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6 ――交叉段階――

「人の会話が聞こえなかったか?」


 今正に敵と出会おうとしているのに武器一つ持たない少年は、ただ耳に届いた音声の出所が不意に不確かになったことに疑問を抱き、並んで歩く少女へとそう声を掛けた。


 彼女も特にこれといった荷物は持たず、ただ腰に適度に長い剣を一本を備え、両わき腹辺りに様々な小道具を詰めたポーチを巻き付け、極め付けに短いスカートの太腿にそれぞれ数本のナイフを装備するだけであった。


 少年は勇者候補生の一人、その名を『デュラム』と言い魔法魔術に長けた人間である。その魔力は、同年代の人間と比べれば計り知れぬほど膨大であり、またその知識量や蓄えている魔法魔術の数々などは、それらを専門に研究する者も顔負けといったほどであった。


「うん。それもこの付近だと思ったけれど……、遠のく気配も無いまま、どうやら消え去ったようね。瞬間移動テレポートかしら? だとしたら、人間と言う事になるけれど……」

 

 彼女が言葉にせずとも、疑問を呈したことくらいは誰でもわかる。


 この状況において、人間がこの辺りに近づく事はまずない筈だ。今雨は止んでいるものの、辺りはまるで先が見通せない濃霧に包まれている。さらにここは帝國から大分離れていて――さらにこの悪臭。


 まずなによりも不気味である。誰も好き好んでこんな場所へ訪れないだろう。そして仮に迷い込んでしまったとしても、さらに道を見失うという結果を得ても足早にここから遠のく事を選ぶ。故に、こんな奥深くまで、こんな帝國から離れた位置までやってこない。純粋に、そう考えられた。


 だから、そこにいたのは人間ではない何かではないか? 彼女の意味深に言い躊躇った後に続くであろう言葉はそれである。


 デュラムがその台詞に後を付けた。


「奇怪だけど、今はどうやら、それに目を奪われている場合じゃないようだ」


 鼻を突く臭気にまともな判断力を失いそうになる。すでに欠かれている恐怖心はこの影響だろうかと思われたが、これは元々であると思いなおした。


 隣の少女、同じく勇者候補生の一人である『レイミ』は、藍色の髪が特徴的である。感情を昂ぶらせると途端に肌に鱗が浮かび上がり、瞳がまるで命の失せた魚のように白く染まりあがる『竜人族』である彼女は、デュラムには非常に頼もしく思えた。


「あぁ――、そうだ、今は俺に、集中しろ」


 だがその意識も突如欠落した。彼女に向く視線は、自分でも気付かぬ内に、知らぬ間に現れた魔族へと向いていて、そして自分の能力から考えて後陣が基本隊形であるにもかかわらず、その身体は彼女より半歩前へ躍り出る。


 白い闇の中にシルエットだけを見せる魔族は、いままで何度か見た魔族よりも圧倒的に強敵である雰囲気をかもし出していた。その肉体はとても頑強そうであり、あらゆる攻撃も受け付けなさそうでもあった。これからこんな敵と対峙すると思うと、思わず背筋に冷気が走る。背中から白銀の世界に飛び込んだ幻覚を垣間見た。


 そして意識を取り戻す。我に戻ると、今度はレイミがデュラムに対して背を見せていた。


「相手の能力が知れない以上、その力は未知数と考えたほうが賢明ね。だとしたら――」


「様子を見よう」


 恐らく続くであろう疑問文を断ち切って行動を確定させる。レイミは頷くと、腰から剣を引き抜いた。


 様子見。それは彼らがこの一ヶ月に満たぬ間で幾つもの作戦行動を生み出した内の一つにあたる。然程力を使わず、だが油断し侮るのではなく、敬遠しつつ攻撃をし、逃げる――いわゆるヒットアンドアウェイ戦法。


 彼らの場合はレイミが突撃し、デュラムが魔法を紡いで逃げる時間を稼ぐ手段。しかしこの相手に通用するかは定かではない。だがそう考えてしまうと、なぜ打倒魔王の元に集まった彼らがこんな無意味な作戦を発案する事に時間を潰しているのか甚だ疑問になってしまうために、彼らはその点については深く考えない。


