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3 ――肉体の一部――

 たとえどれほど大切な部下であろうと、魔族の力を引き継いだ以上、死後はその肉体を研究材料にされる。弔いなどは一切許されず、国の長たるレイド=アローンはそれに異議を立てたり、彼の死を悲しんだりしてはいけない。


 それが、今までの中で、一番寂しい事かもしれない。彼はそう感じていた。


「お前がそれを、変えられる立場なんじゃないのか?」


 車椅子で正面に居直るシャロンは、弱さなど垣間見せずにそう言った。彼女は既に下半身の喪失の衝撃から抜け出しており、さらに今までより一回り大きくなって蘇ってきたのだ。だから、彼女の言葉にはどこか力強さがあった。レイドはそれを無視できるほどの気力はなく、故に自然に、視線は彼女の目を捉えた。


「あぁ、だが今は、彼の経験、その成果が絶対的に必要になってくる。今目の前の敵を倒すためだけの力ではないのだ」


 今の魔王にはある程度の処置が出来ているし、運と状況次第だが、勇者候補生でも魔王を打倒できるかもしれない。ハイドの応援は予想外だが、彼が力を貸してくれるのはあらゆる意味で大きな助けとなっている。


 だが、これからまた、純粋に魔界で生まれ成長した魔王がこの地に現れるかもしれない。そしてまた魔物、魔族が産み落とされ、侵略を目的とした活動を開始するのだ。それは魔王を倒した直後かもしれないし、明日かもしれない。下手をすれば数百年も後かもしれないが、魔族の力を利用できるのは今しかないのだ。そんな時に力を蓄えなければ、ただでさえ弱化傾向にある人間はすぐに滅んでしまう。


 故に、彼らの犠牲はただの死で終えることは無い。その命が尽きた後も大切に扱われる肉体は、犠牲者にとっては酷かもしれないが、仕方が無いことなのだ。


「別に、お前がそう言うのなら私は構わないけれど……、それよりさっさと、下半身を作ってくれ。魔導システムで細部までの稼動を可能とする、とびっきりの奴をさ」


「言われなくても作っている。私の腕と同時にな。完成はそろそろらしいが、試運転やらに時間が必要なんだろう」


 しかしそれを作っているのは帝国ではなく、東の大陸にある武具製造に長けている鉱山都市『レギロス』なので、配達にも時間を使う。それが魔王に挑むまでに間に合うかはわからないが、少なくとも、魔王の下へと向かう事を決定するのはレイドなので、問題は無いだろう。


 レイドは言葉を続けた。


「どちらにせよ、お前は――」


「魔王とは戦わせない、なんて無粋な事言わないで。ハイドも居るんでしょう? なら、心配する事なんて……」


 そう言うシャロンは、レイドの気持ちに気がついている。自分がどれほど迷惑を、心配を掛けたのか理解できている上での発言なのだ。いくら病み上がりでも、実力が通じなくとも、じっとしていられるほど冷静な性格ではない。そして魔王がすぐそこに居るのに、かつて対峙した自分が呑気に居られるわけがない。最早、理屈ではないのだ。


 レイドもその彼女の性格は十分承知しているが、それを許す事は出来ない。まだ彼女は覚醒から時間が然程経っていないから、なんてことは止める理由に出来ない。実力さが、心配だから、なんて事も、彼女を止める要因には決してならない。というか、既に彼女を止める事など出来ないのだ。


 決めたら一直線に突っ走る。脚がもげても腕がもげても、その命が、肉体が滅び動かなくなるまで突き進む。数百年間付き合って知った彼女は、どれほどの時間が経ってもそこだけは変わることがなかった。


 二人の言葉が同時に詰まる。既に言葉でどうにかなる事ではない事を知っているからだ。だとすれば、一体何がその問題を解決するのだろうか。その疑問は、そう時間を置くことなく消え去った。


「レイド様」


 不意にノック音が室内に響く。その音は瞬く間に彼らから意識を向けさせ、二人はほぼ同時に両開きの大きな扉へと目を向けた。途端に、音を立てて開かれる扉は、その向こうあった大きな木箱の顔を出した。


「シャロン様も居りましたか、丁度良グレートです。今、届きました。例の魔導義手、魔導義足の完成したものが」


 木箱には車輪が付いていて、彼は難なくソレを玉座の間半ば辺りまで押すと、木箱は動きを止めた。同時に彼の台詞は終えるが、振り上げた腕が、瞬間、強く木箱を叩く。激しい音と、小さい衝撃が木箱の側面をそれぞれの方向に倒壊させて――彼はすかさず、その屋根を両手で取り除いた。


 中から現れたのは黒い塊であったが、それは直ぐに、布である事が理解できた。


 屋根を脇に置き、厳重に巻かれた布を素早く取っ払うと、まるで本物と誤認するかのようなリアリティのある腕が、腿の付け根まで有る脚が、そこにはあった。


「固定用器具を生身に埋め込む必要はありません。最先端技術として使用されている”同化”で義手と肉体を繋ぐ。それだけです。後は普通の義手と同じく、筋肉が動かす僅かな電気信号を受け取って人工筋肉、指先の細やかな動作を稼動させるわけですが、慣れるまでには時間が必要です」


「神経は繋がないの?」


「えぇ、魔力がその代わりを果たしてくれますので」


 簡単な鎧を着込む彼は、ズボンのポケットから取り出した薄い紙一枚に視線を落としながら、シャロンの質問に簡単に答えてみせる。そしてさらさらと紙の上の文字を素早く読み取ると、それをそのままシャロンに手渡した。


