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3 ――接触――

 夜。空気もまだ冷え切らぬ、純粋なる自然の闇が世界を覆ったばかりの時刻の事である。


 そんな暗闇の中、その闇を吸い込んだかのような肌を持つ魔族が――――単体。一人で道を歩いていた。


 闇に紛れると云っても不可視ステルス効果を期待できるはずも無く、誰かが見れば漠然とであるが"影が動いている"と認識されてしまう。またその身を震わすほどおぞましく莫大な量の魔力は、その存在カレの顕示欲が酷く高いように溢れていた。


 だがその身を震わせ、恐ろしいと感じる人間は付近には居らず。されど魔物は周囲で様子を伺い――――危険だと、本能で察知し、やがてその場には彼以外の誰もが消えて失せた。

 

 彼は自身を『タンメイ』と名乗っていた。


 いや、それには少しばかりの語弊があるだろう。名前ソレ自体は誕生時に魔王に付けられたものであるのだが、本来は『ハンメイ』であった。しかし彼が聞き間違え、そう口にし始めたのがきっかけでタンメイとなり、そうして魔王は気にしないのか呆れたのか、それを注意しないので、結局それに落ち着いたのだった。


 忠実に主の命に従い続けている中での唯一の失敗ミスといえば、たったそれだけのことだろう。彼はそれほど有能な魔族ぶかだった。


 そんな彼が、歩けば二日、その背に生える立派な翼で飛べば数時間の行程を、暇を持て余すように飛び、走り、歩きを繰り返している中のことである。


 気がつくと、暗闇でも電灯を点けた室内の如く全てを見通せるその目は、遠くに『貿易都市ハクシジーキル』の街灯の光を捉えていた。


 静かな闇の中、単調な足音だけが音を立てた。


 今回の目的は、世界の貿易の最たる街、中心といっても過言ではない都市の、その命である船、そして魔導式海上鉄道を破壊する事。まずは交易を遮断することで、人間同士の関わりを、そして武具の提供、人員支援などを断とうという目的である。


 貧弱な船であれば海の魔物に沈められてしまうし、そして此方こちらの大陸には武具製造・加工の大手である『鉱山都市レギロス』が存在するのだ。この世界に行き渡る武具のオリジナルの発生源である。最近、新たな採掘場所や技術を見つけたらしいのだが、コレを世界に広める邪魔する事ができるので一石二鳥である。


 魔王様は決して武具の新技術が世界に浸透するのを危惧したわけではないのだろう。ただ純粋に、人間が困り果てて苦しむさまを、じわじわと責められその表情が恐怖に塗り替えられていくのを楽しみたいだけであろう――――。


 彼、タンメイがそう魔王を敬愛し妄信し、心情を勝手に高尚なモノへと思い描く中で、彼は感じた。


 "同種"の魔力を。


 しかしそれは異常だと、彼は感じた。


 どこかが違う。何かが違っている。質? 量? 一体何が……。


「貴様も魔王様の命を受けて……?」


 ソレは道の真ん中に立ちはだかっていた。仁王立ちという奴だ、と彼は心中呟いて、そうして問うた。


 どう出るかで、相手の存在が、少なくともどんな理由で其処にいるのかわかるのだ。目の前のソレは魔王の居住にいなかった。明らかにその違和感は、初めて感じるものだったのだ。


「だったら、お前は良かったと感じるのか?」


 そんな返答と同時にタンメイは相手に向かって斜に構えた。声が少しばかりの敵意を含み、声を掛けられた事によってタンメイに注目した魔力であるが、それは決定的な程鋭く牙を剥いていたのだ。


 ――――人間の服を身に纏い、指先にまで周到に包帯を巻くその姿は異常そのものである。だが顔に巻く布の一部が裂けて、角が見えた。それだけで、彼は魔族なんだ、と人間だれでも認識できる。


