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5 ――列車外――

 凄まじい速度で海上を駆ける列車の外は予想通り、暴風が吹き荒れていた。


 窓から手を出すと思った通りに肩から根こそぎ持っていかれそうになる。そして風に押され、ハイドは窓枠に力強く二の腕を叩きつけられて、少しばかり痛みに唸った。


「何してんだよ」 


 呆れた声が降り注いだ。テンメイは既に逆立ち状態で足首を天井に飲み込まれている最中であり、ハイドを護衛するべき青年達はただそれを見守る事しか出来ずに居た。


「いいだろ痛がったって。全く痛くなんぞ ないがな」


 魔族の皮膚は通常時でもその強固さは鉄並である。力を込めれば鋼鉄へとはや代わりするソレは、ちょっとした事では痛みなど微塵も感じられない。


 それは利点でもあるが、やはり元が人間であった彼にとっては少しばかり悲しい事でもある。彼はそう返すと、開け放った窓に身を投げ込んだ。


 ――――強大な風圧が全身を吹き飛ばす。


 支えの無い其処では無論、列車は自身を通り過ぎて行くだけであり、風の壁が全ての行動を遮った。


 黒い塊が通過して行く。ハイドは必死に手を伸ばすが、其処には掴める物等何一つとして存在しておらず、そして列車は焦れば焦るほど、その速度を速めているように感じた。


 だが彼には考えがある。故に、その手は焦ることなく――――車掌車入り口の壁に備え付けられている手すりを、力強く握り締めた。


 身体を止めていた風が全身を嬲る。列車はそれによって少しばかりの衝撃を得て、僅かに低速した気がした。だがハイドは気にも留めずに、手すりを頼りに上へと登る。


 暴風が全ての音をなぎ払った。水を弾きながら進む列車は優雅に見えたが、既に割合近くに居る凶悪な魔力を感じては、そう穏やかな心境で居られるはずが無い。彼は小さく舌打ちをしながら、その屋根部分にまで上りあがった。


「おい、遅いぞ」


 必死にしがみ付きながら立ち上がると、既にテンメイは待機していた。魔力を辺りに振りまき、当事者よりもやる気マンマンと言った様子であるのだが、


「あ!? 聞こえねーよっ!」


 暴風によって余裕を無くした彼にはそれを伺う余地は無かった。


 そもそも何故わざわざ屋根を選んだのだろうか。最後尾の車両を占拠してそこで戦闘を繰り広げれば良かったのではないか。


 ――――後悔先に立たずとはこのことか。ハイドは納得した。


『もう数分もせずに来る』


 不意に言葉が脳に響いた。ハイドは引け腰のまま辺りを見るが、どう考えても音声が響くはずが無い状況である。一体何が起こったのだろうか、と情けない格好でキョロキョロしていると、再び言葉は脳に刻まれる。


念波テレパシーだ。知らないのか?』


「……、あぁ。聞いたことがある」


『念波で話せ』


「あぁ、分かってるよ。……、聞こえるか?」


『口が動いている時点でお前は何も分かっちゃ居ない』


 それから彼は一方的に話を続ける事を心に決めるのだが――――迫り来る魔力の強さは其処にきて、いよいよ間近であると言うところまで迫っていた。


「おい来るぞ」


 ハイドは叫びながら僅かに一歩前に進み、


『ならばおれは一足先に……あばよ』


 テンメイはその場で高く跳躍したと思うと――――数秒も経つと、その姿は既に米粒に変わり、海のど真ん中で停滞していた。


 なんて"友達"思いじゃない奴だ。


 ハイドはそう思いながら、それが此方を見ているような気がして軽く手を挙げる。そうすると、その直後に彼は垂直に天を目指して羽ばたき舞い上がった。水面が半球状にへこんで、その後大きく水柱が立って――――。


