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1 ――戦士たちの休息――

 少年の手には一つの携帯電話が握られていた。彼は穏やかな日差しのある、白を基調とした病室四人部屋の左奥のベッドを占領していて、そこから、健闘をした結果傷つき、この場所に甘んじる仲間の様子が窺えた。


「誰も見舞いに来ねぇよ……」


 正面のヤマモトロクロクは右腕にギプスを嵌めた格好で、上半身を起してうな垂れた。彼の怪我は自分の回復魔法によって折れた骨を繋ぎかけた段階まで回復したのだが、やはり添え木もないままだったので変な風に骨が曲がってしまった。だから彼は、今骨折の治療と骨の矯正を共に受けているのだ。


 ヤマモトの隣に位置するシップ=スロープは魔力の過剰消費によって意識を失い昏睡状態。だが命に危険は無いらしく、数日もすれば目を覚ますという話である。点滴は等間隔で管に落ち、少年はソレを見ていると不思議と落ち着いた――筈は無かった。


 彼自身の症状は、魔力的障害の後遺症であり、絶え間ない吐き気と頭痛、眩暈と末端神経の一時的喪失。気分は今までの中で一番に悪かった。直接、しかも長時間対峙したのだからそれも仕方ないし、そもそも生きて帰ってこれたのだから良しとするべきだが、そういった余裕は無かった。


 一方で、その病棟の隣に立てられている女性用病棟に担ぎ込まれたスズ・スターは両手に重度の火傷を負い、全身に傷を作り、また両肩を脱臼しているという、仲間内で最も重傷な結果を診断されていた。


 完全看護状態である彼女は、その姿を見られるのが嫌らしく、面会を拒絶していて様子が分からなかった。だが、そんな事を言うのだからある程度は元気なのだろう。少年は一方的にそう考えた。


 出入り口の上の掛け時計は一五時五八分を指していた。いくら辛いといえど、入院生活も早二日が過ぎ、暇を持て余しているのだ。思考が正常で健康的な生活を送るヤマモトならば尚更だろう。先ほど、気力で貸した小説も、読んだのか読んでいないのか、既にベッドの隣の引き出しの上に置かれていた。


「魔族再襲来が影に隠されてるっつってもさー。あの派遣教員も遺体を回収された後、なんの報告もないし……」


 力尽き、今にも意識を失いそうだったところに、帝國兵がやってきた。彼らはそんな屈強な戦士たちに担がれて学園都市の病院へ、そして名も知らぬ派遣教員は死因を確認された後、布に包まれて帝國へと移送された。魔族の死体は適当な穴に埋め、彼らはこうしてこの場に居るのだが、学園都市関係者には、どこまで話が通じているのか。彼らはそれさえも知らなかった。


 看護士は知らぬとしても、医者はどうだろうか。学園都市を統べるのは帝國の皇帝であるから、彼は全てを知っているかもしれないが、彼らが通う学園には、休む理由にどんな事を言っているのだろうか。最も、少年は前回の人知れぬ場所で、半ば正当防衛として相手に暴力を与えた戒めとして、自分から一週間の謹慎を得ているのだが、それも残り三日を切った。


 そして風紀委員の半分が休んでいるのだ。生徒が、少なくとも普通の理由ではないと勘付いても仕方が無い話で――ノートリアス達が見舞いに来ないことは、それ以上に普通ではなかった。非情である。


「今回はなんとか乗り切れましたが、部外者が首を突っ込み過ぎたんじゃないですか? 元々、この学園都市は次なる勇者を育成するために作られただけ、みたいですし」


「勇者が選ばれたらもう用ナシってか」


 そういって、彼は売店から購入してきた果物のかご盛りから梨を取り出し、しゃりっと噛み付いた。小気味良い音が耳に届き、その音は果実から汁が漏れ出すイメージを、少年に投影させた。


「つまんない洒落ですね」


「うっせーな。そもそも、今回はお前が一番に気付いて提案したんじゃねーか」


「でもノリノリで皆を巻き込んだのはヤマモトさんですよ」


 不毛な言い合いも、そこで途絶える。別段、彼が言葉に詰まっただとか、本気で怒って少年を無視し始めただとか言うわけではない。彼らの視線は、開け放してある出入り口で止まっていた。


 そこには両袖に中身が無いのか、ちょっとした所作によって大袈裟に揺れる袖が良く目立つ、爽やかそうな青年が立っていた。俄かに止まる彼らのときが動き出すのは、それから間も無くの事である。





 勇者候補生は同時刻、それぞれ二人部屋の病室で身体を休めていた。


 特に怪我の無いローラン・ハーヴェスト、アータン=フォング両名はそれでも病室に押し込められ、のんびりとした余暇を過ごしていた。


 最初の内は反省などをしていた彼らだが、候補生の傷が完治し次第、魔王へ挑む組が発表されると言う事なので、緊張せずには居られず、自然と口数は減っていった。


 一方で、デュラム、レイミ両名は二人とも傷の完治に全力を尽くしていた。デュラムは貫かれた腹部の再生に、レイミは力の暴走に冒され続けた体の治癒に。その回復は二人とも大変そうであるので、ロランとフォングは度々彼らの病室を見舞いに訪れていた。


 そしてダイン・ロイ、フォズ・ホーりレスらは既に、恐るべき自己治癒力で傷を完治させていた。傷跡すらも残さぬその回復力は医者のど肝を抜いたが、それが常である彼らはそういったリアクションに対する返答に困り果てていた。


