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4 ――選ばれし者たち――

 全ての感覚を投げ捨て自分の世界に入り込むローラン・ハーヴェストを現実世界に呼び起こしたのは、相棒であるアータン=フォングであった。


 肩を揺さぶる。それに連動して大きく揺れる体は落ち込んだ意識を急浮上させ、ロランは直ぐに目を開く。彼女はソレを見て、薄い笑みを浮かべて口を開いた。


「皇帝からの召集命令だよ」


 軽い口調でそれを告げる。ロランは傍らの彼女から視線を外して短く息を吐くと、そのまま大きく伸びをして、ようやく立ち上がった。


 狭い部屋。四畳半程度しかないそこは、まるで牢獄を思わせるが、床に敷き詰められる柔らかな毛皮と、二対の万年床、定期的にやってくる三度の食事などが、そこの息苦しさを忘れさせた。故に心は不思議と落ち着き、無駄な騒音が入らぬそこで、ロランは自分を省みてより自身を高めようとしていた。


 おそらく他のものも同じような事をしているのだろう。ロランは、別に関係ないことだ、と頭の中からそれを払拭して、布団が大半を占めるその部屋のさらに狭い玄関スペースで靴を履く。フォングはその隣に立ち、程よい湿度の、適当な室温で住居とするには心地が良いそこの空気を胸いっぱいに吸い込んで、ドアを開けた。


 約五日ぶりの、外の景色。扉を開けるとそこは廊下であり、正面には等間隔で窓が備え付けられている。常に照明からの光で時刻を認識していた彼らにはその”朝日”は少しばかり瞳に痛かったが、それもすぐに慣れてしまう。ロランは目を薄めながら、首の骨を鳴らした。


 太陽光が全身を包み、なぜだか、これからの事を考えると肌が粟立った。心はそれとは正反対なくらい落ち着き冷静なのに、本能が、否定しきれない不安を肉体に現わしているのだと思われた。だからロランは、不意に握られたその手に、強く力を込めて、握り返す。


 傍らのアータン=フォングは、にこやかな笑みを見せた。




 ――彼らが玉座の間に到着すると、そこには既に彼らを除く全ての勇者候補生が横に並んでいた。扉が開くと僅かに軋む音が立つが、それに反応するものは誰一人としていなかった。


 彼らが、扉から真っ直ぐ並ぶ赤絨毯の向こう側。玉座の前に立つ二人は、一瞬、見知らぬ誰かかと脳は認識する。だがその顔は見覚えのある――というか、恐らくこれからも決して忘れられないであろう顔だったので、直ぐに頭は彼らをレイド=アローンと、シャロンであると再認識した。


 なぜ見間違えたか。ロランは疑問に思うとすぐに、彼らにあった違和感を提示した。


 彼にはまず、存在していないはずの腕が生えていて、彼女にはまず、あるはずのない足が伸びていた。それが義腕、義足であることなどすぐに理解できたのだが、あまりにも自然な様子すぎたのだ。


「待ちましたか?」


「今、来たところだ」


 ロランの、冗談なのか本気なのか分からぬ問いに、レイドは真面目な返答をする。だが皇帝である彼は一日の大半を此処で過ごすために、その答えはジョーク以外の何物でもないのだが、それに反応するものは一切居なかった。


 やがて彼らは、わざわざ皆が割れてあけた真ん中部分に並びこみ、改めてレイドを、そして流すようにシャロンを見た。ロランは学園に居た頃、彼女がクラスの担当教師だった為に不思議な気分であったが、恐らく彼女はそれを覚えていないだろう。だから、と、この一方的な親近感を遮断した。


