4 ――乳白色の髪の乙女――
本日も快晴也。
城の頂点部分は、そこへ近づくにつれて狭くなり、三角形を描く形を作り出す。そんな天井の壁に張り付く窓からは、心地の良い太陽光が降り注いできていた。
「――――と言う事ですか。ではある程度の実力者を……?」
騎士の総隊長を勤める髭面の男が膝を付き、恐る恐るといった様子で口を開いた。レイド=アローンはそんな彼の様子を気にした風も無く、軽く首を振って、
「そう急くな。その居場所と、今の状況。それを理解していれば、おのずと分かる。奴はその場から動く事は無い――――だから、第一の隊長副隊長の二人を行かせるだけで良い」
了解、と首を縦に振り姿勢を立ち直すように起き上がる中、それからと、不意にレイドが付け足して、彼は中腰の体勢で動きを止める。
「私が――――"出来損ない"だと言っていた。そう伝えるだけで良い。何か聞かれたら、付いて来れば分かると、そう返せ。良いな?」
「承知。それではさっそく――――」
彼がようやく立ち上がり、大きく頭を下げた礼をした直後に、背後の大きな扉はノックの音を響かせた。
「皆、集まっているようだな」
再び外。集合したそこは先日と同じ場所であるのだが、その平野には昨日作った大きな穴等の傷は消えていた。
彼らは不思議に思いながら顔を見合わせていると、管理職らしい中年男性は一枚の紙を手にしたまま、修復作業をしたのだと、簡単に教えてくれた。
なるほどと納得し、やがて落ち着きを取り戻したのを見計らって――――彼はいよいよと、組、或いは集団を発表する。
「偶数人という事と、君たちの実力に大きな差が無く、また様々な系統に得意分野が広まっていると言う事で――――皆、二人一組での訓練となる」
軽い前口上。一列に並ぶ勇者候補生は、これから互いを高めあい、魔王と共に戦う事になるだろう相手は誰かと、横目で見ながら息を呑んだ。
呼ばれたものは大きく返事をし、指示した場所へ速やかに移動しろ――――最後にそう告げて、彼は大きく息を吸った。
「デュラム、レイミ。両名は城の中庭へ」
「「はいっ!」」
武器を持たぬ、先日ロランの肩を叩いた男と、藍色の髪をする女性は返事を重ね、言われたとおり速やかに彼の横を素通りして城へと向かう。
どちらも大した反応は無く、なんだこんなモノか、緊張して損をした――――ロランはそう思うと不意に、小刻みに震える白い物体が視界に入り込んだ。
それは先日、最年長者らしい男の影に隠れて幼い返答しかしなかった、とても勇者候補に見えない、白髪頭の、長い髪が特徴的な少女であった。腰に携える剣はやはりどう見ても、玩具にしか見えなかった。
「ダイン・ロイ、フォゾ・ホーリレス。両名は城内の訓練施設へ」
「はい」
「……了解」
礼儀正しく返事をし、軽く頭を下げるのはダイン・ロイと呼ばれた最年長者らしい男である。彼は肩まで伸びる髪を翻らせて振り返り、ロランに軽く手を振ってから――――その背を覆う巨大な斧を見せ付けるように背を向けた。
それから、無愛想に頷いた、大剣を背負う男フォゾ・ホーリレスの横へと付き、共に街の中へと姿を消した。
何か妙に寂しい気がするな――――そう思うと今度は、その小刻みに震える物体は、その震えを抑えることも無いままに、不安げな瞳をロランへとぶつけていた。
一体俺が何をした。一体俺に何をしろと言うのだ。心中で呟く疑問に答えが返るはずも無く――――彼ら二人の名を、これから訓練教官となるであろう男は大きな声で呼んだ。
「ローラン・ハーヴェスト、アータン=フォング両名はこの場にて訓練を開始する。教官はこの私であり――――その破壊力と、周囲に与える物理的影響を抑え自在に操る訓練からだ。武器を置いて、身軽な格好へと着替えよ」
「あ、はい」
「は、はいっ」
彼らは言われたとおりにそこから少しはなれた木陰に行き、ロランは手甲と上着を、そしてアータンと呼ばれた白髪の少女は剣を置く。
ロランは着替えを持ち合わせていないので当分制服姿であるが、彼女は白いワンピース姿という、どうにも自身が置かれている状況が理解できていないようだった。
――――ロランは自身が人見知りだと断言しているが、中年くらいの歳や、自分より年齢が下の人間とならばある程度は気兼ねなく話せる。その程度の軽い症状なのである。
だから彼は、少しばかり緊張しながらも、彼女に声を掛けた。
「緊張、しているのか?」
「えっ」
「いや」
しかし、意外に早い反応と、声に驚き思わず身を引く動作に彼は挫折し、首を振ると背を向けた。
妙に昨日とは感じが違うのではないか? 結局あの後集まりには参加しなかったから分からないが、この挙動が不審な様は緊張の所為だと信じたい。
そういえば――――クラスにも数名、人間ではない亜種が存在していたが、この候補生の中では何人ほどが人間ではないのだろうか。実力者だけを集めたのだから、今までのように、自然的に勇者が人間である、という事も無いはずであろう。
誘われた風紀委員も、結局断る暇すらなかったが、居る筈だろう、人外が。
悪い意味ではない。勿論、人狼や竜人、鬼子などの話である。だが、外見的特徴で確認するのは難しく、分かりやすいのは――――人間に最も近く、人間と最も異なるエルフ族くらいであった。
少なくともエルフ耳を持つ者は居なかった。そういえば、シャロン先生は大丈夫なのだろうか――――。
などと、優柔不断の如く思考はゆらゆらと関係の無い方向へとずれて行く中、不意に袖を引かれた気がした。
くいっと、まくる予定であったが未だそうしていないワイシャツの袖は他力によって下方向へと引かれ、彼はなんだろうかとその力が加わった方へ視線を落とすと、
「し、してますっ、緊張!」
その震えが最高潮に達し、何故だか瞳に一杯の涙を浮かべる彼女は上目遣いにロランを見ていた。
――――太陽光で透けるほどに白い肌は病的にも思えて、その瞳は魔族と似て異なる朱色をしていた。まるで宝玉でも詰め込んだような瞳はだが生物的で、さらに小動物的に動き、しなやかな指はいつまでも袖を掴んで離さずにいる。
ロランは返答に困って言葉に詰まる。そうすると次第に彼女の震えが消えてきて、一文字にきつく締まる口元は再び、大きく開いた。
「だから、頑張ろうっ!」
非常に健気である。彼女を見ているとなんだか――――妹を持ったような気分になって、励まされたような感覚がした。
不思議と、落ち込んでいた気持ちが浮き上がってくるような気がした。
「あぁ、よろしくな。フォング――――」
「アータンって呼んで欲しいっ、わたしはロランって呼ぶからっ」
「わかったよ、アータン」
「よろしくロランっ」
彼らは互いに向き合い、固く握手をする。
ロランはその少女特有の肉の柔さに驚きながら、また――――本当にこんな子どもが勇者候補なのか? そう疑問に思うのだが、いい加減待ちきれなくなったらしい訓練教官が声を荒げたので、彼らは足早に教官が示す位置へと向かった。
――――そんな平和的な日常が、魔王の無秩序を破壊するために紡がれ始めた頃。
空はそんな事など知らぬように、綺麗な蒼の色をより濃くしていた。