 のんびりと過ごせる時間もそう残されたものではない。そもそも、勇者候補に選ばれてから、ゆっくりだとかのんびりだとか、そんな間の抜けた時間は過ごした事が無いのだ。それほどこれまでが過酷であり、そしてこれからがそれ以上に大変である。そう彼らは理解しているために、自身を戒めるために、半ば禁欲的行為を行っているのだ。


 そして、今は決戦に向けて身体を休める。選ばれれば、下手をすれば二度と休むことは出来なくなるかもしれない。選ばれなければ元の居場所に戻ることが出来るだろう。そうすれば、選ばれたという事実も彼らの闇の中に落とされ、選ばれた勇者だけが、運命的にそうした結果になるのだと決められていたように、これからの歴史として語り継がれて行くのだ。


 非情かもしれないが、これが彼らのためでも有る。そして彼らも納得の上なのだ。


 時間はそう残されていない。だがやることのない彼らは、ただひたすらに適度な刺激と休暇を織り込み、時間を潰していた。





「貴様もなんと言うべきか、物好きと言おうかなんと言うかだな」


 頭に二本の角を生やすも、片方が折れて切断面を見せているソレをもつ魔族、テンメイはそう口にして、蔑むような、どこか呆れたような風に口を開いた。


 ハイドは鬱陶しそうにそっぽを向いて、体中から魔力を迸らせた。黒い糸が生物的に蠢いては消えて、また生産される。テンメイは彼から少しばかり退いて、さらに言葉を続けた。


「羨ましいなら仲間に入れてやってもいいぜ?」


「冗談じゃないな。なぜおれが好き好んで人間サマに背を預けられ預けなきゃならないんだ」


「なら黙ってろ」


 少し怒ったように、ハイドの言葉にトゲが包まれた。テンメイはむっとしたようにそれを軽く弾き、彼に背を向けた。ぴりぴりと彼の電撃が背をくすぐったが、それに反応してやるかという確固たる意地で彼はソレを我慢する。


「魔王なら貴様一人で十分だろう。なぜわざわざ足手まといを連れ歩くのか、という事を言っているのだ。貴様が理解できないはずが無いだろう。人間は、今の魔王相手では完全に戦力外だ」


「殆ど、魔王倒すつうのは儀式みたいなもんだろ? 止めを刺すのは人間で、そこまでは俺が憂さ晴らしに全力で挑むのよ」


 テンメイが舌打ちをする。ハイドはその行為に、彼の思いを理解した。


 魔王は人間を食い潰し強大な力を手に入れたが、最早時代が彼を置き去りにしたために、魔王たる器は失われている。故にたった十万近くの命を摂取しただけでも肉体が崩壊しかけているのだ。そんな、魔物でも魔族でも、魔王でもなくなった化け物を相手にするには、分が悪すぎる。そんな化け物だというのに、今まで殺した分の魔族の特殊能力が扱えるのだから、尚更だ。


 ハイドだけでは不十分。彼はそれを理解しているが、素直にソレを言い出せない。自分が心配していると言う事を察されるのが嫌なのだ。だが、今どうしてもそれを伝えたいのに、今まで、初めて出会い力が同等で意識を共有し思考も似た”友人”を失いたくは無いのに、それを口に出来ない。


 テンメイは既に、真っ当な人間としての思考を芽生えさせていた。ハイドはそれを分かっていて、さらに彼が言わんとしていることを認識しているのだが、今回ばかりは、頼まれなくとも、止めろと懇願されても行かなくてはならない。自分が相手で不十分な敵だからこそ、人間だけでいかせるのは無謀なのだ。それに、かつての勇者の血が騒いでいる、という事もある。人助けは勇者の専売特許である。先祖より受け継がれる正義の魂が、悪を討てと震えているのだ。


「無謀だ」


 やっと口に出来た台詞は、そんな一言だった。だが、テンメイはそれで全てを伝えられたと思っている。ハイドも、確かにその一言で彼の気持ちを完全に受け取った。だからこそ、溜息が漏れた。


「やってみなきゃわかんねーよ」


 勝てないとは限らない。負けないとも限らないが、負ける前提で敵に挑む馬鹿は居ない。ハイドには勝機があるのだ。テンメイは、返された言葉で、それを鋭く知覚した。


 だから彼は微笑んで、それを背中越しに感じたハイドも、自然な笑みを零した。


「……我との決着は、後回しか。忘れるなよ、貴様は忘れっぽくて困るからな」


「わかってるよ。全部終わったら、ちゃんとお前との決着をつけてやる。こればかりは、結果が分かっちまってるがな」


「ふっ、ほざけよ」


「ははっ――じゃあな」


 ハイドは軽く笑うと、深く身を沈めた。テンメイはそんな台詞で、動作で振り返ると、大地が鈍く振動する。強く蹴り飛ばされた大地はハイドを空高くまで跳びたたせて、やがてその影がゴマ粒ほどになるのを見て、テンメイは大きく息を吐いた。


 ――世界が、良くも悪くも革変するのもあと数日。


 すべては人類代表と、ハイド、両名に託されているが、その殆どが陰で行われる。世界中の期待に答えるわけでもない、彼らの行動は酷く虚しく思えるが、世界中が危機に陥っていると認識し始めてからの行動では全てが遅すぎるのだ。


 故に、迅速さは今回では正解、となるのだが――。


「さて、我も行くか」


 全てを見届けなくてはならないだろう。テンメイはそう独り言を言うと、背に生える翼を一振りする。大地の砂が巻き上がる。さらに風を起こすと砂煙が辺りを包み、やがて彼は空へと飛び立った。


 空だけはいつでも呑気に、抜ける青空を広げていた。

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