 魔族との戦闘が終えて大体五日の時間が経過した。ハイドが指定した一週間まで時間があるが、レイドはこのくらいの判断が一番適切だと思い、彼らを呼び集めたのだ。


 様々な事が終えて、肉体を取り戻し、そして伝える情報があり、それを伝える必要が有る者にはそれを知らせ終えたし、心は今までで一番冷静で、適切な判断を下せる状態だった。それを、なんとなく、直感的に認識している彼らは、それが出来る故に勇者候補生なのか、長い時間を彼と過ごしたからか分からなかった。だがそれは不思議と、自信に繋がった。自分の成長を確認できるように思えたのだ。


 自分が呼ばれた理由は、考えずとも分かる。普通に考えて、分からないはずがないのだ。


 もう数分後には、誰が魔王と対峙するかが決定していて、この場は妙な雰囲気に包まれる。喜びも、悲しみも、表に出せないこの状況だからこそ作り出せるその空気の中で、その時自分はどの立場になるのだろうか。そして何を思うのだろうか。そういった緊張は体中の血管内に冷気を流し、全身を冷やしていった。腹の奥底から湧き上がる鋭くも鈍い痛みが、不快感を催させた。


 可能であれば逃げ出したい。ロランは弱気に襲われた。自分が魔王と戦おうが、このまま学園に帰る事になろうが、構わない。だがその発表会だけは、どうにも嫌なのだ。本番に弱いわけでは、決してないだろうが……。


 それを、彼から湧き出る負のオーラから感知したのか、隣の少女はそっと、ロランの袖を指で引っ張った。それに気付いて視線だけで彼女を見ると、そうやったフォング自身も顔を緊張に引き攣らせていた。ロランはそれから、視線をレイドに直す。彼はまるで他人事のように落ち着き払っているようにしか見えない。本当にリラックスしているようにしか見て取れないので、レイドに限ってはそうなのかもしれない。だが隣のシャロンは、どこか哀れむような、悲しむような目で居る事に、気がついた。


 場は静まり返っている。だからこそ、その視線は障害なく胸に突き刺さり、ロランは袖をつまむ少女の指を、優しく握り返した。気分を紛らわせるためだけにそうした自分の行動が、酷く惨めに思えた。


「貴様等は今、緊張しているか? リラックスしているか? どちらにせよ、私が独断と偏見で――と言うのは冗談だが、適正に判断した結果は揺らぐ事はない。嫌だと喚いても、同じことだ」


 やがてレイドは言葉を紡ぐ。ロランは掌に汗をかきすぎたので手を離そうとするのだが、フォングは自分から、手を握ってきた。それからシャロンへと落ち着く事の無い視線を泳がすと、その表情はいつしか微笑みに変わっていた。


「まず今回の戦闘での評価から。まず始めに――ダイン・ロイ、フォズ・ホーリレスのペアからだ。貴様等は他に比べて戦闘経験が豊かだ。そして両者とも接近戦を得意とするし、瞬間攻撃力の持続性が高い。故に、流れて掠った攻撃も、当たる箇所によっては致命傷と為り得る……が、だ」


 今回、二人で力をあわせれば無傷で倒せたかもしれない。最初に気絶したフォズも油断しなければ、苦戦しつつも一人で倒せたかもしれない。彼の敗因は驕りと油断であり、苦戦の理由は無意識で調子に乗った事によって、である。


 彼らはその言葉を受けて、確かにと頷いた。そして同時に、選ばれなかったとそれを認識し、静かにその場から一歩退く。この闘いで学んだ事は、これからも大きな財産となるだろう。恐らく、魔王を倒してすぐに、また魔界から魔王が誕生し、魔族が彼らが住む街や都市、村を襲っても、彼らが居る限り安泰であるに違いない。


 レイドはそんな様子の彼らから視線を外し、そのままその逆側へと顔を向ける。ロランは自分に来たのかと眼を見開くが、それはあっさりと通り過ぎてゆくのを見て、高鳴る鼓動と、可及的速やかに走る悪寒、そしてストレス性の腹痛を、ゆっくりと味わった。


