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2 ――彼のため――

 光の波は世界中を包み上げた。優しく、暖かく、頼もしく、まるで全ての人間を守ってくれるような力強さが合った。強烈な輝きは決して網膜を焼き尽くす事は無く、余韻を残さぬ閃光は、世界中に散る民の記憶に残らなかった。


 だから、数秒も続いた一時的な世界の消失も、次の瞬間には、ただの勘違いか、見間違い。白昼夢だろうと決め付けた。疲労の所為だろうかと目を覆う者も、気のせいだろうと大きく伸びをする者も、世界中何処を探しても存在しない。それは、そもそも光の波が起こり凄まじい輝きが世界を覆いつくした、という事実が、その脳に刻まれても直ぐに消えてゆくからである。


 だから、その不可思議な現象に疑問を持ったとしても、やがてなぜこんな事を考え始めたのだろうかと、それ自体に疑問を抱いて、やがてそれさえも自然消滅し、元の生活に戻るのだ。


「――っ!? なんなんだ、この光……」


 後戻りを許されぬ一部の人間を除いて。


 勇者候補生諸君は、まだ城の中に入っていない。扉が固い、封印されているだとか言うわけではなく、ただ単にそうする時間が無かったのである。その中で、ハイドが放った閃光に包まれた。それを肌で感じ――彼の生涯を、光の中で垣間見た。


 ハイドは人として地に落ちた。だが数瞬経つとその肉体は人間とは著しくかけ離れた姿となり、人生の全てが苦痛と化した。そんな映像が、脳裏に過ぎった。


 光の中で一秒が経過する。彼は仲間の死を覚えた。それをきっかけとして、今まで手を掛けていたもの全てを離し、直感的に感じた事を使命として背負い、実行する事にした。


 また、一秒が経過する。光は和らいできた。その中で、脳裏を過ぎるように見せるハイドは、硝煙立ち込める小さな村で、全ての武器、凶器を破壊し、争いの元凶の命を奪い、一時的な平和を与えていた。


 それから数瞬が経過すると、凍りついた彼の表情に、暖かさが戻る。明るい笑顔が見えた。


 そこで光は突如として消えた。同時に彼らの頭の中からハイドの像が、その背景が輝き、失せる。まるで彼の走馬灯を見せられていたように思えて、酷い焦燥を、勇者候補生諸君は胸に抱いた。これがもし本当に走馬灯ならば、最早焦る必要など無いのかもしれないのだ、が。


 ハイドが決死の覚悟、あるいは自爆で放った技であるならば――これほどまで広範囲に”想い”を、電撃の余韻である光に乗せる程のモノであればタダでは済まない。たとえ、幾万の命を、力を持つ魔王だとしても。


 だから、先ほどまで対峙していた魔王の消滅を、彼らは少しの疑いを持つ事も無く信じていた。


「そうか。僕たちは……」


 少年だった男は、そう口にした台詞を半ばで止めた。彼は何かに気付いた様子で目を大きく開き、それから振り返る。隣のローラン・ハーヴェストも、その傍らのアータン=フォングも、それを真似するかのように、つられるように後ろへ首を向けた。


「未来を託されたのだろう。自分の思いを、受け継げと」


 気がつくとそこに居た、レイド・アローンが彼の後を追うように言葉を繋げた。その背後にはシャロンと、竜の侵食を両腕に留めるまでに戻ったレイミが、露出する上半身を両腕で抱くように隠しながら構えていた。


 そして、その台詞で彼らはもう振り向く事はおろか、一歩後退る余裕すらなくなったことを理解する。レイドらは口にしないが、ハイドが死んだという事は確実に思えた。心の中に、無意識に抱いていた”ハイドは生存している”という希望は、それによって叩き潰されて、男は、静かに目を伏せた。


