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7 ――失われた奇跡――

 拳銃から撃ち出された速度を持って宙を駆ける大口径のマグナム弾であるが、それは、それを上回る速度で薙ぐように振るわれた魔王の掌に触れて――消滅した。彼の腕はそのまま、何にも触れなかったかの様に振りぬかれ、それからクツクツと、押し殺す笑いが、少年の耳に届いた。


「増えろと、今口にしたな。貴様きみ……しかしだな、この世界に、”複製コピー”の魔法、魔術は無論、私の持つ能力にも、それは存在しない。あっても、相手に増えたと錯覚させる幻覚作用まぼろしであり――」


 さらに、内部に陣を刻み、魔力を込めるだけで魔法を作動させることの出来る弾丸などは、尚更だ。彼はそう、静かに付け加えた。魔法陣は、個人が魔力を込めて刻まねばまともに発動しない。故に、仮に複製コピーが成功して全く同じ弾丸が、完全に弾丸として出現しようとも、内部の魔法陣までは再現できない。魔王はそう言った。


 そして同時に、彼の掌に弾丸が触れた瞬間に何も起こらなかったことが、それを裏付けているようだった。最も、そもそもの絶対数を知らぬ故に、それが”増えた物”だったのか、元々持ち合わせていたものなのかは分からないのだが……。


 だから、魔王は”はったり”だと思い込んでいた。少年は、微かに混乱する頭の中で、さらに魔王の台詞で魔法が失敗したのかと心を揺れ動かされつつも、思考し――頬を吊り上げた。


 魔術は記憶として刻まれている魔法陣を脳内で展開させ、肉体を陣と化して術を紡ぐ。魔法は自身の魔力では足りない分を大気中ないし大地から吸い取り、自分の魔力を散布し魔法陣を現実に展開させ、それから魔法を発動させるために必要な魔力を、そこら中から集めて発動させる。


 その殆どは、魔法を発動させるための魔力が集まれば、半ば自動的にそれを紡ぎ撃ち放つ。だから、物に陣を刻んで、魔力を注いでも何も起こらず、特定の条件を満たすことによって魔法を発動させる――などと言う事が出来るのは、極めて特殊であった。人が干渉せずに魔法を紡ぐ。ソレは更に、難易度を極端に上げる技術であった。


 魔王ならば、恐らく簡単にやってのける事だろう。そして、魔力を一点に集中し形を作る事で武器すらも作れる筈だ。だが、今手にしている物質を複製コピーすると言う事は、それとは訳が違うのだ。そして魔王は、そんな事が出来る技術はこの世に存在しないと言った。確かに、世界中何処を探しても、それ、またはソレに準ずるものが記載されている書籍は存在しないだろうし、言い伝えも、無いだろう。


「まずは鉛弾だけは完成……っと」


 ――少年は、何かを確信した笑みを作った。決して状況を悲観しすぎて開き直った、そんな微笑ではない。微かな勝利を、まるで学校のテストで手ごたえを感じたような、そんな僅かに満ちたような表情だった。


 魔王が行った動作は、恐らく物質をどこかへ転移させるもの。あるいは消滅させる能力であり――けっして、魔法やそれによって作り出されたものを、掻き消すような効果を持つものではなかった。


 なぜならば、少年による弾丸の複製は、半ば完成していて、複製コピーされ作り出された弾丸は、最早他の弾と何ら変わらぬもので――つまり、完成さえしてしまえば、構成物質はオリジナルと全く変わらないからだ。故に、魔法による影響は元より無かったように、仮に魔王のそういった能力が発動しようとも、複製弾丸コピー弾丸オリジナルたる威力を持って――可能ならば――彼を貫くだろう。


 しかし、魔王は今自分がどこかへ消した、あるいは消滅させた弾丸が、複製物だと理解する事は無い。理由は述べた通り、術者以外、下手をすれば術者にすら、オリジナルとの区別が付かぬ代物だからだ。


「えと、魔王さん。あなた、この世に存在する魔法が全て、隅から隅まであぶれる事無くその全部が、自分がこの世界に伝えた魔法が元だと思ってません? だから”魔”力だとか、”魔”法、”魔”術……その全てに魔がつくと。最も、それは正にその通りなのですが……ね」