 あくまでどの敵にも幅広く適応する作戦を考えたのだ。少なくともデュラム達はそのつもりである。


「なんだ? そっちが来ねぇンなら、コッチから――」


 影がゆらりと揺らめく。濃霧の中のそれは陽炎だと思われた。そしてかすかに聞こえた魔族の声は、


「行かせて貰う」


 不意に背後で、囁かれた。


 まるで艶やかに誘う娼婦のような声が脳の奥深くを白く染め上げた。様子見だとか、作戦立てだとか――そういったものが一瞬にして払拭されるような気がした。まるで幼稚な遊びを真剣に行っていたのだと、彼は認識しまるで条件反射的に魔法を紡ぎ始めるが、


「術式発動、灯火トゥインクル――」


 それを圧倒的に上回る速度で、拳が顔面に飛来する。一瞬にしてそれは、頭蓋骨が変形するくらいの力で面を貫いた。


 衝撃が脳髄を透過し後頭部からすり抜けた。意識が、混濁する。


 世界が反転し――デュラムの身体は背後へ吹き飛ぶ事はなく、そのまま拳によって地面に叩きつけられた。


 地面が鈍く震動する。その間、レイミは抜いた剣を投擲していた。


 剣は肉を断たずに風を切る。全てを理解せぬ彼女の行動は、戦闘経験が浅いなりに上出来に思われた。


 が、相手はさすが魔族。そんな行動は予測済みか、飛来する剣を難なく避けて彼女へと肉薄する。強く地面を蹴り飛ばし、魔族は短く跳躍した。


 だがレイミも一足先に後退するように背後へと跳んでいた。彼女はその中でまた、太腿から抜いたナイフを一本ずつ魔族へと投げる。飽くまで冷静に対処する彼女だが、そうする表面上はそれでも焦りを隠しきれていない。


 彼女は呼吸をするのも忘れて、随時後を追う魔族の対処に思考をめぐらせていた。


 魔族の眉間と胸に、同じ速度でナイフが迫る。だが彼の動作は一切なく、魔族の持つ速度とがあわさってそのナイフは一瞬にしてその目的の場所へと――姿を消した。


 それは飲み込まれたのだと勘違いする。ナイフはその鋭さ故に傷も残さなかったと誤認した。そういった滑稽な思考の、その直後。


 両足の太腿に鋭い痛みが走る。


「あぁ……っ!」


 激痛に思わず彼女は悲鳴を上げた。そしてその痛みが何から来るものなのか、敵を視界に収めつつ視線を降ろす。筋肉が締まると同時に足から力が抜け――彼女はそのまま、尻餅をついた。また痛みが電撃の如く脳を刺激した。


 足を見ると、太腿からはナイフが生えていた。


 そしてその隙間からは紅い肉が胎動し、鮮血が流れ出る。流血は絶えるどころかその量をましつつあり――だが彼女は、それでも歯を食いしばり、立ち上がる。小刻み繰り返す呼吸は、小刻みに胸を震わせる。これが恐怖の為か痛みの所為か定かではない。


 だが痛みに思考が麻痺している。それが決定的に致命的であった。


 ――こんなところで死ぬ事なんてのはありえない。まだ魔族と、倒すべき敵とであって数分と経っていないのだ。恐らくまだ、一分半。こんなので、死んだら――この数週間は何のための時間だったのだろうか。


 泥と血に塗れる身体は小動物のように震える。だが魔族の同情は高いらしく、到底買えそうも無い。


 どうすればよいか、という言葉だけが空転して、それからの発想が止まる。せき止められる。喉が鳴った。


「怖いか、恐ろしいか、不安か? そいつは悪かった。悪気があったわけじゃあないが――俺もさっき、同じ心境だったんでな」


 決して視界から外さないようにしていた魔族の姿が失せた事に気付けなかった。レイミはそれほど混乱し、そして自身が現状に困惑していた事に、ようやく気がついた。そしてそのきっかけとなったのは皮肉にも、魔族のそういった言葉であった。


