表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/90

ACT6.『変化』

 雨は深深と降り注ぐ


 雨は予想外に止む事を忘れたように大地を濡らし続け、テレビニュースは雨季に突入したと放送した。


 どこかの河が決壊しかけているらしい。部屋に投げ込まれた地方新聞の端にそう書いてあった。


『今回の襲撃について、専門家の――――』


 テレビの中の女性アナウンサーが専門家を紹介する辺りで、少年はいい加減鬱陶しく感じて画面を消した。ぷつりと切れて、結局一体何の専門家だったのかは知れないが、どうでもよかった。


 ――――学園都市が魔族の襲撃を受けてから一日、正確には一七時間経過した。


 雨は被害者の血肉を洗い流してくれはしたが、人々の心に刻まれた傷ばかりは消す事は出来なかった。


 これから約五時間後、正午丁度に、学園都市中央広場にて被害者の弔いが行われる。参加するのはその身内や親しい友人等、そして学園教員や責任者たちである。


 魔族の死因は、壁の瓦礫が頭を砕いた事によるのだと言う。故に頭部は原型が無く、その為に死骸を処理したものの多くは被害者を"片付ける"際と同様に吐しゃ物を撒き散らしたらしい。


 片付けは全て仲間だったもの達が執り行った。その時の心境は如何なるものだったのか、想像は難いものだろう。


 そしてその中でやってきたノートリアス達に、少年は簡単に状況を説明した。人間が手も足も出せず結局何も出来なかった事や、そして自分が人を殺めたこと。


 彼らは前者には納得したが、後者は、少年の選択ミスによって全ての責任は自分にあるのではないかという妄想なのではないかと誤認し、さらに詳細な説明を受けてその現場へ赴いた。


 だがその場には何も無かった。血は雨によって流されて、凶器は持っていかれたのかその場には無く。痕跡すらないので結局少年は無罪放免とされたのだが、少年の強い要望で何者かの訴えが出るまで執行猶予の処罰を受ける事となった。


 ――――今日は木曜日であるのだが、今回の大きな"災害"によって一週間学園は休みとなり、少年は命令違反によってさらに一週間の自宅謹慎を命ぜられた。ちなみにコレを無視するとさらに一ヶ月。その次は強制懲罰室行きとなる。


 少年は行く場所も行きたい場所も無く、さらに食事は寮を出る必要も無く金も必要ないので、彼は感傷に浸りながら、もう誰も隣に座る事がないであろう椅子に腰掛けテーブルに突っ伏していた。


 全てが嫌になってきた。何もかもがどうでも良く感じられた。


 薄い膜の外側に感じていた現実がこれほど厳しいものだとは思わなかったし――――多分この気分の落ち込みも、数日も経てば治るのだろう。


 だが今だけはどうしようもない気持ちに襲われていた。この状態に治療法は無いが、強いて言えば時間を置く事だろう。記憶を薄れさせる。薄い膜を再び作り直すのだ。そうすれば今までどおりの生活が送れる。


 自分が選ばれし者だと勘違いしながら日々を過ごし、そしていつか勇者が魔王を倒して『本当だったら自分が倒すはずだった』とのたまるのだろう。


 酷く下衆な人間だ。恐らく自分が他者の立場なら、死んだほうがためになる人間だと捉える事が出来る素晴らしき屑である事だろう。


 ――――そういった自己嫌悪が絶頂に至る中、不意に訪問者を知らせる鐘の音が室内に鳴り響いた。


 誰だろうか。ここ最近来訪者が多くそう珍しいものではないし、現在の身の回りの状況から見て恐らくノートリアスだろう。少年は検討つけて、玄関へと赴いた。


「どうぞー」


 しかし扉は常時鍵が掛かっているので、内側からしか開く事が出来ない。どうぞも何も無いのだ。


 だから彼はそう言いながらドアノブを捻る。その際に、不意気味に視界が歪み傾いて、平衡感覚にズレが生じる、所謂眩暈が発生する。しかし先日から多発する事なので、少年は強く踏みとどまって玄関ドアを開け放った。


