1 ――再戦――
「――――ったく、懲りねェ野郎だよ……、タンメイ、だったか? お前って奴は」
街から離れ都市を囲む屈強そうな外壁から、都市へと続く道の両脇に有る街灯には光が灯り――――彼らを照らしていた。
陰影がはっきりと映し出される彼らの顔は、どれも人の造りをしていない。それらは全員、魔族であった。
しかしそれ自体は然して驚くことではない。学園都市での襲撃以来、”それ”がいつ起こってもおかしくは無い状況、その土台は作られていたのだから。そしてその”それ”今起こった、というだけの事。
――――でも考えれば分断した、というのは、酷く愚かしい事ではないか?
彼は一本角を天高く聳えさせて、口元を引き攣らせた。
そして、彼が呼んだ名に反応した一体の魔族は、並ぶ仲間の陰に隠れた。その様子は誰が見ても怯えている事が瞭然としていて、魔族がそういった行動に出ることは聞いたこともないので、一本角の魔族――――ハイド=ジャンは少しばかり困惑した。
「貴様は――――学園都市に居たのではッ!」
普通に、正常な頭で考えれば、世界的に有名で確かな実力を持つ彼が、いくら魔族の襲撃を受けたからといって其処に半永続的に居るはずも無い。敵から見て、戦力的に危険なのは彼が今背にしている帝國が一番であるために、ここへも襲撃に来るだろうといった予測は簡単に付く。
つまりは、彼がここに居ることも、タンメイ以外は皆予測済みであるのだが、恐怖に心臓を鷲掴みされた彼はまともな思考をすることは到底不可能であった。
「元々はコッチに用事があったからな。まっどーでもいいけど、さっさとやらねぇか? これ以上ここに居ても、時間潰すだけなんだ」
――――しかし、そう言うハイドは彼らを殺すつもりはさらさら無かった。
というよりも、より明確に説明するならば、殺す気はあっても殺せない状況にあった。理由はレイド=アローンよりの命で、この三体を勇者候補の実戦練習に使用する、といった事だった。
つい先日、両名の関係には決定的な亀裂が入ったと思われたが、長い間会わずとも関係が途切れなかった両名である。同じ状況で、ほぼ同じ立場に立たされているが故に、彼らの亀裂は懸念する間も無く修復し、さらにより強く繋がっていた。
「あぁ、貴様の言うとおりだが……誰から行く? お前か?」
「それだけは解せない」
「わ、私はまだ心の準備が――――」
並ぶ魔族の真ん中に居る、その中で一等の実力者らしき魔族が隣に意見を投げると、それは首を振る。次いで彼の陰に隠れるタンメイを引きずり出すと、身体に抱きつきながら、見苦しくそう言い訳をした。
そんな、まるで人間のような光景にハイドは思わず失笑して、
「全員で来ないか? その方が手っ取り早い――――俺の相手になるかは別として、だけど」
そう、最初から考えていた事を提案する。
幾らこの年代まで生き残っていた魔族等とは言え、その実力は相当なモノ――――とは言い切れないだろう。
確かに実力が相応なモノも居るだろうが、生き残れた一番の理由は、その特殊能力が人間からの襲撃などから身を護る事に一番適していた、というものだろう。
しかし、それでも最低限、その特殊能力を極めている事だろう。どんな能力であれ、完全に使いこなせるというものは実力関係なしに強いと判断しても良いものだ。
だから、ハイドの台詞は相手を嘗めている、侮っている――――というものではなく、単なる挑発である。
いくら仲間から落ちぶれただのなんだの言われても、その深層下には勇者以前に、一端の戦士としての心得と構えが有る。故にハイドは、どうしようもなく正道から外れて堕ちた敵で無い限り、その精神を重んじた。
「残念だが、全員でいけるほどの協調性は我々には無いんでな――――俺から、行かせて貰う」
そう言うと、彼はタンメイを自分から引き剥がして一歩前へ進む。ハイドは頷いて、同じく前へ出た。
全身を濡らす豪雨は止む気配を見せず、彼らはそんな湿った空気を肺一杯に吸い込んで、
「行くぞ」
「応ッ!」
ハイドが駆け出そうとする。魔族は意気込むように叫ぶと、空へと腕を振り上げて――――。
「えっ」
彼の前方に、不意に、としか言い様が無いくらい突然魔物が現れた。