 拳を握るが力が抜ける。思考の乱れか精神の乱調か魔力がまともに集中できない。思考にノイズが雑じる。汗が吹き出た。焦点が、定まらない。


「怨むのなら、俺を殺さずに置いた奴を怨め」


 そういい終えた瞬間、不意に魔族の身体は視界から消えた。


 そして彼が居た場所から不覚にも飛来するのは――見知らぬ、光の矢。


 それが魔術であり、さらに敵にどんな属性でどんな効果を持つものか隠ぺい工作が施されている事は一目瞭然で、そんな浅はかな考えもお見通しな魔族は余裕綽々に避けてしまい、その攻撃により助けるはずだった彼女を、その攻撃により助けるどころか痛めつける結果となってしまう。


「ハハハッ! 馬鹿めがッ!」


 だから魔族は高笑いをした。彼女の背後に移動した彼の表情は台詞とミスマッチした、これほどまでにない嬉しそうな笑顔であった。


 そして彼女は動けず――動かず――為すすべもなくその矢を胸に突き刺した。途端に、その身体は光に包まれた。炎も氷も電撃も石化も腐食もせぬその肉体は、見る見る間に両足から深く貫かれた傷を払拭させていくように思われて、


「馬鹿めがッ!」


 少女の、甲高い悲鳴じみた叫び声と共に、緑色の鱗に包まれる腕が、魔族の顔面に肘鉄を食らわせた。


 そして魔族は理解する。認識する。思いなおす。今目の前にする敵を、人間を、侮ってはいけないのだと。


 少年は顔面に攻撃が直撃する際ギリギリで防御魔法陣を展開し、さらに状況から見て攻撃魔法としか認識できない回復魔法を紡ぎ、魔族が避ける事に賭けて放ったのだ。


 魔族は地面に幾度か弾んだ後、強く大地を殴り飛ばして身体を浮かせ、そして華麗に立ち直る。彼の顔は少女の足同様、泥と血に塗れていた。


 彼がそうして立ち直り彼らへの印象を一新させると、デュラムはレイミの後陣で構え、レイミは彼が拾ってきたであろう剣を構えていた。


 どうやらここからが本番と言う事らしい。彼らもまた、自分たちの価値観やスケールでの考え方を止め、目の前の事を受け止めその程度を考えた対処法を見つけたと言う事であろう。


 両者が息を呑む。戦いは、これより熾烈を極めると思われた。


 辺りの霧は更に濃く、明るくなり始めていた――。





 同時刻、帝國に最も近い道中にて。


 彼ら、大剣を装備する黒ずくめの勇者候補『フォズ・ホーリレス』と、大斧を手に持つ勇者候補『ダイン・ロイ』両名は、他組と同じように、御多分に漏れる事も道からそれることもなく、至極自然的に魔族と衝突していた。


「なぁ、どっちが行くか? っつー話だよ」


「ハッハッハ! どっちかが出ちまったらそれで終わるだろうが。だったら遺恨無く、拳で決めようぜ」


 大剣の男は、初めてであったときとは随分印象が異なるくらい男に心を開いていた。だがその勝気な性格は変わっていないようであるが、どちらにせよダインの実力も認めているらしい言い方に、彼は少し微笑んで、フォズと同じように拳を振り上げた。


 魔族は腕を組んだまま動かない。先ほど「待っていろ」と声を掛けた際に「承知」と答えたが、本当に生真面目にそれを護っているのだろうか。


「最初は」「グーッ」「ジャンケンっ」


 そんな台詞の応酬は直ぐに終わり、意気込むように振り下ろした拳によって、雌雄は瞬く間に決した。


 フォズは拳のまま全てを打ち砕かん勢いで振り下ろす。だがダインはまるで嬉しい事があったような二本指、ピースサインが形作られていて、それは所謂「チョキ」であった。


 拳はグーで、ピースはチョキ。手のひらのまま出すのは「パー」でそれぞれが拳、目潰し、手刀の役割を果たす。


 目潰しは明らかな不利性を見極められたが、古きより伝わる遊びなので、彼らは詳しい事は知らないが――このジャンケンにてフォズが勝利を収めたという事は理解できている。


 だから彼は、短く頷いた後、その拳を頭の隣にある長い剣の柄へと伸ばし、


「がんばれっつー話だ」


 自身より人生経験が豊富そうな男の差し出す拳に、彼は同じく拳をぶつける。そうしながら彼は背から剣を抜き、魔族の前へとやってきた。


「さっさとヤッて終わりにしようぜ。貴様が絶命するという結果でな」


「理解不能、理解不能――そちらの絶命という意味合いでのみ、理解可能」


「ま、どっちでもいいけどな」


「了承」


 会話は自然に終わる。残るのは敵意でも悔恨でも恨みでも喜びでもなく、純粋な闘気のぶつかり合い。両者にはそれぞれの立場としての責任や重荷などは一切なく、故に彼らの力をのびのびと増長させていた。


