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6 ――能動的――

 其処は闇の居城。昼も夜も無く、常に暗闇に覆われている不健康極まりない場所であるのだが、そこに住む者たちにとっては良好な環境であった。


「――――と、名乗っていた、という話ですがァ……、どう対処すりゃあいいんでしょうか」


 トウメイという名の、角が頭部ではなく両拳に生え、またそれが収納自在となっている魔族は跪いて、だが横柄な態度で報告をする。


 他の魔族はそれを咎める事をせず、ただそれが当たり前のように見守っていた。魔王を妄信するタンメイは今現在意識を失っている為に、その場は割合に気が楽な空気が保たれている……筈だった。


「ライメイ、か。まさか雷が使えるからと思って自分が――――魔族を越えたと勘違いしているのではないだろうな……。だとすれば論外だ。眼中にない、捨て置け」


 だろうな。トウメイは大よその予測どおりの返答に、テンプレートと化した返事をしてその場から立ち退いた。


 現在の状況は然程良いとは言えないが、だからといって悪いともいえない。


 何故そのような中途半端な現状なのかと言うと、まず一つに挙げられるモノが――――魔王の消化能力である。


 彼が持つ影が全ての消化・吸収機能を果たし、その肉体はただ力を蓄えるだけである。その為に、一つしかない口に詰め込まれた数万の命は――――物理的には消化され、今では純粋な力となって影の中で落ち着いている。


 だがその力を変換しエネルギーとして体内へと吸収させるには時間が必要らしい。あまりに濃度が高すぎると身体が拒否反応を起こし、ソレを吐き出す事は勿論、下手を打てば今まで吸収してきた力をも捨ててしまう可能性があるのだという。


 そしてエネルギーとして吸収するべく力を作り出せるのは、生命体からのみ。吐いた残骸は高エネルギーであるものの再利用する事が出来ない廃棄物以外何物でもない。


 だから魔王は、そんな非常事態とも取れる状況に陥らぬよう、その濃縮エネルギーを徐々に吸収しているのだが、それが自身の予想を遥かに上回る遅さなのだという。


 この王都ロンハイドで消化した肉体数は約一○万であり、一日五○○○人分を吸収するとして、大体二○日で終える計算であった。


 しかしその計算は、まず始めに肉体を単純なエネルギー体へと変換とかす作業において時間が掛かりすぎ、すぐさま破綻した。


 結局それは一週間以上の時間を消費し――――今から一週間前にようやく、力の吸収、肉体、魔力の成長を始めたばかりなのだが、それさえもどうやら二○日で終える行程ではないらしい。


 一日良くて三○○○人、調子の悪い日は一○○○人分の力しか吸収できない有様だった。


 人間視点で見ればそれでさえも十分驚異的で脅威に違いないのだが、魔王が求める力には程遠い上に、こんなところで躓いている為に、彼のストレスは地道に積み重ねられていた。


 更に彼は、影の中に濃縮エネルギーを蓄えているためにその場を不用意に動けない。下手に影を動かし、孕んでいるエネルギーを零してしまえば、例えそれまでの分を吸収していたとしても、今までが無駄に思えてしまうのだ。少なくとも魔王はそう考えていた。


 早くて三三日。遅くて一○○日以上。彼はこれから、その期間その場に居なければならず、一歩も動けない。


 ――――魔族は人間とほぼ似た体内構造をしているのだが、決定的に違うのが、細胞に寿命が無い事である。そして酷く強靭である事。故に、定期的に存続できる分のエネルギーを摂取し、生きる事に支障がない器官を傷つけられない限り、半永久的に生きる事が出来る。


 だから魔王は、その場に居る限り死ぬ事はない――――のだが、


「しかし、なんだと言うのだ? 無名の魔族如きに、よりによって派生品如きに倒された、と言うのか? 恐れをなしたのか、精神を壊したというのか。コレは明らかな私に対する対立であり、宣戦布告である。そう思うだろう? 貴様等も」


 そして次に、今回――――魔族と化し、また人間の窮地を助ける正体不明の正義の怪人と言う全世界共通の都市伝説と化した『ハイド=ジャン』が物理的、精神的にタンメイを打ちのめした事により、魔王のプライドは傷つけられ、ストレスは最高潮に達していた。


 自身が作り出したオリジナルの魔族が、その魔族が作り出した魔族によって倒されたのだ。子が孫に、否、派生に圧倒されたのだ。


 しかもそのベースは人間である。


 『たかだか人間』、しかしその人間こそがこの私を封印せしめたのだ。感情のまま殲滅したいのだが肝心な私は動けず、だが人間には十分注意しなければならない。だというのにこの沸騰する感情はまともな思考を生み出す事を遮るのだ――――。


 魔王の心理状況は酷く混乱しているようだった。正常な、自身が常に敷く正しい道を作り出す事が出来ない頭はただひたすらに好戦的であった。


 ――――タンメイは、トウメイに運ばれている最中に気絶した。


 それは彼が作り出し、自身を護りまたその衝撃をそのまま相手に返す『表皮』を通り抜けた衝撃が、その頃になって頭の一番深いところを震わせたためである。


 流石にそれまでは情けなさ過ぎて、またその勇者の存在を隠蔽するという前提条件においてそれほどまでの戦闘能力を持っている事は説明に難いのでトウメイは伏せて話していたのだが、そこはやはり魔王である。鋭く察し、怒り心頭してしまった。