 だが異常だと感じたのは、そんな視覚的情報がもたらした相手の容姿によってではない。その雰囲気、魔力、立ち方、仕草、息遣い、鼓動、脈拍、その全てが何か、今まで見てきた、接してきた魔族らとは違って見えたのだ。


 だからと云って目の前の、人間の仮装コスプレをする魔族が魔族であらず、という訳ではない。


 彼は明らかに魔族なのだ。自身と違わぬ身体を持ち、魔力の質を持つ。邪悪さも腹一杯に孕んでいて――――だというのに感じる違和感故に、タンメイは彼を異常だと捉えていた。


「貴様は一体――――何だ?」


「オイオイ――――同類に、そりゃ非道ひどいじゃあねぇの。お仲間さんじゃねーか。ただ魔王に遣えているかどうかの……ッ」


 彼がそう答え終える間も無く、タンメイは強く地面を蹴り飛ばし、音を鳴らして突っ込んだ。


 鋭い拳が、布を突き破って一本の角を見せる魔族の腹へと喰らいこむ。のだが――――気がつくと拳は、その筋肉に締まる腹部ではなく、即座に現れた手のひらにその全ての衝撃を吸収されていた。


 衝撃が波となってそこから広がる。肉が肉を叩く乾いた音が辺りに響いた。タンメイは素早く拳を離し地面を蹴って後退する中で、何事も無かったように続ける彼の言葉に耳を傾けた。


「違いは立場、それだけだろう?」


 不意に――――強い衝撃を受けて、足は膝から崩れて体が沈みかけた。タンメイは何事かと思って辺りを見るのだが、同時に、自身が今跳んでいたという事実をすっかり忘れていた事に気がついた。


 どうやらまともな着地姿勢を取らずに、また着地するという行為自体を忘れていたので、足が地面を踏みしめた衝撃に驚いてしまったのだろう。


「確かに」


 だが――――相手がどんな存在であろうかなどは最早関係ない。


 奴は対立している。魔王様に様を付けない時点で明らかだというのに、私は一体何に気をとられていたのだろうか――――。


 タンメイは、自身が本能的に"恐怖"を感じていることに気付く事は出来ずにいた。最も、それが初めて感じる感覚なのだから、仕方が無いといえばそうなのだろう。


 ――――タンメイの反応に、彼は薄い笑みを見せた。


 拳に力が入り、服が僅かに押されるように膨らんだ。その赤い瞳がより深く、色濃くなるのを、タンメイは見逃せずにはいられない。


 そして行動の予備動作。身体が僅かに地面に沈み――――。


「オラァッ!」


 一瞬という速さでその身体はタンメイの眼前へと肉薄した。そして即座に放たれる拳は顔面を捉えたはずなのだが――――小指が頬を掠り肉を削り、薄い傷を作るだけでその鉄拳は顔の横を通り過ぎただけであった。


 ――――直後、頬に鋭い、微小な痛みが走る。


 だが相手は未だ反撃行動カウンターに移れていない故に、彼はすぐさま肘を折り、また鋭い刃の如くその顔へと叩き込もうとするのだが、


「ヌルい」


 またもやその肘は、後退した顔の目の下を掠めるだけで行動を終える羽目となった。


 ――――直ぐ後、目の下に小さな痛みが疼いた。


 ――――その行動においてかき乱された風が、その頃にようやく暴風となって元の位置に戻ろうと激しく動き回る。まるで待っていたかのようなタイミングでタンメイは距離を取り、そして思惑通りといった風な笑みを浮かべた。


 温かった風は既に冷え、暑い時期といってもまだ春なのだと、場違いに彼は考えた。


 これで幾度目の春なのだろうか――――これで幾度目の、同種との対立なのだろうか。


 少なくとも二度目である。悲観的に考えて、本来ならば一度もそうしたことは無いはずなのに、と思った。


「確かにその素早さは、その力強さは認めましょう。貴方は強い、だが――――それは能力を使用した強さだ。明らかに、貴方と対峙した際の魔力量とは違っている。明らかに、減っているのです。それは能力を使用した決定的な証拠。そう考えると、どうでしょう? 貴方は私に勝てはしない。そうでしょう?」