 勇者だから戦うのではない。魔族だから挑むのではない。ただひたすらに、相手が強者であるからその拳は、剣は、敵を貫かんとする。切り刻まんとする。その視線は、いつでも数歩先にあった。


 空に浮かぶ分厚い雲は裂け始め、その隙間から青空がのぞいた。雨季の、束の間の晴天であろう。また数時間、十数時間もすれば豪雨にはや代わりだ。


 そして彼らがいる場所は、霧が薄かった。地面が補修されている道であるからだろうか、水を然程吸い込まないために、早朝の内に水分が蒸発しきったのだろう。ダインはそう考えながら、動かぬ両者へと視線を戻した。


 その間には会話もなく合図も無い。ただひたすらに攻撃の機会を狙っている。魔族の特殊能力次第であるが、このままであれば戦闘はそう長引かずに終えるだろう。


 魔族自体の戦闘能力は、この場にやってきた三体の魔族の中で中堅クラスといったものだろう。頭部に角はなく、衣服も身に着けない。標準的な姿の魔族は、実力もそう高くは無いし、低くも無い。だから十分に、フォズの攻撃は通用する。


 彼ら勇者候補生は、他の候補生の中でも近距離パワータイプである。特に強い魔法が使えるというわけでもなく、小狡こずるい魔法で敵をかく乱させるわけでも、凄まじい速度で相手を翻弄したり、トリッキーな攻撃手段で相手を混乱させたり出来るわけでもない。そのために、その組み合わせはバランスが悪いと思われたが、それは違う。


 他の組み合わせの殆どは、力があるも戦闘経験が無いモノばかりだった。まだ発展途上段階といったほうが良いのだろうか。ともかく、闘いや、死と隣りあわせといった状況になれぬものばかりだったのだ。


 だが彼らは、年齢相応以上の戦闘経験を持つ。それはもともとの職業上仕方が無いことであったのだが、経験が在る者と無いモノが組むよりも、その戦闘力の跳ね上がりは尋常ではない。それ故に、彼らは半ば運命的に、協力関係へと結ばれたのだった。


 ――しかし、ある程度の実力者同士となりさらに両者ともその実力を認めている場合は、そう簡単に攻撃の隙を見せない。見ているダインの方が緊張してしまうくらい、両者の動きは皆無であったのだが――僅かに、大剣を両手で構えるフォズの拳が、先ほどより締まる動きを見せた。


 その瞬間、長いようで短い膠着に終止符を打つ機会を得たり、とばかりに魔族が走り出す。半身を若干前へ倒し、空気抵抗を弱くする体勢で彼は素早く地面を背後へと送り続ける。


 誘いに乗ったと、フォズはソレを見て口の端を吊り上げた。切っ先を地面に向けて構える剣が天高く反り返り、そして身に引き寄せられた。


 魔族が肉薄する。大剣は条件反射的に横薙ぎに大きく振るわれたが、魔族は身をかがめてそれを頭上で通過させた。


 フォズの視界から魔族が失せる。だが位置は空気の動きや気配、魔力の移動などにより察知は容易だ。


 大剣が完全の魔族の頭上を過ぎた後、彼は立ち上がり様に拳を投げる。顎部目掛けるそれはさながらアッパーカットであるが、同時に、今度は魔族の視界の外から閃く足先が、何よりも早く総てより長く魔族の胸部を激しく叩いていた。


 拳は、犬が伸びきった鎖に行動を止められるように力強く弾んで浮かぶ。魔族は上半身を先ほどとは対照的に反らせて、足元をよろけさせた。数歩下がると魔族は地団太を踏むように地面を蹴って――空中で数回転しながら、少し離れた位置に着地する。