 廊下そこには予想を反することに、ノートリアスでもスロープでもなく、同級生であり友人である――――アカツキシズクが立っていた。


 少年が彼女の存在に思わず思考を停止させていると、シズクは何かを自分の中で勝手に解決させたようにほっと胸を撫で下ろす仕草をした。甘い吐息が鼻について、少年の頭は更に混乱する。


「えっと……何か、用?」


 彼女は苦手ではない。むしろ頼れる友人であるのだが、事情を知られて良い人間とあまり好ましくない人間が居るのだ。多分、少年自身、どこかで彼女と決定的な線引きを行っているために起こる差であろう。


 だから少年は思わず言葉に詰まったのだ。故に言葉は、少しばかりトゲのあるモノとなった。


 しかし彼女はそれに不信感を抱く事は無く、そもそも彼の言葉にトゲを感じるどころか、台詞自体が聞こえていないように、彼女は顔を軽く俯かせて眼を瞑っているだけだった。


 そこで少年はふと、本当に彼女は――恐らく――許可まで貰って何をしに来たのだろうか。そう疑問符を頭の上に作り出した。


 僕自身が現場に居た情報は一切無い筈だし、彼女は生徒会だからそれを知りえたはず。だから心配だったのならば携帯電話に連絡を寄越ばいいだけである。先日から充電のし忘れでそれが不可能な状態であるが、話は別――――でも無いか……。


「あぁ御免、ケータイ充電し忘れてて」


「えっ? あぁ、そうなんだ」


 しかし彼女の反応を見る限りでは今初めて知ったようなていである。しかしようやく動きを見せてくれた彼女に少年は、立ち話もあれだから、と部屋の中へ促した。


 シズクは快く返事をする。そうして彼女は定位置となる席へと腰掛けた。


「あぁ、えっと……ね? 昨日アレだけのことがあったじゃない? でも皆は案外、平気な顔して日常を過ごし始めてるのよ。家を壊されたり友達を亡くした人を除いて、ね」


「そうなんだ。結構タフネスだよね」


 彼はいつものように差し出す飲み物も忘れて相槌を打って正面に腰掛けた。


 そこでまた、眩暈が彼の意識を襲った。


 少年は強く目を瞑り、歯を噛み締めて身体を保つ。これの原因は一体なんだろうか。疑問に思うも、考える余地無く彼女は口を開いた。


「でも私は君が無事で良かった。他の皆も、大事は無いみたいよ」


「そう、なんだ。それは良かった」


「うん、それでね? 他にもちょっと話があるんだけど――――」


 彼女の言葉は不意に途切れた。どうしたんだろうかと思う余裕は無く、突然重力がベクトルを変えた。


 天と地が逆転する。身体がその通りに、反転した通りに上へと落ちたと思うと――――ふと気がつくと、彼は椅子から転げ落ちていた。


 世界が回る。否、回っているのは目だけだろう。アカツキシズクの声が響いた。だがそれは籠ってでしか聞こえない。何を言っているのか理解の範疇外にあった。


 昨夜は十分な睡眠を摂った筈だが……。彼の思考はそこで途絶えた。


 シズクは力を失い気も失った彼を見て、確信する。やはり少年は、現場に居たのだと。


 以前よりは症状は軽いが、これは確かな魔力にあてられた証拠。症状が軽いのは彼自身が強くなったのではなく、慣れた……つまり耐性が付き始めた為であろう。


 こんな事だろうと思って来て良かった。このままではただでさえ弱いのに風邪を引いて更に弱ってしまう。


 彼女は苦しそうな表情で強く眼を瞑る彼の頬を優しく撫でた後、少年と床との間に魔力を敷いて、物質に干渉できるレベルに変換。そして彼をベッドに運んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