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4 ――避難民――

 何処からとも無く邪悪な声色が脳に響いた。


 周囲は瞬間的にざわめき、誰もが足を止める。混乱の様相はより濃くなり、生徒会委員は皆喉が張り裂けんばかりの声を張り上げて学園内の体育館へと、都市住民を促した。


 避難民を受け入れられるのは、都市の中でも強固な造りをする学園のみ。そしてそれを受け入れられるのは、円形の都市内で壁伝いに広がる七つの学園のみである。


 生徒を入れてもその数は五万を超える。無論、その数がそれぞれの学園に均等に分かれるはずも無く、一部の学園は酷い混乱状態にあった。


「……迅速な対応、感謝致します」


 『自由学園』は都市の最北部分にある故に来場者の数はそう多くは無く、数千人ほどが体育館、中庭に避難し終えた後、生徒会長は自身の部下等に深く頭を下げた。


 素直に照れる者、謙遜する者、頭を下げ返す者。様々な反応を見せる委員はそうして一息ついて、都市正門の方へと目を向けた。


 ――――凄まじい波となって都市に広がり過ぎて行く魔力は、魔族の叫びを孕んでいた。ソレが声を発するたびに――恐らく意識的に――脳に響き、否応なしに状況が目に浮かんで、何も出来ない自分たちが悔しかった。


 学園都市の教員は、雇われた傭兵以外、まともに戦闘をこなせる者は居ない。飽くまで『教える側』である為に、実戦とは異なる実力を持つ者たちが集められたのだ。


 だから実質、学園を護れるのは学生たちだけであり、それを自覚している彼らは自分が出来る事を最大限に実行して居た。


「――――風紀委員では、どなたが前線に行ったのでしょうか」


 皆が周囲を見渡し、逃げ遅れが居ない事を確認している最中。黒く長い髪が特徴的な少女は、胸元の紅いリボンを右手で掴みながら、何か心配をしているような声色で生徒会長に問う。


 他の委員仲間は皆それぞれ、自分の役割を無事果たせた事を喜んでいるようで、彼らの会話は耳に届いていないようであった。


 透き通る黄金色の髪が風に揺れ、彼は眼鏡を押し上げて、暫し思考する。


 すらっと伸びる高い身長を持つ彼は、白色のブレザーを着る。それは『哲学科』の色であり、学科の中で最も生徒数の少ないものであった。


「確か、ヤマモトロクロク君と、シップ=スロープ君、それとスズ・スター君だったかな」


 諜報員の二人を口に出さないのは彼らが作戦実施中の為である。気軽に言ってしまえば、彼らが諜報員としてコソコソしている意味がなくなってしまうのだ。情報漏洩の原因が生徒会長であると知れれば、失脚の日もそう遠くは無い。


 彼女はその返答を受けてほっと胸を撫で下ろした。だが大体は予想の出来ていた答えである。実力的にも、役割的にも妥当であるのだが、やはり嘘でも真でもそれを聞かなければ心は落ち着かなかっただろう。


「それがどうかしたのかい?」


「あ、いえ……、ただ風紀委員に友人が居まして」


 へぇ、と意味有り気な返事をして頷いた。彼女はそれに少しばかり頬を赤らめながら、


「こんな状況です、心配になっても仕方が無いです……よね?」


 しかしそれもどこか恥ずかしそうに彼女は同意を求めた。彼は勿論と頷いて、彼女はまた息を吐く。


「非戦闘員である我々に残った仕事はこの門を守り抜くことだけだ。私は中で状況を説明してくるが、この場を離れないように。いいかい?」


「「はい!」」


 複数の声が重なる。生徒会長はソレに頷いて、引き締めた表情のまま、開かれたままの門の中へと姿を消した。


 その中で少女は強く祈る。どうか彼が、無事で居ますようにと。それは純粋な、善良な心から紡がれた気持ちであった。





「でも案外、こんな実質的に避難シェルターに逃げ込むよりも、あの選択の方がショウ君の本質的役割で活躍できたんじゃない?」


 風紀委員書記のユーリヤピートが声を細めて言った。


 ――――広い円卓が存在感を露にしているその部屋では、複数の風紀委員が大体二人一組となって、まばらに席に着いていた。


 部屋の中が若干ざわつく現在は、意見交換の時間。現在どんな行動が最良なのか、全てを机上で考える彼らは彼女が言うように実質避難したようなものであった。


 こんな老獪染みた行動は一体誰が考えたのか。


 副会長のノートリアスは会長の存在が確認できない事に少しばかりの疑問を覚えながら、彼女の言葉に反応を示した。


「あぁ、確かにそうかもしれない。彼は極端に戦闘が苦手だけど、最も戦場に、或いは其処に最も近い場所に居るべき人間だと思うよ。だが、そんな彼だからこそ、逆にそんな場所に居てはいけないと思う。矛盾してると思うかい。だけど実際そうなんだよ。彼の推察は優秀だ。多分、もう既に魔族の能力を暴いている、或いはそれを知るために画策しているだろう」