「さぁどうでしょう?」


 彼はふざけるように言葉を返した。


 そんな返答が気に喰わなかったのか、態度が、余裕が癪に障ったのだろうか、悦に、或いは優位に立って満足していたその彼の顔は見る見るうちに怒りに染まっていった。


「貴方に足りないモノ、それは――――」


 タンメイが魔力を撒き散らし、全身に纏い各所の膨張する筋肉を包み、頭部から何まで優しく覆いながら素早く――――先ほどの一本角を上回る速度で彼へと迫りながら叫び散らした。


 風を、大気全てを突っ切って、まるで目で捉え切れていない一本角の間抜け面を拝みながら、顎へと彼の拳は狡猾に狙いを定める、その瞬間。


「愛かな」


 逆に拳が頭部を叩いた。


 凄まじい衝撃に全ての行動を台無しにされ、彼が全身を大地に叩きつける事によって地面は激しく揺れるのだが、タンメイは自身のダメージに手一杯のために、ソレを感じる余裕は無かった。


 地面が激しく音を立てる。一瞬で迫った敵へと視線を外していた一本角であるが、ソレは『お前なんて見なくても倒せる』という一種の挑発であった。


 だが結局、コイツは名乗る事もそれに気付く事も無かったな――――そう考える最中、不意に後頭部に激痛がゆっくりと滲み込んで来て、


「が――」


 言葉はその最中で虚空に飲み込まれた。


 彼は不意に襲ってきた激痛に、壮絶な衝撃に堪え切れずに地面に叩きつけられて、またタンメイと同じように地面を激震させた。しかしやはり、その当事者にはそれを感じる余裕が無い。


 脳が、視界が激しくブレた。何が起こったのか理解に難い。


 背後には気配も無く、今も誰も居ない。あれほどの力を出すのに、気配を消したまま、触れた感覚を相手に感じさせない一撃、というのは不可能である。


 何が、起こったのだ――――。


「二度もヒントをくれてやったのに、気付けなかった貴方が阿呆と言うものです」


 ――――先ほど倒れ地面に沈んだばかりのタンメイは、何故だか不思議な事に、余裕綽々の足取りで、口ぶりで立ち上がっていた。


 言葉を漏らしていた。侮辱を、怯んで動けずにいる一本角の頭に投げつけ、次いで陥没する後頭部を、執拗に何度も何度も踏みつけた。


 彼の頭は強い衝撃とともに地面に埋まって行く。動こうとするのだが、踏みつけられる度に、脳への命令が一度拒絶されてしまって身動き一つ取れなかった。


 身体が、頭を蹴られるたびに大きく弾む。


「――――私の能力を説明して差し上げましょうか? といっても、貴方のような出来損ないでは、到底理解できない代物ですが」


 出来損ない――――確か、以前そう言われていたような気がする。そうに蔑まれていた覚えがある。


 気のせいだろうか? いや、ただそう思いたいだけだろう。


 奴の能力は、既に理解した。これは『相手から受けた傷や痛みを瞬間的に跳ね返す』能力。跳ね返すから、一度受けても傷や痛みは残らない。


 確か以前にも、似たような敵と戦った。奴の場合は、身体に負った傷を相手に移行する能力だった。確実に身体に傷を作り、苦しまなければならない点が唯一の欠点だった敵である。


 運が悪かったら死んでいた。それほどの強敵だった。そして旅立って初めて戦った、思い出深い敵でもある。


 ――――不意に、身体がどくんと脈拍に弾んだ。


 脊髄反射ではない。身体の中で、何かが昂ぶったのだ。


「ハハハ、もう死んで仕舞われましたかァ? でも――――死んだ振りをするなら、魔力くらい消さないとッ!」 


 気が狂ったように愉快になり叫ぶように笑い喚く彼は、大きく足を後ろへ引くと、まるで足元に転がってきたボールを勢い良くシュートするように、強く激しく、その頭を蹴り飛ばした。


