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ACT10.『求めよ、されど与えられん』

「言い得て妙って言葉が、言い得て妙だよな」


 そう呟くローラン・ハーヴェストに、アータン=フォングはかわいそうなモノを哀れだと愛でるような視線で彼を覗いた。彼は言いたい事が一度の台詞で二度も使えた事に満足しながら――晴れた空を仰いで、呑気に息を吐いた。


「晴れてるのに、魔王が活性化してる」


「そんで殆ど無力化されてるし――仮装してた魔族が、暴走している。皇帝レイドとか、傭兵シャロンの魔力も感じないし、一体どうなって居るんだ?」


 彼らは真っ直ぐ進んで、王都ロンハイドの正門までたどり着いたのだが、遥か後方の魔力の渦を感知して、そこへ向かうべきかどうか迷っていた。


 今行っても、恐らく味方として戦ってくれているであろう魔族ハイドの足手まといになるのではないか。彼に限って、人質にとられたから攻撃の手をやめるなんて事はありえないだろうが、可能性が見える限り、動くべきではないと思う。


 ならば、今すべきことはまだ息の有る負傷者の治療を優先することだろう。多分、付近にレイドやシャロンが居るのだろう。それを思わせるように、レイミの――竜人化し常軌を逸した魔力が溢れているものの、戦闘に参加せず、まるで何かを守るように動かぬ気配があった。


 そして合流すれば、何か情報が得られるかもしれない。少年や、ダイン・ロイ、フォズ・ホーリレスやデュラムの行方が分かるかもしれない。否、彼女が相棒であるデュラムとはぐれている時点で期待は薄いが、重要なのは、情報を持っているかどうかなのではないのだ。まずは合流すること。それを目的とするべきだった。


 ――雲が割れている。残る暗雲さえも内部で浄化されているようにどんどん消滅して行く。そしてそれを視界に収めながら歩んでいると、不意に大地が振動した。高重量の何かが勢い良く地面に叩きつけられたような揺れが彼らに、戦闘の激しさを間接的に感じさせた。


「今逃げても、誰も咎めはしないよな」


 それを身に染みて理解したらしいロランは思わずそう呟いた。傍らの少女は長い白髪を弾けさせて足を止め、そして信じられぬものを見るような、驚きに満ちた瞳で彼を貫いた。何てたわ言を今更口にするのだろうかと、口にせずとも、そういった意味の台詞は彼へと伝わって、短いため息が続いた。それから「冗談だよ」と軽く笑って、


「仲間だと認めた奴等がまだ生きてるかもしれないのに、のうのうとこの場から逃げて余生を過ごせるほど薄情でも図太くも無い。残念ながら、な」


「――それは困るな。なぜならば、こういった無勢に多勢の状況くせに尚も劣勢になる今、自分だけは、どんな手段を用いても生き延びようとする図太さが必要になる。そしてそれを実現させるのは貴様等の実力だ」


 ひ弱な魔力が不意に糸となって辺りに巻きらされた。そしてその一部が、身体の一部に触れると同時に、声はそういった台詞を彼らに伝え始めていた。


 それがどんな声色で、誰のものなのかまで鮮明クリアに聞こえ、その音声はどこで何者が発しているのか、直ぐに理解する事ができ、故にロランは、迷わず驚かず肝を揺らさず沈着冷静に、それにたいして返答するために口を開いた。


「生きているのなら早くこちらへ来てくださいよ、レイドさん」


「こっちはこっちで、弱虫共を元気付けるので忙しいんだ。先にハイド――戦闘の中心街へ走っていろ。その内追いつく」


「……了解しました。極力生き残れるよう、最善の努力は尽くしておきます」





「廃れかけた英雄の血筋に、普遍的な魔族の肉体――これが貴様が強さを持つ器を得られるようになった要素か?」


 魔王は静かに問う。全身が血に塗れ、されど尚天の雷を全身から迸らせるハイドへと。


 しかし彼の返事は無い。呆然と、自身が割った空を見上げるだけで動作が無かった。小さな呼吸だけが存在し、膨らむ肺は胸を押し上げるだけ。なぜ倒れないのかが不思議なくらい、その肉体は満身創痍といえるほど傷ついていた。


