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1 ――出立――

 選ばれし者たちの朝は早い。


 朝は十分な睡眠から自然に目を醒ましてから始まった。彼らは寝起きで直ぐに武具の確認をし、それから洗顔や歯磨きなどで身だしなみを手早く整え、それから服を着替え、武具を装備する。心を沈めて、軽い魔力の放出で完全に眠気を払拭するまでを、割り当てられた部屋で行った。


 その頃にはすでに、彼らが寝泊りする帝国の全ての兵士は活動を始めているのだが、彼らに干渉する様子は無い。邪魔に思って居るだとか、妬みや羨望を抱いているというわけではない。要らぬプレッシャーをかけぬためでもあるし、下手に関係を持たないよう気をつけているためである。


 そして彼らは各々の部屋を出ると、皇帝の指示を仰がずに、そのまま城を後にする。タイミングが良いのか単なる偶然か、その間仲間は誰一人として接触することが無く、そして兵士にも、城下町の住民にも声を掛けられることが無いまま、門から外へと歩み出た。


 日の光は、彼らを祝福するように明るく、包み上げると、一瞬、彼らの心の中から穏やかさが消えた。緑の生い茂る草木、優しく頬を撫でる生暖かい風は、彼らとは対照的な明るさであり、暖かさであった。


「……重いっ!」


 小声で嘆くのは、もう夏だというのに長袖を着込み、指先や顔、頭頂までを包帯で包み、さらに額辺りに角のようなものがあるらしく、あたまにテントを作っている妙な男だった。彼はもう少し軽い気分で魔王へと挑もうと思ったのだが、やはり他は強くとも、選ばれた人間であろうともただの人間には変わりが無い。哀愁を感じるのは必然的なのだが、どうにもおもっ苦しく全身に纏わり付くような鬱陶しい雰囲気は、苦手であった。


 それに頷く、小さな影が一つ。彼が顔を向けると、それは同時に顔を上げて、軽く微笑んだ。表情を作っても恐らく、包帯の所為には伝わらないだろうが、いつもの癖で微笑み返すと、制服姿の、顔色の悪い少年は歩み寄ってきた。


「貴方、ハイド=ジャンさんですよね。本で読みました」


「サインはな、生きて帰って来た時にしてやんよ」


「いや、そう言った意味で言ったわけじゃないんですが……」


 察したように口を開いたと思うと、まったく見当違いだったハイドに、少年は苦笑する。自分の頭の先が、彼の肩半ばまでしか届かない長身であるが、彼は人間だった頃も同じような身長だったのだろうか。だとすれば、勇者と言う血統は時代を経ても確実に受け継がれて肉体に影響を及ぼすほどの、強靭な血だと言う事が窺い知れる。


 最も、魔族の身体になってもこういった場所に、皆を混乱させぬように正体を隠し、自分の事を知るものが誰一人として居なくとも健気に身を投じる、そんな屈強な精神は勇者である証明なのかもしれない。


 少年はそんな彼を、純粋に尊敬していた。今回話しかけて、自分の事を知っている、という事を伝えても、一瞬たりとも動揺したり驚いたりしないところを見て、憧れはさらに強くなっていた。ハイドはそれを感じて、素直な嬉しさの反面、彼が尊敬している人間は実は魔族だ、という事が周りに知れたらエライ事になるだろうな、と心配する。


 そして――じっと太陽を見つめるローラン・ハーヴェストを横目でチラリと見て、彼は果たして自分のことに気付いているのか、少しばかり気になった。


「武器は……拳か」


 ハイドは向き直って、手ぶらで自分を見る少年へ視線を戻した。皆個人個人、別々の、自分が最も得意とする武器、たとえば手甲だとか、大斧だとか大剣だとか杖だとか、そんな者を装備し、あるいは腰に下げたり、背負ったりしているのだが、目の前の彼は手ぶらである。つまり、これは肉体を武器にするという意味なのだろう思った。が、彼はすぐに首を横に振って否定する。


 ハイドは疑問を抱くと、困ったような、何か言い難いのか視線をあちらこちらに泳がせる少年は、暫くしてようやく厚い胸板に視線を止めて、口を開いた。貧弱な身体と、はっきりしない動作、少しばかり長い髪は相乗効果で彼を少女のように見せたが、鋭い目つきや病的な顔の白さが、彼を男だと知覚させる。


「お恥ずかしい話、僕は戦闘に参加するのは、確かに参加するのですが……なんと言いますか、魔族の特殊能力や弱点を見つけるのが得意でして。それを買われて、と言うか、売り込んでここに来たんです」