 足の甲に重い衝撃が残る。


 蹴った頭は上半身を起させて、だが直ぐに地面に沈む。鈍い音が辺りに広がって、中途半端な振動は身体に滲み込むことなく、呻き声すらも聞こえなくなった事にタンメイは興を醒ましていた。


 ――――詰まらない。


 異常だと感じたのは気のせいか?


 彼は確かに強かった。力もあるし、素早くもある。能力も上手に使えていたみたいだが、不運な事にこの私には及ばなかっただけである。


 今となっては、ただ命がある。それだけだ。自分の力で頭蓋骨を叩き割って、更に踏み潰されて、蹴り飛ばされて息があるのは奇跡的だが、逆に今となってはそれが苦痛であろう。


 しかし――――仮に生き残り、傷を癒せたとしても恐怖が身体に浸透しただろう。これで魔王様に歯向かう等といった愚かさマックスな自虐に近い行為をすることはない。


 だが念のために、魔王様には伝えておく必要がある。生き残りが彼一体だとは考えられない。


 "テンメイ"はいつもどおり単体行動で何を考えているか分からないから、今回のこととは別として、だ。


「フフーフ、それじゃあ、私はクールに去ります」


 冷静さを取り戻した彼は、自身が口にするように背を向け、先ほどと同じような足取りで道に戻ろうとした。





 ――――魔族と魔族、人間と人間。その絶対的な信頼関係を打ち破った、あるいはそうしようとしたのは誰だったか? そいつは俺か?


 否、ソレはかつて居た、俺をこの姿へと変えやがった憎くもいとおしい魔族――――ショウメイだ。


 彼女は純粋な魔族であったが、精神世界で永い時を過ごした結果、和解する事が出来た。俺を心の底から愛し、人間に生まれ変わりたいと言っていた。この身体の支配から、半ば引きかけていたのだ。


 それから色々在って彼女は身体から、精神からも消滅し、ただ彼女が居たという身体けっかだけがこうして残ったのだ。


 そんな彼女の意思を、まるで自分の意思のように口にして――――人間と魔族という、対立しない新たな関係性を築こうとしてきたのだ。


 だとしたら、魔王なぞという不届き者は、人と人、魔と魔の絶対的関係を再び築きなおそうとする輩は滅さねばならぬ。


 だとしたら――――今それを邪魔するこの魔族を、滅ぼさねばならない。


 そう考えるとまた不意に、心の中に寂しさが、虚しさが、大きな穴を空ける孤独感が差し込んだ。


 ――――自分が、か? 要らぬ"勇者"だったこの俺が? 相手が、一世代前の魔王だというのに。自分の相手ではないのに。さらに、魔族の身体で世界を革変するとのたまるのか。


 影から徐々に馴染ませればいいのに、そうしなければいけないのに。もし自分が魔王を殺せば、平和を築けず、新たな魔王として君臨するだけの世の中だというのに。


 だったらどうする。


 答えは一つ、新たな勇者を待つだけだ。


 俺はただ、そいつを導く仕事をする。そのために、障害となる邪魔者は排除する。


 それだけだ。


「――――な、なっ……っ!?」


 自問自答の末、不意に相手の挙動が乱れ、驚いたような、信じられないというような声が、言葉にならずに口から漏れて耳に届いた。





 ――――何か物音がすると思い振り返ると、其処には血に塗れた魔族の姿。


 これを驚かずにいられるだろうか。今まで、つい数瞬前までは死骸ガラクタまがいと信じてやまずに居たそれが、今では――――ヨロヨロであるものの、しっかりと二本の足で地面を踏みしめ、決して屈さない紅い瞳で、此方を睨んでいるのだ。