 ――――どこか遠くで地面が震える。緩く、弱くなった振動は少しばかり揺れを感じさせた後、また建物の崩壊音を小さく耳に届けた。


「こんな所に居るって知ったら、彼は軽蔑するかしら」


「どうかな。そればかりはわからない。実際ボクも、彼がどんな人間であるか完全に把握しているわけじゃあないからね。だけど"今"……いや、"さっき"のショウ君なら、間違いなくボク等を侮蔑しただろう」


 あたりはざわめきを増した。


「本当に此処は大丈夫なんだろうな」


「風紀を護る我等が死んでは秩序は今回を期に瞬く間に崩壊する」


「まだ魔族は倒せないのか」


 自分本位で偽善すらも持たぬ悪徳な人間たちが口を開いた。瘴気すら出ているらしいそれらに対してノートリアスは苦い表情をし、首を振る。


 聞くに堪えない。本当にコイツ等は学生か? どう見ても、六○を過ぎ自分だけが安穏と暮らせればどうなっても良いとしか考えられない、精神的老害としか捉えられない。どこに行けばその腐った精神を培えるのか、逆に聞きたい程だ。


「なるほど」


 そうした思考の中、未だ言語化されない一つの考えが頭の中で疾走する。それが消えてなくなる前に彼はそう言う事で意識を、その思考に集中させた。


「な、何が……?」


「ボク等と彼……つまりショウとの違いが分かった」


 彼はそう置いて、口を開きながら随時思考を言葉に変換し続けた。


 彼ら風紀委員は――――簡単に言えば、どんな命令も規定も逃さず――ギリギリの範囲で――護って、護らなかった者はあらゆる手段を用いて罰する。だがそれも、自分の安全圏内で、の話である。


 だが彼は、


「どんな状況でも自分を貫いた。ただ風紀委員としての自覚が無いだけかも知れないけどね……。自分が納得できる事をする。そんな"夢の中の主人公"みたいな事を、彼は行動に移すんだ。成功できるかは別として。だから多分、今回の戦闘で、良くも悪くも成長するだろう。死なない限り」


 彼はそう言って席を立つ。椅子が押されて床をすり音を立てた。それに皆気を引かれ、そして立ち上がる彼の姿に、全ての者は口を閉ざした。


 そんな若い老害連中を見下しながら、彼は笑顔を絶やさずに口を開いた。


「すいません、ちょっと席を外します」


 彼は軽く頭を下げた。


 そんな突然の行動に、何を言えばいいのか、どんな注意をすれば良いのか分からず呆然とする。彼らは夢にも、こんな安全でしかない場所から誰かが離れるなんて、思いもしなかったのだ。


 ノートリアスはソレを見ながら、隣のユーリヤを促して――――そそくさとその場を後にした。


 リーダーと言うリーダーが決まっていないが為に協調性の無い其処は既に、崩壊しかけているようなものだった。だがなまじ検挙率が高いので、それが自分たちの実力だと勘違いしてしまっている。呆れて言葉も出ない連中ではあるが、それでも各学園内では頼りにされているらしいので、簡単に失われて良い命でもないのだろう。


 その部屋を出て長い廊下を歩くとそこは、直ぐに出入り口の扉が存在する。


 彼はそれを開け放ち――――再び揺れる地面を全身に感じながら、大きく伸びをした。


「君はどうしたい?」


 悪戯に微笑んで聞く彼の表情に、ユーリヤは何か決然たる印象を覚えた。今までぼやけて見え、何を考えているか一切分からない彼であったが、今回ばかりはその全てが露呈してしまっている。


 だから彼女は思わず不意を突かれた自分と、考えを隠せていない彼に軽く笑って、


「風紀委員たる行動を」


 腰から折りたたみ式の杖を抜く。同時に彼は、ポケットの中から指輪リングを取り出した。


「みんなに注意されるのが目に見えるけど、変人みんなにそうされるのは少しばかり心が痛い」


「"彼ら"みたいに、注意をしてくれる人すら居ないよりはいいんじゃない?」


 彼女は後方の、今まで自分たちが居た場所を流し見た。ノートリアスは薄く笑って、彼女の肩に触れ、


「だろうね」


 そういい終えた刹那。


 二人は一瞬にして、その場から消え失せた。


 そこには魔術が発動したという証拠の、残り香的魔力がうっすらと残されるだけであって――――その後にまた一度、地面は微細な揺れを起こした。

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