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ACT5.『強襲』

 誰がどう見ても、それは自殺行為に近かった。否、正確に言うのならば近いのではなく、自殺行為そのものなのだろう。


 自分にどれほどの戦闘経験が、力があるかなどは関係ない。今回はあまりにも突然すぎる事であるし、なによりも敵が敵なのだ。


 ――――大気を、大地を震わす甲高い警報音が都市の中心から鳴り響いて止まる事がない。『避難せよ』との警告が、詳細な避難場所を告げ、また敵にその場所を知らせながら冷たい機械音声を叫び続けていた。


 同時に、敵に近い場所に居るわけでもないのにその凶悪な魔力が肌を叩いた。一歩、また一歩と呼吸を乱しながら駆けるごとに、ソレは身体に突き刺さる。


 ――――人波がその、お世辞にも広いとは言えない路地で奔流していた。少年はひ弱な身体を力強く前に押し出して、せめて流されぬよう踏ん張りながら前に進んだ。


 日が午後へと差し掛かる頃、学園は丁度昼休み前の授業中だった。それは突然の警報音で遮られ――――この有様だ。


 生徒会と風紀委員は緊急招集され、生徒会は生徒の避難する道を指し示し、風紀委員は他校と連絡を取り作戦を練る。


 本来は何が起ころうとも決して表には出さず処理をする事が常であるこの都市が、コレほどまで表に警告を振りまき都市住民の避難を促すという事は予想を遥かに上回る緊急事態であり――――どんな系統の問題なのか、その想像は酷く易い。


 戦闘員であるヤマモト、スロープ、スズの三名は瞬間移動で現場へ赴き、諜報員の少年少女はその成り行きの様子を見て、その場で自己判断し行動する。残る少年ら三名は会長不在の為にノートリアスの指示で他校の風紀委員と落ち合う予定だったのだが――――。


「……何やってんですか、アンタはっ!」


 少年は何か――――使命感に駆られて一人現場へ逃げるように走り出した。


 ノートリアス、ユーリヤ・ピート二名は彼を追う余裕も無く、仕方が無いままに自身らが今行くべき場所へと急ぎ、彼の行動には制限は無くなった。


「……? なんだァ、てめー」


 人の波もそこそこに、少年の走る速度は無意識の内に早足程度に落ちてしまう。その中で見かけた――――薄暗い路地の入り口近くの影に、少年は"早く避難しろ"と声を掛けようとしたのだが、


「……、何やってんだよ、こんな時に……」


 衣服を乱暴に脱がされかけている女が一人壁に追い詰められていた。その男の手は豊満な胸を鷲掴んでいて――――その状況は誰がどう見ても強制猥褻行為に違いが無かった。


 こんな状況で一体何を考えているのか――――しかし、そんな彼でさえ"今回"の事でようやく自覚したのだから、そう偉そうに言える話ではない。


 しかし危険が肌に感じるほどにまで迫っているのにも関わらず、そういった自分の欲を満たす事で頭が一杯である彼の場合、仮に魔王が目の前で腕を振り上げていようとも、何が起こっているかすら考えられないのだろう。


 何故学園都市にこのような低俗の一歩先を行く男が居られるのだろうか。甚だ不思議であった。


「なんだって……見てわかんねぇ? お楽しみ中だっつの。おめーはお呼びじゃねーって事くらい、分かってる?」


 男は息が掛かるほど顔を近づかせ、顔を逸らせぬよう頭を両側から抑えて睨みつけた。少年はそれだけのことで恐怖に顔が硬直し、瞳を逸らす気力すらも消えうせた。


 その奥で、ひたひたと静かな足音が耳に届く。そうすると間も無く、視界の隅に白い影が過ぎて行って――――。


「あ、ってめぇっ!」


 被害者女性は隙を見抜いて逃げ出した。男はソレを狡猾に見逃すことなく少年の頭を横へ投げ捨てて女を追おうとするのだが――――平坦な道に突然現れた障害物に足が引っかかった。


 それに全ての行動を強制的に不可とされ、上半身は勢い良く地面を目指し、眼が疾走感のある景色の移り変わりを脳へと伝える中、


「ぐっ」


 大地に頭突きをかます男は鈍い声を上げた。


 その直後――――腰のホルダーに突き刺していたナイフが引き抜かれる感覚があって、


「アンタはこの世にお呼びじゃねーんだよ。何よりも息が臭いしね」


 次の瞬間、左足の太腿辺りに酷く熱い痛みが走った。


 何か耳元で囁かれた気がしたが、それが誰の声で、何を言っていたのか頭の中から吹き飛んだ。


「あああああぁぁぁぁぁあぁあああっ!」


 鋭い痛みが身体に走る。同時に全身から力が抜けて行った。先ほど自分が何をしていたのか、その衝撃で記憶が頭の中から消え去った。


「だから」


 何か、地面を叩く――――足音が聞こえて、それが段々大きくなってくる。一体誰だ? 今近くに、誰か居たのか?