 其処を突き破って迫る一つの影が、ようやく肉眼で捉えられる位置まで肉薄した。


 風の質が変わった気がする。


 気のせいだ。ハイドは自分に言い聞かせた。


 魔族があと数秒もすればこの顔面に拳を飛来させるだろう。


 どう対処しようか。頭の中では一瞬にして幾通りもの対処法が浮かんで消えた。


 時間がコマ送りに見える。これは死ぬ間際か? 否、これは俺の実力だ――――。


 ――――そうする間に黒い影は既に手を伸ばせばふれることが出来る距離にまで近づいて、相手の拳は既に鼻先を捉えていた。しかし、


「んだとォォォォォォッ!?」


 ――――さしたる動きも無く、その拳は華麗に頬の横に移動していた。


 否、正確には移動していたのはハイドの方であり、そうして攻撃を加えられなかったその魔族は勢い余ってその後方へと飛びぬいた。魔族は加速した勢いのまま列車の屋根を削るように引っかき、その速度を殺そうとしながら、身体を反駁はんばくさせた。


 叫んだ声は十分に耳に届く。ハイドは何車両も通過してようやく止まった魔族へと振り返り、知った顔じゃないことに少しばかり残念だと思った。


「これじゃ、まともな話が出来ねぇな」


 この場での戦闘が不得意だから気が乗らないのではない。この状況だからこそ人を巻き込みやすいためであり――――今の衝撃で列車は激しく揺れた。


 足元で乗客たちが悲鳴を上げる。けたたましく響く声に、列車は如実にその速度を落としてきていた。


 帝国側はこれを予測できなかったのか? いや、出来ただろう。だがコレを利用しなければならない理由があった。世界で最も高速度で移動できるモノを使わなければならない原因が、最近起こったのだろう。


 そして帝国側――――レイド=アローンは都合の良い時にだけ信頼する男である。だから彼は考え発言したのだろう。そう意見し反発する部下へと、根拠の無い自身を見せ付けたのだろう。


 全ては彼がやっつけてくれる、と。


 それを安心させるためには一体どこまでこの正体を口にしたのだろうか。都市伝説? 魔族? 元勇者? 元人間?


 だが今となってはどうでも良いこと。この状況となっては、それも然したる問題ではない。


「魔王様が口にした! 貴様が『学園都市』に行かなきゃならないと! 魔王様が命を下した! 俺がお前を連れて行けと! だから俺は――――」


 列車はやがて、完全にその動きを鎮静化させた。


 魔族が鈍い音を上げながら列車の屋根を駆ける。乗客の悲鳴が通過点で上がるのは、どことなく滑稽であったが、


「テメェを連れて行くッ!」


 魔族が迫る。肉薄する。その動きは容易に見て取れるというのは、もしかするとコイツは手加減をしているのではないだろうか。


 その可能性は十分にある。魔王がこの魔族にハイドを連れて行けと命令した。つまりこの時点では殺せという命令を下されたわけではないのだ。結果的に殺すような事になっても、この列車上ではその許しは得られていない。