 思わず背筋に、冷たい何かが走り――――理解する。


 これが、恐怖か。


 彼は戦慄した。


「――――勝負は、常に勝ちか負けのどちらかだけだ。勝ち、即ち生。負け、即ち死。今の状況を見る限り、どちらも勝者としか見えねぇが……アンタ、どう思う?」


「ば、馬鹿げた事を言うんじゃない! 貴方は負けた! どこからどうみても、誰が見てもそう判断するッ!」


 既に身体がすくみ、足が震えた。だが虚勢ばかりは、いつもより元気に声を張り上げさせた。


 かつて勇者だった魔族はその返答が気に喰わなかったのか、その恐ろしさに駆られ弱者たる態度を取る癖に自身が勝者だとのたまる魔族の態度が癪に障ったのか、へらへらと緩んでいた表情はすぐさま締まり――――鋭い視線が、タンメイの心臓をわし掴んだ。


 思わず漏れる悲鳴すらも全て恐怖に飲み込まれ自信を失くしたタンメイは、もう一発殴れば死に絶えてしまいそうな魔族に気圧された。最早身体は、一寸も動かなくなっていた。


「話を聞けよ漠迦ばか野郎。テメェ個人としての勝敗概念なんざ聞いてねぇンだよ。俺が言ってんのは――――さっさと勝負ころしあいに決着をつけようぜってこった」


 そうしてはっきり言葉にして見ると、なんだか心の中がすっとして、だが逆に、目の奥が熱く、そして指先がチリチリと痛痒くなるのを感じる。


 ――――二○○年生きてきたが、本当に生きていたと実感したのは、一九歳の頃の数ヶ月間だけだった。


 それからまるで夢の中にいるような、時間が止まったような気がしていたのだが、今ようやく、その時計は時間を刻み始めた。それは精力が心の底から湧き上がる様だった。


「お前の能力発動条件は、『魔力で擬似的に作り出した表皮を相手に傷つけさせる』事だ。そうして発動した後は、その傷ついた表皮が相手の体内に吸収されて、同じ箇所に傷を、衝撃を作る。だから時間差だし、直接触れさせなきゃいけねぇのは、その行為が割と精密だからってトコだろう?」


 肉体に直接来るはずだった攻撃を自分で作った表皮に覚えさせて、それを着させるようなものである。だから、術者――――この場で言うタンメイ自身が、その作り出した表皮を自分で傷つけても、条件さえ満たせれば相手に同じ傷を付けさせることが可能となる。


「だ、だから……なんだと言うのです!」


 この場合、一本角が持たぬ翼などを傷つけるとどうなるのだろうか。彼は聞いてみたくなったのだが――――怯えた瞳をする彼に、わざわざそう意地悪をするのは悪いだろう。


 だから彼は、そう苦しませずに障害をブチ破る方法を決行してみせた。


「触れないでお前をころせば、俺には害が無いって事だよな」


 ――――漆黒の電撃が、彼の表面でバチバチと迸った。


「あ、貴方の能力でそれが出来る筈が無い!」


 錯乱している彼には既に、一本角の本来の能力などは見えていないようだった。ただひたすらに、肉体を強化する能力だという偽の、しかも勘違いした情報を信じきっているらしい。


 そうこうする間に、彼の腹の数メートル前には、拳大程に電撃の弾が圧縮され、凶悪なまでに電気音を弾けさせていた。


「だったら良く味わってみな――――暗黒式ダーク圧縮雷弾ボルテック


 今の身体では叫ぶ必要の無い技名を、懐かしくも滲み込んだ癖の様に叫んで、腹の位置に停滞するその電撃の弾をはじき出すと――――同時に、動けるはずの無いタンメイの身体は、不意に横へと吹き飛んだ。目標は、一瞬にして座標から消えてしまったのだ。