「なぜソレほどまで、僕たちを信頼してくれるのでしょうか?」


「……、自分がされたかった事を自分でやってみる奴だから、と言うのが適切な説明だろうな」


 少し悩むような仕草を見せた後、レイドは正解の無い問いに憶測で答えた。今までの、ハイドとの会話と、付き合いと、雰囲気と。レイドは彼に対する、そういった全てを思い浮かべて見るも、やはり一番最初に思い浮かんだそれ以外、考え付かなかったのだ。


 彼はお人よしと言える性格であったが、容赦が無い男でもあった。全てを超越する力を持ち、それをどう扱えば良いのか熟知していた。だがそんな彼を迎え入れてくれる場所が無かったのが、理解し認めてくれる所が存在しなかった事が、彼の人生の半分以上を自暴自棄で終わらせた要因であった。


「本当に、何もかもタイミングが悪いヤツだった……」


 そう言ってシャロンは深く、胸の奥底から尽きるまで息を吐き続けた。それから息が切れた頃、彼女は胸いっぱいに空気を吸い込んで、強く目を瞑った。眉間に皺が寄り、迸るような痛みに耐えているような彼女の姿を一瞥し、レイドはそれから口を開いた。


「腹を据えろ。これが終われば全てが収まるんだ。これ以上の被害が出ぬ内に、世界の民の心に恐怖が植え込まれぬ内に終わらせなければならない――」


 言い終えるとほぼ同時に、見知らぬ魔力が彼らの間を走った。


 感じたことの無い、魔力。悪意と怒りと殺意と、ありとあらゆる業を混ぜ込んだような、背筋が凍りつくようなソレは目の前の、城の正門を通り抜けて彼らを襲った。


 だが、ただ一人――その魔力を感じた事の有る人間が居た。忘れもしない、忘れる事も出来ないその邪悪な魔力は、この場には現れるはずが無い者のモノだった。だから思わず、反射的に顔を上げる彼女は、瞑った眼を見開いて、息を止めた。


「まさか」


 長い耳がぴくりと跳ねる。


 シャロンは気がつくと、亜空間から振り抜いた身の丈以上ある大剣で、木製の巨大な扉に一閃、はしらせて破壊する。斬ると言うより叩き込むように打ち放たれた大剣は彼女の数倍は有ろうかと言う扉を破り、轟音を立て煙を起こして、そのまま姿を消した。


 静寂を司る闇を閉じ込めていた城内部は、扉の開放により、新たなる被害者を招いているように見えた。




「貴様が、なぜこの場に居るのだッ!」


 肉を深く抉られた左肩を抱くような体勢で魔王が咆える。左腕は力なく垂れ、筋肉が締まると同時に傷ついた筋に激痛が走った。故に攻撃態勢に移るには、大きな隙と、時間が必要であり、今それを求めるのは半ば不可能であった。


 垂れた腕の、その指先から鮮血が滴った。それと同じ血液で口元を汚す、魔王に対峙する影は薄い笑みを浮かべたまま、彼の叫ぶ質問に答えようとはしない。


 闇がひしめくその空間では、怒りと、殺意と、そして悲しみ、強い確信に満ちた意思を孕む魔力が氾濫する。締め切った扉を透過して飛び出し、酷く濁った空気の漂う玉座の間で、傷を癒す余裕の無い魔王は狼狽うろたえず、更に咆哮さけんだ。


「そうか、あの瞬きが伝えたのか。最初はなから死を覚悟して……。そして死が実現してしまったら、貴様の出番だと。あの人間共をこの場で死なさぬよう、未来へつなげるように、と」


おれと対峙するにあたっては、その傷の回復にあてる魔力すら惜しいと言う事かァ? 賢い判断だ。が、魔王サマよ、能力だけを手元に残した選択は、失敗だったようだナ?」


 ”ソレ”が顔の前で指を立てると、その先に炎が灯った。黒い肌が、艶やかに映り、二本の角を照らした。一方が半ばで折れている角は歴戦の勇士のように彼を見せて、その口元は変わる事無く吊り上がっていた。


