を掻き揚げるように腕を振るうと、その腕に沿って数発の弾丸が、線となって魔王目掛けて発射する。だが同時に、


「温いと、言っただろうが」


 凄まじい白煙が巻き起こる、外と中との境界部分で、その煙が縦に裂けた。丁度魔王の姿だけを見せるように、彼を中心に上下左右の煙が消え去り、彼は視力で弾丸を捉えた。


 魔王は指を深くまで頭に突き刺した状態で、もう片方の腕を大きく振り提げた体勢でそれを認識ていた。あくまでも静かに、余裕たっぷりの声調とは反対に、意表を突かれて驚いたというような、引き攣った顔は、列を成す弾丸の向こう側に居る少年の瞳を見つめていた。


 ソレを見て――今度は代わりに、少年が微笑みを作った。

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