 そのもったいぶるような口調は、学者独特のものだった。完全に自分の世界に入り込んでいるような、その真相を言って皆に伝えたい気持ちと、自分の中で秘め隠し優越感に浸りたいという気持ちとがせめぎあっているような、そんな説明するというよりは独りよがりな喋り方だった。


 魔王はそれを聞いて、瞼をぴくりと跳ねさせた。なにやら、癪に障った声が耳に届いたからだ。そして、調子に乗った雑魚が、更に勢いづいたのを見たからだ。最早、興醒めしてきた対象が、そういった態度に出てしまっては――もう後ずさる道は残さない。その余裕も、許さない。


「何が言いたい?」


 威圧たっぷりに投げられた言葉は、先ほどの弾丸の如く少年を射抜こうとした。が、彼の瞳はその鋭い眼力を捉えてなど居なかった。広がる瓦礫の空間、然程距離が開いていないその中で、対照的に朗らかに表情を緩める少年は、白々しく咳払いをした。


「昔話をしましょう。それは数千年も昔の話。人の形を取る悪魔が平和な世界に――」


「産み落とされた。それが魔王の初めてだ……と。その話ならば知っている」


 なら話が早いと、少年は、今度は嬉しそうな笑みを作った。まるで、まだ幼い子どもが菓子に釣られた様な、儚く危なげな表情は、魔王の接近を許していた。右掌の領空に浮かぶ弾丸はそのままに、左手は拳を作り、胸の前で構えられた。


 魔王は足音も起こさずに、やがては少年の前に立った。その風貌はどう見てもテンメイのもののはずなのに、一見して魔王だと、第三者でさえも理解できそうなのは、その全てを押しつぶしそうな雰囲気と、今にも破裂させそうな緊張を持たせる気配があったからだった。


「なら知っているでしょう。魔法は元より存在していた。”奇跡”という名でね。扱える者も少なかったし、酷く効率の悪い強すぎる力だったから、知る者がまず少なかった」


 だが、魔王が世界に現れてから、魔法は驚くほどの速さで世界に広まった。元より存在していた”奇跡”を元祖ベースに、強い感情や意志や、その精神力のみで紡げる魔法を加え改良し、長い時を経て、今人間が使用する魔法や魔術という形になっているのだ。


 その為に犠牲になったのは魔族であった。まるでそれらは、人類にその魔法や魔術を伝えるためだけに存在したのかと思われるくらい、魔法開発の手伝いとなってくれていた。


「これは推測ですが、この速やかな魔法の普及によって、元祖である奇跡の存在をより薄れさせ、消滅させようと考えたのでしょう。こればかりは、魔王あなたではなく、先祖に聞かなければ正確な答えは無いでしょうが……」


 しかし、その計画は最初から破綻していた。


 なぜならば、その奇跡を扱える者はそもそも限られていたからだ。聖なる魔力を持ち、それを受け継ぐ存在。扱いに難いそれを理解する域にまでならば、誰でも到達できる。だが、その特別な魔力を持たなければ、ただの弱い魔法に変換しなおされてしまう。


 その奇跡の力は、退魔の国で生まれ、守られ続けていた。


 そして一番最初に魔族が人を襲った場所は、その退魔の国だった。


 これは魔王が既にその奇跡の存在に気付いていたからだろうか。自身に抗える可能性のある存在を、殲滅しようと企んだ故だろうか。そればかりは誰にもわからない、が――結局、魔王は最終的には倒された。


 理由は単純に、力の差。


 だから、その奇跡の力はやがて量産的に生み出され続けた魔法魔術の中に埋もれていったのだ。


「あなたの、光や闇を生み出す事や、温度調節や瞬間移動なんて高等技術ハイテクノロジーは持ち合わせませんがね」


 掌の上の弾丸は、気がつくと倍以上に増えていた。だというのにそれを理解できなかったのは、魔術が発動する際の光が、反応が無かったからであり、さらに静か過ぎたからだった。現実に反映されているその魔術は、その為に魔力の揺らぎを抑えることが出来ない筈なのだ。