 そう言う彼は、憧れの人間に自分の情けないところを見せる恥ずかしさや、本当にそれしかない情けなさなどで複雑な表情を作る一方で、その瞳は力強い意思を孕んでいた。ハイドはそれを見据えて、確かに成長性が高く将来有望だと頷いた。たまにはレイドも、まともな選択が出来るのだと見直すが、これを口にすればまた言い争いになってしまうだろう。


「魔力に弱くてすぐあてられてしまうんですけどね……ハイドさんのはなんだか、逆に落ち着くような魔力ですね」


 彼はそう穏やかな顔を見せるが、途端に自分が口走った台詞によってどの程度の雑魚なのか知られてしまった事に気がついて、あたふたと言い訳をしてくるが、ハイドはなんだか、そんな彼に昔の記憶を蘇らせていた。


 それは今は亡き、自分を心の底から想ってくれた戦友である少女。自分を想ってくれるあまり、暴走して裏切り、この手で命を散らせて貰おうと行動した、少し病的な彼女であったが、純粋すぎたゆえの行動である。他が見れば中傷される対象であろうが、彼女に悪気は無かったのだと、誰とも無くハイドは擁護した。


「お前はなんか博識そうだし賢そうだから分かってるだろうが、言い触れてくれるなよ? 勇者は滅んでる体で歴史は進んでるんだ。魔族になった人間なんて居ません」


「――しかし、お前が本に記してあるなんて、随分と偉くなったものだなァッ!」


 不意に背後から強い気配が出現して、ハイドは振り返る。同時に、そんな罵声のような台詞が降りかかって、次いで女性の声が、フォローするようにハイドと彼の間に滑り込んだ。


「アンタは一国の王で一番偉いし、あたしは今のところ世界最強の民間警備員ようへい、ひっくるめて元勇者パーティとしても有名で偉いじゃないのさ」


「あぁ、だから威張るな屑っ!」


「でしゃばるなカスっ!」


 唐突にレイド=アローンとシャロンが現れたと思うと、間髪おかずにレイドとハイドは口げんかを開始する。これがいつもなのだが、少年は彼らに面識があることは予測が付いても、ここまで仲が良いということは知らなかったので、大いにたじろいだ。


 そして図らずとも、いや、図っているのか、集合した候補生全員から注目を得てしまい、彼らのケンカは不完全燃焼のまま終了した。皆が皆、呆れるような顔をしていたのをそれぞれが見て周りの雰囲気は急激な軽さを含んだ。


 これは恐らく図らなかった自体だろうが、候補生は一様にリラックスしたような表情で彼らを見て、レイドはそれに一つ咳払いをしてから、指を鳴らそうとする。だがぎこちない動作は、静かに機械の作動音を耳に届かせるだけで、軽い音を鳴らすことは無かった。


 その代わりに魔力を大気に溶かし少しばかり操って、爆発させる。濃度の高い水素に少しばかりの酸素を混ぜて火をつけると、一瞬頭上で瞬いて、耳につんざく甲高い爆発音が鳴り響く。そして爆発が肥大化し無い様に器用な消火活動を行って、レイドはそれから、なぜかハイドにしたり顔をした。


「いや、だから何?」


 誰もが思う事を、そう口に出来るのはハイドだけだった。


 彼らの間に火花が散る。その間に手を上げて注目を促すシャロンは、彼らに代わってこれからの指示を出し始めた。


「これから貴方たちは、このぼんくらの大規模瞬間転移魔法テレポートで東の大陸に移動し、元『王都ロンハイド』へ向かいます。その付近は魔王の邪悪で大量な魔力が及ぼした環境変化で夜しかありません。さらに、その状況は闇であるために、魔物、魔族の力が増幅されてしまいます。魔物、魔族は以前の戦闘で全滅したとされていますが――魔王が親玉。それらを生み出す力を持っているので……。それからは、状況判断で行動してもらいます。良いですか?」


 途中からはきはきとした喋りが気だるそうになってくる。だが流石は一時でも教師であったために、その説明は分かりやすかった。少年がそれに頷くと、候補生たちもそれぞれ首を縦に振る。シャロンは長い耳をピクピクと弾ませながらにこやかに笑うと、次いで、大地に巨大な魔法陣が展開された。


 蒼白く光る、大きな円。何重にもなって出来上がるそれは輪の間に、一文字で一つの意味を持つ魔法文字を何百も胎動させていた。それぞれが意思を持つように、血流のように円の中を沿って回るそれらは、それだけで、この魔法がどれほど高位なのかが理解できた。


 通常、魔法は一文字を幾つも重ねてようやく一つを発動する。それも一つだけなので、酷く幼稚なモノである。しかしそれを使いこなすには、まず一つに素質が必要となり、次に諦めの無い努力が要る。そして文字を理解し、そして実際に試してみる訓練を数こなしてようやく扱えるようになるのだ。


