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5 ――燃えるほどヒート――

 魔王が自ら”転送”の能力を抑えたお陰で、戦闘は人間側の優勢に見えた。


 そして戦況的には明らかに彼らが有利。なにせ最低でも三対一。そしてレイミの意識が戻れば四対一だ。総合的な戦力差さえ忘れてしまえば、いつでもお前を殺せるぞ、という愚かな脅しを実行することさえも可能な人数である。


 だがそれをやってしまえば低脳まっしぐらであり、これ以上仲間内から馬鹿にされるのは精神的に堪えるので、ハイドは冗談でもそれを口にするのはやめておいた。


 だから勢いに全身を任せて魔王に肉薄する中、そんな我慢を力に変換して剣を振るった。酷く私情すぎる感情の膨れは、それでも確かな腕力となって、魔王の攻撃を見切る集中力となって、彼の肉体を無意識に動かした。


 ハイドに向かう魔王の拳が、山なりに放たれたと思うと、同時に視界下より出現する一閃を見て、覚る。上下に挟んで砕く竜の口のような手法を持ち出したのだと、理解した。


「甘ったりぃんだよッ!」


 眉間に集中し、そして弾けた白い閃光が一瞬にして下方の拳に炸裂すると、ハイドはそれを見ずとも結果を予測し、それから思い通りに僅かに硬直する魔王を見て、吐き出す息を胸に溜めて強く息張った。


 瞬間、電撃の発動より遅れてやってきた炸裂音が耳につんざいた。大気が鋭い衝撃となった鼓膜を揺さぶり、そして魔王の手元から焦げる肉が煙を上げた。雷撃は彼の肉体を蝕み、それに抵抗するが立ち直るにはほんの少し、一息程度の時間が必要なのだが――大きく息を吸い込もうとしたその刹那、気管は鋭い刃に切断された。


 振りぬきの一閃は吸い込まれるように魔王の首に喰らいつき、そして喉元を切り裂いた。鮮血が迸り、最早慣れ過ぎて、なんでもなくなった殺傷行為が、斬るが故に手の中に伝わるその感触が、魔王に致命傷を与えたのだと理解させた。


 刀身は浅く、だがしっかりと骨の半ばまで切り抜けた。刃を濡らす血が、肉を抜けた後も尾を引いて宙に散る。魔王は声も無く、支える事が半ば不可能な首から上を、重さに負けて後ろへと仰け反らせて――再び、一息の内に砕けた頚椎を修復し、そしてもう一つ、肺に残された空気を全て吐き出し首元に溜まる血の泡を膨らませると、裂かれた管は繋がり、筋肉は再生して皮膚が結合した。


 首は、据わらぬ赤子のように垂れるのではなく、精悍な成人男性のように前を見据えていた。


 だが、その瞬間――強く胸を打撃する衝撃に、心臓が怠惰に動きを鈍めてしまう。


 何事か――それを理解するのは容易だった。気がつくと、先ほどの攻撃の後距離を置いたかと思われたハイドは既に懐に潜り込んでいて、尚且つ、その鳩尾を柄尻で貫かんばかりの勢いで叩いていたのだ。


 だがその程度の痛みでは、この位の”心臓破ハートブレイクり”では、魔王に行動まで遅らせる事は出来ない。故に、ハイドの攻撃は次へ繋がらない。


 そういった慢心を心に秘めたその刹那、後頭部よりやや下。そこに、冷たい感触があった。彼はそれを理解した。だがその覚えは、この状況においては何よりも遅すぎた。


 だから次の瞬間には意識が途絶えて、


「アンタの顔も、見飽きたよ」


 そんな台詞と共に、刃が後頭部を貫けて左眼窩よりその切っ先の姿を見せた事を認識する事は出来なかった。


 頭蓋骨を砕く勢いはそれだけに終わらず、長い槍を深くまで突き刺し、そして槍の穂先が完全に顔から覗き出たところで漸く、動きを止めた。冷たい顔で魔王の頭を貫いたシャロンは、そのまま凍りついたような表情で槍を抜き去り、そして距離を置くように飛びのいた。