 しかし、それには無かった。そして余りにも、静か過ぎた。


「飽くまでロストわれた技術テクノロジーですが……。この奇跡は全ての、この世の魔法の始祖なんですよ」


 魔法の殆どは戦闘用のものである。それは、大きな戦争の最中に生み出された代物だから、仕方の無いことだった。そして、月日、年月を経てやがては人類の、様々なことへとその力は向けられ始める。


 一つは電波の代わりとして、一つは電気の代わりとして、一つは燃料の代わりとして――挙げてみれば、どれもが直接的に魔法が使用されているとは言えない様なものではあるが、応用されていると述べれば別段不自然ではない。


 だが、それは魔法が魔法として生み出される直前の形を、利用しているに過ぎないのだ。そして魔法魔術は、奇跡の力に技術を加えた物。つまりは、奇跡ソレを使用していると言う事。


 そこまで掘り下げてみて漸く見えるのは、気がつくと、特定の人物のみが受け継ぎ扱える奇跡の力は、応用し穢す事によって、全世界の民が扱えるようになっていた、と言う事。


 故に魔物に、魔族に、そして魔王にさえ、その魔の力は対抗できた。本来ならば、容易に吸収しそして弾き返せるはずの力は、改変される事によって、彼らに傷を作り出す暴力へと変貌していた。


 これは読みが甘かったのか――人間との抗争を描いた末の、完成形なのか。やはりその思惑は、最終的にどうであったのかはわからなかった。


「元の魔法、魔術なんてのは、魔王あなたの持つ特殊能力こそがそうだったのでしょう」


 ――マグナム弾は、既に十分すぎるほどに増えていた。魔王はそれを視界に収めつつ、ただの一度も揺らぐことの無い少年の瞳を、見つめていた。まるで恋して盲目になった少女が我に帰るまで特定の男を見つめるかのように。


「貴様、倭人だな? ならば勇者ではない筈。勇者の血は一つの地に定着する……」


「洒落ですか? ……なんにしろ、僕の言いたい事は――あまり僕を侮らないほうが」


 言葉は最後まで終えることは無かった。だがその発言は、しっかりと事象を引き起こしていた。


 ――生意気に言葉を紡ぐ中で腕を振りかぶる魔王は、その腕を大きく背後へ引いた瞬間、既に少年を吹き飛ばしていた。


 それは数ある特殊能力の内の一つである、攻撃の結果を、行動した瞬間に叩き込むモノ。その為に彼には避ける術は無く、少年はくの字に折り曲がる姿さえも見せる暇なく、固く閉ざされた両開きの木製の扉を突き破った。


 轟音が掻き鳴り、煙が空間を満たす。大気が震えて、まるで洞窟の奥底から何かが響くように、城が振動した結果、地鳴りのような音を延々と響かせた。が、


「あまり驚かせないでくれ。心臓に悪い」


 少年が強制退室を余儀なくされ部屋の中から消えた瞬間、彼が出て行った扉から、入り込む一筋の影は――魔王の背後を一瞬にして奪い、その首筋に冷たい感触を覚えさせた。


「今度は貴様か、シャロン」


 ――瞬間移動をして声の主に振り返る魔王は、光を背にして立つ影を見て呟いた。耳が長く伸びるその顔はシャロン以外の何者でもなく、あるはずがなく――そうすると同時に、彼女の腕に抱かれるもうひとつの存在を、理解した。


 どうやら気を失っているらしく、動かない。故にそれが誰なのかはわからないが、恐らく先ほどの少年なのだろう。彼女の身体能力を以ってすれば、吹き飛ばされた彼を受け止めて今対峙することは、そう難しいことではない。


 しかし――。


「なんなのだ、ソイツは」


 結局何が言いたかったのかはわからない。そして、最初はあれほど自信たっぷりだったのに、いきなり感覚を麻痺させるほどビビり上がって、最終的には世迷言の如く、整然としないことを口にしていた。一種の錯乱状態だったのか、と魔王はそれから考えた。


「話は最後まで聞くものさ。最も、それは不可能むりだろうけど」


 彼女は少年をゆっくりと近場の瓦礫の影へ寝かせてから、槍を手に、光を漏らす城の横穴から外へと、魔王を誘った。


「しかし、その方が分かりやすくて良い」


 魔王はようやくその頬を吊り上げて、背を向けているはずなのに一切の隙も見当たらないシャロンの後を付いていった。

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