ACT1.『自由学園』
西の大陸にはおよそ三つの巨大な都市があり、また一つの王国と、一つの帝国が存在する。
科学技術は進み、今ではラヂヲやテレヴィジョンまでもが普及し、その大陸内である程度の施設が整った場所ならばそれを見て、聞くことが出来る程まで発展した。
また同時に交易手段も大幅に進化し、海の上を走る列車が完成していた。
その他も様々な技術や道具が生み出され、人々の生活はより豊かなモノとなっていた。
――大きな都市には、大抵、幾つか教育機関、いわゆる学園が存在する。そこでは専門的に様々な事を教え、専門職に就く事を最終的な目的として勉学に励むのだ。
そこは、そんな教育機関が統べる――学園都市。
学園が幾つか集合し、その都市体系を作り出している。その住民の殆どが学生であり、故に平均年齢は十八歳という驚くべき若さを持つ。
商店等の殆どは学園を卒業した学生が営むが、数多の学園の教員は、他の街や都市から募った知能や戦闘能力、人格などが優れている者のみを選んでいる。そのため、他の街や都市などの教育機関より高純度の学習を受けられることで有名であった。
だから、子を持つ大人は、入学金がどれほどまで法外な値段を張っていようとも大枚を叩いて入学させようとする。
『――先月起こった北極海沿岸の孤島での原因不明の爆発事故ですが……』
――彼はそんな学園都市の、総合学科を売りにするとある有名学園に入園した一人の少年である。
そこは全寮制であり、彼もまたご多分に漏れずその中の一室に住み込む一学生。少年はまだ眠い頭を目覚まし時計にやかましく起こされて、着替えながらテレビが流すニュースを上の空で眺めていた。
『自然環境には影響は無いと環境省がコメントしました。次のニュースです』
姿勢をぴんと伸ばして、眠気など一切無いようにすらすらと言葉を流す女性アナウンサーの声を、右から左へと流していると――――不意に、インターフォンが部屋の中に鳴り響いた。
『おぉい、朝だぞ――っと。起きてるかぁ?』
「うん、起きてるよ」
テレビや空調は備え付けてあり、また勉強机や寝具、収納棚も完備しており、バストイレ付き。ただ食事だけは寮の大食堂で行うのが一般的である。が、必ずしも絶対そこでそうしなければならない、というわけでもない。
インターフォンは自動的に外から中へと、一方的に声を流す。天井に張り付いているスピーカーは他の用途を考え、ついでにその機能を付けたらしいのだが、この一ヶ月間でインターフォン以外に使用された試しは無い。
学科別で制服の色が違い、見分けが簡単なその学園で――――少年の制服は、冴えないベージュ色だった。
ベージュ色系のブレザーを羽織り、紺色のズボンという組み合わせの制服である。彼は急いでテレビを消し、机の上に置きっぱなしのショルダーバッグを慌てて肩に掛けて玄関へと向かった。
「時間は結構余裕あるけど、早いんじゃない?」
落ち着いた様子で玄関を出ると、背後で閉まるその扉は自動的に施錠動作を引き起こす。がちゃりと鳴らすそれは、部屋の主の”魔力”によって反応するセンサーを搭載しているために、鍵要らずなのだ。
少年はネクタイをしっかりと直しながら、彼を待っていた、少しばかり背丈の高い、同じ制服を着る同級生へと愚痴を漏らす。
「入学して一ヶ月っつーのはよ、結構気が緩むんだぜ?」
気だるそうに手提げカバンを肩に掛ける彼の気分こそが緩んでいるのではないか。少年が指摘すると、彼は軽く笑って肩を叩いた。
「まぁ、否定は出来ないけどなぁ」
「でも、ロランは会った時からこんな感じだよね」
「はっはぁ、あんま突っ込むなよ……」
ロランと呼ばれた同年代の彼は元気無さげにうな垂れる。少年はごめんごめんと冗談っぽく謝りながら――――やがて彼等は、エレベーターに乗り、一階に降りるとそのまま寮を出た。
寮は全学年の男子が住むと言う事で――――城のような外観を持つ。大勢を抱え込める大きさに、また見た目を重視するそれはどんな国の建造物にも負けず劣らずな見事さであった。
それを見るだけでも、その学園の程度の高さは良く知れた。
午前八時に到るにはあと少し足らぬ時刻。
外は清々しい日の光に照らされているのだが――――少年の心は、頭が幾らかの眠気に襲われているので淀んでいる。
寮から歩いて十五分ほどの場所にある学園は、その始業時間を八時四五分にしているために、やはり登校するには早すぎる時間なのだ。
無論のこと、いつもの時刻に寮を出ていたならば居たであろう、様々な色の制服を着こなす同園の学生たちの姿はまばらであった。
このまばらに登校する学生たちは、少年等のように無意味に早起きし、その日の気分で寮を出るわけではない。立派過ぎるほどな心持ちで、自身の所属する部活動やサークルの練習や活動に精を出すのだ。