「ではまず、レイド様……よろしいでしょうか?」


 人工皮膚に包まれるそれは、どこからどうみても生ものにしか見えないくらい精巧な造りであった。そんなリアルさにレイドは若干表情を引き攣らせたが、何も言わず、そのまま白いジャケットを脱ぎ、ワイシャツを脱ぎ……それから上半身裸になって、上腕半ばまでしかない腕を片方、彼へと差し出した。無論そうしたのは、物理的に干渉できるレベルまで引き上げた魔力である。


 兵士は軽く頷いてから、長い二本の脚の横に並ぶ腕の右腕を手に取る。軽々と言うほどではないが、少なくとも持つのに苦労すると言うほどの重さで無いことから、ある程度の配慮が為されている品だと言う事が理解できて、レイドは少し息を吐いた。


「物質に干渉できるレベル、先ほどそうしたように、魔力を腕全体に纏わせてください」


 レイドは言われるままに、指示に従う。瞬く間に腕は可視出来る淡い光に包まれて、兵士はそれを確認してから、義手を腕に突っ込んだ。瞬間、腕の先端部分は何かに飲み込まれるような違和感を覚え、気がつくと腕は、肩辺りまでを飲み込まれていた。


 身体中の魔力が全て吸い尽くされる、と予想していた彼は、然程使用しない魔力量に義腕に優良性を見出していた。


「それでは、固定するので腕を楽な状態にして、握る、という意識を腕に流してください」


 レイドは言われるままに、意識する。元々存在していた拳を作るように、腕にそう力を込める――と、不意に肩まで飲み込んだ義腕が、内部を締め付け始めた。それは不快な圧迫ではなく、内部が空気で膨張するように腕を締め付け丁度良い適度な締め付け具合になるので、肉体の一部として動かすには違和感があるが、義腕として扱うには酷く易いものであろうと思われた。


 そして、兵士が腕を放す。レイドは意気込んで魔力を流し込むと、腕は再び飲み込まれるような感覚を得て、一瞬にして腕を圧迫する感覚が消失する。同時に肉体は、完全に腕と繋がったと、認識し始めた。


 レイドは恐る恐る拳を作る。内部で人工筋肉が膨張するが故に膨らむ下腕は徐々に萎み始め、熱を逃がしながら、弱々しく指先を折り曲げる。数秒かかって作られた拳は、老人を彷彿とさせる貧弱さが合った。


 兵士はさらに左腕を手にし、同じように左腕に差し込んだ。レイドは魔力を流し、人工筋肉の圧迫を味わいながら、更に魔力を込め義腕と腕を同化する。そうする頃には既に、右腕は関節を折り曲げられるくらい、馴染んでいた。


 不思議な感覚だと、レイドはしみじみ思った。自分の肉体ではないのに、この人工物を自分の肉体であるように認識する脳は、いささか単純すぎる。本当に自分が、世界に誇る大賢者なのかと疑問に思うくらい、単純な反応だった。


「ある程度のリハビリを行えば、多分レイド様方は、簡単に使いこなせると思います。この慣れは、戦闘センスに似たものがありますから」


「武器に魔力を流すのと同じって感じ?」


「えぇ、ずばりその通りです」


 兵士は、小さな子どもに向けるような微笑をシャロンに向けると、妙に色っぽく見える長い脚を両手で持ち上げ、彼女の前で跪いた。


 すると彼女は、わざとらしく自分の頬に両の手をあて、恥ずかしそうに首を振った。


「初めてだから、優しくお願いね……?」


 そう言われてから暫くして硬直する兵士は、徐々に頬を紅潮させ、そして顔を背けてしまった。


 鋭い目は優しさを魅せるように薄く開かれていて、少女らしい作りの顔は幼さを垣間見せる。そしてそれに見合った動作に、ギャップのある大胆な発言に兵士は魅了されてしまったらしい。彼女はそれを見て悪戯に微笑んで、レイドは端からソレを伺い、大きく溜息を吐いた。


 自分の腕と義腕の境目が分からないくらい、人工肌はきめ細かく作られている。彼はそれと、ぎこちなく接続作業を行う兵士が持つ脚を交互に見て、技術の進展を理解した。


 ――やがて、レイドの倍以上の時間をかけて義足を手に入れたシャロンは、今度は大人っぽく髪を掻き揚げて、クールに礼を言っていた。兵士は胸をときめかせ、大きく頭を下げながら慌しく荷物を持って、玉座の間から退いていった。


「なんというか、戦友でなければ決して関わりたくない人間だと、改めて思ったな。お前の事」


「もしかして誉めてる?」


「貶している」


 レイドはまた、わざとらしく溜息を吐きながら、シャロンに手を差し出した。ある程度、剣を握って軽い素振りをするくらい力を込める事が可能となる手は、しっかりと彼女の体重を支え、立ち上がらせる。彼女は半ば棒である足を支えに、レイドと同じ視線まで起きると、久しぶりの景色に思わず感心した風に、辺りを見渡した。


 彼が手を離そうとすると、彼女は危なっかしく、レイドへと寄りかかってくる。レイドは仕方が無いと呟いてから、赤子が二足歩行の練習をするように、両手を出して支えの代わりになってやった。


「……これ、使いこなせたら自分が人間兵器になるかもしれない。恐ろしいわ」


「私の場合は、魔力を消費するからその分調節が上手くなりそうだ。私を超える人間が出現しなくなる可能性がさらに大きくなるな」


 自信家である彼らは、冗談でそれを言っているつもりは無いし、口にしている台詞は全て、彼らを知るものが居れば苦笑しつつも本当にそうなってしまいそうだと思うであろう。だが同時に、これがなければもっと尊敬できる人間だ、とも考えると思われた。


 彼らがそうして、自分で自分を刷り込むように自信つけながらリハビリに励み――自在に動き回り、組み手を始めるまで、そう時間は要さなかった。

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