「デュラム、レイミペアは、そうだな……。コンビネーションは良いが、まず最初に敵を侮ってしまう点がたまにきずといったところか。そして個々の戦闘能力は高いが、崖のふちまで追い詰められねばその力を十分に発揮できない。レイミは竜人の力を存分に使えば、恐らく本物の竜を超える力を持つ。その資質があり、デュラムはレイミの力を高めさせる鍵と成り得ているが――レイミ、お前はこの意味が分かるだろう」


「……はい」


「ならば、貴様等への話はこれだけだ」


 彼らは同じように頷き、後ろへ一歩分退いた。やがて、視界から友人等が全て消え、ロランは手を握るアータン=フォングしか支えがなくなったように思えてしまう。自分の弱さが垣間見えて、それがとても嫌だから手を離したいのに、今度は彼女の手から伝わる緊張の震えが、手を握る力をより強めさせた。


 狭小である自分の心を恥ずかしく思うも、そうすることによって彼女を勇気付けている事実が、自分に力を与えていた。


「最後にローラン・ハーヴェスト、アータン=フォングペアだが――貴様等の戦闘は、終始バランスが良かった。敵の特殊能力を正確に把握し、適当な対処で、最小限の被害と力で打ち倒す。これは戦いに身を投じる者としては、良い傾向に成長していると言っても良い」


 ――ならば。


 ロランの心臓は、不意に一度、大きく高鳴った。


 この状況から考えて、普通に見て、分かる。戦闘の結果から選定されているという事くらいは、察しが悪い者でも理解できている。だから、残った彼らが、魔王討伐に選ばれたのだと――その場に居る、候補生全員が、理解した。


「レイド。話が終えたのなら、本題に入ったほうが良いんじゃあないの? 要らないプレッシャーで今から疲れても、仕方が無いでしょうに」


 だがそのひと言が、妙にロランの胸に突っ掛かった。素直に聞いていれば、正式に選ばれた者の名を発表してやれと言う意味であろうし、どう聞いてもそれ以外には捉えられないはず。だがどうにも他意があるように、まず疑って聞くと、別の意味があるように見える。最も、それはどんな台詞にも当てはまるのだが――これが特別、他の意味で発せられたように、ロランは感じたのだ。


 そしてその直感は、的中した。


 あぁ、と短く頷くレイドは、ごほんと拳を口元にもって来て咳払いをする。ロランは緊張を通り越して冷静になる頭で、薄々、彼が次に何を口にするか気付いていた。


「あー、なら簡潔に話すが――今回、魔王討伐に選抜された勇者候補生は全員だ」


 だから、ロランの反応はごく自然に頷くだけであり、気がつくと落ち着いていた動悸は冷静な判断を促したのだが、驚愕したその他大勢は、まるで呼吸が停止しているように、硬直した。隣の相棒も、漏れる事無く。


「武具は貴様等に適したものを、最新技術で創り上げて用意している。二日後に支給し、次の日に旅立つ。準備をしておけ」


 



「――なんとまぁ、可哀想に」


 それから解散となり、彼らは思い思いの場所へ移動する。寝室は、魔族との戦闘以前まで寝起きした部屋に戻るが、そこへ脚を向けるものは誰一人としていなかった。


「私は最終的に、勇者を生まぬ方向で終えたいと思っている。無論、候補生を殺させるために全員を選んだ、という意味でないことを承知して貰いたい」


「ンな事ァわかってんよ。ただな、俺が言いたいのは、奴等だって勇者としての名声に興味が無いわけじゃあないだろっつー話よ」


「仕方がないじゃない。勇者になっても、後々、その力を恐怖されるだけ。だから、そもそも彼らを募ったのは間違いなのさ」


「……、あまり私を責めるな。柄に無く焦っていたし、その、なんだ……将来有望な若者なら、あるいはと考えたのだ」


 城のバルコニー部分でシャロンとレイドが並び、どこからともなくやってきたハイドは、その身を再び衣服に包んで、自然に横につく。


 レイドは逃げ場の無い状況に、ただそっぽを向いて苦渋に満ちた表情を隠すことしか出来ない。だが、彼らとて、ただ責めているわけではないのだ。彼の立場で考えれば、確かにシャロンも、ハイドも、自分がそうするかもしれないと考えた。次世代への未来を託したくなる気持ちは、良く分かるのだ。