 即ち実力をふんだんに発揮できない状態なのだ。


 ――――であるならば、


「嫌だね」


 距離が縮まるごとにその速度は上がりようやく拳が再び飛来したかと思うと、やはりハイドにとっては緩慢な動きたるので、その攻撃は当たることが無かった。


 頬を掠めることすら出来ずに過ぎる拳。そしてついで、逆側の拳は腹部を目掛けてくるのだが――――ハイドは頬の横を過ぎた腕を手に取り、素早く足を引っ掛けた。


「なっ」


 足場が失せて、身体が崩れる。体勢を整えようにも、屋根を踏むべき足は宙に浮いて――――。


「くそっ」


 激しく羽ばたく翼は身体空へと浮かび上がらせた。体勢は瞬く間に整えられて、そうして彼は若干の距離を開けた場所に降り立った。


「ちょっと待てよ」


 魔族は呼吸を荒げたままハイドを睨む。やはりコイツはただ単に弱いだけなのではないかと思われたが、そんな悪口を言うために相手が止まるのを待ったわけじゃない。


「"学園都市"っつったな。あそこに何がある。あそこと俺に、何の関連性がある?」


 学園都市はレイド=アローンが創始者の筈。故に彼は立ち寄る事は愚か、近寄る事さえもしなかった。理由は簡単に、気に喰わないからの一点。


 だから関連性といえばレイドが上がるだけであろう。昔彼にただ働きをさせられた上に侮辱までされた中だ。よほど敵には仲が良く見えることだろう。


 ハイドが問うと、魔族は表情を歪めた。


 どうやら聞かれたら困る事らしい――――ハイドがそう判断すると直後、魔族は酷く歯切れが悪く、口を開いた。


「あー、テメェをだな、なんつーか……、アレだ。ぶっ殺す」


 どうやら言えない事情があるのではなく、言える頭が無いのだ。よくこの魔族は今まで生きてこれたなと、彼は思った。


「やっぱ魔王ン所の魔族を返り討ちにしたことで怒ってんのか?」


「あぁん!? テメェで考えろボケがッ!」


「なんで怒ってんだよ」


「死ねッ!」


 名も知れぬ魔族はそう叫びながら三流のやられ役よろしく腕を振り上げる。ハイドは軽く息を吐くと、やれやれだと肩をすくめた。


 それが気に入らなかったのだろうか。彼はその目を見開いて速度をさらに加速させて――――ハイドの足元目掛けてスライディングをした。


 屋根の表面が禿げて銀色の鉄が見える。鋼鉄の肌と鋼鉄が擦れて火花が散って、


「よっ、と」


 軽く跳躍したハイドは丁度自身の下を過ぎていこうとする魔族の腹へと着地した。ぐえっと、彼は鈍い悲鳴を上げる。


「無駄な時間は好きじゃあない。俺の時間は既に動き出してんだ。対応は早急に頼むぜ」


「て、てめっ」


「俺を学園都市とやらに連れて行け。そうすりゃ俺は満足、お前も怒られずに満足。皆丸く収まる――――」


 片足を屋根に、そして片足で凄まじい重圧を掛けながら魔族の腹部を圧迫していると、不意に重心の軽い片足が、狙ったように動いた魔族の腕によって弾かれた。


「ばっ――――」


 彼は恐らく、そのまま体勢を崩して海へと落ちる妄想をしたのだろうが――――現実はそう甘くは無かった。


 逆にハイドは自身の体勢を保つために、唯一踏みしめる足に全体重とその勢いを負荷させる。つまり、魔族の腹を貫かんとする重力が、その腹部に集中してかかるのだ。


 ――――屋根がべこりと、悲鳴を上げた。


「ぐぅぅぅぅぅぅぅっ」


 魔族の悲鳴は低く唸るようなもので、必死に入れる腹筋は、だがしかし隙間に入り込む足によって徐々に力を抜かれていて、


 ――――足の下の乗客はいつしか、喚く事を止めていた。


「――――っかやろォォッ!」


 そうして一点集中した凄まじい重圧は、堅く頑丈なはずの屋根を簡単に貫いて車両に二体の魔族を孕ませた。


 ――――天と地がひっくり返り、屋根の軋む音と鋼鉄が裂ける音、そして魔族の情けない悲鳴と、ブラックアウトしていく景色が一斉に脳へと情報として駆け込んだ。だから頭は混乱し、彼が地面に叩きつけられて本当に痛みを感じるまで、理解は困難を極めた。


 故に、彼は車両の中に巻き起こる煙が失せるまで、ずっと車両に乗客が身を潜めているものだと真面目に考えていた。


 その為に彼は、混乱する頭で、倒れる魔族の耳元でずっと囁いていた。


「学園都市に連れて行け」


 魔族が意識を失っている事に気付くのは、それから約五分後の事である。

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