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4 ――別れ――

 戦闘訓練所へ行き、買い物に行き、室内で遊びなどそれなりに充実した日々を送り、遂に与えられた休みは一日だけ。正確には一六時間だけになってしまった。


 何故だかアカツキ・シズクとローラン・ハーヴェストとの二人と行動する事が基本になっているのだが、両者とも気の置けない友人たりえたので、少年は思い返し、ただ良かったと頷くだけだった。


 ――――少年が久しぶりにと布団を干し、暇だから何か本でも買いに行こうかと考え始めると、訪問者が鳴らすチャイムが室内に鳴り響いた。


 開け放した窓からは穏やかな風が流れ、少年は少しばかり伸びた前髪をなびかせながら、落ち着いた様子で玄関へ、そしてその訪問者を迎え入れるべく扉を開いた。


「よ、よぉ。ここんところ毎日のように来て悪ぃな」


 軽く手を上げ、引き攣った笑顔を見せるローラン・ハーヴェストはそこに居た。


 まだ朝だから眠いのだろうか。しかし彼は早起きな方であるからそれはないだろうし……。少年は要らぬことを考えながら、ぎぎぎと錆びた音を立てて開く扉を全開にし、彼を部屋の中へと招きいれた。


 ロランが玄関に入ると扉は閉まり、音を立てた。少年は一足先に室内に戻り、冷蔵庫から適当な飲み物をコップへと注いで用意する。


 彼はなにやら重い足取りで、緩慢な動作で定位置と化した席に腰を落とす。朝故にまだ冷たい風が、その背を冷たく嬲るような感覚を、彼は得ていた。


 少年は彼から滲み出る不穏な空気を感じ取る。どうせまたくだらない事を考えているのだろうと高をくくりながら、少年はコップを差し出し対面に座った。


 目の前に、焦点の定まらない友人の顔。少年は流石に不審に思いながらも、口を開く。


「それで、今日は何の用?」


 流石に毎回予定を忘れる少年ではない。そもそも予定を立てていたのは訓練所へ行くあの日のみで、後は殆ど突発的な行動の介入が起こった所為なのである。


 だから少年は、自分に非が無い事を自覚し、それ故に――何を自信に持つかは知らないが――自信満々に疑問を聞いた。


 すると存外に。少年の心境とは正反対の――――低い声が、空気を震わせた。


「俺、ゆ……」


「……ゆ?」


「ゆう、しゃ……に――――勇者に、選ばれたんだ。皇帝レイドから、直接そうに……。はは、信じられねぇよなぁ。魔王にぶっ飛ばされて一週間も入院した俺が、だぜ?」


 乾いた笑いが虚しく響く。彼の瞳にはいつものような生気は無く、どこか気を抜かれたような、夢でも見ているような顔だった。


 ――――勇者に選ばれた。


 それは非常に光栄な事であり、また誇れる事である。いや、誇れるなどと言うレベルの話ではない。下手をすれば一国の王と同等の扱いを受ける事になるのだ。


 魔王が現れた現在、その存在価値は爆発的に上昇している。元々、勇者と言う存在はただの勇気ある若者であったのだから、彼がその勇者たる資格は絶対的に存在している筈。最も、完全な勇者と認められるにはある程度の実績を挙げなければならないのだが、今回の場合は、ただ人類代表で魔王に挑むだけなので、それも然したる意味はない。


 倒せれば世界的英雄として扱われ、倒せなければ――――ただ一方的な死が、人間達の理不尽な批判が彼を襲うだろう。


 ――――だから、今の状況で勇者に選ばれると言う事は暴挙に近く、途轍もないリスクを孕んでいる。


 理不尽に、ただ強いからという理由だけでこれからの人生を全て切り落とされ、強制的な路線変更を告げられるのだ。その路線は間に合わせで作ったばかりにガタガタで、今すぐにも脱線しそうな線路で……。


 まだ何も知らぬなら良い。だが不運な事に、阿呆でないばかりに、彼は先が見通せてしまっている。


 ――――死ぬかもしれない。酷く傷つくかもしれない。だがその果てに、世界的英雄としての座が待っている。


 だが――――それがどうしたというのだ。


 そんなモノは要らない。一度として欲しいと望んだ事は無い。


 必要の無い高級品を押し付けて、人の人生を勝手に滅茶苦茶にして、俺は一体どうなるんだ――――。


 彼はそう考えているだろう。だが同時に、レイドの苦悩も理解しているし、自分が選ばれた時点で、魔王を倒せる可能性がある者が少なくとも自分であり、下手をすれば自分でしかないのかもしれない、という可能性にも気づいている。