 ハイドも同じように、魔王を正面にして一旦引くと、次の瞬間には再生したその顔面が、再生するという瞬間も見せずに歪み、そして、


「地獄の怨嗟を喰らえいッ!」


 右手を振り上げ、そして薙ぐように振り下ろした瞬間、大地の表面が、風が立ったように砂を舞い上げ――魔王を中心に円を作ったと思うと、その砂塵は途端に灼熱の炎と化した。


 炎が壁となって魔王を包む。そして広がるソレは、留める事を知らぬように徐々に大きく、そして高温になりつつハイド達に迫ってきていた。オレンジ色の灼熱はやがてマグマのような紅蓮へと代わり、そして付近の大地がその手で直接触れられずとも黒く焦げ始めた。


 ある程度の距離を取っているハイドでさえも、その熱気に目を開けられずに居た。だから、他の奴等はもう既に消し炭だろうな、と考えて、胸の前で小さく手を合わせた。


「死ぬ前に悟るってのは、あまり感心できはしないさね」


 背後で、乱れた呼吸音と共に気配と、そんな言葉が現れた。ハイドはソレに対してアンドの息を吐く。どうやら無事だったらしいという事を確認しつつ、次いで目の前に現れた、そう大きくも小さくも無いが見慣れた背に対して、軽く微笑んだ。


 炎の壁は天に達しそうな程の大きさを手に入れようとしていた。だから、そんな大きさ故に迫ってくるという事が視覚的に捉えにくく、蠢く紅蓮の何かが緩慢に肉薄しているという曖昧な理解に終えていた。その為に、気がつくと流れる汗さえも蒸発する高温に包まれていて、近づき、巻き込まれるまでそう時間が無いという事を理解するのは容易だった。


「お前一人分が壁になったって無駄死にだ。俺に任せろって」


 魔王の魔力が随時、熱に、炎に変換される。その中で、ハイドはその魔力に対して攻撃を行おうとしていた。魔王の魔力に、自分の魔力をぶつける――とすると、まずこれは量の問題となってしまうので、絶対量で確実に負けてしまうから、電撃を放つ。雷撃は鋭く魔力を切り裂き、一瞬でも炎の壁に穴を開けてくれるだろう。


 そしてその開いた穴こそが、魔王にとっての死角となるのだ、が――。


 ハイドが手を伸ばし、前に立つレイドの肩を掴むと、彼は間髪おかずに振り払い、そして直後に魔法陣を展開させた。


「奴が展開したのは紛う片無き”魔術”だ。自分の魔力のみでこれを作り出した。大地の魔力を利用する”魔法”ではない。私が扱える、一番威力の高い魔法さえも簡単に掻き消してしまうような、規格外な炎壁ファイヤーウォールだ……が、私の肩書きを、忘れたのか?」


「皇帝だろ? 手前さんはこんな時に何を――」


「黙っていろ、気が散るッ!」


「だったらお前は後ろの二人だけを守ってろよ」


 ハイドは彼の台詞が気に障ったように、苛付いたような口調で吐き捨てると、すぐに振り返る。


 そこには、長い髪を乱しつつも脇に竜と化すが気絶しているレイミを抱え、さらに彼らのやり取りに思わず困惑を隠せずに眼を見開くシャロンが居た。だからハイドは、意図不明に親指を立てて爽やかな笑顔を見せた後、彼女に更なる困惑を促してから、大地を蹴った。


 そのまま垂直に跳んだかと思われたが、彼の身体は宙で仰け反り、そして回転しつつ背後に、もとい炎の壁へと近づいて、くるくると回転に捻りを加え、着地する。すたん、と見事に姿勢良く立ち直ると、既に炎は眼前にまで迫っていて、背後では等身大の魔法陣が高速回転しつつ、辺りの大気を凍りつかせていた。


 最早退路など存在せず――かといって、前進できる道など無かった。避ける余裕すらも見えないそこは、四面楚歌さえも顔を青くするほどの八方塞り。だがハイドにとって、自分が生き残れる道は、存外にそばにあるのだ。