「失せろよ。この世から」


 男が最後に見たのは、視界の外から急速に迫る黒い影だった。





 ――――少年はその言葉を締めに、男の頭を強く蹴り飛ばした。嫌な感触がつま先に記憶され、男の頭はまるで短い紐に縛られたボールのようにすぐさま、先ほどの位置に戻ってきた。


 見下ろす男の姿はうつ伏せで、左のももにナイフが刺さっているだけである。出血は著しく、このまま意識を失っていれば死んでしまうだろう。


 彼はそれに一つ息を付き、気を引き締める。


 自分の力が無い事くらい分かっている。こうした卑怯な事でしか相手に攻撃を加える事も出来ず、そして行き過ぎた感情は無意味な殺人を犯してしまった。


 今回、魔族が強襲した……らしい。その報告は未だなされず、恐らくこれからもされないだろう。住民の混乱をより酷くするだけであるからだ。


 そして何より、今回最も危惧すべき事は魔族による破壊行為ではなく――――火事場泥棒や、こうした大きな問題の影に隠れた小さな犯罪である。


 しかしこれは小さいとは言えないだろう。


 そして、先ほど男が女性にした行為よりも、少年が男にした行為の方が咎が重い。これは正当防衛の域ではないからだ。


 しかし結局、誰がどうしてこうなったか知る者はいない。だから少年は、予想を上回る自分の罪の意識の無さ故にその場を後にする。


 これも――――同じだ。そう少年は考えながら、呼吸が落ち着いた身体で再び走り出した。


 ――――焦燥感に似た何か、異様な感情が心の中で芽生えていた。


 魔王が君臨し、友人が勇者として身近から消え去ったのに、その実感はまったくなかった。それはまるで嘘のようだったのだ。


 ただ本の中の話で、自分は読者。そんな感覚で、全ては自分を包む殻の外で起こっている夢のような出来事だと認識していた。最も、今言った事そのままにではなく――――もっと正確に言うなれば、自分が夢を見ていたような感覚。


 だから全てが虚構に見えた、と言うほど客観的ではないが、少なくとも自分には関係が無い事だと思っていた。


 否――――思っている、だろう。今正に恐怖を肌に感じ、しかしそれでも現場に急いでいた。


 だがそれは使命感などではなかったのだ。


 自分が魔族を確認して、これは夢などではなかった――――自分も漏れなく関係する現実なのだと、認識するためだったのだろう。


 だがそれも違ったようだ。今男を半ば殺す行為をして、ようやく理解した。


 僕は――――結局は僕が、全てを解決できると思っていたのだ。


 自分こそが選ばれし者で、実力は後から、あるいは覚醒なんてご都合的なモノでついてくる。それから直ぐに魔王の城へと乗り込んで、世界を平和にするのだ。


 俄かに勇者の家系を調べてしまったが故の、根拠無き希望。自信。


 最後の勇者はいきなり世界から姿を消した。ならばどこかでその子孫が居てもいいはず。自分がその血筋の直系でなくとも、親戚か、何かくらいにはなるだろう。


 そう本気に、阿呆な事を考えていた。だから協調性も無く、力がない事を自覚しつつも本当の自分はこうでないと確信して走り出したのだ。






 ――――その瞬間の事であった。


 それを頭の奥底で理解した瞬間――――自分の夢が、醒めた気がした。


 全身を包む殻が弾けて飛んだ。今まで見ていた町の景色が、妙に新鮮に捉えられた。空気が清々しく肌を通り抜けていった。


 風が肌を切る。鼓動が大きく頭に響いた。呼吸の乱れが嫌に苦しい。流れる汗は不快感を醸しだした。服が肌に張り付いて、動きにくかった。


 それが普通だというのに、少年は妙に現実的リアルにそれを感じ取る事が出来た。


 だが足は止まる事が無く――――彼は、そこへとたどり着く。


 学園都市正門。そこは強力な結界が貼ってあるにも関わらず、門ごと破壊されていた。故に其処には巨大な扉は無くその付近の壁が黒く焦げているのだが、恐らくそれは結界破壊時の、堪え切れずに爆発に到った結界自身が作り出したものだろう。


 その近くには、十数名の人間。それぞれ好き好きに武器を持ち、短い一本角をし、大きめのズボンを穿くだけの魔族に対峙していた。


「我が拒絶者キャンセラーだッ! 依然変わりなくッ!」


 魔族がそう叫ぶと、相対する風紀委員、もとい『平和を培う会』諸君はたじろいだ。


 少年の身体は慎重に、だが退く事が無いまま――――現実を知り、人を殺した罪が今更心を苛んでいるのにも関わらず、足を前に進めていた。

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