 だからこそ、彼は静かに喜んだ振りをして、ただ精一杯、少年に笑顔を見せていた。


 そんな彼だからこそ、少年は掛けるべき言葉を失った。


 ――――励ませばいいのか? いや、下手な同情は相手を傷つける。


 だったら止めておけと制止するのか? それだと彼の精一杯の演技が無駄になるし、そもそもそんな事をしたところで今はどうしようもない。


 だったら――――。


「勇者に選ばれると、どうなるの?」


 これからの予定はどうなるのか。今までどおり、学園に通わせてはくれないだろうが、だからといって典型的な、打倒魔王の旅をさせるわけにもいかないだろう。


 そう長い猶予はないのだ。


 国内でみっちりと実力と戦闘経験を付けさせる毎日だ。そして決戦日になってようやく国を出て、魔王の元へと訪れるのだ。


 果たしてその時仲間はいるのだろうか。彼は孤独に魔王に挑むのではないだろうか。


 少年はそれだけが気がかりだった。


「明日から帝国に行って、実戦レベルの戦闘試験を受けてから、鍛錬を始めるらしい。俺はついに超エリート戦士の道をまっしぐらだよな」


 そして戦死か。


 洒落にならない洒落が脳裏を過ぎり、少年は思わず自身を戒めるために舌を噛むが、自発的な自傷行為に強烈な痛みを求める事は出来なかった。


 ただ酷く中途半端な痛みだけが舌に残り――――まるで今の自分のようだと、彼は心の中で自嘲した。


「だから当分、学園には来られない。まぁ魔王をぶっ飛ばして来たら、それはそれで学園にも来づらいけどな。人気者は困っちまう」


 また乾いた笑いが耳に届いた。


 少年はそんな声が我慢できずに俯くが、それを力いっぱい引き止めて、笑顔で言葉に反応した。


「はは。他には仲間の人とかは居るの?」


 居るだろう――――居なくてはならない。


 彼が人見知りだと言っても、生き残る事を前提で考えれば幾らなんでも仲間を強制的に連れて行かざるを得ない。そうしなければ、彼の生存率が圧倒的に下がってしまうのだ。


 仮に学園内から選ぶとすれば、風紀委員連中か、生徒会連中のいずれかであるが……。


「居ないな。飽くまで少数精鋭の奇襲作戦だって言ってたから。同等の実力者ならまだしも、それ以下なんぞは足手まといにしかならないんだと」


 そういえば、魔王は相手の肉体を吸収する能力ちからを持っていた。それを考慮した末の作戦と考えれば、気づかれずに背後に回り、強い力で反撃の余地無く叩き潰す事は非常に効率が良いかもしれない。


 それが可能であれば、の話が前提であるが。


 その状況で一度でも魔王に逃れられてしまえば全てが終わりそうな気がしてならない。さらにロランが殺されるだけならまだしも、吸収されたらどうなる? 代えは無い。そして敵は強くなる。


 なるほど。だからレイドはこれほどまで焦った行動に出たのか。


 全てを目の前の、まだ一六歳の少年、ローラン・ハーヴェストに賭けると言う無謀に走った理由わけが今分かった。

 

 彼も死ぬ気なのだろう。何か使命感を感じていて、さらに魔王との面識があったらしいところを見れば、彼はかつての勇者パーティなのかもしれない。


 彼は長く生きている。それを聞いてアレを見れば、誰でもわかる。シャロンもまた同じだろう。


 ――――レイドはまた、その少年の知らぬ数百年前と同じ状況を作り出そうとしているのだ。最も、最期まで同じと言うわけには行かないので、ソレ相応の結果に為り得るよう彼も苦悩の末の結末を思い描いているのだ。


「ぼ、僕は、付いて行っちゃダメなのかな」


「ダメじゃあないが、国が許さないだろうな。個人的にも許さないし」


「それじゃ僕も、ロランが一人で行くのは許さない」


「なんでお前が……」


 ――――会話を止めるチャイムの音が、室内に鳴り響く。


 少年が振り返って玄関を見ると、同時に椅子が床に音を鳴らした。何かが引きずられた音が聞こえて前を見ると、ロランは既に席を立ち、玄関へと向かっていて―――――。


「帰ってきた時は、真っ先にサインくれてやるから大人しく待ってろよ」


 彼は背を向けながら言葉を放った。


 直後、開かれた扉の外には見慣れぬ――――白衣に、眼鏡を掛けた、シャロンの後任の担任教師が立っていて、


「賢い君なら、今後自分がどうすべきか分かるね? ――――他言は無用だと言う事だ。今日のことを忘れて日常を過ごせ。君にはその生き方しか出来ないのだから」


 憮然とした態度の男はそう口にして、ロランが廊下へと出るのを待った。


 そうして彼が、最後に後ろを振り向こうと足を止め、身体を捻ると――――その顔が、丁度少年を捉える直前で、少年が、彼の寂しそうな表情を見る直前で、扉は無情に彼等を断った。


 少年はただ呆然とそこを眺めて――――この世の理不尽をった。


 自分の選択は間違っていたのだろうか。


 そもそも自分の存在は、彼が勇者として選ばれるのとは全く逆で、この世界に、あるいは個人にすら影響を与える事も、期待をさせることも出来ない愚図なのではないだろうか。


 自分には平穏に、ただ自分の叶わぬであろう夢を追う事しか出来ない。


 これが、力の無い者の生き方なのならば、行く末なのならば、そうなのだろう――――が。


「あぁっ!」


 行き場の無い怒りは力となって、彼の両手は力強くテーブルを叩いた。


 本来ならば、差し出されれば直ぐに空になるコップは中身を減らす事もせず、中身を弾んで、液体を軽く零れるのを見た。


 少年はどうしようもなくなって、そのコップを床に叩き付けた。


 風は――――それでも穏やかに、彼を優しく包んで行った。

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