 フォズは大剣を構えなおし、漆黒のマントを風になびかせた。魔族の表情は少しばかり、硬くなっていた。


 大剣による薙ぎが囮で、蹴りによる胸部破壊が本命の攻撃であったのだが、その打撃が炸裂する直前で魔族は半身を背後へ反らすような動作を見せていた。それは恐らく、見切ったのか、本命が来る事を予測できていたのか。どちらにせよ予想以上に手ごたえの無い攻撃に、フォズは不満そうに表情をゆがめていた。


 そしてまた、息を付く暇もなく魔族が走り出す。今度はフォズも同じように駆け出した。


 軽い音が幾つも重なり騒音じみる。だがそれはやがて、激しい戦闘音に掻き消され始めた。


 大剣が魔族目掛けて振り下ろされるが、魔族はそれを紙一重で避けてみせる。続けてその足捌きでフォズへと肉薄するが、フォズは持ち前の豪力で地面を抉りながら魔族へと剣を薙ぐ。彼は慌てて後退するが、遠心力と慣性を伴った斬撃はすんでのところで薄皮一枚を切り裂いた。


 その瞬間、フォズの胴は完全な無防備となった。避けられたり撃ち落されれば次なる攻撃へと移れるのだが、どうあっても攻撃が当たったという結果となったので、その体勢は大剣を宙へと振り上げている最中。


 故に、魔族は迷う事無くその懐に潜り込む、が――大剣を振り上げた際の勢いに自分の身体を引っ張らせ、それに加えて地面を蹴り飛ばしギリギリ正拳突きが放たれる直前で身は退けた。


 しかし、魔族は諦めずに喰らい付く。跳び退くフォズを追うように低く跳躍し、低空飛行の如く地面を滑りる。彼が着地した瞬間すきを狡猾に狙う猛禽類のような素早さであった。


 だがそれを良しとして仕方なく受けるフォズではない。それを逆利用する思考に導かれる彼は、そのまま腕力に物を言わせて大剣の勢いを無理矢理に止めて空高く振り上げて、


「ぐらぁっ!」


 奥歯がぎりりとなる。踏ん張りの利かない空中ではまともな力も出せないが、それでも力いっぱいに振り下ろす大剣は補修されている人造石コンクリートの地面にヒビを入れた。激しい轟音が鳴り地面が鈍く振動する。細かな破片が舞い上がり、魔族は思わず急停止した。


 フォズは大剣と靴裏の摩擦で数メートル擦られながらもなんとか停止し、肩を少しばかり上下させていた。


「どうした、能力、使わないのか?」


 苦しそうな息遣い。だが実際には余裕があり、体力的にもこれからの戦闘は十分であると思われた。


 雲の切れ間から太陽光が柱となって降り注ぐ。まるで神々しいこの景色には相応しくない戦闘だと彼は思ったのか、問いに首肯する魔族へと誘う台詞をはき捨てた。


「使えよ。俺も全力、だしてやる」


「承知」


 相手は応じるように頷いた。そしてフォズもそれを楽しむように首を縦に振る。


 途端に、両者の内で燻っていた魔力はまるで全てを吐き出さんとする勢いで放出され始めた。両者共に肉体が強化され、さらに不意に――魔族はその姿を消した。


 素早いだとか、瞬間移動だとかの話ではない。気配はある。魔力が存在しているのだが、その位置が掴めない。まるで透明になったような、視覚的に捉えられず、感覚にフィルターが掛かったような感じがした。


 そして不意に風を切って迫る何かを感じた瞬間、フォズはその頬を拳型に窪ませた。そして威力を半減させる術もなく彼は背後へ吹き飛んで――魔族は衣を脱ぐように、フォズが立っていた場所に姿を現わした。


「クルか? 貴様?」


 魔族はダインに視線を向ける。そして次なる挑戦者を求めるように口を開くが、


「言っただろうが。終わるのは、どちらかの命が終えた時だと」


 フォズはその左半身を地面に擦って細かな傷を作りながら立ち上がる。すると魔族は、諦めない彼へと向き直った。


「行くぞっ!」


「了解」


 両者の叫び声が木霊する。


 辺りの霧は、完全に晴れていた。

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