 だからレイドも、それを真に受けての返答ではない。が、少なくとも反省はしている。彼の口から出た言い訳じみたものは、そんな台詞だった。


「でもどの道、今の力じゃ絶対に死ぬぞ? 人間の中では強くたって、その人間を極めたようなお前等が負けた相手にゃ通用しないだろう。それに、さらに成長してるんだし」


「だがお前は通用する。あるいは倒せる。その力を手に入れられるという事実がある以上、その可能性は無きにしもあらず、だ」


「そう、私も疑問なんだ。確かにあの子らは強いかもしれないけど……一体、どんな考えがあるのさ」


 レイドは、先ほどまでの表情を払拭して、誰にも見せないような、素直な顔で彼らへと向く。それは久しぶりのことで、ハイドに到っては初めてかもしれなかった。侮蔑を呈するものは、いつも見ていたが、嬉しそうな、新しい事を発見した少年のような表情は、見た事が無かった。


 変わってシャロンは、そんな顔が出来るくらい、彼に心を開いたのかと安心する。その心境はまるで友達付き合いが苦手な子を持つ母のようであるが、友達が少ない友人を持つ、おせっかいな人間のようでもあった。


「ほう、まさか揃って勘付かぬとは思いもよらなかったな。ならば、素直に教えてやる義理は無い。ヒントとすれば、私の魔法という――」


「時の魔法で成長を加速させんのか」


 言葉を遮る高速の返答に、レイドは不意をつかれ、それを聞いて溜息をつくシャロンはついで言葉を発そうとするが、瞬間、まるで喉を押さえられているように、空気が失せたように、声は振動することすら出来なかった。


「魔術で声を封じた。これ以上は、黙れっ!」


 レイドは彼らに背を向けるが、恐らくその顔は必死、あるいは怒りの表情であるのだろう。試しにハイドも言葉を紡ごうとするが、口がパクパクとするだけで音声が出ることはしなかった。やれやれだと息を吐くと、魔術は解除されたらしく、声が漏れた。


「悪かったよ、でも」


 肘から腕を上げて言葉と連動させようとすると、不意に伸びる義腕は、鋭く喉を掴み、食い込んだ。


「黙れと私が言った、ド低脳。理解できるか?」


 静かで冷たい言葉が胸をつく。人間ならざる力で首を絞める機械の腕は、だが、ハイドの、少しでも力を込めれば鋼鉄と化す肉体には通用しない。苦しさすら与えられない腕は貧弱であるが、少なくとも人間の、本来制御を受けているものよりは頑丈で力強かった。


 だからハイドは難なく、


「あぁ」


 と返答をすると、拳が顔面に突き刺さった。


「理解できて居ないようだな」


 彼の顔は紅潮していた。痛みのない打撃は幾度も顔に衝撃を与え、ハイドはなんだか、幼い子どもが無力なりに必死に抵抗しているように思えて、何度も「悪かった」と口にした。だがその度に殴られるので、それは悪循環に過ぎない。理不尽な暴力だが、ハイドはそれに怒る事も不快に思うことも無く、ただ身内に見せる行動や表情が、嬉しく思えていた。


 シャロンはその、仲が良い光景を見ながら、そっと息を吐く。


「平和だなぁ」


 魔王が居ても居なくても、この状況は平和そのものだ。少なくとも彼女はそう感じ、今まで満たされていなかった何かが、胸の中から溢れているように思えた。頬が緩んで、目尻が垂れた。隣の喧騒は、今まで無くてはならなかったような気がする。これまでが静か過ぎたのだ。


 だから、この時間が長く続けば良い。そう月並みに願う幸せの延長を、彼女はこの世界の誰よりも望んでいた。

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