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2 ――準備段階――

 鈍い衝撃に大地が建物ごと振動した。凄まじい魔力の吹き荒れる風が、城にも影響を及ぼすのではないかと危惧するほどであった。


 ――――それからどれだけの時間が経過しただろうか。僅かに揺れた心は落ち着きを取り戻し、窓を叩く雨はやがて弱くなっていた。


 濁った空は薄明るくなる。窓に粘りつく水滴が若干光を屈折させているのに気がついて、彼はゆっくりと、立ち上がった。


 ベッドの上に投げたままだった鉄甲を拾い上げ、彼は手馴れた動作で軽々とソレを装着する。決して外れぬよう、内側の取っ手を掴み、裏面に書き込まれている魔法陣が発動。やがて鉄甲の内側では、腕とそれとが融合した。


 逆側も同じように装備する。と、終えた直後にドアをノックする音が耳に届いた。


 彼が返事をするよりも早く、ドアノブは捻られ扉が内側へ開く。やれやれと首を振る彼へと、やってきた彼女は口を開いた。


「起きた?」


「あぁ」


 短い返事。彼は昨夜から一睡も取っていないのだが、馬鹿正直にそれを伝える必要はないだろう。彼は頷くと、彼より遥かに歳が小さいであろう白髪の少女は部屋の外、その廊下へと促した。


「行こう?」


「あぁ」


 低い声が肯定する。彼女はそんな反応に微かな笑顔を見せて、手を差し出した。




「時は満ちた……」


「日が昇ったっつーだけの話だが」


 黒いマントに身を包む男は、闇を飲み込んだような大剣を背負い、早々に部屋を後にした。その男を迎えに来た彼は深くため息を付いて、


「さて、行くか」


 その背を丸々隠してしまいそうなほど大きな斧を手に、彼は胸深く息を吸い込んで彼を追った。





 木の実を奥歯で噛み砕く。それを飲み込むと――――その効き目は数分後にやってくるという。試した事は無いが、正規に入手した道具なのだから安心できるだろう。


 彼は頷くようにしてそれを食堂へ流し込むと、廊下を共に歩く、隣の少女が声をかけてきた。


「緊張、しているの?」


「武者震い、だよ」


 ――――しかし、三組の勇者候補生の内最も火力不足が目立つこの組である。彼はソレに気付いて尚、その不安を隠せずに居た。


 魔法も、賢者の称号を得るまでとは行かないが、彼の年齢としでは十分すぎるほどの魔法、魔術を会得していて、十分魔族の通用する威力を持つ。彼女もまた、トリック的な戦術が目立ち、組み合わせ的には的確な二人であった。


 だがそれでもどこか不安が残る。やりのこしていることはないか。『魔族がこの時間ぴったりに来る』と言うのは嘘で、実はもっと早くに来て今正にこの城が襲われそうになっているのではないか。


 要らぬ焦りが心を占めた。


「大丈夫、いままで死に物狂いで特訓してきたんだもの……」


 そう言う彼女の声は、自分に言い聞かせているようにも聞こえ、彼は見る。横を向き彼女の様子を窺おうとすると――――先に、視界に飛び込んだ。


 彼女の腕は鮮やかな緑色に染まりあがり、その肌には”鱗”が出来上がっていて――――。


「全力を、出しましょう」


 彼へと向き直る少女はそう言って微笑んだ。身体の変化の説明は一切無かったが、少年は勘付いていた。


 彼女が、亜人種の竜人であることに――――。




 一撃で殴り飛ばした部分が塵と化す。その拳を幾度と無く連打し続け、一瞬の内に一体の魔物には蜂の巣が開いた。


 その中で、さらに迫り来る狼型の魔物を蹴り飛ばし、絶命。死骸が置くに控える魔物に衝突し、動作が怯んだ。ハイドはそこを狙って顔面へ一打。拳は容易に顔面を貫いて、瞬く間にそれらを肉塊へと変えていった。