 少年は、初めて見る凄まじい魔法に、その魔力に、度肝を抜かされて――。


瞬間移動テレポート


 レイドの何気ない呟きのような言葉が、魔法陣を発動させた。


 呼応するように光が爆ぜる魔法陣は、一瞬にして辺りの景色を光で掻き消して――次の瞬間には、魔力の残り香だけが、そこに残っているだけだった。





「――しかし、凄い魔法だな。レギロス南方に聳える魔導人形ゴーレムみてぇ」


「あれは私の魔法を刻んでいるんだ。当たり前だろう」


 まるでなんでもなかったように口を開くハイドは、ふふんと鼻を鳴らすレイドを他所に、腰に手を当て辺りを見渡していた。


「へぇ、貿易都市ハクシジーキルねぇ、懐かしいじゃないの。君と出会ったのも、こんな良い天気だったかな?」


「あぁ、そのせいで穏やかな旅が唐突に終わっちまったんだ」


 彼らの背後には、巨大な門が口を開ける街。潮の香りが鼻を突くそこは海沿いで、街を見ると視界の端に広大な海原が入り込む場所だった。


 世界は、魔王がいてもいなくても、変わらず平和である。彼らがその中で最も不幸だ、という顔で魔王討伐に赴くのは、世界の人間がそういった表情をするようになってからでは何もかもが手遅れになってしまうためである。処置は、全て、速いほうが良い。ガン治療は初期の方が成功する可能性が高いのと同じである。


 広い道に、草原が映える。風が吹くと短い雑草が波打つように日光を反射させるのを見て、ロランの陰に隠れるアータン=フォングは楽しそうに笑っていた。


 デュラムとレイミは、本当に仲の良い友人同士のような爽やかさを見せて、ダイン・ロイとフォズ・ホーリレスは微妙な距離を保ち、達観したように――北の空の暗黒を、じっと見つめていた。


 しかし――と、少年は短く息を吐いた。それは呆れでも後悔でも、諦めでもなく。ただこの雰囲気や、これまでの会話などで心がほぐれすぎてしまったのだ。


「実感無いなぁ」


 これから魔王と死闘を繰り広げるというのに、あまりに緊張感がなさすぎではないのだろうか。かくいう少年は、ハイドと仲良くなれたらな、と最も場違いな事を考えているので、あまり人の事を言えないのだが。


 ――焦ったところで得はない。今のところ、そういった事をしてもどうしようもない。


「やるしか、ないんだ」


 デュラムの考えは、そういった前向きに働いた。


 そして隣り合うレイミは、そんな沈む語韻に頷いた。それは自分に言い聞かせるためでもあり、事実、それによって確かな決意を胸に抱けた。これから不必要になるであろう剣の柄に手を掛け、続けて彼女は、心中呟いた。


 ――決して君を、死なせはしない。


 彼の死が、自分の力を最大限に発揮させる鍵であろうとも。状況的に、そうしなければ全滅の危機に瀕していたとしても。それをすると言う事は、今までの自分を否定し、魔王に寝返る事と同じであると、彼女は考えていた。


「――アイツ、大丈夫かな」


 ロランはふと呟いた。彼が口にするあいつとは、即ち急遽参加することになった少年の事であり、傍らのアータン=フォングはなんとなくそうだろうと察して、振り返ってレイドやシャロンに雑じって会話する少年の様子を窺った。


 そして僅かな表情の変化や、筋肉の動きをも観察するが、彼には不安のふの字も無いくらい、リラックスしているようであり、彼ら、ハイド達の力や、候補生の実力を信じているように見えた。彼がそう感じていると知る彼女は、少年を見るのは二度目である。しかし相棒の旧友で級友という複雑な関係なので一歩退いていたのだが、そんなこんなで、一目おくことにした。


「多分、心配することはないと思うよ……?」


 促されるように振り返るロランは、フォングと同じように少年の姿を感じて、心配が危惧になるであろうと、そう直感した。


 ――選ばれし者たちの夜は早い。


「準備は良いか? オレは出来てる」


 ハイドの問いに、皆が頷いた。


 レイドとシャロンは、緊張と久しぶりの共闘に胸を高鳴らせていた。ロイとフォズが意味深に頬を吊り上げ、背負う武器の柄に手をかける。デュラムが短い杖の腹を握りなおすと、レイミは腹を抱くように腰の剣の柄に手を伸ばした。フォングは銀製の剣の鞘に手を伸ばし、ロランは手甲で拳を作り――少年は、そんな彼らを見ながら、頬を緩ませていた。


 彼らは、暗雲立ち込める土地の前、あるいは下で、光を背にした。もう、戻れないかもしれない。しかし、既に退けない状況にある。それを無意識に反芻する彼らは一様に呼吸を整えて、始めの一歩を、強く踏み出した。

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