 ――本格的に行くか。


 心の中で呟いた。顔の筋肉は引き締まり、そして自然と前を睨んだ。まるで炎の向こう側が透けて見えているような感じがして、直後、魔王に一撃喰らわしたレベルの電撃が迸るように放電し、ハイドが壁に向かって手を向けると、掌に電気が集中し始めた。


 しかしその準備をするのは余りにも遅すぎて、手は既に紅蓮の中へと飲み込まれていた。高熱故に、ハイドの肉体は勝手に発火し始める。まず腹が燃え始め、それが広がると自然的に全身が燃える結果となるが、彼は痛みを感じることは無かった。


 自分の身体が灼熱に揉まれているという自覚はあれども実感は無く、そして遂には目的どおりの電量が掌に集中して――次の瞬間。


「私がそれを許可すると思うのかな?」


 ハイドの身体を半分以上飲み込み終えた紅蓮の奥からより濃い人影が現れたと思うと、そこから伸びた手は素早く彼の顔面を鷲掴み、中へと引きずり込もうとした。


「なんで手前様の許可が要るんだよ」


 スマートに口から滑り落ちた発言は、同じ瞬間に放たれた拳が、剣を振るわずに、柄を握ったまま魔王の顎を打ち砕いたが為に彼には届かなかった。鋭い拳が瞬く間に魔王を返り討ちにして、そして電撃の放出を自身が許した。


 唇は静かに格好をつけた能力名を呟くが、振動させる空気が消えていたために言葉は誰にも聞こえなかった。


 故に電撃の炸裂音は無であり、しかしそれでも雷撃は魔力を喰らい増幅し、そして魔力を燃料にする灼熱は俄かに勢いを弱めて――そして何よりも、ハイドが電撃を放ったその場所から一直線に、電撃をかたどったような巨大な穴が空いていたのが、彼の仲間の為になった。


 ハイドの雷が、魔王の邪悪な魔力を浄化させる。それは空に積もっていた分厚い暗雲を打ち消した時と同じ状況であり――炎壁ファイヤーウォールがその空気を貪る力を、彼らを燃やし尽くすべく邁進する勢いが弱化し始めた頃。漸く、レイドがタイミングを見極めたように、魔法が発動した。


「炎も凍る、灼熱の冷気――絶対零度ザ・クール


 レイドの魔力が声に震えた。魔法の展開がそのひと言で完全なモノになり、そして放出される魔力は風となって冷気を流す。凍える吹雪に進化するそれは、一瞬にして高熱を打ち消して、聳える壁を消滅させた。そしてそれから、寒風が焦げた大地の上に薄い氷の膜で覆い始め――。


 季節感が全く変わってしまったその場所で、レイドは一つ息を吐いた。口から息が漏れた瞬間、それは白く染まりあがり、次いで冷えた空気が肌を刺した。


「とんでも無いわね。魔法、魔術の域はどうにも理解が及ばない」


 たかが数分の内に死に掛ける危機が襲い掛かり、なんとか助かった。それが全て魔法、魔術によるものであることに、心底感心していた。シャロンはそう呟いた後、脇に抱えたレイミをそっと地面に寝かせると、冷え切った空気を胸いっぱいに吸い込んで、そして蒸気のような吐息に顔を包んだ。


 少しばかり歩くと目の前に居る、身体の半分以上を焼け焦がす人の影。これが誰なのか判別着かないのだが、ソレは彼女の気配に気がつくとピクリと動き、表面の焦げをパラパラと崩して、振り向いた。


「俺を心配することを許可しない」


 にっと笑った口元は、白い歯がよく目立っていた。そして再び親指を立てた手を顔の近くまで持っていくと、「こいつは持久戦だ」とだけ残して――どさりと、鈍く地面を揺らし、そして大地を包み上げる氷を砕いて大地に沈んでいった。


 それから、まるで相対性を持つように立ち上がる影が一つ。


 ソレは彼とは違った意味の笑みを浮かべて――レイドとシャロンの口からは、大きな溜息しか出ることが無かった。

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