 足元は既に、強く踏みしめても自分を押し返してくれる大地ではなくなっていた。血肉溢れる死骸の海。その上に立つのは、一体の魔族と、数千と溢れ変える魔物の群れ。


 クレーターは魔物の死骸で埋まり掛け、異臭を放つ。彼は微かに呼吸を乱しながら、その死骸に埋まるクレーターの中、再び魔物の群れに突っ込んだ。


 泥人形ゴーレムが腕を振り上げる。ハイドは慣れたようにその頭、司令塔を弾くように砕いて、その巨体を蹴り飛ばす。


 その巨体は敵であるか仲間であるか、その判別すらも付かぬ魔物たちをなぎ倒しすりつぶし、やがて地面に衝突すると共に粉々に砕け散った。


 一つ息を付こうと大きく空気を吸い込もうとすると、思わず喉が詰まった。彼は軽く咳き込んでから、また一心不乱に自身を目指す魔物へと対峙する。


 人型の、顔の無い魔物に拳を穿つ。それがいつもの通りなら貫き血潮をあたりに撒き、ハイドに浴びせるはずなのだが――――それは攻撃に対して全くの無反応で拳を顔面に沈ませながら、関節が無い様に思われる腕を鞭のように振るってきた。


 ハイドは息を呑む。前方から怒涛の津波の如く押し寄せる魔物を視界に納めながら、逆の腕で鞭の如き腕を掴み、さらに顔面へ突き刺したままの拳に電撃を少しばかり集中して――――。


「黒い稲妻が貴様を攻める」


 ゴムが焼ききれる臭いが鼻腔を刺激し、


「心、身体、焼き尽くす」


 その身体は一瞬にして炎に纏われ、身体の節々を融解、やがて液状になり瞬く間に沈み消えていった。


 彼はその様子に指を鳴らし、直ぐ目の前にまで迫ってきていた魔物へと拳を振るい――――。





「タフだとかいう、問題じゃあないですよ……コイツ……ッ!」


 思わずタンメイが毒づく様にはき捨てた。


 一瞬にしてクレーターを埋め尽くしてきた魔物は、一瞬にして肉塊へと変えられていく。その拳の速度は最早肉眼で捉える事は不可能であり、殴るという単純な攻撃方法だけというのに、魔物は身体の一部を消失させていた。


 かれこれ数時間、ずっとこの調子で――――半径数キロに及ぶクレーターは、瞬く間に残りの容積を少なくさせていった。


 既に下層部に落ち着く魔物は腐り果てている事だろう。


 最早彼は人間でない事は勿論、魔族からの枠すら超えた。早くも数億、或いは数十億の魔物を殺し終えたのだろうか。彼が踏みしめる、クレーターに埋まる死骸は一部でしかない。放たれた電撃や、吹き飛ばされた身体などにより計算が不可能なのである。


 本当に自分が、こんな伝説級の化け物と対峙し、そして生き残っているだなんてコトが信じられない。


 何が彼を強くさせたのか、なぜそれほどまでの力を手に入れられたのか。誰にも分からない。


 だが唯一つ、彼らに認識できた事といえば、


「魔王様を、超えているやも知れねぇな」


 彼が魔王を倒せる類稀なる力をもつ逸材である事。


 ――――再び怒轟が地震を起こした。


 足場と化す死骸を拳による衝撃で掘り返し、血肉が空を舞う。小雨になってきた空の下、水分を十分に含むそれらは地面に叩きつけられると同時に、びちゃりと耳に障る音を鳴らした。


「なァにが数十億、だ。二億五十二匹しか出てこねぇぞ……? おい、転送やめんなよ、おい?」


 赤黒い池の上、否、それは沼と称しても良いのだろう。その上に、彼が――――ハイドが手を休めて立つ。立ち止まる。声を荒げている。


 転送を固有能力とする彼はそれが何を意味しているのか、俄かに判別付く事が出来なかった。


 ――――既に、人間に狩られ続け、そして自分の身代わりにしてきた魔物たちはハイドと対峙する時点でその総数をかなり減らしていた。故に、その勝敗は彼が動作をやめたことではっきりと決まったことが、理解し得た。


「魔物が……全滅した、だとォ!?」


 薄い切り傷は血に塗れ目立たず、そもそも返り血まみれの彼が傷を負っているのかすら判断し難い姿である。それがどれほど圧倒的なのか目で見ていたはずなのに、血まみれの姿を見てなぜだかほっとする自分に、彼は気がついた。


 そして自分を戒めた。


 あの血は奴の血ではない。全て、数億の魔物達の血である。そしてクレーターには、その死骸が幾千と、幾億と投げ捨てられ沈んでいるのだ。


 ――――恐怖。


 彼の脳裏に二文字が浮かぶ。


 背筋が凍り、息が詰まる。疲れを微塵と見せぬ彼に、ありえぬことである――――膝が、小刻みに震えだした。


 ――――雨が止む。


 厚い雲の隙間から、光の柱が地に落とされた。

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