 黒い肌が満遍なく弾け飛び朱色に染まる。決して消えることの無い染みは、ただそよ風が撫でるだけでも激痛を運び、だがそれを知覚する彼の意識は無かった。


 無意識による電撃の放出。それが彼の生存を確認させる唯一のものであり――魔王が彼に対して手を出せない、唯一つの理由であった。


 近づいた瞬間に、膨れ上がる電撃は塊と化し目標に放たれる。光の尾を引く雷弾は一瞬にして触れたものを吹き飛ばし――先ほどまで彼が持っていた、暗黒の雷撃とは比べ物にならないくらい、威力は増幅されていた。


 彼が開く眼の、その眼窩に収まる瞳は赤く染まっていた。まるで魔族とも人間とも付かぬ状態――魔人にでもなったかのような姿だった。角は根元からへし折られ、雲を形成するまでに到った魔王の魔力は暗雲の消滅とともに、大気中からもその濃さを薄めていった。だから、どちらにせよ魔王は彼を操作することは出来ない、が――簡単な推測くらいは、出来た。


 これから彼が”何に”なるのか、と言う事と、自分がどういった手段に出れば彼を倒せるのか、という事の。


 ――彼は魔族になる前、瞳を紅く染めた。後に徐々に額から角を伸ばし、そして徐々に力を高めていった。全ては世界の人間の為に。自分が満足できる平和を築くために。


 そこから考えれば。角を失い瞳を紅く染めたのならば――考えは浅はかかもしれないが、答えは簡単なのかもしれない。


「しかし、人の身体でその力を維持できるはずが無い。つまり今の時点で、貴様は最早、貴様の意思で戦うことはおろか、動く事すらできぬのだ」


 今の状況が続くだけならば、彼にはハイドを嬲り殺せる程度の手段はあるのだ。嬲るというのは彼の趣味ではないが、一定はあるであろう筋肉の装甲の防御力を考え、間接的、あるいは遠距離、中距離からの攻撃ではそうそう大きなダメージを与えられはしないからである。


 力はこれで―――満足ではないものの、今は十分だ。


 求めるのは彼の意識が覚醒しないこと。


 求むるのは彼の攻撃が反射的な直線の電撃だけであること。


 全ては運と、自分の経験則、そして彼の貧弱さに賭ける。最も、今の魔王は誰にも、真っ向から戦って負ける自信はなかった。


 だからひとまず、拳に溜めた魔力を大地に――正確にはハイドの足元に投げつけて爆発させる。瞬間、舞い上がる砂煙は一瞬にしてハイドにとっての障害と知覚され、光の塊は的確に、精密に、光源を穴だらけの布で覆ったような、細い閃光が辺りに振り撒かれ始めて――。


 ――魔王は視る。閃光がどの空間をどのタイミングで裂くのかを。自分がどの道を行くべきかを。


 そして身体は踊るように、足はリズムをとるように軽く動き、地を蹴り飛ばす。全てを鋭く切り裂くワイヤーの雨の中、彼はかすりもしない軽快さで、一瞬の間にその懐に潜り込んだ。次いで電撃は、集中して新たに現れた強大な障害に紡がれようとして、


「私をも一瞬で蒸発せしめる力は己へ紡がれろ」


 魔王の掌が、その電撃に触れるか触れえぬかの位置を撫でた後、集中した雷撃は刹那にしてその空間から消え去って――雷弾それはハイドの後光と化した。


 そして反射的に放たれた電撃はハイドの後頭部やや上方から、彼の頭目掛けて打ち出され――。


 全てを飲み込む閃光は、器用に逃げた魔王だけをその付近に残して、大地を貫き、そして消化しきれぬエネルギーは地面を内から膨れ上げさせ大爆発を巻き起こした。

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