「人間を護る……と言ったな。私は奴に一泡吹かせたいと思っている……、貴様等に、私がこれから何を言おうとしているか分かるかな?」


 魔王は誰かの返答を待たずに――待つつもりも無かったのだろうが――言葉を続ける。


 その台詞は存外に、ある程度の冷静さを取り戻しているらしかったが、そんな台詞に思わずトウメイは背筋を凍らせた。


 奴は――――魔王はどこか、最も人口が多い都市を滅ぼすつもりだ。


 そして同時にライメイ……ハイド=ジャンをおびき寄せる。


 人口が多い為に、ただ一つの身では助けだせる限界があり、それ故に勇者を未だ捨て切れていない彼は絶望し、また激昂するのだろう。


 そこを叩く。


 感情的になった際に、この世界を滅ぼすほどに力が増幅する、などの特殊効果さえなければ、感情の昂ぶりはその者にとっての不利になる。つまり我々にとって有利になるのだ。


 しかし――――人類を滅亡させる、世界を支配する、などと言った至極魔王らしい動機からの都市破壊ではなく、ただ憎い相手に一泡吹かせるためだけに都市を滅亡させるなどといった事は、三流のする事ではないだろうか?


 恐らく、多分、ハイドが感情的になる前、その冷静さが失われる直前に正確な判断によってはじき出された攻撃で呆気なく死んでしまうであろう。その残酷な命令を告げられた者は。


「――――未来があり、将来有望であり、人口が多く、その『正義の味方』が最も大切にしていそうな場所……、私は知っている。この記憶は誰かのモノではない……。私だ、私がこの目で見た場所だ。この頭で理解した場所だ」


 魔王は興奮を抑え切れぬように頭を押さえ、ゆらりゆらりと落ち着き無くその頭部を、首が据わらぬ赤子のように揺らしながら大きく息を吸い込んだ。


「学園都市だ」


 肺の中の空気をそれで全て吐き終えると、また貪るような呼吸をする。それを見守る魔族らは戸惑いつつも、視線を逸らせずに居た。


「憎きレイド=アローンが統治する帝国、ズブレイドより遥か北にあり、私が封印された孤島より遥か南に在る、大きな都市よ。――――トウメイ、貴様にコレを命ずる」


 不意に名を呼ばれた彼は、緊張に思わず喉を鳴らす。一呼吸を置いた魔王は思わせぶりに頬を吊り上げて、


「滅ぼせ!」


「だ――――だ、だが魔王様、この俺の能力は"ソレ"が可能ではない。この行動にはまずずば抜けた攻撃力か、防御力が必要不可欠だ。学園都市は殆どが戦闘に特化した人間で構成されている筈。ただの街を滅ぼすのとじゃ訳が違う!」


 その言葉は決して保身の為に紡がれたわけではなかった。


 理由は彼がそう言った通りであり、仮に彼が何も反発せずに学園都市へと赴き――――ハイドが来る前に死んでしまった場合、魔王は激昂するどころではなくなるだろう。


 恐らく今の力のままで暴走する。力だけが強くなって実力が然程でもない彼が暴走すると言う事は、想像を絶する状況になるだろう。凄惨すぎるのだ。魔王が魔王として世界を支配するのとでは訳が違う。


 トウメイの発言は、そうした彼なりの良心が生み出したものだった。


「だったら――――そこのお前、名は忘れたが、貴様が行け。貴様の能力ならば十分な筈だ」


 彼がそう言うと、魔王はなんでもないように、まるで気紛れに注文した品物が丁度品切れだったような、興ざめしたというような視線を一瞬投げて、すぐさま移す。


 トウメイはほっと胸を撫で下ろすと、直ぐに気だるげな返事が、その室内に響いた。


「俺、ですか、い」


 何が気に入っているのか、自身より大きめな――人間の――ズボンを穿き、バックルの大きなベルトを締めるだけの半裸の魔族は声と同じような、面倒そうな動きでトウメイの隣へとやってきた。良く見ると、彼の額には短い角が一本ばかりしか生えていなかった。


「あぁ。出来るだろう」


「えぇ、は、い」


「ならば行け」


 そう言われると彼は軽く頷くだけで返事はせず、ただ背を向けてその場を去っていくだけだった。


 しかし――――魔王に召集されて集まった物好き共の割には随分と、魔王に対しての忠誠心というか、こう、本来あるべき姿というものが無いのではないか?


 興味本位でこの場所へ来たトウメイは、答えなど求めずただ疑問を浮かべ、そうしながら魔王を見ると――――何か満ち足りたような……否、誕生日プレゼントを心待ちにする幼子のような表情で、虚空を見つめていた。


 それを見てトウメイの背筋には再び戦慄が走る。


 彼は無意識に、早くタンメイの意識が戻るのを祈っていた。

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