3 ――考える人――
「素質のある者は……?」
「今の所はローラン・ハーヴェストが、身体能力、潜在能力、精神力、いずれも有力です」
そうか、と通す腕の無い袖が身体の動作にあわせて揺れた。
レイド=アローンは玉座に腰を掛けたまま、シャロンの代行を務める男からの報告を聞いていた。
――――予想を上回る、魔王即位の速さ。それは驚異的ではあるが、魔族の召集を掛け、その予定する日時も昨日で終えたが恐らく集まっても十数”匹”程度だろう。
現在この世界に居る魔族は、全て今の魔王が創り上げたものである。その数は百を超えたらしく全てを駆逐することは難しかったのだが、それでも其処まで数を減らす事が出来ていた。
そして魔族を新たに作り出す事は、今の魔王にとっても困難を極めるはずである。
前回の戦闘で気づいた事だが――――奴は生物を喰らい、単純にエネルギーへと変換して身体を超速度で成長させている。だから力も強いし頭も回るが、戦闘の勘は、戻っていない。
以前、シャロンに”影”を戦わせた。あれは確かな戦術でもあるし、自分がどれほどまで鈍っているか計るものでも有る。決して、簡単に姑息と吐き捨てられる戦法ではなかったという事である。
そして、勘も何も関係なしに力を蓄え本来の姿に戻った彼は、既に同等の力を持つ敵も味方も存在しなくなり、力を計る事も、勘を取り戻す事も出来なくなったのだ。
「わかった。仕事に戻れ」
「はっ」
彼はそう言って深く頭を下げた後、軽快な足取りでその場から引いて行く。レイドはそれを見ながらも、思案を止める事は無かった。
――――だが、魔王を叩けるのは一度だけだ。
失敗すれば、確実にその経験を生かされる。絶対的に、奴は勘を取り戻す。持ち合わせた力と、この間始めて確認したあの”影”の応用を完全にしてしまうのだ。
だから、次に魔王と会うのは奴が死に到る時。それか、自分が死ぬ時のいずれかである。
しかし、だからといって長い時間を待つことも出来ない。
魔王の侵略が進行することもそうだし、何よりも勘を取り戻す以前に、奴が強くなりすぎて歯が立たなくなってしまうかもしれないのだ。
「ローラン・ハーヴェスト……」
レイドは口から言葉を漏らす。
まるで最愛の恋人を待ち望むように、想いすぎて思わず口をついた様に言った後、その眉間に皺を寄せた。自然と、虚空を睨む眼光は鋭くなった。
確かに将来性は有る。実力だけならば、二○○年前のあの日、旅立ったばかりだった”あいつ”よりもあるだろう。
そして仲間に恵まれている。典型的な勇者気質で、正義感が強いと言えば強いのだろうが、どちらかと言えば身内に関わった場合のみ。
現在この世界で唯一勇者に近い場所に居る人間といっても過言ではない。
しかし――――。
何か、不安が残る。何かが足りない気がする。
魔法も扱え、武器も一通り使う事が出来、また頭も適度に回る。魔王の一撃を喰らっても傷一つ付かない強靭さを持つのだから、鍛えれば歴代の勇者に仲間入りすることだって可能だ。
だというのに、何故だか、心に突っ掛かる何かがあった。
しかし、それが何なのか、幾ら考えても答えは見つからない。
人か、物か、力か、敵か、環境か、世界か、仲間か、魔王か、才能か……。候補を出せども、不安の原因を出す事が出来ず、頭を抱えようとするも――――そうする腕が無い事を思い出し、レイドは思わず後頭部を背もたれに、力強く叩き付けた。
激しい音が掻き鳴って、鈍い痛みが鋭く浸透する。彼は痛みに唸って、強く歯をかみ締めた。
癇癪が頭の中で炸裂して、彼はそれからまた、自分らしくないと首を振って心を落ち着かせる。
どちらにせよ――――時間はそう無いのだ。後一ヶ月。そう考えたほうが良い。早くも無く、遅すぎもしない。
だったら、ローランを起用する事に半ば決定する印を押さなければならないだろう。そして、そう考えると早速、力をつけてもらわなければならない。
そもそもはこんな時の為に、勇者が居ない世界で勇者が必要になった状況の為に、創り上げた都市だ。私のため、いや、世界の為に動かなければならない義務がある。
彼は強くそう考えてから、大きく深呼吸をして――――玉座の隣に鎮座する小さいテーブルの上に乗る携帯電話を、魔法で操作した。
メール送信画面を出して文章を打ち込み、やがてソレは終えて――――。
「……、いや」
彼はそれを全て消して、また携帯電話をテーブルの上に戻した。それはかたんと音を立てて、直後に、レイドは溜息を吐いた。
――――何故私はこれほどまで気負いをしているのだ? まるで、世界を救うのは自分だけで、今直ぐにでも動かなければならないような思考をしている。思い上がりも、甚だしいというものではないか。
しかし、ロンハイドが支配された今、実質世界で一番に動き出さなければならない場所は、彼が皇帝として支えるこの帝国ズブレイドである。世界屈指の軍事力を持ち、またかつて居た勇者と共に魔王と対峙した人物が居るという特異な環境を持つ故に。
――――シャロンも未だ目を覚まさない。身体機能の問題は無くなったし、栄養は点滴で打ち続けているが、それでも衰弱は止まらない。何か目を覚ますきっかけが必要なのだろうか。最も、彼女が生きる事に絶望したのなら仕方が無いが、意識を失う直前を見るとそうとは思えないのだ。
やはり、”あいつ”の存在か。
――――こんな状況だからこそ、悠久の時の中、一瞬たりとも存在を確認せずとも、一度でも大切だと想わされた”あいつ”が、覚醒のきっかけたりうるのか。
世界を支配し、争いの無い世界へと変える――――などと、甘ったるい事を吐いていたあいつが。
つい数週間前までは今の魔王の座に座りかけていた奴が。
世界共通の都市伝説と化した野郎が、今必要だというのか?
それだけは――――ダメだ。
久しぶりに、努力を、苦悩を、その不必要である筈の人生を認めざるを得なかった存在だ。彼を貶す事をしてはダメだ。
そんな都合の良い話はいけない。奴だけは、奴が自分から望まない限り、それを強制することは侮辱になる。
今までの人生が、決して逃れられない運命が、その瞬間に覆されてしまうだろう。
だったらそれは――――良いことなのではないか?
必要の無い人生がなくなるのだ。よかった、必要の無い勇者なんて居なかったんだと、微笑みながら言えるのだ――――。
しかし、その存在は、今のところ行方は知れず。
結局は、自分が、人間が、何とかしなければならないことなのかもしれない。
そう考えるとまた腕に意識が向かって、彼は二度目になる後頭部強打をしてから、バルコニー部分へと瞬間移動した。