それは気配を隠せば姿も隠せるといったようなものではなく、いくら気配を殺そうともその存在がありありと見せ付けられる巨大な泥人形――――所謂、魔導人形であり、そしてハイドが駆け出す足で強く地面を叩き行動を止めると、その間にも魔物が続々と増え始めた。
「俺の能力は『転送』だ。全世界。ありとあらゆる場所に生息する魔物をいつでもどこでもお手軽にこの場所へと呼び寄せることが出来るが――――卑怯だと、侮蔑するかな」
「それがアンタの強さなら、俺は認めてやるが……へっ、底が知れるな」
吐き捨てて首を振る。だが楽しそうに笑うハイドの頭上に、目の前へと、一番最初に転送されてきた魔導人形の、ただそれだけでハイドを上回る巨大な拳が降り注ぐ。
「元々」
彼は体勢を低く、そのまま走り出す。鼠のような動作で軽々とそこを掻い潜ると、次いで高く飛びあがった。
地面を蹴る。ぬかるんだ地面は僅かに身体を引っ張るが、然したる問題はなく、
「魔物は殲滅」
やがて身体は動作が緩慢な魔導人形の眼前へと舞い上がった。そして軽くひきつけた拳は、短く息を吐くと同時に弾き出て――――拳は顔面を貫き、その波状に広がる衝撃は胸から上を原型なく吹き飛ばした。
「するつもりだったんだからよ……。ほんの少しばかり予定が早まった。ただそれだけさ」
「言うなぁ。だが、全世界の人口より遥かに多い魔物だ……。供給に対して需要が圧倒的に足りないとどうなるか、わかるか」
にやりと口の端を上げる。そんな魔族にハイドは一寸ムッとして、その拳に電撃を纏わせる。
落ちて、魔導人形の影にハイドは隠れた。増え続ける魔物は多いものの、全てはゴーレムより背後に位置する。ハイドはそれを考えて、ゴーレムの腹部へ、その拳を突き立てる直後に、叫んだ。
「漆黒雷槌ィッ!」
拳から迸る電撃が直ぐ後に失せると思うと、魔導人形の背に僅かなヒビが入った。魔族はしかしそれに気付かず、ハイドの更なる攻撃を待ち侘びているとヒビの部分から黒い輝きが一閃、漏れ――――それがさらに弾けんばかりに溢れ出す頃、ようやく彼はそれがなんなのか、理解し。
光が砕くゴーレムの破片が、反重力的に浮かび上がる。重量があるなぞと思えないように軽々しくふわりと宙へと舞い始めると――――巨大な黒い輝きが砲撃となって、魔導人形と魔族の中間距離近辺に炸裂した。
地面に巨大な穴が空く。だがそれだけに終わらぬそれは、半球状の爆発となり、その大きさを更に倍に倍にと肥大化させて、やがて其処は黒い光に包まれた――――。
地面を抉り削る。まるでかんなで木材をするように巻き上がる地面は、宙へ巻き上がるたびに粉々になり、凄まじい轟音は全ての音を掻き消した。闇を掻き消す暗い輝きは天変地異を思わせ、身体が浮いているのか叩きつけられているのか、今自分がどんな体勢なのかすら理解できぬまま、数秒、あるいは数時間の時を過ごし――――。
「――――需要が足りない? 冗談キツイなァオイ。数十億の魔物に対して、数百億分の力が有ると自負しているんだがな……。今、何億分の一を倒した? まだ生きてんだろ、さっさと次を寄越せ――――」
彼の力は正に一騎当千、否、一騎当滅。彼が一騎で敵へと当たれば、数実力関係なしに滅びてしまう事の意。現実離れした、兵器よりもさらに凶悪で強力な力を持つ彼は、ギリギリ衝撃の外側へと逃げ切った魔族へと言葉を投げた。
――――彼が居た場所は、半径数キロに及ぶ巨大なクレーターと化していた。無論街灯も、道も跡形もなく消え去っていた。
凄まじい振動は、帝國に眠る勇敢な騎士兵士の目を醒まさせ、逃げる事に精一杯だった魔族等に恐怖を与える。テンメイは最早、恐怖症候群が臨界点を超えて戦闘不能状態だった。
だが――――そのクレーター内に、再び魔物が息づき始めた。ハイドはソレを見て、満足げに笑みを浮かべた。
「魔物は殲滅して、魔族は勇者候補ってか……恵まれてんなぁ。今の子供は」
ハイドはそう吐き捨てるも、それは憎悪や妬みが有る風ではなく、どこか、手の掛かる子にきびしく、だが優しく接するような言い方であった。
彼はそう言うと、高く飛びあがり――――すでに百を超える魔物の群れへと全身全霊で挑みか掛かった。