これまた無論であろうが――――彼等は、その立派な心持ちの学生達のような部活動には所属はしていない。
まだ入園して一ヶ月なので新入部員は受け付けてはいるのだろうが……。
「俺は人見知りだ」
ロランは聞いてもいないことを呟いた。まるで聞いて欲しそうに。
そして少年は心底どうでもいいように返事をする。
「聞いて無いよ」
「なら聞いてくれ。俺は人見知りなんだ」
やれやれと肩を落とした少年は、どうしたんだいと抑揚の無い声で相槌を打った。彼はそれに、聞かれたから仕方なく言うけどよ、とわざとらしく続ける。
「だから部活にゃ入らない。以上」
一言で言い切れることをわざわざ会話にする必要があったのか、甚だ疑問であると少年は思った。
最も、部活動には入らなければならないなどという規則は無いので、どう判断するかは個人の自由である。娯楽がそう多いわけでもないこの学園都市の中での娯楽の一つと考えられる部活動は、やはりある程度”お遊び”でやっている部分もあるのだ。
だが真剣にやっている者が居ることも事実。遊びと真面目の間には明らかな壁があるために、どちらにしろ、そう部活動に対して否定的な、あるいは――悪い意味での――適当な発言は出来ないものである。
「好きにすればいいけどさ……。そういえば、入学試験の戦闘実技の結果って、今日返って来るんだっけ。学生証と一緒に」
彼等が通う学園では、――というか、学園都市内の学園は皆そうであるのだが――戦闘の実技試験が存在する。知力と戦闘能力、それらを兼ね備えた者のみが中に入り込める仕組み故に。
戦闘実技の結果は分かりやすく数字で表され、一枚の手のひらサイズのカードに、身分証明書のついでに刻まれる。
四年制であるその学園の一年生は、例年を平均すると大体『レベル一○』がいいところだろう。その強さを具体的に説明すると――――帝国の騎士よりもやや弱い程度。
必ずしも、学園に通うからといって強いという訳でもない。だが少なくとも、自分の実力が分かりやすく見れるのは、良くも悪くも、彼等にとっては楽しみなことであった。
「四年の平均って確か、レベル五五だよな。一人でケロベロスを前にして逃げられる実力って話だよな」
ケロベロスとは神話で有名な冥界の番犬であるが、この世界に存在するのは魔界のノラ犬。
魔獣と呼ばれる、本来ならば地上に存在しない生き物なのだが――――ここ最近は、特定の地域でのみなのだが、生息しているらしい。
ソレは三つの首を下げて、その身体は一軒の平屋よりも巨大だと言われている。
右の首は灼熱を吐き、左の首は氷塊を吐き、中央の首は毒を吐く。毒とは勿論、生命活動に悪影響を及ぼす物質の事である。
現在に到るまでに幾度と無くその生息を認められてきた生物であるが、その化けモノは一度も打ち負かされたことは無いらしい。
それに相対するにあたって、そもそも逃げること自体にすらある程度の実力が必要な為、仮に逃げ切れた人間でもその圧倒的な強さに絶望するのだ。歴戦の勇士でも、その名には背筋を凍らさざるを得ない。
「うん、確か」
――――緑豊かな街道。二車線の車道に沿ってある、レンガ畳の歩道には木漏れ日が落ち着き無く動き回り、だが彼等はのほほんとそこを歩いていた。
何も問題は無いが、学園には未だ少しばかり緊張する。
彼、ロランと出会ったのは入学試験の時で、その際から交友関係は始まったのだが――――それ以上が、あまり無いのだ。
無数に存在する学科。クラスというのは学科別に割り振られており、在席人数が一クラス四○人ほどで、さらに彼等の学科の一学年だけでも七クラスもあるというのだから嫌になる。
受験番号が近かったお陰か、同じクラスになれた事だけが本当に救いであった。
「んな堅くなったって得する事はないぜ。気楽に行こう、気楽に」
彼の台詞はまるで自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
ネクタイを少し緩め、ワイシャツのボタンも教育指導の教員から注意されるほど外し、気分も既にだれている彼は大きく欠伸をかいた。少年はそんなロランに苦笑を漏らしながら、反面教師となってくれている彼に感謝して、再び身なりを整えた。
そうして彼等は――――始業にはまだ四半刻以上の余裕があり、また用事が無いのにも関わらず、早くも学園へと到着したのである。
そこは正に規格外であり、その馬鹿でかさに毎度溜息が漏れた。
学科別に校門が存在する学園は――――学科一つだけでも、広壮すぎた。自身の理解の範疇に超えるそこへと、彼等は足を踏み入れた。