 彼はそのまま腕を横に薙ぐように払うと、指先の炎が四方八方に散る。それは辺りを照らしながらその身を膨れさせ、やがて壁や地面に付着すると、決してそれらを燃やす事も焦がす事も無く、その空間の照明と化した。


 足元で伸びる影は細長く、そして幾重にも重なっていた。様々な方向にある光源がスポットライトのように、舞台上の俳優であるかのように彼らを照らした。


「会話が成り立たぬな。やはり、頭脳だけはまともに創って置けば良かったか?」


 ふふ、と魔王は不敵に笑う。余裕を、弱点を見出したのか。あるいは垣間見た絶望の淵で、精神を正常に保っていられる事が困難になったのか、二本の角を有する魔族には分からなかった。


「大元である貴様の頭脳が間抜けな時点で、それも不可能だが……。阿呆を主に持つと、苦労するのはやはり下の者だという事が良く理解わかった」


侮辱なめるなよ”テンメイ”。貴様なぞは洗脳するまでも無いという事を、その身に叩き込んでやる。生みの親の恐ろしさ、とくと見――」


 刹那、黒い閃光が肉薄した。


 そう認識した時には既に、動きの鈍い左腕は、完全に神経が途切れていた。次いで劫火が左肩を焼くような、激しい熱を覚えた。鋭い痛みが脳へ浸透し始める頃、傍らで何かが落ちた鈍い音が聞こえた。


 散った血液が、顔を濡らす。其方へ視線を落とすと、それは見紛う筈が無い――自身の左腕だった。


 それを見て、炎が灯ったかと思うほど熱く、そして激痛を伴う左肩に切断面が存在している事を理解する。首が其処まで長くは無いので見ることが出来ず、故に彼は頭の中でソレを思い描いた。


 そうする中で、思わず喉の奥から唸り声が漏れていたことに気がついた。痛みに、理性を叩き潰してゆく激痛に耐え切れない事を露呈してしまうような弱気が、閉じることの出来ない口の、噛み締める歯の隙間から流れていた。


「弱さが隙を作る。隙は傷を作り、傷は死を促す。御託をグダグダと並べて、自分の立場を確認するほど落ちぶれていたのならば、最早、情けをかける価値すらない……」


 立ち直る暇すらない。息を止めて唸りを押さえ、肩を抑えた手が血を噴出す切断面に触れて濡れる。痛みは俄かに麻痺し始めた。


 ――能力を使用しなければならない。とりあえず傷を回復し、いやソレよりも早く次の攻撃を回避しなければならない。回避? この私が、たかが魔族の攻撃を逃げるというのか? それは許されぬ。ありえぬ、絶対にあってはならぬことだ――。


 魔王の脳裏でプライドと生にすがりつく本能がせめぎあう。彼はそうする時間すら無いことだけを、すっかり忘れてしまっていた。


 それが、一番の敗因であったのだろう。


「哀れだな」


 最期に呟いたそのひと言が、再び空間に静寂を取り戻した。


 ――テンメイが剣を振るうように払った鋭い指先は、迷いなど存在せず、何よりも純粋に、魔王の首を切り裂いた。


 魔王の頭は宙を舞い、床に楕円形の影を作る。それは次第に伸びてゆくと、濃く、そして小さく素早く移動し、やがて床に触れる本体と同化した。鈍い音が立った。首から噴水のように吹き出た血が、対面にいるテンメイを濡らした。


 水のはじける音がする。酷い臭いが鼻についた。口の中に、鉄の味が広がった。


「ふむ。次はこれで、奴等が納得するかどうかだ、が」


 彼は小さく呟いた後――顔を濡らす血を払い、魔王の死体を蹴り飛ばす。


 それからいくつか頭の中で考えを浮かべた後、彼は静かに歩み、魔王が腰を落としていた、王座に座り込んだ。


 尻に生暖かい温度を覚えて――テンメイは、大きな溜息をついて、来訪者が来るまでの間、静かに目を閉じた。

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