 そうして刹那の時間でタンメイの居た場所を通過する雷撃は虚しく宙を滑り――――遥か後方、彼にとっては前方の地面に落ちると、激しく爆ぜた。半円の光が大きく出現し、遠方で弾けて広がった。


 足元が激震するほどの揺れを遠方から伝え、そうして激しい爆発音を、数瞬遅らせてから耳へと届かせた。


 大気が、ピリピリと肌を叩き――――タンメイではない魔族が、先ほど彼が居た場所に立っていた。


「付いて来れば案の定……と言った所だな。やれやれだ」


「誰だ手前てめぇ


「名乗らないさ。だって、こっちは一方的にお前の事を知っているからな」


 両手の拳、拳骨の真ん中辺りから鋭い骨が突き出ている魔族は、全体的に色素が薄く、その色は黒と言うより茶に近かった。


 瞳は――――片方が紅く、片方が金に染まる。奇妙な奴だと彼は思うと、また不意に、その魔族が背にタンメイを背負っている事に気がついた。


「人間共の都市伝説。魔族というのはバラしちゃいないが、人間を助けているようだな。今の電撃は、本来魔族には覚えられないモノだ。それが能力として使えるというのならば――――アンタは"ショウメイ"の能力で魔族に変えられた人間と考えていいだろう。アンタが、アンタとしての意識を持っているのは甚だ不思議だがな」


 そうしてまた、そんな饒舌さに、そんな読みの深さに、彼は言葉を失う事になる。


「今のところ、推測するかぎりじゃ魔王様に仕えてないのはテンメイとアンタだけ。というか、単体で活動してるのに名前も上がらないのはありえない。人間が狩り始めてるんだからな。んで、集団グループで動いてたら確実に目立つ。……ってぇ話だか、どうかな――――『ハイド=ジャン』さんよぉ」


「なっ……」


「何故知っているのか? って面だな。でもよ、普通にこれまで生きてりゃ、普通に分かるんだよ。勇者は一度ショウメイと接触してるし、その数ヶ月後に勇者は突然居なくなった。そして人間を助ける魔族が居て――――今の能力でんげきを見て確信した。アンタはその、失踪した勇者のだってな」


「だったら、どうする?」


 そこまで言われても飽くまで認めず、不敵に笑んで問うてみる。相手はどれほどまで本気で、どれほどまで自分に敵意を持っているのか、純粋に疑問に思ったからである。


 そうすると彼は、軽く爽やかに微笑んで、


「いや、一旦退かせて貰う。最も、アンタが許してくれればだが――――この状況だと、それが得策だろう?」


 向こうは精神的に崩壊寸前で使い物にならぬ荷物を抱えており、またハイドの方は軽口を叩いて技を出せても、傷が深いのには変わりが無い。


 丁寧な口調でも頭が単純なタンメイに対して、彼はよく頭の回る魔族であった。


 そうしてハイドが、そのまま無言を続けていると、なるほどと頷いて背を向けた。


 勇者と言うのが知れているのに、魔族を前にして『どうぞ逃げてください』といえるはずが無い。それを彼は察して、


「俺は『トウメイ』、コイツは『タンメイ』。逃がしてくれた礼に、アンタの事はショウメイに作られた人間の魔族で『ライメイ』を名乗ってた、そう伝えておく」


「伝えんのかよ」そして、名乗るのか。


 そう返すとトウメイはまた笑って、軽く手を挙げた。


「次会う時は敵同士だ。今回の事で、勘違いしてもらっちゃ困るんだぜ」


「わかってんよ。さっさと失せろ」


「へーへー」


 茶化すような返事の後、彼は背負うタンメイをお姫様抱っこに持ち替えてから、ハイドには無い翼で空を飛び、そうして夜の闇の中に姿を溶かしていった。


 ハイドはそれを眺めながら大きく息を吐いて、魔族にも色々いるんだなぁ。そう思って、地面に座り込んだ。

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